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種もみ学院~迷子は瑞兆?

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種もみ学院~迷子は瑞兆?

リアクション

 一行が種もみの塔に着くと、姫宮 和希(ひめみや・かずき)を始め数人が待ち構えていた。
 しかし、そこに殺気立ったものはない。
 一定の距離で足を止めた英霊達に、和希が親しみのこもった笑みを浮かべた。
「よぉ、久しぶりだな。しばらく会ってなかったからって、俺の顔を見忘れたとは言わせねぇぜ」
「ははは。先代皇帝を忘れるわけがないでしょう。お元気そうで何よりです」
 応じたのは劉備だった。
「ミツエも元気か? なかなかそっちに顔出しできなくて悪かったな。最近、種もみ学院で荒野の復興活動を始めて、けっこう忙しくなっちまってさ……」
「あなたのご活躍は届いていますよ。いつか時間ができたらでいいので、ミツエを訪ねてやってください。喜びます」
 ところで、と和希はひょいと劉備達の後ろを覗く。
「後ろに金魚のフンみたいにぞろぞろついて来てる奴らは何なんだ? まさか、復興の手伝いをしてくれるメンツを集めてきてくれたのか?」
「いや、彼らは……」
 言葉を濁す劉備の前に、ジャジラッドの巨体がぬっと進み出た。
「もしや良からぬ連中ではないだろうな? 種もみの塔は今や大荒野における立派な観光名所の一つに数えられる場所だ。種もみ剣士の聖地であることは知っているだろう?」
 真実はどうかはともかく、ジャジラッドはきっぱりと言い切った。
 確かに、荒野に暮らす者でここを知らない者はいない。
 その他、どこぞの企業のオフィスがあったりヤ●ザの事務所があったりラーメン屋があったり、知る人ぞ知るところだ。
「契約の泉も、地球とパラミタを繋ぐ友好の地として、ついこの前だが賑わいを取り戻した。そのどちらにも種もみ学院が関わっているわけだが……オアシスの活性化という現地住人達の希望を潰すようなことをすれば乙王朝はどうなるか、わからぬわけではあるまい」
 もともと争うつもりのなかった劉備はジャジラッドの言葉に頷き、争いになっても気にしない風であった曹操とあまり関心のなかった孫権を見た。
「ま、ミツエの名に傷がつくのはまずいよな。今回はあいつに言わずに来たわけだし」
 孫権はあっさり受け入れた。
 残る曹操は。
「貴公の口からそのような言葉が出てくるとはな。荒野の復興にそれほど関心があるとは知らなかった」
 おもしろそうにジャジラッドを見上げていた。
 これで英霊達と戦いになることはないだろう。
 劉備もホッした様子で用件を切り出した。
「ここを訪ねたのはわけがあるのです。虹キリンがこちらに来たと聞きまして、迎えに来たのです」
「虹キリンか。そういやそんな話があったなぁ。種もみ学院の未来を祝いに来てくれたって、カンゾー達が騒いでたっけ」
 とぼけた和希に劉備が表情を明るくさせた。
「本当ですか。学院にいるのですか?」
「いや、捕まえることはしなかったらしいから、この塔のどっかにいるんじゃねぇかな」
 劉備達はそびえる塔を見上げ、とたんにげんなりとした顔になる。
「俺達も付き合うからさ、行こうぜ」
「全部で60階か……途中に数階分ぶち抜きがあったと思うけど、うへぇ」
 文句を言いながらも孫権が和希について歩き出す。
 劉備と曹操もため息をこぼしつつも続いた。
 そうなると、黙っていられないのが喧嘩する気満々だったパラ実生達だ。
 カンゾーが言っていた通り当初の見込みよりふくれあがった人数はおよそ五千人。
 和希とジャジラッドに挟まれて英霊達が塔内に入ると、自分達も乗り込むぞと踏み出したが、その前にシリウスとリーブラが立ちふさがった。
「何だテメーは! 邪魔する気かっ」
 先頭のパラ実生が二人に怒鳴り声を放つ。
 シリウスも負けないくらいの大声で言う。
「乙王朝の重鎮がそろっての訪問だぞ! この意味を少しも考えないのか!」
「ぶっ潰しに来たに決まってんだろ!」
「フン。種もみ学院の評判を聞いて学府に欲した、これだ!」
「なっ、まさか、ンなわけねぇだろ!」
 とは言うものの、彼に最初ほどの勢いはない。
 シリウスの声が届いたパラ実生達も驚愕している。
 彼女はここぞとばかりに力を込めて言った。
「国には最高学府がつきものだぜ? 今時、途上国でも小さな学府を持ってるもんさ!」
 シリウスの後ろでは、塔に入りかけた英霊達も驚きに目を見開いているのだが、ジャジラッドに隠れてパラ実生にも見えていない。
 和希は今のうちに、と三人の英霊を塔に引き入れた。説明は後である。
「授業を見学したいってなら、いいタイミングだ。これから始まるところだぜ!」
 ニヤリとしたシリウスを指さし、震える声で一人のパラ実生が言った。
「ま、まさか……あの悪夢みてぇな座学じゃねぇだろうな」
 彼が言っているのは、学院立ち上げ時に百合園との姉妹校に強引に持ち込もうとしたことだ。
 その時シリウスとリーブラは、百合園の教育実習生として座学でパラ実生を苦しめた。
 姉妹校の最終目的として両校の合併があったため、看過できなかったのだ。
「何を言ってんだか。学府だぞ、悪夢も何もやることは決まってるだろ。あの時みてぇな生ぬるいレベルじゃねぇよ」
 彼は顔を真っ青にしたが、参加していなかった者達は何とか勢いを取り戻そうとしていた。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。ガクフだかトウフだか知らねぇが、俺らの目的はこの塔だ。そこをどけ!」
 シリウスに掴みかかったパラ実生は、しかし次の瞬間には地面に背中を打ち付けて転がされていた。
「あらあら……ちゃんと足元を見ないと危ないですわよ」
 素知らぬ顔で小首を傾げてみせるリーブラ。
 彼女は突進するパラ実生の勢いを利用して投げ飛ばしたのだ。
「このやろう、ふざけやがって!」
 周りのパラ実生達がいきり立って突っかかってきたが、その前にシリウスとリーブラは塔内に素早く入り、重い扉を閉めてしまった。
 勢い余ったパラ実生が扉と衝突する音が響く。
 リーブラはしっかり鍵をかけると、シリウスに振り向いた。
「皆さんを追いかけましょう」
「どこにいるかな?」
 二人はくすくす笑いながら階段を上っていった。

