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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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四千年の歴史


 中国上海市郊外──。

 のどかな水郷と言えば聞こえはいいが、中国でもトップクラスの経済都市のイメージからはかけ離れている。
「ここは親しみを感じるな」
 カンゾーの感想は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も思うことだった。
 古い石造りの家並み。川を挟んだ向こうには広大な田畑。
 時間がゆっくり流れているように感じるところだった。
「あ。畑を耕している人がいるよ」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が指さした畑に、麦わら帽子を被り鍬を持った人がいた。
 三人が近づいていってわかったのは、一見緑に見えた畑の作物が実は痩せていることだった。
 憂うように眉をひそめるコハク。
 近づいてきた三人に農家の彼は気がつき、顔を向けた。
「見慣れない顔だが、どちらさんかね?」
「私達、パラミタから来ました。小鳥遊美羽です。おじさんはお仕事中?」
「そうだな……だがもう、いつまでここで作物が育てられるか……。わかるだろ、こんなに痩せて。昔に比べて、水も悪い」
 疲れたように首を振る。
 美羽達は顔を見合わせると、何かを決めたように頷き合った。
 コハクが農家の男性に麻袋を差し出して言った。
「これは、パラミタの種もみじいさんがくれた種もみです。質の良い種もみだから、強く育つと思います」
「俺達の住むとこもここと似てるんだ。乾いたとこでも育つような丈夫な奴だぜ」
 カンゾーが続きを引き取って言うと、農家の男性は麻袋を開けて中を確認した。
「これは……本当に良いものだね。いいのかい? あんたらのとこも大変なんじゃないのかい?」
「あっはっは、気にすんな! これはほんのみやげだ」
 カンゾーが男性の背を叩く。少し力が強かったようで、彼は軽くよろけた。
「よかったら、畑耕すの手伝うよ。ね、カンゾー、いいよね?」
「ああ。畑仕事は得意だ。──おう、お前ら! いっぱい収穫できるように気合入れていくぞ!」
 オーッ、と返したのはカンゾーについてきた舎弟達。
 そして美羽とコハクも加わってワイワイと賑やかに土を耕していると、農家の男性の知り合いが自転車で通りかかり声をかけてきた。
「おや、もしかしてお孫さん達かい?」
「いやいや、パラミタからの観光客だよ」
 手を止めて話し始める農家の男性。
「へぇ、パラミタの。そういや街のほうでも何かやってたなぁ」
「そうなのかい? しかし、彼らは働き者だよ。私の息子達はみんな都会に行ってしまったからねぇ、こんなに大勢での畑仕事は久しぶりだ」
「ははは。こっちも久しぶりにあんたの楽しそうな顔を見たよ。──パラミタか。どんなところなんだろうな?」
「さぁ……ここと似ているところもあると言っていたが」
「パラミタかぁ。私のとこの土は悪くなる一方だ。日光も、昔よりは見えるようになったが……パラミタは太陽が見えるんだろうか」
「太陽を見ずにこの世を去るのも寂しいな。いっそのことパラミタに行くか」
 二人の会話は美羽達の耳にも届いていた。
 だから、この言葉に鍬を止めて顔を見合わせる。
「本当に、パラミタに?」
 最初に口を開いたのは美羽だった。
 コハクも期待するような目で見守っている。
「そうだな……ここの土では元気な作物も望めないし」

 後に、彼とその一族、話を聞いて興味を持った一家が、美羽やカンゾーを頼ってパラミタに移住してきた。
 そして、そこで運命的に種もみじいさんに出会い、仲間になっていったのだった。


