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リアクション
【泡立つジュースとクッキングタイム】
「ミリア、おめでと! 今日は先輩ママさんとして挨拶に来たわ。
ついでにその時の内容をぜひ私に教えてぇっ!!」
ミリアに初夜の事を聞こうとしたソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が、背後から頭にハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)の拳を喰らって悶絶する。
「君はなんてことを聞こうとしているんだ、まったく。
ミリアさん、ソラが失礼な振る舞いをして申し訳ない。それに今日はソラに引っ張られて来たものだから、結婚のお祝いを用意できなくてね」
「いいえ、そのお気持ちだけで嬉しいですわ。
……そういえば、失礼な事を聞くかもしれませんが、ハイコドさんは涼介さんとお付き合いがあるのですか?」
「ああ、涼介さんには以前、助けてもらったことがあってね。
大した事は出来ないかもしれないけれど、先輩として知りたいことがあったら聞いてほしい、力になるよ」
「それはこちらとしても有難い申し出だ。今後ともよろしく頼む」
涼介が差し出した手をハイコドが握り返し、交流を深める2つの家族。
「どうだい、最近の調子は」
「いやあ、また問題抱えてるけど、元気でやってるよ。……あぁ、そんな心配しなくていい、命に関わるとかそういうのではない。
複雑な問題ではあるけどね……」
そう言って、ハイコドはニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)を見る。彼女にまつわる問題は確かに悩みの種だが、それでも決して嫌なわけではない。
「いい? 帝王切開は本気でやばいからね? 産んで数日地獄だからね。何事も自然が一番だからね!」
「ソラ、気持ちは分かるけどミリアさんがどうなるか分からないんだし……」
「そうかもしれないけど、知っておいた方がいざって時にいいでしょ?」
「……まあ、そうね。
やっぱりソラは、お母さんね。今の話でそうなんだなって実感したわ」
「そうかな〜。ちょっと照れちゃうな〜。
あー話してたら喉乾いたわ。そういえばさっき可愛い子からジュースをもらってきたから、一緒に飲みましょ」
そう言ってソランが、まさに出来たてと言わんばかりの泡立つジュースを取り出す。ちなみにそのジュースの出処はというと――。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
……ふむ、ここが果物狩りができる農園か。ククク、我ら秘密結社オリュンポスの社員旅行先として、申し分ないな!」
農園に謎の大集団……というよりはワイワイと賑やかな集団が現れる。彼らは『秘密結社オリュンポス』の構成員であるが、今日はドクター・ハデス(どくたー・はです)が言うように彼らは社員旅行の一環として果実狩りに来ていたのだった。『たとえ悪の秘密結社であっても、福利厚生は大事』という理念があるようで、それは秘密結社としていささかどうかと思うものではあるが、構成員にはウケがよく、これで全体の士気が向上するのであれば結果として良いように思えた。
「ハデス様、あちらにまるで見たこともない果実が!」
そして、構成員の一人がハデスにアッシュブドウを見せる。その怪しげなブドウはハデスの心を捉えた。
「ほう、これはまさしく悪の秘密結社にふさわしいではないか!
よし、皆の者、あの果物を採取するとしよう!」
ハデスが指示を下せば、構成員はこぞってアッシュブドウを収穫にかかる。その頃にはアッシュブドウのもたらす酔いの効果は全体に行き渡っており、それはハデスもペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)も例外ではない。
「ハデス先生、たくさん採れましたー」
ペルセポネが頬を紅くして、ハデスに大量のアッシュブドウを見せる。うむ、と頷いたハデスも、見た目は変わっていない――もしかしたら中身も変わっていないかもしれないが――ものの効果は受けているようで、「この謎の果物、見た目が微妙すぎるな……どうすれば……」などと呟いた後、閃いた、とばかりに顔を輝かせて言う。
「ふむ、この果物にふさわしい加工方法を思いついたぞ! 見た目に問題があるなら、見た目が関係なくなるように、ジュースにしてしまえばよいのだ!」
「さすが先生です。では早速、手配しますねー」
ハデスの閃きをペルセポネが実行に移すべく手配し、そしてまず最初のジュースが完成する。しかしそれを見たハデスの眼鏡がキラン、と光り、さらなる思いつきを口にする。
「ただジュースにするだけでは面白くないな。この果物の成分を10倍に濃縮した濃厚ジュースにしよう!
