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リアクション
「……ッ!!!」
全くの不意打ち状態で受けた切はクルクルと天高く宙を舞ったと思うや次の瞬間顔面から地面にたたきつけられる。
「それ、青い鳥じゃないし! ってゆーか、鳥じゃなくてまるっきりモンスターだから!」
轟雷閃が飛んできた先では、【凍桜】紫旋を手にした東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が憤慨した様子で立っていた。
「めっ!」としかりつける秋日子の言葉が切に届いたかは定かでない。
目をグルグル回してピクリとも動かない切に背を向けて、秋日子は窓の方に振り向く。
「2人とも大丈夫? 怖がってない?」
「そりゃあ怖がるに決まってますよ」
答えつつ、奈月 真尋(なつき・まひろ)は窓から中を覗き込んだ。
子ども部屋は薄暗くてよく見えないが、あかりの届かないベッドの上で2組の目がぱちぱちまばたきしているのがどうにか分かる。
「やれやれ。すっかりおびえきってまぁ。
お坊ちゃん、お嬢ちゃん。おっかねぇ化け物鳥は退治されたき、出てきやっしゃ!」
こつこつこつ。控えめに指先で窓をたたく。
チルチルとミチルはしばらくの間硬直しきっていたが、それでも真尋の笑顔に吸い寄せられるように窓辺へと戻ってきた。
「おねえさん、だれ?」
おずおずとミチルが訊く。
「私は奈月 真尋。ほんで、あっちの化け物鳥ば退治してくれたんがぁ東雲 秋日子言います。よろしくお願いするっちゃあ」
ぺこっと頭を下げられて、ミチルもあわてて真似して頭を下げた。
「わたし、ミチル。お兄ちゃんはチルチルっていうの。よろしくね」
「ほんで、自己紹介ばぁ済んだこってすし、ここ開けて中入れてもらえんですか?」
「えっ? 駄目だよ。知らない人は家に入れちゃいけないんだ」
それまで一歩後ろで油断なくやりとりをうかがっていたチルチルが、あわてて鍵を開けようとしていたミチルの手を止めた。
「じゃっど、雪降りよるし、ごっつ寒くてかなわんのです」
「ほんとに寒そうだよ、お兄ちゃん。凍えちゃったら――」
「駄目ったら駄目! おまえ、そんなこと言って、泥棒だったらどうすんだよ!」
「うーん。それは正しい」
秋日子が腕組みをしてうんうんうなずく。
そのとき、ノア扮する黒衣の老婆が真尋の横に並んだ。
窓の前で手をひと振りすると、だれも触れていないのにするりと鍵がはずれてひとりでに窓が開く。
「おばあさん、だれっ!?」
「魔女だよ」
そう答えた瞬間、魔女は部屋のなかでチルチルの前に立っていた。
窓をくぐった姿が見えなかった――そもそも足が悪くて杖をついている老婆に一瞬でそんなことができるわけがない――ことに驚き、目を瞠る2人に、魔女は枯れた声で告げた。
「おまえさんたち、青い鳥を知らないかい?」
「あおい、とり…?」
チルチルは窓の外、通りでまだ倒れたままの青い化け物鳥に視線を向ける。
魔女はつまらなさそうにフンと鼻を鳴らした。
「あれは違う。あんなモンスターじゃない。鳥だよ、あたしが探してるのは」
「鳥ならお兄ちゃんが飼ってるわ。待ってて」
机の上から鳥かごを持ってくる。上からかけられた布をめくり、なかにいるのがハトと知って、魔女はまたもフンと鼻を鳴らした。
「これじゃない。あたしが探しているのは青い鳥さ。病気で寝込んでいるあたしの小さな娘のために、青い鳥がどうしても必要なんだよ」
