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リアクション
第1章 お昼前
午前の部ももう終わりに近づいた、空京西部フォーラム大講堂。壇上では「ゆる族をマスコットとして登用して大きな競技会を成功させた」というスポーツ振興会の会長なる人物が弁舌をふるっている。
講演会もそこそこ時間がたっているためか、聴講する客席にはところどころだれている感じが見受けられたりもする。
逆に、真剣な気持ちで聴いている者からは、その内容を心に留めようという気概がどことなく感じられたりもする。
……しかし、いまいち傍目にはその違いが分かりにくいのは、聴講客の多くが「ゆる族」だからだろう。
「凄いなぁ……ゆる族が一杯だぁ……」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は、つい顔がふわんと緩みそうになるのを抑えつつ、その光景に思わず呟きを漏らす。
会場の後方にいるので正面からのがたは見えないが、ゆる族特有のもこもこした人影が聴講の客席を埋め尽くす図はざらに見られるものではなく、何だか和んでしまう。
(でも午後は、ゆる族以外は入れないみたいなんだよねぇ……残念だなぁ)
大集合の図も壮観で興味深いけど、瑠樹としては、ゆる族がどんな風に就職活動してるのかとか、ゆる族が和気藹々と会話してるところなどを、見たかったりもしたので、そこは残念であった。
(午後はどうしようかなぁ……マティエは参加するから一旦別行動になるし)
パートナーのゆる族・マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は瑠樹の隣で、真面目に講師の言葉に聞き入っている。時々、何か感じるものがあるのか、メモまで取っている。
「これだけの数のゆる族が一堂に会すると……さすがに壮観だな」
会場の最後方から見ていてその光景に、神条 和麻(しんじょう・かずま)も驚いたように呟いた。
彼がパートナーと共にこのゆる族ワークショップを訪れたのはたまたまのことだった。何か必然性があってのことではない。それでも何となくこの場にいてふらふらと見て回ろうとしているのは、そんなことでもパートナーの気休めくらいにはならないかという、あまりあてにはならない思いがどこかにあったからだろうか。
「うん。すごいですねぇ……」
傍らのエリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)は、どこか上の空で返事する。
以前、タシガンでとある夜宴に参加してから、エリスが何か悩んでいるのは、和麻にも分かっていた。一人で鬱々としているその原因を、彼女は語りはしないが、何となく察しはついていた。魔鎧としての自分の記憶にない過去を探し、あの宴で様々な魔鎧職人に訪ね歩いたエリス。その宴からこの方ずっと、塞ぎこんでいる、ということは。
(……けど、俺には何も出来ない)
エリス自身の問題だ。それに直面して答えを出せるのは彼女自身の他にいない。自分にできるのはそれを見守ること、それと少しの手助けくらい……
エリスは相変わらず、悩みを口にはしないが、頭の中につねにそれはある。
――私は彼と一緒にいていいのだろうか、苦しめてしまうのではないか、という思い。
御手洗 ジョウジ(みたらい・じょうじ)は古参のゆる族だが、地球で働く後進のためにと招待状を受け取ってワークショップに参加しており、今回の講師に名を連ねてこそいないが、主に主催の関係者などが座る貴賓席に自席を設けられている。軍手を着用した巨大な手が椅子に座っている図はなかなかシュールだが、客席のほとんどがシュールな絵図になっているだけに大してそこは目立っていない。むしろ、分かる者には分かるであろう(と思われる)、熟年の渋みを漂わせている。
振興会会長のスピーチが終わり、拍手がわく中。
「どうでしょう先生、最後に先生の方からも挨拶など……」
後進から敬意を払われるべき先達だと知っているのだろう、主催の委員から、小声でそのように言われ、講師の話を聴きながら会場の若いゆる族たちを見渡していたジョウジは首を振った(手だが)。
「何の話の用意もないし、古参がしゃしゃり出ての挨拶なんざ、若いのにはウザったいだけでしょうよ」
ふっと鼻で笑って(手だが)拝辞する。
と、その時。
「あーあーあーテステステス」
もそん、っとしかし強引に、舞台袖から出てきた影が突如壇上を占領する。先程まで講師たちが何の問題もなく使っていたマイクをわざわざテストしてハウリングを一度起こすと、
「お待たせしましたネ、ミーの話、思う存分聞いていってくださいヨ」
おほんと咳払いをして話を始めたのは自称ろくりんくんことキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)。別に招待を受けても講師を請われてもいないのだが、どうやらその頭の中では、ただ郵便事情で届いていないだけということになっているらしい。
「みなさまもご存じのとおり、かの、ろくりんぴっくの実現には……」
主催側の戸惑いをよそに、勝手に話し始める。「誰だあれは」「プログラムには…」などという困惑のざわめきが広がるのも、全く気にかけていない。
「わー、あれ、ろくりんくんだ! ティモシー見てよ、ろくりんくんだって!」
何も知らずに後方の席から見ている東條 梓乃(とうじょう・しの)は、噂に聞くろくりんぴっくのマスコットの出現に素直にテンションが上がり、隣りのティモシー・アンブローズ(てぃもしー・あんぶろーず)の腕を叩いて囁く。
興味本位だけで気まぐれに動くパートナーの何か面白そうじゃない?」が理由で、ワークショップに来たがいいが、正直ゆる族が対象の就職セミナーが主眼というだけに、ちょっとばかり退屈していたが、この時ばかりは子供のような興奮した表情を見せていた。
気が付くと、ティモシーが笑って自分を見ている。――いつものような、どこか小馬鹿にするようなニヤニヤ笑いでなく、目を細めるような微笑で。
「ふふっ、シノはオコチャマだねぇ♪」
「な……っ、こ、子供扱いしないでくれるかなっ!!」
我に返った気恥ずかしさと相まって、頭を撫でられながら顔を赤くして憤慨する梓乃であった。
「それからの苦労の連続……よよよよ(泣)。雌伏の期間はミーが独りでシャンバラ各地を回って領主の協力を取り付けたのヨ」
事実にないことを臆面もなく並べ立てて口舌を止めないキャンディスを、プログラムの都合もあり(もうじき午前の部は終わりで、午後の就職説明会に備えて会場のセッティング替えが待っている)おたおたし、何とか壇上から下ろそうとしているスタッフたち。
「その経済効果は……(建国特需も含めて)……」
しかし、実力行使で引きずり下ろされるまで、キャンディスは諦めることなく喋り続けたのだった。
ジョウジのパートナー、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は、2階ロビーからそれを見ていたが、
「……? 何だかごたごたしてるなー、さっきまで“恙なく進行”してたのに」
他人事のようにぼんやりとそんな事態を見下ろしていた。
若干の混乱をきたしつつ、午前の部は何とか終了した。
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