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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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マッサージと甘い時間


 フィリピンの首都マニラ──。

「不思議な街ですわね……近代的な建物と歴史的建造物が並んで建ってるんですもの」
 感心する冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の隣では、泉 美緒(いずみ・みお)も同じ表情で頷いている。
「小夜子様、マッサージの後はマカティに行きませんか?」
「ふふっ、いいですわね。きっと一日中お買い物しても飽きないんでしょうね」
 楽しいショッピングの時間に思いを馳せながら、小夜子は予約をしたマッサージ店を見つけた。
 綺麗な店で、中に入り名前を告げると部屋に案内される。
 小夜子が選んだのは、ヒロットというマッサージだった。
 彼女が案内する店だからと、ここまで安心しきって任せていた美緒だったが、マッサージを受ける際にほとんど服を脱ぐのだと知った時はおおいに慌てた。
「さ、小夜子様、本当に……?」
「私も一緒にいますわ。ですから我慢してくださいね。その……美緒は胸が大きいでしょう? 肩や背中が凝っているのではと思いましたの。背中だけのコースもありますわ」
「小夜子様、わたくしのために……ありがとうございます。少し恥ずかしいけれど、小夜子様もご一緒なら平気ですわ」
 美緒は嬉しさにほんのり頬を染めて微笑んだ。
 ヒロットとは、温めたバナナの葉とバージンココナッツオイルを使って、やさしく撫でるように施術していくフィリピン伝統の療法のことをいう。
 体内のエネルギーの流れをスムーズにすることで、体内バランスを回復させる効果があると言われている。
 腰から下には肌触りの良いタオルをかけて、寝台にうつ伏せになった二人はマッサージ師の手の動きにうっとりとなっていた。
 会話はないが、時折、微笑みを交わし合う時間はゆったりとしていて、とても気持ちが良かった。
 アジアンテイストな部屋の雰囲気も、時間を忘れさせる効果があった。
 決して短い時間ではなかったが、終わってしまうとあっという間だった。
 小夜子がまとめて料金とチップを支払い、二人は店を出た。
「どうでしたか? すっきりしましたか?」
「ええ、とっても! 今なら苦手な水にも浮けるような気がしますわ」
「ふふっ。何なら海にも行きましょうか?」
「えっ、そ、それは……」
 慌てる美緒がおかしくて、小夜子は口元を手で隠して小さく笑った。
「もう、いじわるは言わないでくださいませ」
「でも、あなたが言いだしたのですわよ?」
「それはそうですけど……」
「海へは行きませんわ。だって、これからこの広いショッピングモールを制覇するんですもの」
 周りには、デパートやブティック、レストランにカフェが立ち並び、多くの人で賑わっている。
 見ているだけで楽しくなってくる。
「フィリピン料理もたくさん堪能していきましょうね」
「わたくし、マンゴーも食べたいですわ。それから、お洋服も見てみたいですわ。小夜子様に似合うものはあるかしら」
 女の子同士の話題に花を咲かせつつ、二人は歩きはじめる。
 いつしか、その手は甘く繋がれていた。



