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モンスターの森の街道作り

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モンスターの森の街道作り

リアクション


分断作戦

「なぜそれがしがこのようなことを……」
 モンスター対策のために黙々と落とし穴用の穴を掘り進めていた上田 重安(うえだ・しげやす)だが、作業も終盤に差し掛かったところで思わずそう呟く。
「あともう少しなのであります。頑張るのであります」
 パートナーの愚痴にそう返すのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だ。パートナーに対して心なしか穴掘りが楽しそうな様子がある。
「そういう吹雪殿は妙に楽しそうというか……手際がいいですね」
「土嚢作りと塹壕堀には自信があるのであります」
「……ああ、そうでしたね」
 こういう作業を楽しんでやれるというのも一種の才能だなと思いながら重安は吹雪には気付かれないようにため息をつく。そして落とし穴の上で待っているものに向いて声をかけた。
「イングラハム殿は手伝ってはもらえないのですか?」
 そう声をかけられたイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は何を言っているのだという感じでこう返す。
「別にできぬこともないが……我の姿が穴掘りに適しているように見えるのであるか?」
 言外に邪魔になるだけだとイングラハムは伝える。
「……ああ、本当にそうですね」
 結局自分が掘り進めるしかないのかと重安は諦め、吹雪とともに黙々と作業を進める。
「穴掘り作業はこれで終了であります」
 吹雪がそう言って穴掘りは終わる。イングラハムの手を借り吹雪と重安は穴から出る。
「後は偽装をしてモンスターたちをここに誘導するだけでありますな。イングラハム、誘導をよろしくであります」
「ついに我の出番であるか」
「さっさと行くのであります」
 大仰に言うイングラハムを一蹴し吹雪はイングラハムを誘導に向かわせる。
「それでは偽装作業を終わらせるのであります」
「……イングラハム殿も苦労するねぇ」
 どこか寂しそうな誘導に向かうイングラハムの背中を見て重安はそう呟いた。

「おう、ルカ。ゴブリンとコボルト、大量だぜ」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は押し寄せてくるゴブリンとコボルトの大群を目の前にしてそうパートナーに言う。
「瑛菜たちの作戦は失敗だったんだね。何かが足りなかったのかな?」
 カルキノスの言葉にルカルカ・ルー(るかるか・るー)は薬草の植え替え作業の前に瑛菜達が言っていた音楽でモンスターたちの襲撃をやめさせるという作戦を思い出す。
「もしくは何かを勘違いしてたかだな。どっちにしろこうなったら手はず通り行くしかねぇぜルカ」
「了解だよ。……じゃ、行ってくるね」
 そう言ってルカルカは薬草を持ってモンスターたちの群れへと向かう。まず第一に作業をしている村人たちからモンスターたちを離れさせる。そしてカルキノスのアブソリュート・ゼロで親玉たちと取り巻きたちを氷壁のこちらと向こうに別れさせる作戦だ。
「村の兄ちゃんたちは一時氷壁の中で活動していてくれ。出ていける状態になったらタイミングを見て解除するからよ」
 そう言ってカルキノスは薬草が生えている場所で活動している村人たちをアブソリュート・ゼロで囲む。
「さてと……タイミングが大事だな」
 薬草をもったルカがモンスターたちに追われてこちらに向かってくるのを見ながらカルキノスはタイミングを図る。今ルカルカを追っているのはゴブリンの群れだ。その中で遠目からでも分かる大きさのゴブリンがゴブリンキングだろう。そのゴブリンキングと取り巻きを可能な限りアブソリュート・ゼロで分断しなければならない。
「よし、今だ」
 カルキノスはアブソリュート・ゼロを取り巻きとゴブリンキングの間で発動させる。ゴブリンキングの方には数匹の取り巻きが残ってしまったが、他は全てこちら側、親玉と分断されてなおルカルカを追っている。
「おー、指揮官いなくても混乱しないとは鍛えられてるな」
 もしくはただ本能に従っているだけか。どちらにしろ数えるのも面倒なくらいの大群に追われるのは骨だろう。
「カルキー! この群れどうにかするの手伝って!」
 ゴブリンに追われてカルキノスから遠ざかっていくルカルカの声。
「悪いな! 俺はここで村の兄ちゃんたちの氷壁を解除したりしないけないから!」
 ゴブリンたちがルカルカに連れられて遠ざかり、コボルト達も別の冒険者達が担当している。村人たちに動いてもらうとしたら今だろう。
「後でチョコくれないと許さないからねー!」
 そう言ってルカルカの姿がカルキノスからは見えなくなる。
「酒は持ってきたが……まずいな、チョコは切らしちまってる」
 大変な役回りを任せた分、ルカルカの大好きなチョコレートを上げるの自体はやぶさかではない。
「……村長にでも聞いてみるか」
 村人たちを囲んでいる氷壁を一部解除しながらカルキノスはそう笑って言った。

