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★第二話「それぞれの祭り」★


「……あら。お酒がもうないわね。リネン、買ってきてくれない?」
「え? お酒なら大量に用意してたはず」
「それがもうないんだよ。ほら、行って来い……あ。ついでにフリューネに街を案内してきたらどうだ?」
 食事を終えて、リネンたちは再び仕事に戻っていたのだが、ふいにヘイリーとフェイミィがリネンの背を押した。
「(混んでる店でイチャつかれるのも目の毒だしなぁ?) ほらリネン、いってきな!」
「リネンが招待したんでしょ? だったら責任持つ! こっちは私たちがやっとくから……。あ、明日の分の食料も注文しといてね」
「でも……うん。ありがとう。じゃあ街の方、案内するわね」
「お願いするわ」
 フェイミィが小さく言った言葉に顔を染めつつ、リネンはフリューネとともに店を出て行った。

「あ、言い忘れてたんだけど」
「……何を?」
「誕生日、おめでとう。フリューネ」
「ありがとう」

 そうして歩き出した2人の前に、1つの出店が現れた!

「いらっしゃい! 土星くんグッズあるよ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の露店である。

・喋る土星くん人形
・目が光る土星くんストラップ
・土星くんぬいぐるみ(小)
・土星くんぬいぐるみ(中)
・土星くんぬいぐるみ(大)
・土星くんぬいぐるみ(特大)
・土星くんキーホルダー
・土星くん風船
・土星くんまんじゅう

 などが並んでいる。
 しかしどこにも、彼の本名である『コーン・スー』の名前はなかった。
 土星くん? と首をかしげるフリューネに、美羽が軽く説明した。もちろん、本名は言わない。
「へぇ。じゃあキーホルダーとお饅頭をもらおうかしら」
「わっありがとう! サービスにこのストラップもあげるね」
 袋に包んだ美羽は、着信すると目が光るストラップも入れた。そうして2人が去っていった後、今度は
「土星くんがあるのだ!」
 そんな元気な声と共にセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)が駆け寄ってきた。手にはペンギンを抱えている。
 少し遅れてジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)高根沢 理子(たかねざわ・りこ)酒杜 陽一(さかもり・よういち)も来る。
 ジークリンデは興味深げに、理子は美羽の顔を見て「久しぶり」と声をかけ、陽一はセレスティアーナのはしゃぎっぷりに苦笑した。
「いらっしゃい!」
「ぬ、これ良い匂いだな」
「お饅頭? 美味しいよ。味見してみる? リコたちも良かったら」
 どうやら匂いに引き寄せられたらしいセレスティアーナに、美羽が1つお饅頭を渡し、そう言った。理子は手に取っていたぬいぐるみをいったん置き、1つもらう。
「いただきます……むぐむぐ……美味しいな」
「どれどれ……ん! 美味しいじゃない。美羽、やるわね」
「でしょ? お土産にどう?」
「うむ。お饅頭をくれ。それとこの大きな奴!」
「お饅頭3つと特大ぬいぐるみね! リコは?」
「そうねぇ」
 楽しげに土産ものを選んでいる2人の姿を、もらった饅頭片手に見ていた陽一だったが、ずっと黙っているジークリンデが気になった。
「何か気になる物はありますか? ジークリンデ様」
 陽一はじっとしているジークリンデに尋ねる。ジークリンデがハッとして顔を上げる。
「い、いえ私は何も」
 首を振る彼女に「そうですか」と頷きつつ、先ほど見ていたものをちらと見る。キーホルダーが欲しいらしい。
「すみません。キーホルダーを……4つ」
 少し悩んだ後、全員分買って皆に手渡す。この祭りにこの4人で来たのだと言う思い出に。
 その後少し、理子と美羽がこそこそと話し合っていたので、積もる話もあるだろうと陽一はセレスティアーナと話しをして迷子にならないよう気をつける。
「他はどのようなところを回る?」
「そうだな……ジークリンデはどこか行きたいか?」
「私ですか? 特には」
「じゃあ焼そば食べるぞ! 祭りは焼そばを食べなきゃ行けないってきいたぞ」
「(誰情報だろう?)分かった」
 陽一が頷いた時、理子と美羽がセレスティアーナを呼んだ。
「セレちゃん、特大ぬいぐるみ買ってくれたから、これをプレゼントするよ」
 ストラップと……それから土星くんの着ぐるみを渡す。
「おお」
「折角だから、着てみたらどう? ほら、祭りにはこういう格好してる人もいるし」
「そうそう。秘密の視察だし、セレちゃんってバレない方が良いしね」
 2人してどこか楽しそうにセレスティアーナに着ぐるみを見につけるように言う。どうも先ほどのこそこそはこれを話しあっていたのだろう。陽一は、楽しそうなのでそっと見守ることにした。
「ちゃんと簡易更衣室もあるから」
「じゃあ、着てみるぞ」
 セレスティアーナは見事に乗せられてその気になり、抱えていたペンタを地面に下ろして更衣室へ。
 そうして完全に土星くんになったセレスティアーナと、理子、ジークリンデ、陽一は再び街の中を歩きはじめる。
 荷物は陽一がさりげなく全員分を持っていたが、袋から見える土星くんグッズと何よりも着ぐるみに、周囲の目は否応なく集まるのだった。
「ほら、セレス。ジークリンデ。次はあっちにいきましょ」
「ちょっと待つのだ。これはしりにくい」
「ペンタ。そっちは違うわ」
 楽しそうな3人の姿を見れば、すべてが吹き飛ぶ。
「陽一もー、早く!」
「……今行く」
 陽一の顔にも、自然と笑みが浮かんだ。

