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リアクション
■第六幕:最後の分岐点
玲亜がいちごに攫われたことなど知りもせず、必死に彼女の行方を探す者たちがいた。
川村 詩亜(かわむら・しあ)とミア・マロン(みあ・まろん)の二人だ。
彼女たちは玲亜の連れ歩いているパラミタペンギンに付けた発信機を頼りに行方を追っていた。だが突如、その挙動が異常なことに気付いた。
「なんかあの子、すっごい早く移動してるんだけど」
「もうっ! あの子ったらなにやってんのよ。本当に世話が焼けるわよねっ!」
ミアの語気は荒い。
だが言葉の端々から心配している様子が窺えた。
「最近この島は物騒だって話を聞いてたのに……」
「見つけたらお仕置きね!」
玲亜の位置を知らせる光点は街の外へと向かって行く。
光点の動きが止まった。彼女たちがその場に辿り着くと、目の前には寂れた建物があった。元はホテルか何かだったのだろう。いくつも窓があるがどれも木の板が打付けられていた。中の様子は見えない。
「詩亜! ここ見て。穴が開いてるわ」
ミアが一階の部屋を指さして言った。
そこも元は木の板で封鎖されていたのだろう。だが板は釘の刺さっている箇所だけを残して壊されていた。力技で無理に通ろうとしたように内側へと板が向いていた。
閉めきった建物の中はとても暗い。
「……ミアちゃん行くわよ」
「本気っ!? ……し、しかたないわね。ついていってあげるわよ」
ミアは言うと詩亜と共に建物の中へと入っていった。
しばらくして、建物の前に幾人かの人影が現れた。
彼らは何事かを話すと詩亜たちの後を追うように建物の中に入っていく。
――パタパタパタ
詩亜たちの足音が廊下に響く。
静かすぎるせいで足音がやけに大きく聞こえた。
HCから発せられる光を頼りに彼女たちは進む。
――パタパタ、ピチャ、パタパタパタ、ピチャ
足音に混じって水の滴る音が聞こえてきた。
「なにかしら?」
詩亜が足を止めるとミアも彼女に寄り添うように立ち止まった。
耳を澄ませる。
――くちゃ、くちゅ、ぴちゃぴちゃ……
どことなく粘り気のあるような音だ。
それは近くの部屋から聞こえてくるようで、扉が少し開いていた。
仄かに明かりもある。
部屋へと踏み入ると、壁に寄り添うように倒れている玲亜の姿があった。
「「玲亜!」」
二人が叫んだその時だ。
――ズジュルルルルルッ!!
激しく何かを啜る音が部屋に響いた。
思わず、音のした方に振り向いてしまう。
そこにはぺたんと座り込んだ白髪の老人の後ろ姿があった。
首からは血管が浮き出ており、皮膚は弛み、骨と皮だけのような、まるで病人のような姿だ。生気のない容姿だった。だがそんな見た目とは裏腹に彼は必死に何かを貪っていた。鬼気迫る、とはこのような様子を指すのだろう。
ぽいっと、無造作に彼は何かを彼女たちの方へ投げた。
カーペットが敷いてあるせいか落ちる音は聞こえなかった。
板の隙間から漏れる光がその正体を教えてくれる。
それは……骨であった。
「あー……あああ、あー……」
老人が立ち上がる。
皺だらけで弛み切っていた皮膚は徐々に張りを取り戻していく。
振り向き、玲亜たちに見せた姿は記憶喪失の青年いちごであった。
「な、なんなのよあんたはっ!?」
一部始終を見て冷静さを失いかけていたミアが叫んだ。
彼女の視線は自然と彼の座っていたところへ向かう。
いちごの背後、喰い散らかされた肉片があった。それが彼の異常さを際立たせる。
「本当はその子で補うつもりだったんだけどねー。この人に見つかっちゃってさ」
そう告げる彼の手にはシャンバラ教導団の制服が握られていた。
血の跡が残る制服を無造作に投げ捨てた。
「さすがに二人も食べ切れないからそっちに半分捨てちゃった」
そっち、と彼が指さす方には風呂場が見えた。
何があるのか想像はしたくない。
後退りする二人に彼は告げる。
「ああ、うん。だいじょーぶ。夜までは保てるから黙っていてくれれば何もしないよ」
にこにこと笑みを浮かべていちごは言った。
邪気の感じられない笑顔だ。
「な、なんでこんなことしたの?」
「さっき見たでしょ? おれ失敗作だから他ので補わないと身体が崩れちゃうんだよね」
「失敗作?」
「んー? だった気がする。ニビルのこと妬んでたからおれに八つ当たりばっかりだよ」
彼がそう告げた時、廊下からバタバタと駆け寄ってくる幾人もの足音が聞こえてきた。
扉が勢いよく開け放たれる。
「無事じゃの」
「これは――」
「いちご……お前がやったのか?」
現れたのは草薙に月摘、長曽禰だ。あとから玄白たちも姿を現す。
外からウルスラーディたちの声も聞こえる。どうやら建物を包囲しているようだ。
「はやかったねー」
「廃墟の調査に行っていたうちの一組と連絡が途絶えたからな……オリュンポスの件を任せようと連絡を回したおかげだ……いちご、お前は何者なんだ?」
厳しい視線を彼はいちごに向ける。
「しらない。ほんとーにしらないよ。だからさ――」
彼は言うと窓へ向かって駆け出した。
木の板をぶち破り外へと身を躍らせる。
「ここは4階じゃぞ!?」
叫び、窓による。
見ればいちごは反対側の建物へと手をかけていた。
腕を深く壁に突き刺している。
「人間業には見えないわね」
「僕も同意見です」
皆の見守る中、彼は建物を昇っていく。
そして言った。
「あっちから懐かしい匂いがするんだ。だから行ってくるよ」
皆の返事を聞かずに彼は建物から建物へと飛び移っていく。
彼の向かった方角にはヴィムクティ回廊がある。
意図する意味を理解したシャンバラ教導団の面々は逃すまいと動き出した。
しかし、この日を境にいちごの姿をゴアドー島で見かけることはなかった。
封鎖を抜けてニルヴァーナに向かったのか、まだ島に潜んでいるのか分からない。
ただ一つ、行方不明者が多発する事件はなりを潜めた
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