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平安屋敷の青い目

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平安屋敷の青い目

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14時49分:大通り

 あの時往来に響いたのは、高らかに響く凛とした女の声だった。

「馬鹿野郎!!」
 舌打ち交じりに、仁科 耀助は遂に言葉を吐いた。
 彼が見やる方向で、一雫 悲哀、ヴェール・ウイスティアリアと餓鬼、怨霊、それに魅入られた人々の混戦が始まった。
 悲哀のリボンが風に揺れるように舞うと、瞬く間に彼らを縛りつけ、行動不能にしていく。
 透明な存在である怨霊はその限りでは無いが、ヴェールの放つ氷によって怨霊はたちどころに消えていった。

 初めはそうだった。
 火術、氷術、それらを駆使したヴェールの作戦通り。
 氷の花の中で、悲哀は闘っていた。
 しかし耀助が危惧していた通り、際限無く沸き続ける闇の者どもに、悲哀達は翻弄されていった。
(蒸気が……!)
 氷と炎で舞い上がった蒸気は白い壁となり、耀助の視界を塞ぐ。
「クソッ!」 

 何時の間にか、本人も自覚の無い内に耀助は飛び降りていた。
 見知った顔を前に、彼は冷酷になり切れなかったのだ。
 白い靄の中、操られた男達に体中を捕まれた悲哀の前に餓鬼の爪が迫っていた。
「悲哀ッ!!」
 ヴェールの悲鳴が、辺りを切り裂いた。



 何時間にも感じられるような沈黙の中、ヴェールは晴れて行く白い靄の影に、悲哀の姿を見つけた。  
「無事だったんですのね!」
 急いでそちらへ箒を走らせるが、次の瞬間にヴェールを息を飲み込んだ。
 悲哀の身体を庇うように倒れている男が居る。
「仁科……耀助……!?」
 確かに知っている。同じ学校の、どうしようもなく女好きで、頭の悪い男子生徒。
 けれどヴェールの知っている耀助と決定的に違ったのは、今の彼には半身が無くなっていた事だった。
 胸から足は無残に袈裟懸けに引き裂かれ、腕は皮一枚で悲哀の太腿の上に垂れ下がっていた。
 溢れてくる血を全身に受けながら、悲哀はがくがくと震え出した。
「ああ! 血が! ……なんで、どうして、こんな!!?」
「……女の子、守れて死ねたら……男冥利に尽きるっ、しょ……」
 首を振り続ける悲哀からヴェールに視線を移し、耀助ははっきりとした声で伝える。 
「つーわけで、宜しくね」
 片方だけ残された手で作られたふざけたピースサインを受け取って、ヴェールは悲哀の腕を掴み空へと舞い上がる。

 大事なものを失った絶叫が、彼女の耳へ届くと、
 ヴェールは静かに目を閉じた。





15時20分:ドラックストア

 この時間のドラックストアの店内は普段とは違う方向なものの、騒がしかった。
「ありがとう、それはテーブルの上に置いてください。
 あ、これは今使います」
 二階の入り口で、双葉 京子は渡された物品を確認している。
 福豆を遠くへ投げるための簡易のパチンコ。
 それからセレンフィリティ・シャーレットから齎された怨霊への有効な手段である水の確保など、様々な事を彼女は引き受けていた。
「そろそろここも塞ぐわよ」
 下から聞こえてきたのはセレンフィリティの声だ。
 二階には主に戦力にならない子供や老人など一般市民を押し込めた。
 だから万が一 一階へ侵入された時の事を考えて、そこへ入れないようにするバリケードや罠を張るのだ。 


「セレン、調子はどう?」
「…………問題ないわ」
 ドラックストアにあるものを駆使してバリケードを張っている相棒に、セレアナは明るく声を掛ける。
 反応は微妙だ。
 外で戦っている時から薄々気づいてはいたが、セレンフィリティにとってこの状況はかなりの負担になっているらしい。
「……さっきの彼――」
「え?」
「私達が入ってきた時に出て行った彼が言ってた通り、
ここは安全かもしれないけど、ずっとここに立て篭もるわけにもいかないわ」
 セレンフィリティの作業する手は止まっていない。
 視線もそこへ向かったままだ。
 だからこそセレアナは不安だった。
 セレンフィリティは疑心暗鬼に囚われている。
 以前の事件にも巻き込まれたからこそ、積み重なるものがあったのだろう。
 セレアナがなんと声を掛けるべきか逡巡している間にも、セレンフィリティは話しを続けていた。
「何時ここも連中によって破られるか分からないし、
そもそも一緒に立て篭もっている客の中に操られてるものが潜んでいるかもわからないわ」
「それは大丈夫よ。
 さっき真が福豆を皆に当ててチェックをしていたもの。
 皆影響は受けてない、ここに居る人たちは安全よ」
 肩におかれたセレアナの手に、セレンフィリティは縋るような気持ちを抑えたまま、頬を寄せた。
「……そうね」
 とただ小さく答えて。


「この霧吹き、使えるかな……
 いや、それよりも頭から水を被ったほうがいいのかな?」
 真が商品の棚をチェックしている。
 その向こうの入り口バリケード近くで、リース・エンデルフィアは足元を魔力で凍らせていた。
 と、そのとき。
 開いた扉から入ってきた男が氷に足を滑らせる。
「た、隆元さん!」
 慌てて手を伸ばしたが、桐条 隆元の身体を支えたのは彼を慕う二人の分霊だった。
 ただ本人には、微妙にうざがられているようで、礼を言ったのはリースの方だったが。
「だ、だいじょうぶ……ですか?」
「ふ、ふん」
 取り繕うように咳払いをして、隆元は何事も無かったかのように冷静な顔で話し出した。
「周囲の怨霊もわしの雨で一通り退散したな。
 まあ又直ぐ沸いてでてくるであろうが」
 隆元は増えすぎた怨霊を祓う為に、定期的に店の周囲の天候を操作し、雨を降らせていた。
 それはほんの少しの間なので、ラグエル・クローリクのサポートと、分霊の立ち回りだけで問題なく行える事だった。
 自らも濡れてしまった髪をタオルで軽くたたいていると、マーガレット・アップルリングがリースの隣に座り込んでいる。
「小娘、何をしているのだ?」
 マーガレットが弄っていたのは携帯電話だ。
 一瞬この状況でメール遊びか? とも思ったが、まさかそんな事もなく。
「学校の掲示板に
 空京で鬼とお化けに豆まきしてる。
 って書き込んでるの」
「豆まき……」
 突っ込みたいことはあったが、マーガレットの話したいようにさせてやった。
「それで、あたしが書き込んだ意味が分かる人はここに避難してって書いてる」
「ほう、それは便利じゃな」
「水や氷についても書いておいたよ!」
 えっへんと鼻を鳴らすマーガレットに、仲間の居ることの有り難さのような、何かを温かいもの感じて隆元は後ろを向いてから微笑した。