 街には、明るい声がいつまでも響き渡っていた。



 ジェイダスたちよりも少し早く、ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)はアガルタの土を踏んでいた。
「ラドゥ様、いらっしゃいませ。来てくれて嬉しいよ」
「……ふん」
 出迎えたリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)に、ラドゥは短く答える。しかしリュミエールは気にせず、むしろ楽しげに話しかける。
「ラドゥ様、お越し下さりありがとうございます。
 ご予定もおありでしょうが、ごゆっくりなさってくださいね」
 物腰柔らかく対応するのはエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)。席へと誘導してから、メニューを手渡す。その間もリュミエールはべったりとラドゥにくっついている。
「ねぇねぇラドゥ様。折角だからラテ・アートやってみない? あとねぇ、オススメなのは」
 リュミエールは注文を取った後もラドゥから離れない。まるで子犬が懐いているかのような姿を見たエメは、にっこりと笑う。
「リュミエール。仕事しましょうね?」
「えー、けちー(目の前にラドゥ様呼んどいて遊んじゃダメって酷くない? このドS)」
「……何か言いましたか?」
「何もー」
 ちろりとぼやいた言葉にエメが反応するが、リュミエールは慌てて首を横に振った。エメがため息をつく。
「申し訳ありません。ラドゥ様。ごゆっくりなさってくださいね」
「ああ……その、ジェイダスはどうした?」
「ジェイダス様ですか? 先ほど連絡がありまして、もうアガルタへ来られたようですよ」

「お疲れさまでした。ここがアガルタです」
「ほお。中々に美しい町だ」
 天音に続いて街を歩きながらジェイダスがそう言った。
 2人が歩いているのは芸術区と呼ばれるところ……たしかにその町並みは美しい。
 だが、おそらく。
 ジェイダスが言っている「美しい」とは表面だけの話ではないのだろう。天音は今までの経験からそう悟った。
 そうして歩いていると、耳心地のよい音が聞こえてきた。
「これは……?」
「おそらく呼雪の『ウェヌスの風』ではないかと。たしかミニコンサートを開くと言っていましたので」
 そのウェヌスの風は、2人が向かっている『タシガンの薔薇』と隣接したギャラリー&楽器店のことだ。今回は祭りがあるということで、店で受け入れている練習生やニルヴァーナで活動中の音楽家によるジャズ・クラシック中心のミニコンサートを開いていた。
 まだタシガンの薔薇に約束していた時間より早かったため、先にそちらへ寄っていくことにした。