あの人へ届きますように


 エクアドル、ガラパゴス諸島──。

 大陸と陸続きになった歴史を持たないここでは、多くの固有種が見られる。
 そんな珍しい生き物達に会おうと、弁天屋 菊(べんてんや・きく)親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)は飛行機と船を乗り継いでやって来た。
 島によって生息している生き物が違うという。
 ガラパゴスゾウガメを見たいという菊のため、二人はサンタ・クルス島のダーウィン研究所を訪れた。
「でかい……!」
 菊の第一声はそれであった。
 岩ほどもあるずんぐりした巨大なカメに、卑弥呼も驚きの表情で見つめている。
「浦島太郎のカメって……」
「いや、違うだろ。日本にはいないから」
 ぼんやりとした卑弥呼の呟きを、即座に否定する菊。
 感心した様子でその貴重なカメを見ていた卑弥呼だったが、やがて切なく瞳を揺らして言った。
「董卓様にも、見せてあげたかった……」
 あいつが見たら、うまそうだとか言い出しそうだと菊は思ったが、言わないでおいた。
 ふと、卑弥呼は空を見上げる。
「倭国ともパラミタとも違う空だね。今さらだけど、初めてのとこに来たんだなって思うよ!」
 満面の笑顔を向けられ、菊もつられるように笑顔になる。
「あたしも、海外旅行は初めてだ」
「どうせなら、浦賀から黒船で旅してきてもよかったな」
「よくない。何か月かかると思ってんだ」
「えー」
 本気で不満そうに見える卑弥呼に、菊は呆れた視線を送った。
 菊はまたガラパゴスゾウガメに目を戻すと、何か考え込むようにしばらく見続けていた。
 翌日は、ガラパゴスペンギンを見に船で別の島へ向かった。
 バルトロメ島のピナクルロックのあたりへボートで進む。ここはガラパゴスペンギンの繁殖地なのだ。
「あっ、いた!」
「菊、落ちるっ」
 船縁から身を乗り出す菊を、卑弥呼が慌てて引き戻す。
 ふと周りを見てみれば、似たような観光客がちらほら。
 二人は並んで黒と白の模様のペンギンを見た。
「意外と小さいんだね」
「うん……あのさ、卑弥呼」
 不意に、菊は真剣な表情で菊に話しかけた。
「昨日のゾウガメ見た時にも思ったんだけど、ここの生き物、パラミタにいくつか連れてったらダメかな」
「地球の生き物は拒絶されるって聞いたよ。無理なんじゃない?」
「そうか……拒絶されるのか。残念だなぁ。──よし、それなら人間を連れてくか! おーい、そこの人ー!」
「ちょっと、菊!?」
 菊は観光客を捕まえてはパラミタに行かないかと勧誘していった。
 そして、若いカップルをゲットしたのだった。
 卑弥呼もまた、この地でやってみたいことがあった。
 フロレアナ島のポスト・オフィス湾にはおもしろいポストがある。
 ポストといっても、回収に来る郵便局員はいない。
 設置されたのは18世紀頃と言われ、船乗り達がこのポストに手紙を投函しておくと、立ち寄った別の船が自国宛ての郵便物があれば持って帰って届けたというのが始まりだ。
 今では観光客がそれを真似て、ポストに手紙を残したら、残した数だけ自国宛ての手紙を持ち帰り、帰国した際に切手を貼って送る習慣になっているらしい。
 卑弥呼は、昨晩董卓へ思いを込めて綴った絵葉書を投函した。
「董卓様、ガラパゴスペンギンのヒナの絵葉書を気に入ってくださると嬉しいです」
 卑弥呼は遠い地の想い人へどうか届きますように、と願うのだった。



高いところは好きですか?


 ペルーの山奥──。

 よくこんなところに小屋を建てたなと思うようなところを訪れる者達。
 ここは、自称小麦粉の取引交渉が行われる場所の一つだ。
 扉を開けると、中にいた男達から一斉に警戒の目を向けられた。
「怪しい者ではないであります!」
「いや、怪しいとこだらけだろ。そいつに何をした? 何の用でここに来た? お前はいったい何者なんだ?」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は「待って待って」と慌てて止めた。
「自分はパラミタから来た葛城吹雪であります! 今日はこの地に伝わる麻……いえ、自称小麦粉製造の極意に触れたくてやって来たであります!」
「どうやって来たか知らねぇが、ガキが来るとこじゃねぇ。とっとと帰って母ちゃんの手伝いでもしてろ」
 童顔で小柄な吹雪は、見た目の年齢よりも年下に見られてしまったようだ。
 このままでは追い返されてしまうと思った時、上田 重安(うえだ・しげやす)が間に入ってきた。
「まあ待ってください。少し吹雪殿の話も聞いてくれませんか?」
「あんたが保護者か? 子供の躾くらいちゃんとやってくれ」
「いや、違いますよ。だいたい年齢の勘定が合いませんって」
「何歳の時のガキだろうがどうでもいい。さあ、行った行った! 観光地は別にあるぜ!」
 吹雪と重安は小屋から放り出されてしまった。
 吹雪は道案内に捕まえて脅した男をジトッと見つめる。
 男は困り切った顔でぼやいた。
「だからダメだって言ったじゃないっスか。そんな顔で睨まれても知りませんよ」
「む……じゃあ、農場への案内を頼むであります!」
「えー」
 渋った男の額に、試製二十三式対物ライフルの銃口が突きつけられた。
「引き金のかる〜いライフルであります……」
「嘘だ! あんたがすぐ撃つだけだろ! でも死にたくないので案内するっス……」
 この運の悪い男は、涙を飲んでいけない農場へ吹雪達を連れて行ったのだった。
 しかし、そこでは収穫物の加工まではやっていなかったため、吹雪が欲しかった自称小麦粉は手に入らなかった。
 その代わり、重安の交渉によりいけない収穫物を購入することができた。もちろん、値切れるだけ値切った。
 これはシャンバラ大荒野のいけない農場でいけない加工をすると、自称小麦粉になるだろう。
「できあがったらどこに隠しておこうかな。大荒野……いや、ニルヴァーナ……」
 夢見がちな表情で呟く吹雪だが、その前に、無事に出国できるかが問題だ。