☆ ☆ ☆


 岩と砂だけの荒野で葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)董卓 仲穎(とうたく・ちゅうえい)を見つけた時、彼はアルミラージと取っ組み合いをしていた。
「テメェ、しつけーんだよ、このデブが! 失せろ! その無駄な肉を大地に還せ!」
 自分を捕食しようしている董卓を口汚く罵っているのがアルミラージだ。
 金色の体毛は神々しさを感じさせるが、口の悪さで台無しにしている。
 対して董卓はそんな罵倒など聞いていない。
「一口でいいんだよぉ〜。そのぷりぷりした腿のあたりの肉をくれよぉ〜」
「何がいいんだかさっぱりわからねぇよ!」
「代わりに敦の肉をやるからよぅ〜」
「パートナーじゃねぇのかよ! しかもいらねーし、あんなひょろい奴!」
 言い合いながらも拳を振るい、角を突出しと大暴れである。
 吹雪は何とかして話しかける隙を覗っていたが、やがて待っていては埒が明かないことがわかった。
 なので、思い切って駆け寄ると董卓の背に飛びついた。そして肩までよじ登る。
「と、董卓さんでありますかな?」
 激しく揺れる董卓の肩の上で、吹雪は舌を噛まないようにしながら声をかけた。
 この時、董卓はようやく吹雪の存在に気がついた。
「お? お前は何者だぁ〜? 俺様は今、とっても忙しいぞぉ〜」
「自分は葛城吹雪という者であります。董卓さんがアルミラージを追っていると聞き、探しておりました」
 自己紹介の直後、アルミラージの角がすぐ頭上を掠めた。
 伏せていなければ頭がぶっ飛んでいただろう。
「実は、自分もアルミラージを追っていたのであります。彼奴の肉は直火焼きして、塩だけでがぶりと齧り付くのがおいしいと思うであります」
「素材の味をそのままにだなぁ〜。うん、うまそうだぁ〜。俺様が仕留めるから、吹雪は焼くといいぞぉ〜」
「楽しみであります!」
 董卓の頭からは、もはや腿のあたりを一口、という言葉は消し飛んでいた。
 吹雪に少しと、後は全部自分が食べる気満々である。
 肉を焼いてくれる人が現れたのだから、当然なのだが。
「おとなしく、食べられろぉ〜!」
 ますます攻撃を激しくする董卓。アルミラージも負けていない。
 吹雪は振り落とされないように、またアルミラージにやられないように、必死にしがみついていた。