「どうして?」
「青い鳥は持ち主をしあわせにするからさ」
「しあわせ? お金持ちにしてくれるのか?」
ぱっと目を輝かせたチルチルの反応に、魔女は鼻白み、やれやれと首を振った。
「即物的な子だね。
まあいい。もちろんタダとは言わないよ。青い鳥を捕まえれば、おまえさんたちもしあわせになれる、というのはどうだい?」
「ほんとか!?」
「お兄ちゃん…」
魔女とチルチルの間で視線を行き来させ、心配そうに服の端を引っ張った。
「はぁ、なるほど。探し物の旅ですか。じゃけん、こんなこんまい子にいちいち探させるんも、なかなか面倒やねぇですか?」
真尋の目が机に戻された鳥かごへと向かう。
こっくりこっくり眠っているハトを見て、何か思いついたように、ぽん、と手を打った。
「そだ! 今のうちにそこのハトをパッパと青く塗っちまえば良ぐねですか? そったらあのちびっ子たちも、旅になんぞ出なくてすみますき」
「いや、普通の鳥を青く塗ったりしても意味ないと思うよ。その鳥あの子のペットだし。ペットが塗り替えられちゃったりしたら、きっと泣くよ。
それに、百歩譲ってその案で解決したとして、それって問題なくない? まだここ、始まって1〜2ページのとこなのに「おしまい、おしまい」になったら」
――かなり問題です。2人が泣かなくてもわたしが泣きます、秋日子さん T−T
「……そですか。ええ案や思ったとですがね」
ふーっとため息をついて目を前に戻す。チルチルたちはすっかり魔女の話に魅入られているようだった。
「しあわせの青い鳥かあ。持ってるだけでしあわせになれるんだ。そりゃいいな。
でも、それをどうして俺たちが探してきて、あなたに渡すと思うんだ?」
「お兄ちゃん!」
「俺たちが自分のものにしちゃったらどうするのさ」
魔女のノアはさらに言葉を続ける。
「そうだね…。
いいかい? おまえも知っているとおり、世の中には幸せを享受しているやつらが確実にいる。しあわせというモノを手に入れ、人生を謳歌している。……場合によっちゃ、他人から奪ってでも、世の中の理(ことわり)を曲げてでも、ソレを得ようとする。だが同時に、他人を救った自己満悦という名の幸福にひたるやつもいる。他人が不幸なら自分はしあわせじゃない、って考えるやからだよ。
おまえたちはどっちかね?」
「もちろん、しあわせになるならみんな一緒でなくちゃあ」
答えたのはミチルだった。
「わたしたちだけしあわせになったって、きっと面白くないわ。ねえ、お兄ちゃん」
「あ、ああ…」
妹からせがむように見つめられて、チルチルはうなずいた。
しぶしぶといったその様子に、フードの下でノアが笑む。
「そうして救われた本人が本当にしあわせであるかは分かりゃしないというのに」
「え? なぁに? 魔女さん」
「なんでもない。
さぁお行きなさいな。おまえさんたちの“しあわせ”のために。『しあわせの青い鳥』を捕まえておいで」
「そうそう。うまーく青い鳥見つけてけえったら、おいしいお菓子をあげますからねえ」
真尋がにこにこと笑顔で提案をする。
「わあ。おねえちゃん、ほんと?」
「ちゃーんと私が用意しときますですよ。ゆびきりです」
「え? ちょっと待って!」
対照的に、後ろで事の成り行きを見守っていた秋日子があわてだした。
「キミの料理技能ってたしか――」
壊滅的にヤバかったはず!
あせって止めに入ろうとした手の先で、チルチルが2人の間に割って入った。
「待ってくれよ! 俺たち、ただの子どもだぜ? 魔女のあんたとは違うんだ!