☆ ☆ ☆


 クスコからバスで移動して着いたのは牧場。
 牛ではない、アルパカやリャマの牧場だ。
 憧れの地に降り立った立川 るる(たちかわ・るる)は、目をキラキラさせて牧場入口へ小走りに行った。
 そこにいた牧場の人はるる達観光客に飼葉を渡し、
「ようこそ。これはエサ。持ってると寄ってくるからあげてね」
 と、愛想よく笑った。
 受け取ったるるはさっそくアルパカの群に歩み寄る。
 飼葉のにおいに惹かれたのか、今までるるにお尻を向けていたアルパカが、のっそりと振り向いた。
「これが本場の……! ふふふっ、かわいいなぁ」
 寄ってきたアルパカはるるが持つ飼葉にかぶりつき、もっしゃもっしゃと食欲旺盛。
「やっぱりパラミタの野生のアルパカより毛並みがいいね。絡まってないもん。……ほしい!」
 るるは目の前のアルパカに抱き着いた。
 お食事中だったアルパカは、迷惑そうに首を振った。
 るるは、シャンバラのアルパカ毛の品質をあげようと活動しているが、一人では限界がある。
 アルパカの飼育法や毛刈りがそれだ。
 本場の牧場でそれを学んで帰るのもいいが、やはりプロに直接来てもらうのがいいだろう。
 パラミタに拒絶され弱ってしまうので、アルパカは連れていけないが……。
 るるの目は、素早く飼育者を見つけた。
「すいませ〜ん! るると一緒にパラミタのアルパカを育てませんか〜!」
 突然声をかけられて首を傾げたのは、二十代後半くらいの男性だった。日に焼けた肌が健康的だ。
 るるは、勢い込んで訴えた。
「パラミタにもアルパカはいるんだよ。野生だから、ここの牧場のアルパカみたいに綺麗じゃないけどね。るる、それを何とかしたくて……。ね? パラミタに技術を伝えてほしいの」
 ただでとは言わないよ、とるるはラピス・ラズリ(らぴす・らずり)を呼んでカピバラを連れてきてもらった。
「これ、るるの気持ち。一緒にパラミタで一旗揚げよう!」
 ラピスもるるの力になろうと、闇のスーツケースからパラミタのアルパカ毛を取り出して見せた。
 さらに、準備してきたスケッチブックも。
 そこには、アルパカ・天使・空へ向かって矢印が描かれていた。
 ちなみに天使は守護天使であるラピスを表している。
 僕とアルパカと一緒にパラミタに行こう、の意である。
 しかし、じっと絵を見つめた男性は、何故かはらはらと涙をこぼし出した。
「ど、どうしたの!?」
「死んだアルパカ、ちゃんと天に昇っていったんだね……」
「ち、違うよっ。そういうんじゃなくて……あれ?」
 ここでラピスは自分の勘違いに気がついた。
 てっきり言葉は通じないと思って、意思疎通のためにこの絵を用意してきたのだが……。
 戸惑いの顔でるるを見るラピス。
「ふふっ。通じちゃうみたいだね。それならそれでいいじゃない。あのねお兄さん、これは『僕とアルパカと一緒にパラミタに行こう』っていう意味なんだよ。パラミタが拒絶するから、アルパカは連れていけないんだけどね」
「ああ、そういう意味だったんだ……」
「一緒に来てくれるなら、ちゃんと住むとこも用意するし種もみ学院ていう学校もあるよ。年齢なんて関係ないから、パラミタに慣れてもらうのにちょうどいいと思う」
 この時、るる本人は「いないよ」と言うノーホエアマンが彼女の頭上でふわりと舞っていた。
 じっと反応を待つるるは、男性の心が揺らぐのを敏感に読み取った。
「小型結界装置のことも何とかするし。あとこれも見て」
 るるは、改めてパラミタ産アルパカ毛を見せた。
「これがパラミタのもの。もっといいものを作りたいの」
 真剣な沈黙がおりた。
「パラミタ……。君がちゃんと俺の面倒見てくれるならいいよ。まさか、いきなり一人で放り出したりしないよな?」
 しばらく考え込んでいた彼はそう言って悪戯っぽく笑った。
 るるの表情がパッと輝く。
「いきなりは行けないから、準備ができたら連絡する。携帯ある?」
「あるよ! 決心してくれてありがとう! パラミタに高品質のアルパカ製品を広めようね」
 そしていつか、自分のブランドを立ち上げたいとるるの夢はふくらんだ。
 話がまとまったところでラピスがウキウキとした声で言った。
「僕、マチュピチュに行きたいの。案内をお願いしてもいいかな?」
「そうだな。パラミタのこと、いろいろ聞きたいし。一緒に行こう」
「やったー!」
 ラピスは両手をあげて大喜びだった。