そして完成したジュースを農園内に配るのだ!」
「分かりました、そのように指示しますー」
指示を受けた構成員が作業を繰り返し、やがて完成した濃度10倍の濃厚ジュースをペルセポネが受け取り、配るべく出発する。
「……さて、では俺が味見をしてやろう。どれどれ――」
コップに入ったジュースを一息に飲み干したハデスの顔が紅くなり、やがて青くなってバターン、と仰向けに倒れ伏す。通常の状態だと例えるならばワイン程度の酔いの効果をもたらすのだが、それを10倍に濃縮したとなれば、火がつくことで有名なアレに近い効果になるようで、それを一息に飲めば確かにこうなるな、というものであった。
……さて、こんな危険なジュースを結果として口にしてしまった彼女たちはというと――。
「ふにゃあ……にゅふふ……ハコ〜のせろ〜……すー」
「くぅん、もうだめぇ……ハコくん、ごめん……すー」
案の定というか、二人とも眠ってしまった。しかも仲良くハイコドに寄りかかって、である。
「何やってるのさ、もー……。誰が連れて帰るの、って話だよまったく」
一人、効果を免れたハイコドが溜息を吐く。ちなみにミリアに振る舞われたジュースは、何かを察知した涼介が変わりに飲んで、彼もまた見事なまでの卒倒ふりを披露し――それでもミリアの前からは離れた――、今はクレアとエイボンに介抱されていた。
「彼もきっと、やっていける。
それじゃ、帰ろうかな。折角だからお土産用にぶどうをもらって……ジュースも大丈夫なのかな」
採って数時間すれば酔いの効果は無くなるということで、見た目はアレでも味はいいアッシュブドウとジュースを持ち、眠ってしまったソランとニーナを背負って抱えて、ハイコドはパートナーが待つ店へと戻る。
*
「うぅう……ちっぱいの何が悪いですかぁ……ひっく。
オルフェだってちっぱいに生まれたくて生まれたんじゃないのですうう!」
「だいじょうぶですよー、このじゅーすをのめばかなしいこともわすれて、たのしいきもちになれますよー」
「んく……んく……ぷはぁ。
うわあぁぁぁん! オルフェもりょうりしたかったのですぅ!!」
ペルセポネに勧められ、すっかり出来上がってしまったオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)。彼女がなぜこのような悲しみを背負ってしまったかといえば、少し前に遡る――。
「折角育てられたんだ、何かに使ってやらないと勿体ないというのもあるが……ふむ、香りがラフランスで味が苺。色はピンクか。
なるほど……これは、色々料理に使えそうだな」
アッシュブドウを観察した『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)が珍しく満面の笑みを浮かべると、早速利用法の検討に入る。
「そうだな、果物酢……はどうだろう。酔いの効果はしばらくすれば消えるのだったな? まあ、多少は残るかもしれんが、甘みが強い、香りが強い、というのならばこれ以上の物はない。
色もピンクなら見た目にも堪能できるだろう。料理の香り付けにいいだろうし、何かで割って飲むのもいいだろう。
何より殺菌効果や解毒作用、血流を良くする働き、消化不良の改善などあるため夏バテ防止にも最適だ。……いいな、このプランで行こうか」
方針をまとめたアンノーンが、作業に取りかかる。その間にもアンノーンはさらなる利用法を考えついていた。
「この果実酢に漬けたブドウを使って醤油、みりんを入れてタレを作る。作ったタレはそうだな……から揚げと、豚の生姜焼きを作ってそれにつけて食べるのも悪くない。
酢もあるから甘酢も出来るな。……他に応用は何があるだろうか」
家に帰ったら試したい料理が次々と浮かんでくることに、アンノーンはつい気を取られてしまい、オルフェリアの事を忘れてしまう。
「ふっふっふ! 戦場主婦をなめてはいけないのですよー♪
面白ブドウをケーキのスポンジに混ぜて、ピンクのシフォンケーキを作りますよー♪ 生クリームを添えて皆さんと一緒に食べましょう♪」
