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リアクション
【9】
「あれが……ジゼル?」
中空に浮かぶジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)の姿に、誰も彼女の名を呼ぶ事が出来なかった。
たった一月前の記憶の中にある姿とは余りにかけ離れている。成長中だった小さめの身体、肩より長い位置でくるくるあちこちに回っている髪、宝石のように輝く青い瞳は見る影も無く黒く塗りつぶされ、何より数十秒ごとに落ち着き無く表情を変える彼女と真逆の、固まったままの人形のような顔は違う人物にしか思えなかった。
動揺が走る中、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)の勢いのいい声が空のジゼルに向かって飛ばされた。
「ジゼルのバカ、無駄に脂肪(胸)増やせば良いってものじゃないわよ。
私が10割減らしてあげるんだからね!」
「それだとお姉ちゃん並みの胸になっちゃうよ!」
思わず口をついた言葉にティエン・シア(てぃえん・しあ)は慌てて手で隠すが、時既に遅し。
「……ティエン、今日は帰りもその体操服にブルマ決定ね」
「えーっ!」
微笑みに抗議の声を上げた体操服姿(作戦にあたってユピリアに半ば強引に着せられてしまった)ティエンを見て満足げに笑うと、珍しくユピリアは真面目な顔になって二人のパートナーをもう一度見た。
「陣、ティエン。
今のジゼルに歯が立たない事くらい分かってる。
けど、あの子は敵じゃない。
だからやれるだけやりたいの」
頷いてくれるのは分かっていた。
ユピリアが意志を持って見上げた横から、ルカルカの声が飛ぶ。
「貴女はジゼル、ただの女の子のジゼル!」
まるで自分にも言い聞かせているようなそれが、『ジゼル』に届いたのかは分からない。それでもその言葉は皆の心をうった。
どのような姿になろうと彼女は自分達の友人に変わりないのだと、彼等は武器へ手をかける。
それをにやついた青い瞳で見ながら、ゲーリングは金の髪へ指を通らせ独り言のように話し始めた。相手は勿論、空に浮かぶ美しい兵器に向かってだ。
「ねぇセイレーン、ショーの前にはオープニングアクトが必要だわ」
マニキュアが塗られているのだろうか、完璧に整えられた爪先を空へ上げると、それを眼前の敵に向かって振り下ろした。
「滅ぼしなさい!!」
ワサワサと重装備のドレスを振り乱し走る壮太らを見て、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は感心していた。
「(女装して戦闘って意外と動きにくいんだけど凄いな)」
妙な実感が篭っているのは、先日の『空京通勤列車無差別テロ事件』で実体験したからである。そんな訳で今回の妙な作戦をエースは「女装するならもう少しふさわしい時と場所で」と微笑みでスルーした。何より今傍に居るパートナーのリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が悪乗りする可能性も憂慮された。
そんな事を考えている間にも、そのリリアは既に力の行使へ移っている。
手を掲げ皆に降り注がせる様に、力を送った。
その場に居た誰もがカナンの豊穣と戦を司る女神イナンナの加護を受け、身に降りかかる危険に対して敏感になっていく。
「敵はテロリストっていうだけでもう殲滅しても良い対象なんだけれどね。
私の友人に酷い事をした報いは存分に味わってもらわなくては」
抜き身になったその美しい剣と同じ様に金色の瞳に闘志を燃え上がらせるリリアを横目に、エースはセイレーンを見上げた。
「ジゼルを取り戻す事が先決だよ。大切な妹だからね」
『妹』と言ってしまうと誰かが超反応しそうなものだが、妙な事にここに追いついてきていないらしい。『お兄様』が『お兄ちゃん』を探していると、丁度リリアが目の前にやってきた傭兵部隊の剣を払ったところだった。
「そうね、ジゼルを取り戻すのが先決よね。
ならジゼルの気を逸らした方が成功率上がると思うの。彼女を攻撃して注意を集めるからその隙に他の人達、石をお願いね!