☆ ☆ ☆


 こちらはマチュピチュへ向かったもう一組。
 ガイドや他の観光客と共に遺跡を目指してひたすら山を登る。
 黙々と登り続けてやがて山の頂に着くと、突然それは目の前に現れた。
 整然と組み上げられた石の遺跡。
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、言葉もなく、ただ上からの景色に見惚れていた。
「空中都市、空中の楼閣、インカの失われた都市……いろいろ呼び名も耳にしたし、写真もいくつも見たけれど、実際目の前にするととても美しい遺跡ね」
 さゆみの言葉は風にかき消されそうなほど小さなものだったが、アデリーヌの耳にはきちんと届いていた。
「精緻で繊細で……かつてここで暮らしていた人々の息遣いが聞こえてくるようですわ。もっとも、その頃のわたくしは難を逃れるために身を隠していましたけれど」
 インカ帝国がスペインに滅ぼされた頃、西洋は魔女狩りの真っただ中だった。
 吸血鬼である自身も迫害の対象になるのは目に見えていたため、アデリーヌは人目につかぬように暮らしていた。
 さゆみはその孤独を思い、そっとアデリーヌの手を握る。
 恋人のぬくもりにアデリーヌは幸せそうな微笑みを浮かべた。
「下に降りて、もっとよく見てみましょう」
 アデリーヌに誘われ、さゆみと二人、ゆっくりと遺跡の中へ降りていった。

 上から見下ろしていた時はよくわからなかったが、マチュピチュはそのほとんどが斜面だった。
「アディ、足元に気をつけてね」
「ありがとう、大丈夫ですわ」
 お互いを気遣いながら時が止まった遺跡の中を歩いていると、ふと水の流れる音が聞こえてきた。
 音のするほうへ向かうと、そこにあったのは水路だった。
 組んだ石段を上から下へ、細く流れ落ちている。
「シャンバラにも、もっと凄い遺跡はたくさんあるんだろうけど、地球の遺跡もまだまだ謎だらけね。この水、ずっと遠くから運ばれてきてるそうよ。それを、今でもこうして運んでくるってことは……」
「とても数学が発達していましたのね」
 インカは用いていた暦の正確さにおいても有名である。天文技術がいかに発達していたかという証拠だ。
 水路からあちこちを歩いてたどり着いた日時計を眺めながら、二人はそんなことを思った。
 機能的で芸術的な街の設計、たった一つの二階建て建築物、直線的な街並みの中にある曲線の神殿──。
 それらを巡った二人は今、美しい棚田を一望できるところで休んでいる。
「ここはモンスターも出てこないし、のんびりしていられるわね」
「そうですわね。またいつ来られるかわかりませんもの。時間が許すかぎり堪能していきましょう」
「ふもとには温泉もあるそうよ。山を下りたら入ろうね」
「楽しすぎて今夜は眠れそうにありませんわね」
「寝不足になっても私がついてるから大丈夫よ」
「ええ。あなたがいる限り、わたくしに不安なことなどありませんわ。あなたにとっても、そうであると嬉しいけれど」
「今さらそれを言うの?」
 苦笑したさゆみの指がアデリーヌのすべらかな頬に触れる。
 言葉以上にお互いの想いを確かめるように、二人は唇を触れ合わせた。