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夏フェスに行こう!

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夏フェスに行こう!

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序章


「確かに夏のフェスティバルだけど……」
 春日 美夜(かすが・みや)は自分の知っている『夏フェス』との違いに絶望していた。
「音楽の祭典、それが『夏フェス』なのに、これは『盆踊り大会』じゃない」
「仕方ないわ。心当たりがあったのはこれだけだもの」
 寺の境内。美夜に声を掛けたのは雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)だった。
「それに、贅沢言っていられる場合でもないでしょ?」
「うぅぅ、そうだけど……」
「沈んでいたら何も始まらないわよ?」
「……そうね、やるしかないわね」
 心機一転、意気込む美夜。
「とういうわけで、雅羅は浴衣着用、メインステージの耐久BON−DANCE『夜になっても踊り続けろ!』に出てもらうわ」
「えっ、踊るの? 私が? なんで!?」
「最後まで残ると和尚さんから豪華商品がもらえるのよ。それを返済の足しにしなきゃ」
「美夜が踊ればいいじゃない」
「私は他にやることがあるのよ。第一、夏フェス……もういいわ、盆踊り大会の仕切り役が動けなかったら困るじゃない?」
 何か問題があったとき、対処に回る責任者は必要である。
「……仕方ないわ。出てあげるわよ」
「流石、雅羅! 持つべきものは友達ね!」
 嬉々として雅羅を浴衣へと着替えさせる美夜。金髪に浴衣、違和感があるかと思いきや、
「やっぱり何着ても似合うわね……」
「そ、そう?」
「うん、とっても似合ってるよ!」
 着替えている間に現れた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)にも言われ、雅羅はまんざらでもない表情。
「オレもBON−DANCEに参加するよ!」
「ありがとね、夢悠」
 礼を言われ、恥ずかしげに頭をかく夢悠。「浴衣姿の雅羅さんと踊れるなんて」と、やる気が格段に上がる。
「それじゃ、頼んだわよ」
「ええ、頑張るわ」
「任せてよ!」
 美夜は一言残し、準備へと去っていった。


 その様子を見ていた久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)は隣へと喋りかける。
「なあ、アリーセ」
「何です?」
 呼ばれて、言葉を返す一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)。アルバイト募集で参加し、準備に追われているところ。
「今は忙しいのです。つまらない用事なら後にしてください」
「む、意外とやる気だね。最初は『これは夏フェスじゃないです』ってむくれていたのに」
「むくれてなどいません。ただ、想像していたものとかけ離れていただけです」
「ま、盆踊りだもんな」
 辺りを見回すグスタフ。
 美夜同様、アリーセも『夏フェス』と聞けば音楽の祭典を想像した。それがこの状況。
 確かに夏の祭典で音楽もあるが、舞台は純和風。似ているようで全く違うもの。
 少ない一致点を上げるとするならば、スタッフの数が足りていないところ。
 忙しさはまさに馬車馬のごとくである。
「何も用件がないなら話しかけないでください。それに、そちらもまだ作業が残っているでしょう? さっさと片付けてください」
 この分だと休憩時間さえなくなってしまう。丁寧な口調に棘を含ませ、アリーセは忠言したのだが、
「そう言わずに。俺の提案を聞いてくれないか?」
 それでもめげずに話を進めるグスタフ。
 このまま押し問答をしていても埒が明かないと判断したアリーセは、さっさと内容を聞くことにする。
「わかりました。早く言ってください」
「浴衣を着よう」
「嫌です」
 即答だった。
 そのまま作業に戻ってしまうアリーセに、
「おいおい、そらないよ。もうちょっと考えてみてもいいんじゃね? このために着付けの勉強もしてきたんだよ?」
 再考してくれと頼むが、
「私たちはアルバイトに来ているのです。浴衣で警備なんてできないでしょう」
 にべもない答えが返ってくるだけ。
「盆踊りはやっぱ浴衣だと思うんだけどな……しょうがないか」
 グスタフはレンタル予約をキャンセルすると、がっかりと肩を落とした。


