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種もみ学院~迷子は瑞兆?

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種もみ学院~迷子は瑞兆?

リアクション

 アルミラージとしては、これで存分に虹キリンを食えると思ったわけだったが。
 虹キリンがいるという契約の泉の森を前に、呆然と立ち尽くしていた。
 呼雪の幻妖の筆により、森のあちこちが虹キリン色に染まっていたからだ。
 何故あちこちなのかというと、虹キリンの事情を教えてもらおうとヘルが好意的に接するたびに、虹キリンは意味不明な叫びをあげて真っ赤になって逃げだしてしまうからだ。
 逃げた虹キリンの後を追い、また話しかけている間、呼雪は筆を振るっていた。
 その繰り返しの結果、虹キリン模様と緑色のまだらの森ができたのだった。
「ま、紛らわしいだろ……!」
 こんなことしてくれた奴も食う、と心に決めたアルミラージの前に人がひとり、ひょっこり出てきた。
「お前が森をこんなふうにー!」
「何の話ー!?」
 間の悪いところに出てきたのはアキラだった。
「待って、人違い! 俺は何もしてないよ!」
「何だよ……早く言えよ」
 アルミラージはあっさり引いた。
 激昂した時にむき出しになった鋭い前歯の餌食にならずにすみ、アキラはホッと息をつく。
「あのさ、虹キリン以外で食べたいものはないのかな?」
「ンー? 今は特に……それ、何だ?」
 アルミラージはアキラが手にしている金の卵に目をとめた。
「これ? 一度食べたら忘れられないおいしさの卵だよ」
 アルミラージを餌付けするために持ってきたものだ。
 アルミラージは金の卵に顔を近づけ、匂いをかいだ。
「食べる?」
「食べる」
 アルミラージの舌により、アキラの手から金の卵がサッとさらわれた。
 殻を剥くつもりでいたアキラだったが、アルミラージは殻ごとバリボリと食べてしまった。
 アルミラージの目がカッと見開かれた。
「うーまーいー!」
「酒もあるけど、飲む?」
「飲む」
 アキラは鞄から銘酒『熊殺し』をどーんと出した。
 これは熊でも酔っ払うというとても強いお酒だ。
 さすがにこれは瓶ごととはいかず、アキラは平たいお皿に注いだ。
 ぺろり、と一口舐めたと思ったら、アルミラージは夢中で熊殺しを飲み、皿も丹念に舐めた。
 全然酔わなかったのだろうか、とアキラが思った矢先、アルミラージがしゃっくりをした。
 満足そうに吐き出した息は猛烈に酒臭かった。
 そのまま酔い潰れてしまえ、と思うも世の中そううまくはいかないもので。
 アキラの前にヌッと顔を突き出したアルミラージはこんなことを言った。
「決めた。お前も食う。お前も食って虹キリンも食う。名案だろ?」
「こ、ここで満足して家に帰るのが名案だと思うけど……?」
「秋は、腹が減るんだよ。今年の夏もクソ暑かったからなぁ。食欲も失せたぜ──ヒック。さあ、お前はどんな味かなー?」
「絶対まずい!」
 アキラは素早く身を翻すと、翼の靴の力を借りて空へ逃げた。
「ふっ。俺は空中戦も得意だぜ」
「まさか!」
 アルミラージは後ろ足にグッと力をためると、一気に爆発させてアキラと同じ高さまで飛び上がった。
 クワッ、と開かれた口は、アキラなど一飲みにしてしまいそうだ。
 アキラは今度は地上へ急降下して避難する。
 今までアキラがいたところで、アルミラージの歯が噛み合う恐ろしい音がした。
 それを地上で見ていたルシェイメアが、攻撃のタイミングを計っていた仲間達に「今だ」と合図する。
 アルミラージが着地した直後、
「アキラのことは気にするな!」
 ルシェイメアはきっぱりと言い切った。
 それに真っ先に応えたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「思いっ切りいくよー!」
 美羽はバーストダッシュでアルミラージとの距離を一気に詰めた。
 力を高めた美羽の強烈な蹴りが、彼女に気づきながらもまだ体勢の整わないアルミラージの巨体を蹴飛ばす。
「ぐあッ。何だテメーは! 俺の狩りを邪魔するな!」
「あなたこそ、こんなところで暴れないでよね! ここに何があると思ってるの!?」
 美羽にはここに守るべきものがある。