 店へ足を踏み入れた瞬間、優しいピアノの旋律が2人を包み込んだ。
「この音は」
 音を聞いただけで、演奏者を悟ったらしいジェイダスは、近くにあった椅子へ腰かけ、静かに耳を傾け始めた。
 舞台でピアノを弾いていたのは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だった。訪れた人が少しでもゆっくりと過ごせるように……そんな思いが込められた一音一音を、ジェイダスはしっかりと聞いていた。

「いらしてたんですか」
 演奏を終えて舞台を降りた呼雪が少し驚いてジェイダスたちに気づいた。
「うむ。素晴らしい演奏だった。また一層良い音色になっているな。他の者たちも素晴らしい」
「ありがとうございます」
「あ、理事長こんにちは……あれ? ラドゥは?」
「私は少し用事があったのでな。先に来ているはずだが」
「ならばタシガンの薔薇にいるのかもしれませんね」
 他の来訪者へ応対していたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)もジェイダスと天音に気づく。
「やはりここにいたか」
「わっラドゥ、いらっしゃい!」
「……べ、別に貴様らのために来たのではない。勘違いするな」
 素直に迎えに来たと言えないラドゥ様である。
「でも良かったです。是非一度、お2人をお招きしたいと思っていましたので」
「ここはギャラリーと楽器店なんだよ。お仕事も大変そうだけど、たまには息抜きしないとね」
「おい、引っ張るな」
「ギャラリー。ご覧になられますか?」
「見させていただこう」
「ではこちらへ」
 呼雪はジェイダスとラドゥへ飾られた絵画や彫刻などを見せ、ニルヴァーナで育ちつつある新たな芸術について知ってもらう。
 その間もミニコンサートは続いており、美しい音色がギャラリーまで届く。
 満足そうに作品を見ていたジェイダスだったが、奥の部屋に気づいた。
「あの部屋は?」
「(そういえば、理事長にまだ見せてなかったな)俺の作品を置いてるんです。よろしければご覧になられますか?」
「えっと……(開かずの間は……理事長は全然なーんにも問題ないだろうけど、ラドゥは止めといた方が良いかなっ?)……そうだ。ラドゥはまだコンサート見てないよね。ちょっと聞いていかない?
 皆この日のために練習も凄く頑張ってたんだよ」
 奥の部屋に振れ始めた途端、ヘルがどこかわざとらしくラドゥを誘導してその場を離れる。
 そして息を吐きだす。
(理事長を前にするとなんか緊張しちゃんだよね)
「なんだというのだ」
「えっとね。僕はあの呼雪の絵を見ても平気だけど(ぶっちゃけ下手絵にしか見えない)、何人かあの絵を見て倒れてるから」
「何? ジェイダスは」
「理事長は大丈夫だと思うよ〜。前も褒めてたし」
 説明しつつ、とりあえずミニコンサートの席へと案内。元々ヘルの仕事はこちらなので、手際もいい。
「ゆっくりしていってね……さすがにアレを買っていく猛者はいないよね」
 ラドゥや来訪者に笑顔でそう言った後、ぼそりと呟く。
 フラグが、フラグが立った!

