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リアクション
「皆さん。止まってください。……これは、涙なんです」
雨に濡れながら、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が討伐隊のもとに駆けつけた。
彼女もリース同様、彼らの説得を試みる。無駄な闘いを避けるために。
「あそこに星が見えますよね? あれは愛涙の島の幻影で、近いうちに消えてしまうことでしょう。そのとき、この異常気象も終わります」
雨が強くなっていた。一粒一粒が、鉄のように硬い。
アイスプロテクトで身を防ぎながら、彼女は説得をつづけた。
「お願いです。どうか、2人の恋を見届けてもらえないでしょうか」
詩穂もまた、恋をしていた。シャンバラの国家神――アイシャ・シュヴァーラに。
詩穂が頑張れるのは、愛する人といつの日か再会できると信じているからだ。愛する者を想うことは、時として、生きる意味に匹敵する。
詩穂はなんとしても、少女の恋を守りたかった。
「悪いが、お嬢ちゃん。子供の戯言に付き合っている場合じゃないんだ」
ドラゴン討伐隊が、詩穂の隣を素通りしようとする。
彼女は両手を広げ、進路をふさいだ。アイシャの騎士として生きることを誓った、その高潔な眼差しで、詩穂は見据える。
「……たしかに、私は子供です。誰も戦わなくて済む、そんな世界を夢見ています」
「お嬢ちゃん……」
「でも、だからこそ。人は誰でも一度は夢見たはずなんです。思い出していただけませんか。子供のころに描いた、無駄な争いのない、そんな世界を」
討伐隊がざわついた。目の前に立つ少女は、どう見たって小学生である。
そんな幼い外見とは似つかないほど、詩穂の眼光は鋭く、言葉は重い。
「ハルミアも、えっと、ドラゴンさんを倒すのは、ちょっと待って欲しいのですっ」
ハルミア・グラフトン(はるみあ・ぐらふとん)が、パートナーアルファ・アンヴィル(あるふぁ・あんう゛ぃる)とともに走り寄った。
討伐隊の前に回り込んだハルミアは、すぐに説得をはじめようとする。しかし、彼女を遮るようにして、アルファが一気にまくし立てた。
「竜……ことに、高雅な魂を持つ成竜を失うのは御免被ります。我々は同胞に扶翼しようという意識が強いのですよ。少なくとも、群れておきながら排除しあう人間より――ああ、どうぞ御気になさらず。とくに他意はございませんので。それよりも、あなた方は竜が人を襲ったと主張なさっている。だが考えていただきたい。襲われる心当たりは、無論ないでしょう。どうですか? ご意見があるならどうぞ。……はい、ないようですね。ならば、竜のほうに襲う理由があるのか? これは愚問です。異常な趣味の持ち主か、あるいは知性を失った竜でもない限り理由なく人を襲ったりなど致しませんよ。ええ、わたくしが保証いたしますとも。人なんて襲う価値もないですからね。いや失敬。ともかく、そのように思考能力の低下した輩ならばところかまわずに熾天使の力を使おうと動いた筈です。けれども彼の竜はそうしなかった。しからば、答えはすでに自明ですね。問題の竜には人を襲う意志などない。大事なことなので二回言いますよ。問題の竜には人を襲う意志などない。以上がわたくしの結論でございますが、いかがでしょう」
「……アルファ、よく喋るなあ」
討伐隊のメンバーと一緒に、ハルミアが呆気にとられていた。
「やっぱり仲間のこと大切なんだ。でも、ダメですよっ! あんまり失礼なこと言っちゃ。みんな二人を助けようとしてくれてるんですからねっ」
饒舌なパートナーを制すると、彼女はふたたび討伐隊に向き直った。
「アルファが話してくれたこと以外の可能性も、考えてみたいと思うのです。たとえば、竜が自分の力を……えっと、なんて言うんだっけ……。そうだ、誇示したいと思ったら、きっと人の前に姿を見せてから襲うはずなのです」
たどたどしくあるが、熱心な口調で、彼女は説得をつづける。
「……村や町、家族や友達が心配なのは、ハルミアにもよく分かるのですっ。あたしにも故郷に家族がいるし、何か起きたら心配だもの……」
「だったら、止めないでくれよ」
「あの、はい。だから、やめてとは言いません。せめてもう少しだけ……どうか待っていただけませんか?」
「そうは言われてもなぁ……」
空にかかる雲は、ますます厚くなっている。
マーガレットが【嵐の使い手】で蹴散らしているが、そろそろ限界だろう。
雨が、いちだんと強くなっていた。
それでもハルミアは、真っ直ぐな心で、討伐隊に訴えている。
「いま……契約者の方たちが、真相を探りにいってくれています。きっとドラゴンさんの無実が明かされるんです。その間だけでも、どうか待っててくれませんか? おねがい、します」
ぺこりと、頭を下げるハルミア。顔から滴る雨粒が、大量の涙に見え、胸がしめつけられるような痛切さを感じさせた。
「――お嬢ちゃん。頭をあげてくれ」
討伐隊のリーダーらしき男が、ハルミアに近づきながら言う。
「ここで、待つことにするよ。こんなかわいい女の子たち……あと、かわいくない鳩と竜に……、ここまで説得されちまったらな。無下にするわけにはいかないさ」
「あ、ありがとうございます!」
ハルミアがもう一度、ぺこりと頭を下げた。
討伐隊の説得は、成功した。
ほっと一息ついた詩穂が、空を見上げる。彼女の視線がとらえたのは、雲の端でおぼろげに瞬く、愛涙の島の幻影である。
詩穂は、フリューネが星辰異常について語ったことを思い出す。フリューネ自身、すべてを理解しているわけではないが、復活した浮遊島の光が幻であることは知っていた。
「……フリューネさん。本当に、これは幻影なの……?」
すべては、消えてしまう運命にあるのだろうか。星の光も、泣き止まない少女も、空から降る涙も。
「……でも。ふたりが出会って、恋をした、その事実だけは本物だよね」
霏々(ひひ)として降りつづける雨のなかで。
詩穂は、ただひたむきに、消えることのない恋を信じていた。
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