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●Epilogue

 翌日、早朝。
 教導団の作戦室。
 ユージーン・リュシュトマ少佐はスチール製の冷たい椅子に腰掛け、分厚い報告書に目を通している。
「……おそらく、ブラッディ・ディバインはもう立ち直ることはできないでしょう。主犯格のイーシャ・ワレノフは逃亡中ですが、すぐに指名手配になる予定です」
 外では蝉が鳴いていた。
 室内は冷房が効いているのだが、報告者……ユマ・ユウヅキは緊張しているのかうっすら汗ばんでいた。
「イーシャ・ワレノフに拘束されていたザカコ・グーメルさんは、その後パートナーの強盗ヘルさんによって救出されたとのことです。イーシャの不思議な能力を目の当たりにした参考人として、いずれお話を伺ってみたいと思います。
 ソノダ女史は病から回復したものの、しばらくシャンバラに留まる予定です。いずれ視察にまわりたいとのこと。彼女が、この地を理解するきっかけになればいいと思います」
「ユマ、主観は不要だ」
「ハッ! 失礼しました!」
「ところで」
 老眼鏡を外して眉間をもむと、リュシュトマ少佐はジロリとユマを見た。
「誰の入れ知恵か?」
「何が、でありますか」
「報告は董少尉が行うものと考えていた。……譲られたな。おおかた、今回戦績らしい戦績のない貴様に、活躍の場を設けようという考えだろう」
「え、いや、そういうわけでは……」
「テレスコピウム少尉の入れ知恵か?」
「ち、違います! あの人は……こういうことは思いつきません! いや、思っても実行しないというか……」
「語るに落ちたな」
 あっ、とユマは絶句した。
「テレスコピウムの性格ならよく知っている。前の補佐官だったからな。琳少尉の案だな?」
「あ……はい、そうです」
 扉の向こうで、どっ、と転ぶ音が聞こえた気がする。
「構わん。続けるといい」
「はい」
 ユマは話しながら、腰に帯びた銃を意識した。
 重みはまだ、そこにあった。

 同じ敷地内。二時間後。
 レジーヌ・ベルナディスは房の内側を覗いて、
「あの子が……」
 と言った。
 あんな幼い子が暗殺犯――クランジΙ(イオタ)だなんて信じられない。
「目を覚まさないのかな?」
 エリーズ・バスティードは素朴な疑問を口にした。
 保護されてまもなく、イオタは昏倒した。麻酔をかけ手の応急手術を行ったが、まるで目を覚まさないという。
「彼らも相当悩んだらしい。我々に預けることは、虜囚となることを意味する。だが、オングロンクス……大黒美空の狙撃犯という複雑な感情を考慮し、医療スタッフの揃った最新鋭の設備と、シャンバラ内でも屈指の堅牢な施設を求めた結果、ここに預けるのが一番と判断したようだ」
 クローラ・テレスコピウムが説明している。
「もちろん、彼らも黙って引き渡してはくれなかった。最低でも週一度は面会させること、それに快復後の陪審など、色々と条件を呑まされたよ。ユマのときみたいに実験材料扱いするなとはさんざ念を押された」
「あの子……イオタが納得するかどうかは別だろうけどね」
 と言うマリエッタ・シュヴァールに、水原ゆかりは冗談めかして会話を続けた。
「騒ぎだしたらマリーが一喝したらいいんじゃないかな? 『ガタガタ言わないで大人しくする!』って」」
「えー? あたしそんな言い方しないよー……いや、するかも」
 鉄格子はない。しかし、そこは最新鋭の警護システムがとられた独房だった。
 現在、独房内はベッドと生命維持装置が置かれ、病室としての役割も果たしている。
 イオタは死んだように眠り続けていた。
 起きているとき、彼女は悪鬼も裸足で逃げ出すような毒舌の持ち主だとゆかりは聞いていた。
 ――それでも。
 安らかな寝顔を見て、ゆかりは思う。
 ――寝ていると、あの子って無垢な赤ちゃんみたい。