 ひっそりと奥の間が空いたすきに除いた一人の男が
「これは素晴らしい!」
 と一点。呼雪の絵を買っていったとかいないとか。

「ジェイダス様、ようこそタシガンの薔薇へ」
 一通り楽しんだ後は隣のカフェで休憩する。スキヤ・ティーを飲んだジェイダスは目を細め
「ほほお。これはまた良い香りだな」
「ありがとうございます。地下に咲く花から作ったお茶です。アガルタ原産なんですよ」
 優雅にほぼかみながら、エメはスキヤ・ティーに合う季節のデザートをテーブルに置く。プレートには紅葉が描かれていて、それもまたジェイダスが気に入ったようだった。
「ラテアート、続きしよう。それでね、後で花火も一緒に」
「駄目です。他のホストたちに示しがつきません」
「えー……ねえ、ラドゥ様。可哀想な僕のために長居してね?」
「……どうしてもというなら、いてやらんこともない」
「わーい、ありがとう。あ、ラテ・アートはね……」
「ラテ・アート。よろしければジェイダス様もどうですか?」
 穏やかな時間は、こうして過ぎて行った。



 どうしてこうなった。
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は両手に抱えている荷物を見て、息を吐きだした。折角の祭りだと言うのに……。
「次はあっちに行くでありんす」
「はい。そなたも、行きますよ」
「……はい」
 見つけた小物店へと突撃していくのは、サングラスをかけたハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)だ。今日はお忍びでやってきたのだが、忍んでない気がビシビシするのは気のせいだ。
(祭りだー……でも、護衛兼荷物持ちとして離れられないしなぁ。はぁ)
 また大きなぬいぐるみを購入した姿を見て、もう1人の同行者に声をかける。
「瀬山。悪いがあの荷物はお前が持って……瀬山?」
 振り返った先には、あら不思議。空気と今まで購入した荷物が置いてあった。

「に、逃げられた」

 がくりと肩が下がる忍者さん。しかしどこかで悟ってもいたのだ。どうせこんなことになるんだろうな、と……諦めである。
 髪の毛が抜けないか、ちょっと心配である。
 それでも大量の荷物を絶妙のバランスで積み上げて運ぶ姿は、さすがであった。
 よっ! さすが苦労人!
 違った。
 よっ! さすが忍者!

「ふむ。少しお腹が減ったでありんすね」
「そういえば、もうそんな時間か」
「どこか良いお店を知りませんか?」
「と言われても……俺もあまり詳しくは……あ。あそこでたこ焼き売ってるみたいだな。折角だし行ってみるか」
 そろそろ小腹がすいてきた、ということで唯斗が見つけたその店に駆け寄っていったのだが
「……ここで何してるんだ、瀬山」
「何ってたこ焼き焼いとるんやけど」
 あっけらかんと答える同行者であり、一緒に荷物持ちをしていたはずの瀬山 裕輝(せやま・ひろき)に「そうじゃなくて」と唯斗は脱力する。
 そう。裕輝はなぜかたこ焼き屋を出していた。
「あ。お好み焼きとイカ焼もやっとるけどな。あ、まいどおおきに」
 らしい。
 イカ焼を客に渡しながらそう答える。それから唯斗の方を見て言う。
「いやぁ、荷物持ちやったらニンジャさんだけでじゅーぶんやろうと思うてな。それやったら、露店でも出した方がええやん?」
「どうしてそうなるんだ!」
「まあまあ。たこ焼きサービスで上げるから、機嫌なおしてぇな」
「おま……むぐっ」
 裕輝は文句を言おうとした唯斗の口にたこ焼きを放り込み――マスク越しに押し付けたはずなのに、なぜか口の中に入っていた。きっとツッコミをしてはいけない――営業スマイルを浮かべて、ハイナと房姫を振り返る。
 唯斗がたこ焼きの熱さに悶えているが、誰も気にしない。……気にしてあげて。
「では私はたこ焼きを1つ」
「わっちは……お好み焼きをもらうでありんす」
「っっっ」
「しょうがないでありんすな。これでものまんし」
 ハイナが近くでお茶を買って、渡す。唯斗もそれでようやく飲み込めたようだった。
「で、紫月さんはどないする? たこ焼きでええんか?」
「……イカ焼も」
 もうすでに怒る気力はなかった。