「うーん……どうしようかなぁ」
 自分を追ってくるゴブリンの大群を見ながらルカルカはそう呟く。痺れ粉やヒュプノスで無力化しようと思っていたが思った以上に数が多い。一気に撃退できるいい方法がないかと考える。
「我にいい作戦があるのだよ」
 と、どうするかと考えていたルカルカのもとにイングラハムが並走して話しかけてくる。そしてその作戦を伝えた。
「へー、落とし穴か。分かったそこまで案内してよ」
「了解なのだよ」
 思ったより簡単に誘導業務ができそうだとイングラハムが思う。
「それで落とし穴はどこなのかな?」
 自分が落ちたら元も子もないのでルカルカはそう聞く。
「ちょうど今走り抜け終えたなのだよ。もう止まっても大丈夫であろう」
 イングラハムの言葉にえ、とルカルカは後ろを振り向く。するとさっきまで自分が走っていた場所にちょうどゴブリンたちがさしかかり、そしてその姿が一瞬で消える。地面がいきなりなくなり穴へと落ちた瞬間だった。
「……なるほど。大群用の落とし穴なんだね。……というかいつの今にこんな大きな穴を……」
 もしゴブリンたちとギリギリの距離で走っていたら自分も穴に落ちていたんだろうかと思う。そしてそれ以上にどうやってこんなに大きな穴を掘ったんだろうとも。
「土嚢作りと塹壕堀には自信があるのであります」
 そう言って森の草陰から出てくるのは吹雪だ。
「後は痺れ粉なを使って捕縛するだけなのであります」
 そう言って吹雪は痺れ粉を落とし穴に向かって使う。
「あ、私も手伝うよ」
 思った以上に楽に無力化できそうでルカルカも少し鼻歌交じりで痺れ粉を使っていく。
「たまには血を流さない仕事もいいものでありますな」
 笑顔で痺れ粉を使っている二人を見てイングラハムは女って怖いと思うのだった。

「今のところ、怪我をしている人はいないみたいですねぇ」
 戦場を見渡してキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)はそう呟く。既にゴブリンやコボルトたちと冒険者達がぶつかっているが、村人たちも含め大きな怪我をした人の姿はない。自分で転んだりして擦り傷を作った人がいるくらいだ。
「この森のゴブリンやコボルト達はしぶとさ以外は基本的に普通の個体と同じようですから。熟練の冒険者であれば怪我をせずに無力化させることも可能でしょう」
 キリエと同じように戦場を眺めながらセラータ・エレイソン(せらーた・えれいそん)はそう続ける。
「それじゃ思ったよりも楽なのかな?」
 セラータの言葉にラサーシャ・ローゼンフェルト(らさーしゃ・ろーぜんふぇると)がそう反応する。
「ラス……君は……。一体、一体は弱くてもこれだけ数がいると厄介極まりない。しかも殺すなと来ているのだ。油断をすれば熟練の冒険者であっても大けがをする可能性はあるだろう」
 ラサーシャの楽観的な意見にメーデルワード・ローゼンフェルト(めーでるわーど・ろーぜんふぇると)ため息混じりにそう言う。
「言葉が通じれば良いのですが……今回はお互いの為にも迅速に大人しくして貰うしかなさそうですね。やりすぎず、なおかつこちらの被害も最小限にするのは骨が折れますが、頑張りましょう。」
 セラータの言葉に三人は頷く。
「私たちの担当はコボルトロードの取り巻きです。私がまずコボルトロードと取り巻きをできる限り分断します。そうしたらセラータは上空からの奇襲を。メーデルはその援護を。ラスは私と一緒に地上で迎撃をお願いします」
 キリエは作戦をパートナーたちに伝える。
「では、行きましょう」
 キリエのその合図で四人はコボルト達の群れに向かっていく。
「植物さん達騒がせてごめんなさい……皆が良き方向に解決するには殺し合いでは駄目なんです。その為に少しだけ力を貸して下さいね」
 そう植物たちに話しかけキリエはエバーグリーンを発動させる。草木が取り巻きとコボルトロードを分断するように伸び、またそこに近づくものを絡めとっていく。
 光翼を広げ空をとぶセラータ、空飛ぶ箒スパロウで同じく空をとぶメーデルワードはセラータがヒプノシス、メーデルワードが子守唄を使い二重の眠り攻撃をコボルト達にかける。
 キリエは二人の眠り攻撃で眠らなかったコボルト達をエバーグリーンや威力を抑え撹乱用に設置したインビジブルトラップを駆使して順調にコボルトを無力化していく。
「うわぁぁん! 挑発しすぎて大量にこっちきたーー!! キリエごめんーーっ!!」
 三人が順調にコボルト達を無力化していく中、ラサーシャの周りだけは慌ただしい。
「……君はお馬鹿さんなのかラス。そりゃあそんな派手に挑発すれば怒って突っ込んでくるだろうに……」
 そんなラサーシャの様子に憎まれ口を叩きながらもメーデルワードは眠り針を使って援護をする。
「うぅ……メーデルありがとう。僕もう大人しくしてたほうがよさそうだね。キリエとセラータとメーデルが片付けたのを纏めてふんじばることに専念するよ!! 皆を守るにはもっと強くならないと駄目だね……はぁ……」
「ラス元気を出して。私は貴方が側に居てくれて心強かったですよ」
 落ち込むラサーシャをキリエはそう言って励ます。
「キリエ……うん! 僕頑張るよ!」
 すぐに元気を取り戻したラサーシャをキリエもセラータもメーデルワードも好ましそうに(メーデルワードはため息混じりながら)見る。
「もうひと頑張りです。気を抜かずに行きましょう」
 そうキリエがまた場を締め、四人はコボルトの取り巻きに対処をしていった。


