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★ぷろろーぐ「祭りだろうと神様は働く」★
◆
「これはゆゆしき問題です」
C地区にある札が貼られた小さな建物から、そんな悩む声が聞こえてきた。東 朱鷺(あずま・とき)である。
「まだまだ、宣伝効果が足りません」
そうため息を吐きだし、心配げに自分を見上げている式神たちに軽く頬を緩ませ、向かいの店を見る。
そこあるのはただの壁……なのだが、また1人そこから客が出てくる。
出てくる客たちがいつも心ここにあらず、な顔をして足元がおぼつかないのは何故だろう。あまり深く追求してはいけない気がする。
とにかく!
このままでは、お向かいの(存在が)隠れていない秘密喫茶にお客さんを全部持っていかれてしまう!
「マスコット達も頑張ってますが、サテハテどうしたものか。便利屋の仕事もほとんどきません。
面白い体験がしたいのですが……そう言えば向かいの店は噂が出回ってから客が増えましたね……なるほど。噂ですか」
何か思いついたのか、朱鷺は顔を上げた。
「その道の専門家を呼んでみますか」
◆
「ふぅっ。ここはこんなもんかな」
額の汗をぬぐい、笠置 生駒(かさぎ・いこま)は一息ついた。設備の点検や修理を手伝っているのだが、祭りの開催までにすませなくてはならないのだ。決して時間に余裕はない。
「ここはこうでいいのか?」
「いや、もう少し左……ああ、そこそこ」
近くで他の運営手伝いの人たちと祭りの設営をしている猿……げふん。ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は重たいものを運んだり、高いところに設置したりする時の土台として周囲から頼りにされているようだった。
むろん、最初は「猿!?」「なんて賢い!」と驚かれまくっていたが、ここ数日で皆慣れたようだ。
「祭りだ〜」
「マイナスドライバー」
「はいよ〜!」
そしてこちらは、やたらとテンションが高いシーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)だ。その息はなんとも酒臭く、周囲には大量の酒ビンが転がっている。
最初こそはそうして手伝っていたシーニーだったが、ふと立ち上がり、どこかへと歩き出す。
「シーニー。少しこの端をもってくれんか……?」
ジョージが振り返るとそこには誰もおらず、やっぱりこうなったかと肩を落とす。それから大量の空き瓶を拾って行く。
拾って行く。
拾って行く。
「あ、もうこんな時間か。……ジョージ、シーニー。そろそろお昼ご飯に……あれ?」
生駒が作業をひと段落させ、振り返った先には誰もいなかったのだった。
「お酒お代わり〜」
「姉ちゃん、よお飲むなぁ」
「もっとちょうだいー」
「ぬ。ここは……どこだ?」
「ママー、お猿さんがいるよー」
「あらほんとね」
「……すまないが、ここはどこ」
「ぎゃー、喋ったー」
◆
葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がトラックに乗り込むのを、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が不安そうな顔で見ていた。
「大丈夫であります。アイゼンも連れていくでありますから」
「……そう言う心配とは違うんだけど……もう良いわ。気をつけてね」
「はい。では行ってくるであります」
亀形ギフト、アイゼン・ヴィントシュトース(あいぜん・う゛ぃんとしゅとーす)もトラックに乗り込み、2人? は食料調達へと向かって行った。
「本当に、何も起きないと良いんだけど」
コルセアは、やはり不安げな顔でそれを見送った。それから肩をすくめ、店内へと入っていく。帳簿つけをしなくては。
「ふむ。わしたちが担当するのはこのあたりか……ん? 食堂?」
運営で巡回をすることになった夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が担当地域を下見していると、吹雪がやっている食堂の前を通りかかった。それから地図を見る。
「回っている最中にちょうどいいな。昼はここでとることにしよう」
そう決め、また歩き出した。
祭りまではもう少し。
◆
祭りがあると聞いた時、せっかくアガルタの街まで来たのだから祭りを楽しみたいとベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は思った。
だが苦労人の神様――がいるかは分からないが――、そんなささやかな願いすら叶えてはくれなかった。
「ここがアガルタさね? いいところさね……出店募集?」
綺麗な空気を吸い込んで伸びをしたマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)が、広告を発見してしまったからだった。
「あたしもいっちょやるとしようさねー。当然フレちゃん達も手伝うさねよ?」
「はいっ! もちろんです! ね、マスター?」
「……あ、ああ」
「ご主人様、マリナさんお任せ下さい。この僕の活躍で満員御礼にしてみせますよ!