 その頃契約の泉では、アルミラージに対抗するために魔女会議が開かれていた。
 主催者はエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)
 集まった魔女達を見渡し、エリシアは率直に考えを述べた。
「死なない程度にぶちのめしたら、仲間にしてほしそうにこちらを見ている……という展開になるのではと思うのですけれど」
「確か、言い伝えでは優れた魔女が手懐けたのよね? 私、動物と仲良くする自信はあまりないけれど、椿に期待されちゃやるしかないわね」
 と、緋月・西園(ひづき・にしぞの)泉 椿(いずみ・つばき)を見て微
笑む。
「あたしは虹キリンの護衛につくけど、何かあったら手伝うよ」
 魔女達を助けようと考えているのは椿だけではない。
 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)もエリシア達のために準備をしてきている。
 舞花は手帳を見せて言う。そこに書いたことはすでに暗記している。
「アルミラージは雑食性。人間が食べるものはアルミラージも食べると思っていいようです。体が大きい分、食べる量もそうとうだそうです」
「何やら董卓に似ておるな」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)の指摘に頷く一同。
「私、アルミラージ用のお団子を作ろうと思っています」
「餌付けか?」
「そうですね。仮にうまくいかなくても、気をそらすことはできるでしょう?」
「では、わしもギャザリングヘクスをこしらえてみようかの」
「ええ。お願いします」
「それならワタシ、トラップ仕掛けるヨ。エサにつられてやって来たアルミラージを引っかけてやるネ」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の頭の上で『罠作りのススメ』のページをぺらぺらとめくるアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)
「罠を作るなら俺も手を貸すよ」
 と、酒杜 陽一(さかもり・よういち)も参加を示した。
 それから、細かな作戦とアルミラージと董卓を引き離すための人員も決まり、それぞれは実行に移すことになった。

 椿と同様に虹キリンの守りにあたるつもりでいる早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、一言も話さない虹キリンに疑問を抱きつつも、契約の泉に広がる森へ導いた。
 虹キリンはこちらの言っていることは理解しているようだった。
「虹キリンは、しゃべるんだよな?」
 呼雪は椿に聞いた。
「ああ。見た目のわりにあんまりかわいい声じゃなかった気がするけどな」
「話さなくなった原因は……」
 椿は苦笑して肩をすくめた。
「しばらく会ってなかったからな、さっぱりだ。ところで、こいつはここに隠すんだろ? どの辺がいいかな」
「この辺でいいだろう。これで、辺りを塗り替える」
 これ、と呼雪が手にしたのは背に担いでいた身の丈ほどの筆。
「先ほど会議をしていた森の入り口から、できるかぎり虹キリン色にする」
「木を隠すなら森ってやつだな。こいつの模様じゃどこにいても目立つもんな。周りを変えるしかねぇか」
 虹キリンを撫でながら椿は笑った。
 呼雪が幻妖の筆で木を撫でると、虹キリンの模様にスッと塗られていく。
「カラフルな森になるなぁ」
 椿はおもしろそうに呼雪の筆の動きを見ていた。
「万が一、ここからもっと逃げなくちゃならなくなっても、僕にも策があるから何とかなるよ」
 椿の反対側からやさしく声をかけるのはヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だ。
 しかし、それよりもヘルは虹キリンの事情が気になって仕方なかった。
 ヘルはテレパシーで話しかけてみた。
『ねぇ、僕の声聞こえるー?』
 ぴくりと虹キリンの耳が跳ねる。
『君のこと、聞きたいんだけどいいかな?』
『……』
『何があってここに来たの? 乙王朝で何かあったの?』
 虹キリンは明らかに挙動不審になった。
 あちこちに視線をさまよわせ、フンフンと鼻を鳴らしている。
「動揺してんのか? ヘル、こいつに何かしたのか?」
「テレパシーで話しかけてみただけだよ」
「テレパシーにびっくりしたにしちゃ変だよな。なぁ、もっと話しかけてみろよ」
 ヘルは虹キリンの正面に立つと、再度テレパシーを向けた。
『僕達は君の力になりたいんだよ。困ってるなら遠慮しないで言ってみてよ』
『お……ぬ……』
 初めて虹キリンが反応した。
 かと思うと虹キリンは首から頭のてっぺんまで真っ赤になり、
「うおぇぁぁぁぁああああ!」
 突如、叫び声をあげて駆けだしてしまった。
「あっ、待って!」
「何だ、怒った? おい、何を言ったんだ!?」
「困ってるなら力になるって言っただけだよ。それに、怒ったって言うよりは……」
「とにかく追うぞ!」
 ヘルと椿は虹キリンが駆けて行った森の中へ走り出す。
 呼雪も幻妖の筆をいったん収め、二人を追いかけた。