一方でルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)は、酔いの効果や見た目もあって敬遠されていたアッシュブドウを積極的に用いたお菓子を作り始める。彼女の手にかかればアッシュブドウでさえも食材の一つとして調理されていく。この光景をもしアッシュが見たなら、「俺が育てたヤツがこんなに立派になって……」と感激の涙を流したかもしれない。
「次は折角ですから、フォンダンショコラを作りますよ♪ まずはこの面白ブドウでジャムを作って、ホワイトチョコでこのジャムを閉じ込めて……。
あとは焼時間を調節すれば中のホワイトチョコとジャムが溶けて切り出した時にとろっとできますね〜♪」
まるでからくりの仕掛けのような、そんな調理をいとも簡単にやってのけるルクレーシャ。
「生地は砂糖を入れ過ぎると甘すぎちゃうかもしれないので、調節して……。
ふっふっふ……甘酸っぱいジャムとチョコレートのお菓子をどうぞーなのです!」
こちらもお菓子作りに没頭しているため、やはりオルフェリアの事を忘れてしまう。
「あ、あの……アンノーン、ルクさん? オルフェもお手伝いしたいのでーすー!」
オルフェリアは頑張って主張するものの、二人とも聞こえているのかいないのか分からない熱の入れぶりで、オルフェリアはすっかり居場所が無くなってしまった。
「むー、酷いのですよぅ……オルフェだってこう見えてヒトズマなのですよ? お料理くらいたまに成功させるのです!」
オルフェリアはこう言っているが、本人の家庭科の評価は『人間の底辺』とのことである。それがどれほどのものか想像はつかないが、そう評されてしまうということは前提があるはずで、実際オルフェリアは料理が得意とは言えなかった。そして、アンノーンもルクレーシャも自分の料理下手を知っているから、邪魔されたくなくて無視している――実際はオルフェリアに気付かない程に没頭していた――のだと思っていまう。
「むぅ、もういいのです!
オルフェ、酔っぱらっちゃった人と一緒にふらふらするのですー」
そうしてオルフェリアはアンノーンとルクレーシャに背を向け、この悲しみを話し合える者を探して歩き始めた――。
「……こっちかな? そう遠くには行ってないと思うが……。
料理に没頭し過ぎたのは迂闊だったな。やさぐれてなければいいが」
アンノーンが己の勘を働かせて、オルフェリアを探す。一通り料理を試した所でオルフェリアが居ない事に気づき、こうして探しに出ていた。
「すぅ……すぅ……」
「くー……くー……」
と、視界の先に二人の少女が、肩を寄せ合って眠っているのを見つける。まるで酔い潰れて眠ってしまった雰囲気に、アンノーンは多分そうなのだろうと思っておく。
「さて、困ったな。ここでオルフェ君だけを連れ帰るのは、一緒に居てくれた子に失礼だが――」
「ペルセポネ様ー!!」
どうしようかとアンノーンが思案していると、向こうから数名の男女がやって来る。彼らはどうやらオルフェリアと一緒に眠っている子の知り合いのようで、その内の一人がアンノーンに近付き「あの、この御方の知り合いですか?」とオルフェリアを指して尋ねる。
「ああ。良かった、流石に放置しておくわけにはいかなかったから」
「はい、そうですね。では、私達はペルセポネ様を連れて行きますので、これで」
一礼して、男女の集団は眠るペルセポネを抱えて連れて行く。
「……随分と厚い待遇を受けているな」
彼女の素性が気になりはしたものの、まずはオルフェリアを連れ帰ることが先決、と意識を切り替える。最初はオルフェリアを起こそうとして、ここで起きてもまたやさぐれるかな、と思い留まる。
「……体力に自信はないのだけれど」
呟きつつ、まあ、自分の所為でもあるしな、と思いながら、アンノーンはオルフェリアを抱えてルクレーシャの所へ戻る。
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