あ、エロ吸血鬼は黙って奥で皿洗いでもしておいて下さい」
「んだとこの」
尻尾を元気よく振りながらフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)とマリナレーゼに笑顔を見せる忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が、ベルクにだけ聞こえる声で毒を吐く。それに噛みつくベルク。
うむ。いつもの光景だ。
「それでマリナさん、何のお店にされるんですか?」
「そうさねー……この前の薬草茶、覚えてるさねよ? その専門店にするつもりさね」
「まあ、それは楽しみです。
お手伝いは任せてください。最近沢山社会勉強で学んできましたので、修行の成果をお見せ致します!」
「う、勉強……(思い出しただけで胃が痛くなってきた)」
無邪気に張り切るフレンディスの隣でげっそりとしているベルクを見て、マリナレーゼは大体察したようだ。ぽんとベルクの肩を叩き
「後で胃に聞くハーブティいれてあげるさね」
と励まされる。
(そろそろ本気でフレイは労働禁止にした方がいい気がするな)
負けるなベルク。頑張れベルク!
とにもかくにも出店企画書を提出し、無事に通過した後は全員で作業を分担してなんとか祭りまでにオープンが間にあった。
店の名前は『月下の庭園』。落ち着いた雰囲気の店だ。
「そこの下等生物!
その辛気くさい顔は歩き疲れているようですね!?
そういう時はここのハーブティー飲んで一息入れるといいですよ! 特別にゆっくりしていってもいいですよ」
尻尾を振りまくって歓迎しつつ、そんなツンデレを発揮して女性客から「きゃーきゃー」と悲鳴を受けているのは、ポチの助だ。
(またこの超優秀なハイテク忍犬である僕の愛くるしい看板力を発揮する時が来たのです)
「あ、エロ吸血鬼は黙って奥で皿洗いでもしておいて下さい」
「ぐっ……(調子に乗りやがって)」
どや顔のポチに、ベルクは怒鳴り返したかったが客が来ている手前できず、何よりもポチが店に貢献しているのも確かな事実だったため反論がし辛いのだ。
「ふふ、それにしても賑やかな町ですね、マスター。お客さんが大勢です」
楽しげに笑うフレンディスは、なぜか和服に割烹着を着ていた。先ほど奥に引っ込んでいたのだが、どうもこれに着替えたらしい。
そのまま注文を取りに行ったことから、ウェイトレスの役割をしようと考えているようだ。斬新なウェイトレスの制服である。
「いらっしゃいませ、ごちゅうもっひゃあっ?」
「! フレイ!」
盛大に足を絡ませてこけかけたその身体を、なんとかベルクが支える。
「大丈夫さね、フレちゃん?」
「は、はい」
「ちゃんと気をつけるんさよね。ほら、あちらのお客さんが待ってるさね」
その後も何度も足を引っ掛けまくるフレンディス。戦闘中のキレのよさなど皆無だ。
しかし
「フレちゃん。そうじゃないさね。お客さんに出す時はそっと……」
「はい……はい……お待たせいたしました」
「そうそう。上手さね」
マリナレーゼの厳しく、同時に優しい指導を一生懸命に聞いて実践していた。そんな姿を見ていたベルクは「仕方ないか」と息を吐く。彼女がやる気ならフォローしてやるまでだ。
それから少し、祭りでにぎわう街を窓越しに見てから皿洗いへと集中する。
ポチは看板犬なので皿洗いには回れない(癪なことに)。フレンディスにさせたら皿を割るだろうし、接客担当も必要だ。マリナレーゼは茶を入れたり、フレンディスやポチへの指示だしで忙しい。
結果、裏方仕事は全てベルクの役割だった。
そんな時、パンパンパンっと何かが破裂するような音がした。
「お、いよいよか」
祭り開始の合図だ。
◆
「なんとか間に合ったか」
ハーリーは長い。それは長い息を吐きだした。力を抜いて椅子にもたれかかると、外から活気あふれる声が聞こえてくる。
疲れた身体に再び力を入れて立ち上がり、窓から街を見下ろす。
親らしき大人の腕を引く子供。
仲良く見つめ合う恋人たち。
大声で客引きをしている商人たち。
さまざまな人たちがアガルタの街に来て、自分の夢を掴もうとしている。なんだか不思議なものだ、とハーリーは思った。
「俺も、あっちにいたのにな」
ただの商人から、街の責任者へ。
商人としての今までの経験が活きることもあれば、邪魔になることもあるし、まったく知らないこともたくさんあったが、やりがいはある。
自由度がなくなったのが寂しいと言えばさびしいが、こう自分のしたことで盛り上がっている街を見ると、そんな寂しさがどこかへ行くのだから不思議なものだ。
「……っと、感傷に浸るのはここまでにして……そろそろ到着する頃か」
時計で時間を確認し、ハーリーは執務室を出て行った。
アガルタ祭り、開催である。
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