「沙夢、前に調査してたのってこのあたりだよね?」
「ええ、このあたりよ」
 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)雲入 弥狐(くもいり・みこ)は薬草の植え替え作業のサポートをしていた。だが作業の肝である親玉と取り巻きの分断作戦が成功したのを確認したら、許可をもらって抜け前回調査した場所にきていた。サポートもしたいが、余裕が出てくるとどうしても気になっていたことが頭をよぎり、サポートがおぼつかなくなってしまっていた。
「リスのために薬草を渡してくれた、あのゴブリンはいるかしら……」
 前回の調査の時二人は自分たちを監視していたと思われる一匹のゴブリンと出会っていた。そのゴブリンは傷ついたリスを助けるために沙夢達の前に現れ、薬草をくれた。本当に自分たちを監視していたかどうかは確証がないが、傷ついたリスを見過ごせない精神を持っているのは確かだった。そのゴブリンにもう一度会いたい(会ってどうするかまでは具体的に決めていないが……)。そう思い二人はそのゴブリンを探していた。
「手がかりがこのあたりで会ったって事しかないんだもん。地道に探すしか…………って、沙夢、この匂いって……」
 弥狐の超感覚にある匂いが引っかかる。
「これは……血の匂いだわ……」
 沙夢も超感覚を発動させて弥狐と同じ匂いを掴む。
 二人は頷き合い、匂いのする方向へと向かって走っていく。たどり着いた先には地面いっぱいに流れた血と倒れたゴブリンの姿があった。
「ひどい傷……ヒール!」
 倒れたゴブリンに駆け寄った弥狐は血で汚れるのも構わず抱き起こしてヒールをかける。
「ねぇ……弥狐……そのゴブリンって……」
「うん……薬草をくれたゴブリンだと思うよ……」
 弥狐の言葉に沙夢は複雑な気持ちになる。探していたゴブリンとこんな形で再会するとは思っていなかった。
「でも誰がこんなことを……」
 ゴブリンの傷はかなり深い。薬草の影響でしぶとさが上がっているこの森のゴブリンでなければとっくに死んでいるだろう。
「あたしたち冒険者の誰かじゃないよね……? だとしたら悲しすぎるよ……」
 仮にこのゴブリンの方から襲ってきたのだとしても、一匹の普通のゴブリンをいなすくらい今回集まった冒険者達なら余裕だ。これほど深手を負わせる……殺そうとする必要はない。
「大丈夫よ弥狐。今回集まった冒険者達はみんな村の方針に共感した人たちばかりだもの」
 そう言いながら沙夢はだとしたら誰がと思う。ここは動物たちの領域のため、コボルトと勢力争いをした結果ということはないだろう。傷がコボルトによるものにも見えない。
(だとしたら私たちの時と同じように誰かを監視していて、その監視していた対象にやられた……?)
 推測でしかないがその可能性が一番しっくりくる気がした。そしてその監視対象はなんらかの悪意を持ってこの森に潜んでいる可能性が高い。
「あ! ダメだよ! まだ起き上がっちゃ……」
 弥狐の声に沙夢は思考の海から上がる。見ると倒れていたゴブリンが立ち上がっていた。ヒールによって傷口こそふさがっているが、まだ血が足りないのか足取りが不安定だ。
「行っちゃった……」
 弥狐の制止も聞かず離れていったゴブリンを弥狐はしょんぼりとした様子で見つめる。
「やっぱり仲良くなんてできないのかな……?」
「分からないわ……でも……」
「でも……?」
「きっと私たちの気持ちは伝わったと思う。だから諦めるのはまだ早いわよ」
 そう言いながら沙夢は弥狐についたゴブリンの血を拭っていく。
「……うん! そうだよね。きっと大丈夫だよね!」
 共存はできる。二人はそう信じられた。