父さんや母さんだっているし。俺たちがいなくなったらきっと心配するに決まってる!」
その言葉にも魔女は動じず、フードマントの中に手を差し込み、ある物を取り出した。
「それならここにいい物がある。これを使いな」
「何? これ」
手渡された帽子をうさんくさそうにじろじろ見るチルチル。
「いいからかぶって、付いてるダイヤモンド飾りを回してみるといい」
魔女の言う通りにすると、一瞬でまるで別世界に来たようにチルチルたちの周囲がぱっと輝きだした。
まるで部屋にある物すべてが自ら輝き出したように光を放っている。
もちろんチルチルとミチルも。
「うわあ!」
驚いたのはチルチルたちだけではなかった。
マットの上で眠っていた犬と猫が飛び起きて、一目散にベッドの下へもぐり込む。
落ち着いて、ようやくベッドの裏から出てきたとき。犬と猫はそれぞれ人間の姿になっていた。
「あなたは?」
「我はおまえの<犬>のチローだ」
ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が生真面目な顔で答える。
「そして私は<猫>のチレット、という役割らしい」
ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が持っていたリュートをしゃらんと鳴らす。
「ええ?」
目をぱちぱちさせるチルチルのかたわらで机の上のランプがカタカタと揺れたと思うや大きな赤い光が弾け、なかからグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が姿を現した。
「王子さま! お兄ちゃん、王子さまよ!」
先に弾けた光のように真っ赤な髪の持ち主で、どことなく気品のある容姿をしている彼に、ミチルが驚喜して叫びながらとなりのチルチルを揺さぶる。
「違う。俺は<光>の精だ」
グラキエスは控えめにトーンを落とした声で答えた。
「彼らがおまえと旅して、導いてくれるよ」
チルチルはもう何が何やら分からない。
ぽっかり口を開けて突然現れた3人の男たちを見上げていると、ドアがコンコンとノックされた。
「お父さんよ! お兄ちゃん、急ぎましょ!」
「で、でも…」
「ここは私に任せて行っちゃって!」
秋日子の手のひと振りで、ベッドにはすやすやと眠る2人の偽者が現れる。
「さあ!」
「う、うん…」
促されるまま窓の方を振り返った、そのとき。
まるでここぞと見計らっていたようなグッドタイミングで、チルチルはどーーーーーーーーんと突き飛ばされた。
あっけにとられた全員の前、小さなチルチルの体はごろんごろんと床を転がる。
「待って! チルチルさん!」
一体いつからそこにいたのか。
両手を前に突き出したままの格好で、ほんわかおねーさんセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が叫んだ。
「……いってぇーっ」
転がった先で頭を抱えるチルチルに駆け寄り、さらに両手で握り締めるセレスティア。
涙のにじんだ彼の目を覗き込み、彼女は訴えた。
「これから旅に出られるのなら、ついでにもうひとつ、青い鳥と一緒にアホい鳥も探してきてくれませんか?」
「あ、アホ…? 俺、そんなの知らな――」
「大丈夫です! そりゃあもうアホな鳥です。どこからどう見ても、絶対見間違えようのないくらい、アホなんですから!
だれ1人例外なく、ひと目見ればそれと分かります!!」
こぶしを作り、早口で力説するセレスティアの姿はそれはそれはものすごい説得力(?)で、チルチルは迫力に押されて後ろにのけぞる。
「チルチル、ミチル、まだ起きているのか?」
父親の声がして、ドアは今にも開きそうだ。
「行きましょう! お兄さま!」
窓に手をかけたミチルのなかの雨泉がはらはらした声で兄を呼ぶ。
事態は切迫している。
「あ、ああ……何がなんだかよく分からないけど、とりあえず分かった。一緒に探してくればいいんだな?
雨――じゃなかった。ミチル、そいつら連れて青い鳥探しに行くぞ!」
「はいっ!」
「よかった、受けてもらえました…。
お二人とも、がんばってくださいね〜」
ほっと胸をなで下ろしつつ、セレスティアは2人の背中に手を振る。
かくしてチルチル、ミチルの兄妹は<光>、<犬>、<猫>を連れて窓から旅立った。
青い鳥と、(なぜか)アホい鳥を求めて――――。
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