 森の中の種もみじいさんの小屋であり畑であり、広くは中国から新天地を求めてやって来た農家だ。
 今もコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を傍につかせて、どこか安全なところから様子を見ているはずだ。
 しかし、アルミラージはそれを知らない。彼が知っているのは。
「ここに何があるかって? 俺のメシに決まってるだろーが! な?」
 と、アキラを見るアルミラージ。
「ここには、種もみじいさん達の大切な畑があるの!」
 美羽は再び素早く間合いを詰め、今度は息をつかせぬ程の連続蹴りを浴びせた。
 アルミラージは硬質な光を持つ角と前足で対抗する。
 董卓と戦いながらここまで来ただけあり、先ほどのようにブッ飛ばされることはなかった。
 その様子を、ハラハラしながら種もみじいさんと中国からの農家の人達が見守っていた。
「美羽ちゃん、がんばれー!」
「追い払え!」
 仲良くなった美羽を娘や孫のように可愛がっている農家の人達から声援が飛んでくる。
 美羽はそれに応えるように、攻撃に勢いを増し果敢に攻めた。
 コハクもじっと見つめている。
 もし、美羽に何かあれば助けに行くつもりでいたコハクの服を、種もみじいさんがちょいと引いた。
「美羽ちゃんのスカート、もちっとこう、ヒラッといかんかのぅ。ギリギリも悪くないが、わしゃどっちかというとチラッと見えるほうが好みじゃ」
「え……」
「おぬし、ちょっと行ってスカートの裾をだな……」
「だ、ダメだよそんなこと。何言ってるの!?」
「ダメか、そうか……。ほんのちょびっと見えれば、後十年は長生きできるのにのぅ」
「おじいさんなら、後五十年は元気だと思うよ」
 何を言われても、美羽のスカートの中を見せるなどコハクには許されないことだった。
 種もみじいさんはコハクに頼むのは諦めた。代わりに新しい目標ができた。
「そうじゃ、わしが美羽ちゃんと恋人になればいいんじゃ! そうすれば見せてくれるはずじゃ!」
「何を!? 抜け駆けする気かえ? わし、我慢しとったのに」
 反応したのは農家のおじいさんだった。
 この農家は、後から都会に出ていた息子や娘とその家族もやって来ていて、大所帯になっていた。
「恋に我慢も何もないのじゃ」
「わしのほうが魅力的じゃ」
 何やらここでも戦いが始まりそうな予感だ。
「二人共落ち着いてよ」
 コハクは二人の間に割って入った。
 美羽がアルミラージと距離を取り、呼吸を整えるのと入れ違いにアキラの声が響く。
「我は射す光の閃刃! ──弱肉強食の掟を叩きこんでやる」
 彼もそろそろ逃げることに飽きてきたようだ。
「援護する」
 陽一が頭部に装備していたナノバリア装置を美羽やアキラ、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)に展開する。
 フリーレが片手に凍魔の氷装で氷の剣を作り出し、もう片方に灼熱のマントをかけた。
 そして、アルミラージの前でムレータのようにヒラヒラと振る。
 美羽もアキラもすぐに闘牛だとピンときた。
「てことは、俺達はピカドールとバンデリジェロスか? 槍も銛も持ってないけど……」
「細かいことは気にしなーい! ピカドール、行きまーす」
 美羽はピカドール役に挙手し、槍の代わりにボドーロスの脛当てを装備した足を武器に再度挑む。
 何度も近接戦を繰り返したせいで、スカートから伸びる足には掠り傷や痣ができていたが、美羽の闘志は衰えない。
「誰が牛だ! 足技の人間、お前も食ってやる!」
 アルミラージも艶やかだった金色の毛がだいぶくすんできている。
 アキラも終焉剣アブソリュートを抜いた。
「じゃあ俺も、バンデリジェロス、行きまーす!」
「闘牛でどうして槍方と銛方が同時に攻めてくるんだよ!」
 フリーレは氷の剣を突きの形に構えて言った。
「貴様、兎のくせに詳しいな。それはな、パラ実生だからだ!」
 美羽もアキラもパラ実生ではないが、説明するのは面倒なので省く。
「二人共、目を閉じよ!」
 フリーレは鋭く叫ぶと神の目を発動させた。
 カッと辺りに強烈な光が満ちる。
 直接見てしまったアルミラージの悲鳴が響いた。
 フリーレはアルミラージの巨体を蹴って頭部まで飛ぶと、灼熱のマントを広げた。
 手にしているフリーレには熱くも何ともないが、アルミラージにはどうだろうか?