――私の大切な友人を返してもらうわよ」
地上に降り立ったセイレーンに向かって、リリアは剣を正面に突き出し突進していく。
近付くにつれて加速しいくかの様なその剣速だったが、いよいよ間合い、という瞬間、セイレーンが珊瑚色の唇を開いた。
人の声では無い。何か聞いた事の無い不思議な音はセイレーンの『歌』そのものである。
それが耳に入ったかと思うと、セイレーンの背に光りの球体が浮かんでいるのが見えた。
「なッ!?」
反射したような瞬きにリリアが目を瞑ってしまうと、その間に目の前にきていた球体が刃のように変化し、身体に突き刺さる。
あれは矢張り『ジゼル』であって『ジゼル』とは呼べない存在なのだ。
リリアへの攻撃を終え、セイレーンが自由な空へ飛び立とうとした瞬間、突然身体に重さを覚え、セイレーンは後ろを振り向いた。
何も居ない。
だが何かが居る。
一瞬の戸惑いの間に天からの雷が降り注ぎ、セイレーンは歌の壁を作り出す事でそれを防いだ。
雷を下ろしたのはエシク・ジョーザだ。それだけは分かる。
セイレーンは魅惑的な声を出し、彼女を自分へと取り込むように腕を広げた。
白い花の香りに何時の間にか砂糖菓子のように甘い香りが混じっている。
エシク・ジョーザはそれに気づかず、しかし最大まで影響を受け地面へと膝をついた。彼女へ一歩ずつセイレーンが近付いて行く。
あと少しという刹那の間に、セイレーンの正面にを水と土、そして花と葉が舞い上がり壁の要にセイレーンの視界を奪った。グロリアーナ・ライザがBrace Phoenix Avatara Flame‐BladedSwordと呼ぶ巨大な二つの剣で地面を掬い上げたのだ。
その間にもエシク・ジョーザの身体は宙を浮き、何かに抱きかかえられてその場から離れて行ってしまった。
救ったのはローザマリアだ。気配を隠すマントと視界から姿を消す特殊迷彩を纏い隠れ潜んでいたのも、彼女である。
「(……本当に伝承通りだわ。
なら目は合わせず、歌も歌わせない方向で戦わないと私達、海に身を投げることになってしまうのね……)それでも、そうよ――」
去り際に、ゲーリングの目がこちらに注目しているのを見て、ローザマリアはある言葉を叩き付けた。
「『No matter how good it might be the beast
whose bloodline doesn’t continue dies out.(幾ら力を誇ろうと、その優れた血を残せなかった獣は何れ滅びる)』」と。
戦いが開始されて、ゲーリング達に言葉を叩き付けたのはローザマリアだけではない。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」
空気を読まない何時もの名乗りを横で聞きながら額の冷や汗を拭い、神崎 輝(かんざき・ひかる)は「あはは」と苦笑してみせた。
この場に置いてはハデスの存在は心強いとも思えるので緊張感を削ぐ程の面白さはこの際トントンだ。
「しかし生物兵器とかセイレーンとか……なんかムカつきますね……
鏖殺寺院ぶっ潰したいけど、まずはジゼルさんを助け出しましょう」
「奴らの送り込みし兵器、アルティメット・セイレーンと、我がオリュンポスの技術の結晶グランジュエル、どちらが優れた兵器か白黒つけるとしよう!」
「って聞いてました!?」
輝のツッコミの間に一つ追記されたいのは、ハデスは他の契約者のように鏖殺寺院を特別に敵視したり憎んだりしている訳ではないというところだ。
じゃあ何なのか、というと、ハデスは鏖殺寺院のことを、
『世界を裏から操る『機関』の実行部隊』だと思い込んで一方的にライバル視しているのである。更にギリシャ神話をモチーフにオリュポスのものやメンバーにコードネーム? を付けていたハデスにとって、相手が同じ神話の生き物の名を冠したセイレーンを持ち出してくるというのはもう挑戦状を叩き付けられたと言っても過言ではないだろう。ならば奴等の新兵器と、我らが合体機晶姫、どちらが優れているか決着をつけるしかない!
……いやね、『機関』ってお前……
と大いに突っ込みたいところだが、
ハデスのパートナーヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)とペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)、
そして輝のパートナー一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)と一瀬 真鈴(いちのせ・まりん)の6人のパーティーメンバーのうち、輝だけがたった一人のツッコミであり、今は突っ込み対象だらけで、おまけに自分までビキニアーマーを着用しているせいか手一杯なのでご容赦願いたい。
そうしている間に、ハデスは手を掲げ彼の悪の軍団の部下というか仲間達に向かって指示を送った。
「さあ、ヘスティア、ペルセポネ!