「和尚さん、お話があるんだ」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)と一緒に寺の和尚の元へとやってきた。
「どうかしたのかね?」
「ちょっとした提案なんだよね。この『縁結び聖天の数珠』を公式グッズにするってのはどうかな?」
「公式グッズ?」
「この夏フェスのお目当て商品って感じかな」
「本来は公的な商品の意味だわ。つまり、『これをお買い上げいただければ、縁結び聖天からのご利益がありますよ』ってお寺側が公言するのよ」
「公式グッズとして売り出せば、ある程度の販売数も確保できるしね」
 その手の話には疎い和尚さん。二人の申し出に、
「若いお客さんのことは若い子に頼むのが一番だしね。自由にしてくれて構わないよ」
 二つ返事で了承。
「それじゃ、予定通り数珠をブレスレット型にデザインし直そっか!」
 販売対象は若い中高生。公式グッズに認定するとしても、ブームでない限り数珠を購入する確率は薄い。それならばいっそ形状から変えて、ファッションとして受け入れられるものにしてしまえばいい。
「いやはや、若い子の発想力はすごいね。私の考えたものよりも断然」
 感心する和尚さんの横で真剣に話し合う佳奈子とエレノア。見る見るうちにデザインが完成していく。
「デザインはこんな感じでOKかな」
「よし、早速発注をしてくるよ」
「開催までに間に合うかしら?」
「何、私の人脈を駆使すれば大丈夫」
 胸を叩いて去っていく和尚さん。ちょっとだけ頼もしい。
「残るは宣伝だね」
「最初は誰も知らないものね」
「立て看板は作るとして、他には売り歩くのがいいかな?」
 少しでも知ってもらうため、佳奈子は足を使って宣伝することにする。
「それじゃブースでの売り子は任せて」エレノアは逆にその場に留まって。「ユニフォームはやっぱり浴衣かしら?」
「洋服だと変だもんね。私も浴衣に着替えるよ」
 作戦は立った。
「頑張ろうね!」
「ええ、もちろんよ」
 意気込みを新たにする二人。後は商品が届くのを待つだけだ。


 準備のためエーリヒ・ヘッツェルの元へやってきた美夜。
「どうして美ハゲコンテスト『すべてがH(ハゲ)になる』に若い人が参加しないのよ……」
 自らが審査員を務めるコンテスト。そこに若者の参加はなく、溜息と共に不満を漏らしていた。
「それは好んで剃髪する若者が珍しいからだと思います、美夜様」
「やっぱそうよねー」
 その上、コンテストに出場するなど、もはや天然記念物ではなかろうか。
「どうしようかな……」悩む美夜の頭に、ある考えが浮かんでしまった。「ねえ、ヘッツェル」
 向けられた視線が物をいう。
「大変申し訳御座いません。打ち合わせの時間です」
 それを受け、身を翻すエーリヒ。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
 本来なら主の言葉に従うべき自分。しかし、拒否してでも守りたいものはある。
 命と題される髪。男だけれども、そう易々と落とせるものではない。
「丁度、喫茶店の相談があって助かりました」
 冷や汗を拭い、待ち合わせ場所に顔を出すと、
「やあ、エーリヒ」
「早くミーティングをしてしまおうよ」
 協力者の早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の二人が待っていた。
「お二人とも、本当にありがとう御座います」
「お礼は終わってからでも遅くない」
「そうそう。まだ始まってもいないんだよ?」
「寺でクラッシックなんて初めての経験だからな。でも、趣があっていいのかもしれない。訪れた人たちに安らぎの空間を提供しよう」
 クールな物言いの中に、熱い気持ちを秘めた呼雪。エーリヒが言い出さずとも話を進行してくれる。
「名曲喫茶を開こうとしているのだろ? なら、曲目はメンデルスゾーンの『夏の夜の夢』から数曲と、夜想曲、小夜曲を中心にしよう」
「楽器はどうします?」
「俺がピアノを担当する。ヘル、お前は弦楽器……そうだな、ヴァイオリンを担当してもらおうか」
「僕も出るのー?」
「申し訳御座いません。演奏にはあまり自信がないのです」
「いいよいいよ」平謝りするエーリヒにヘルは笑って答え、「ちゃーんと頑張るから後でご褒美ちょーだい♪」
 呼雪へと纏わりつく。
「わかった、後で林檎飴でも買ってやる」
「そういう意味じゃないんだけどな……」
 お祭りデートでイチャイチャしたいヘルの心情。それを感じることなく、呼雪は食べ物で思い出したと話を続ける。
「鈴蘭からの差し入れがあったな」
 取り出したドーナツを頬張り、音合わせ前の栄養補給。
「ところでヘル、沙霧に何か勧めていたみたいだが?」
「縁結びの数珠をね。それに、どうやらブレスレット型も売られるみたいだし」
「お前はそういうの好きだよな」
 恋愛ごとに興味津々なヘル。
「あの二人、どうなんだろうね」
 といわれても、呼雪にはいつも背中を丸めて鈴蘭にくっついている印象しかない。
(姉弟みたいというか、どう見ても沙霧の独り相撲に見えるんだがな)
 考えても仕方ない。今は人のことより自分達のこと。呼雪は号令を掛ける。
「よし、練習するぞ」


「へっへっへ、着々と準備が進んでいますぜ、先生?」
 下っ端のモヒカンがニヤついた顔を高円寺 海(こうえんじ・かい)に向ける。
「そうだな」
「用心棒、頼りにしてますぜ」
「任せておけ」
 意味ありげな顔で返す海。そのやり取りを物陰から見つめる人影があった。
「高円寺。悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)。保険としてモヒカンに雇われた第二の用心棒。
 彼女は海に気配を悟られぬよう、息を殺した。