 フリーレは、自慢の角にマントを貫かせようとしていた。
 しかし、アルミラージもただならぬ気配を感じたか、激しく体を振って三人を弾き飛ばした。
「ふむ。そう簡単にはいかんか」
「目が……目がぁ〜!」
 と、どこかの誰かのような声をあげながらアルミラージが突き進む先にいたのはアキラ。
 弾かれる、と覚悟して体に力をこめた時、何者かがアキラをさらった。
 アルミラージは何かにつまずいて転んだ。
 難を逃れてホッと一息つくアキラに笑いかけたのは、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だった。
「危ないところだったね」
「いやぁ、本当に。ぺちゃんこになるだった」
「少し休んでてよ」
 ローズはアキラの肩をポンと叩くと、視界を取り戻してきたアルミラージに近づきながら、闘気を解放していく。
 黒い髪、青い目が金色の輝きを放ち、獅子の耳がピンと立って尻尾は挑発するようにゆらりと揺れた。
 アルミラージもローズを確認した。
「そういやさっきから俺の天敵の匂いがするぜ……」
「行かせないよ。彼女達はお前のための最高のもてなしの準備中だからね」
「やっぱりいやがるのか!」
「天敵にやられる前におとなしくするって言うなら、話は別だけど」
「テメーが俺のエサになるなら考えてやらぁ」
「欲張りだね。いいよ、それならこっちにも考えがある」
 ローズは神速を生かしてアルミラージに急接近し、拳を胸元に叩きこんだ。
 アルミラージが呻いて咽る。
 ローズはさらに前足、肩などに打ち込んでいく。
「お前が! 懐くまで! 殴るのをやめない! その自慢の角と前歯を吹っ飛ばしてやる!」
 強く地面を蹴ってアルミラージの頭ほどの高さまで跳んだローズは、言葉通り前歯に狙いをつけた。
 アルミラージは飛んで火にいる何とやらとばかりに大きく口を開く。
 おそらく、このままいけばアルミラージの前歯は欠けてしまっただろう。
 ところが、ローズは直前になって狙いを変更した。
 拳は引っ込み、代わりに蹴りがアルミラージの横っ面を強打した。
「テ、テメー……騙しやがったな? 作戦か? くっそー!」
「勘違いするな。そんなんじゃない」
 アルミラージにとって角はシンボルだし、前歯は食べるために必要だということが頭に過ぎったのだ。
 しかし、それを言っても余計な世話だと怒鳴られるだけなので、ローズは口にしなかった。
 そんな人の心に鈍いアルミラージは、やっぱり騙されたのだと憤っていた。
 そして、人間だけどローズの行動に疑問を投げかける者がここに一人。
「あの危険な前歯をへし折るチャンスだったのに、どうして?」
 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は首を傾げるが、危険な武器はもう一つある。
 角だ。
「あの角、まるであたしのコボウと一緒……。あの長く鋭く太く逞しいもので、幾多の猛者達を『アッー!』と戦闘不能にしてきたに違いないよ!」
「わたくしには何とコメントしたらいいかわかりませんわ……」
 真剣に語るレオーナの隣でクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が嘆息していた。
「とにかく、あたし行くから」
「い、行くってどこへですの?」
「決まってるでしょ。あいつの角よりあたしのゴボウのほうが優れてるってこと、思い知らせてやる!」
 クレアが引き止める間もなく、レオーナは飛び出した。
「アルミラージを手懐けたのは魔女だと言われていますのに……」
 魔女はクレアでレオーナは地球人だ。
「お強そうな皆さんでさえ手こずってますのに、何という無謀なことを……いいえ、ここはポジティブに考えましょう」
 クレアはグッと拳を握った。
「レオーナさんがやりたいようにできるよう、フォローするのですわ!」
 決意の元、クレアが空飛ぶ箒に乗った時、突撃したレオーナがアルミラージの前足に払われた。
 やっぱり無謀……!