一瀬姉妹と超機晶合体をおこなうのだ!」
「かしこまりましたご主人様……じゃなかったハデス博士。
直ちに超機晶合体をおこないます!」
「わかりました、ハデス先生っ!
機晶変身っ! そして……」
「機 晶 合 体 ッッ!!」
ヘスティアの声に、四人の身体が合体パーツが輝き始めた。
強い光りに包まれて四人は一つに成って行く。
瑞樹の身体(本体)とパーツが分離すると、真鈴の身体と溶ける様に一つになった。
ペルセポネがブレスレットからパワードスーツを纏い、その身体からスーツが剥がれて行くと、それは一つに成った瑞樹と真鈴の身体に柔らかな筋肉を押し上げるようにを付けて張り付く。
その間にヘスティアの背中のウェポンコンテナは展開し、内部からは加速ブースターと機晶ブースターが出て来た。
空になったそのフライトユニット内部の空間に、ヘスティア自ら『ちょこん』と体育座りで入り込むと、分解していた一瀬姉妹のパーツと共に中空を舞い、アニメチックにガシャーンガシャーンとドッキングする。
こうしてヘスティアは機動面を司るユニットに。
ペルセポネは防御面を司るユニットに。
瑞樹は攻撃面を司るユニットに。
真鈴は指揮系統を司るユニットに。
一つの身体をもった一人の新たな機晶姫が生まれた。一方、装甲をパージしたペルセポネはというと……
「や、やだっ、見ないでくださいっ」
……下着姿になっていました。なお変身シーンは大体バンクです。
こうして現れた機晶姫は、声を揃えて叫んだ。
「「機晶合体グランジュエル!」」
再び(勝手に)一瀬姉妹との合体を行わせたハデスは、「またやった」という輝のツッコミを華麗にかわしながら、謎のカリスマ性による演説でグランジュエルの士気を高揚させていく。
「楽しんでるぅ白衣眼鏡と男の娘!」
笑いながら彼女達の前に現れたのは、伏した傭兵の一人を踏みつけながら剣を抜くトーヴァだった。
一月前に戦った美人……というよりキャラの濃いお姉さんは、グランジュエルのメタリックボディのアーマーが装着された背中を叩く。
「久々ねグランジュエル、準備は良い?」
「オールグリーンです!」指揮系統となっている真鈴の声に頷いて、トーヴァは剣先をゲーリングへ向けた。
「さあ、一緒に突っ込むよ!」
「はいッ!」
かつての敵と味方が共闘する、という熱い展開は宜しかったのに、ここからは宜しく無い。
「こちらを見るのだ!!」
突然。彼女達の隊長の一人であったハデスの声がその場に響いた。
ゲーリング、そしてセイレーンや他の者も思わず戦いの手を止め、ハデスに、そしてその横で目を反らしている輝に注目する。
輝はビキニアーマーを纏っていた。
こちらはいつも通りだし、全く違和感もないし、むしろエロティックなくらいだ。
皆が首をひねったその瞬間満を持して、バッ!! と、オノマトペを纏いながらハデスが白衣のボタンを弾くように開いた。
白衣の下から露になったのは、白いボディのビキニアーマーだった……。
「ククク、さあ、この俺の格好を見るが良い!
そしてセイレーンよ、地上に降りてくるがよいわ!
……って、ぐほあっ!!」
自覚の無い変態スタイルと化していたハデスの魂を、究極の乙女の金切り声が引き裂いた。
『きもちわるいへんたいちかよらないであなたのことがきらいです』的な。そんな歌だった。
派手に吐血して倒れているハデスを見下ろし固まっているグランジュエルに、遠くからローザマリアの声が飛んでくる。
「セイレーンとマトモに目を合わせては駄目よ!
もし神話通りの力を持つようになっているのだとしたら、あの声や容姿や香りが一番危険だわ」
ありがとう。今一つ遅かったけどありがとう。
「という訳でグランジュエル、白衣眼鏡は尊い犠牲となったのだ。
これに学んで、あの技を喰らわないように気をつけよう。ね」
トーヴァお姉さんの真顔の言葉に、グランジュエルはコクコクと頷いていた。
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