 美羽達が訪れていたところのように、上海も中心部を外れれば貧しい人達が大勢いる。
 国頭 武尊(くにがみ・たける)猫井 又吉(ねこい・またきち)は、都市近郊のそういったいわゆる貧民街に生徒募集に来ていた。
 非物質化して運んできた装輪装甲通信車を元に戻して停め、以前パラ実生が撮ってきた各地のオアシスの現状や、チョウコやカンゾーの話を編集したものをスクリーンで見せた。
 いったい何事かとたちまち人が集まり、映像にじっと見入る。
 武尊は人々の反応を待った。
 やがて、近くにいた貧しい身なりのまだ若い男性が同情の目で言った。
「パラミタの奴らも苦労してんだなあ。空京とかいうところは大都市だと聞いたが、他はこんな感じなのか……。で、これを見せて何しようって言うんだ?」
「この種もみ学院の連中が、今、地球に来ている。自分達のオアシスを救うためにだ」
「国のトップに支援でも頼むつもりか?」
 無理だろ、と男の顔は言っていた。
 武尊は首を振って否定する。
「もっと直接的な方法だ。こいつらはいろんな国の奴らにパラミタに来ないかと誘ってるのさ。オアシスのあるシャンバラ大荒野は厳しい環境だが、やり方次第でいくらでも変われるところだ。自分を試すには打ってつけだな。──少なくとも、顔も知らない雲の上の連中から理不尽に締めつけられることはない」
「へぇ……」
 やる気のなかった男の目に、わずかに光が差した。
「やさしくてかわいい女の子はいるかな?」
 どこかで聞いたようなセリフに、武尊は苦笑してしまった。
「そりゃいるけど、振り向いてもらえるかは君しだいだな」
「そりゃそうか」
 いつの間にか、周囲の人々は二人の会話に聞き入っていた。
 やがて、新しい生活だの一旗揚げるだのという声の混じったざわめきが広がっていく。
 そんな彼らに決心させようと、武尊は声に力を込めて言った。
「寝るところと食べる物。そして学ぶ場所はオレ達が用意する。そこで結果を出せるかは努力しだいだ。来る者は拒まない。──どうだ、一緒に来ないか?」
 パラミタに興味を持ち始めた人々の雰囲気を感じ取った又吉は、まずは良しと頷いた。
 何よりも、興味を持ってくれなければ始まらない。
 しかし、又吉と武尊の狙いはもう一つある。
 市長や行政関係者に会いたい──。
「知識層や富裕層の奴もほしいんだよな……リスクはあるかもしれねぇけど」
 通信車のスクリーンのないほうでタイヤに寄りかかる又吉がこぼした。
 だが、ふと気がつく。
「これだけの騒ぎになってるのに、警官らしいのが誰も来ねぇ……?」
「ひょっとしたら、見逃してくれてんのかもな」
 又吉の疑問に答えたのは、人々の中から抜け出してきた武尊だった。
「ここは貧民街だが、中心部からそれほど遠いわけじゃない。そこで急にこんなに人が集まったことが、行政側に知らされていないとは考えにくい。きっと、オレ達もことも伝わってるだろう。それでも解散させに来ないということは……」
「なるほどな。つまり、武尊が思った通り、黒孩子や孤児や失業者に頭を悩ませてたってことか」
「癪に障る部分もあるだろうが、こいつらの不満が爆発して反乱を起こされるよりは……ってとこかもな」
「交渉の役に立つかと思って用意してきたこいつだったが」
 そう言って、又吉は傍の闇のスーツケースをポンと叩く。この中には最終的に話をまとめるための切り札──砂金がつまっている。
「いい意味で、無駄になったな」
 その後、子供から老人まで、移住を決めた人々が武尊にその意思を伝えにきた。
 まだ迷っている人には、又吉が映像を編集した際に最後に自分達の連絡先を表示しておいたので、行く気になったら連絡をくれるだろう。
 少しは総長らしい仕事をできたかな、と武尊は新しい人生に賭ける人達の顔を見て思った。


 貧民街でこんなことが起こっている頃、市の中心部でも特に人の賑わう通りでは。
「こう? こんな感じ!?」
「もっと手早く! そんなんじゃしなびた料理にしかならないアル! 中華はスピードが命ネ!」
 注文から料理が出てくるまでの待ち時間が短いことで有名な店で、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は体当たりで料理を習っていた。
 カンゾーとは違い、地球から人を連れてくるのもいいけど、知識を持って帰るのもいいかなと思い、こうして指導をお願いしたのだ。
 早いだけでなく味も良いこの店は人気店で、突然やって来たミルディアはオーナーに会う前に一従業員にあっさり断られてしまったのだが、彼女は諦めずに熱意を訴えつづけたのだ。
 取り付く島もない従業員の態度に、一緒に来たローザ・ベーコン(ろーざ・べーこん)が他を当たるべきかと思った時、オーナー兼シェフが顔を出したのだった。
 このオーナーは人情に篤い熱血漢のようで、ミルディアが、
「まともな学食もない貧しい学校に、おいしい料理のレシピを持って帰るんだ。だって、人を雇うお金もないからっ」
 と、とっさに思いついたことを言うと、涙を浮かべて同情し、指導は厳しいがそれでもついてくるなら入って来なさい、と返事をくれたのだ。
 勉強は苦手だが、料理のことは不思議と頭に入るし手も動くミルディンは、基礎はあったためすぐに調理からレッスンが始まった。
 そして今、大きな中華鍋で炒め物を作っている。
「さあもう一度! キミは基礎もあるし素質もあるネ。だから、ワタシもビシビシいくアル。短期間で教えられるだけ教えるアルヨ!」
「はい、シェフ!」
 熱い厨房で、二人はさらに熱く燃え上がっていた。
 そんな二人の様子に、
「おもしろい……」
 と、目を輝かせるローザ。
 彼女もミルディアに付き合って、料理を勉強しに来たのだが、気がつけばその調理法を哲学的観点から分析することに熱中していた。
「中華料理は複雑だ……。もともと広大な国土を持ち、気候も民族も多様。それらが交ざりあうことで次々に新しい味が生まれる……。まさに混沌とした中国を表現しているようじゃないか。それは、素材を生かして味を高める日本とも、香りを基調にした欧米料理とも違う。これを科学的に解析するのも興味深い……いや、難しすぎるか」
 それもまたおもしろい、と呟いた時、オーナーから怒声が飛んできた。
「そこ! ブツブツ言ってないで手を動かす! 野菜は切ったアルカ? ──進んでないアルネ!?」
「ローザさん、さぼってないで!」
 ミルディアの怒声も続いて飛んできた。
 息ぴったりの二人に苦笑し、ローザは包丁を握り直した。
「あまりの奥深さに圧倒されてしまったよ。今から巻き返そう。中華料理は実践あるのみだな。ふふ、非常におもしろい」
 ローザは目の前の白菜を真っ二つに切った。