 クレアは急いで空飛ぶ箒を飛ばすと、レオーナだけでなく他の仲間達にも命のうねりを与えた。
 アルミラージの目がクレアを捉える。
「テッ、テメー、魔女か! おのれ、俺は二度とテメーのペットにはならねーぞ!」
「なっ、何のことですの?」
「テメーから始末してやるっ」
「クレア!」
 調教したいくらいには愛しているパートナーが狙われ、レオーナは慌ててアルミラージを追いかけた。
 彼女はふとひらめいた。
「クレア、お団子のところ!」
 クレアは魔女会議のことを思い出した。
 虹色の団子はどこにあったっけ?
 焦って思い出せない。
「こちらです!」
 虹色の団子の作り主、舞花がクレアを呼ぶ。
 そこは、森の手前で後ろの森は虹キリン色に塗られていた。
 さらに、念のためにと呼雪がアニメイトで用意した、岩を虹キリンに変えたものもあった。
 クレアは全力で空飛ぶ箒を飛ばすが、アルミラージの突進力も凄まじく追いつかれてしまいそうだ。
「凍てつく炎!」
 後ろを振り向き、クレアは炎と氷をアルミラージにぶつけた。
 グアッ、とのけぞった隙に距離を稼ぐ。
「アルミラージさん、虹キリンが虹色の団子をおいしそうに食べてますよ!」
 アルミラージは素早く反応した。
「そこを動くなァ!」
「え……え!?」
 興奮したアルミラージには舞花も虹色に見えていた。
「下がってください!」
 舞花の後ろにいたエリシアがするすると前に出てきたかと思うと、アルミラージの進路に暗黒の炎を熾した。
 急に視界が真っ暗になるわ熱いは痛いわでアルミラージはギャッと叫び、地面を転がる。
 そこにエリシアが威厳の鞭で打ち据えた。
「いい加減、おとなしくなさいまし」
「テメーも魔女か……何なんだ、魔女会議でも開いてたのか?」
「よくわかりましたわね。わたくし達以外にもまだいますわよ。──言うことを聞いたほうが身のためですわよ」
 威圧するように言うエリシアにアルミラージも気圧され……。
「フッ。俺だって、ただ食って生きてたわけじゃねぇ。魔女の弱点を見抜いたんだぜ」
「共通の弱点なんてあったかしら」
「それはなぁ、服を脱がすとみーんな縮こまっちまうのよ! そうなりゃ魔女なんてただの女さ! あっはっはっ!」
 この時、アルミラージは熊殺しの酔いもありちょっとテンションが上がっていた。さらに、後ろにはまったく気を配っていなかった。
 ローズの蹴りが後頭部に決まり、尻にレオーナのゴボウとフリーレの氷の剣が突き刺さった。

「アッーーーー!」

 その時のアルミラージの顔は、言葉では表現できないものだった。