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リアクション
【酒とパイと落ち葉の塚】
あちこちで『アッシュブドウ』による被害? が見られ、いつになく賑やかな農園にあって、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)はその騒動からは離れた場所に腰を据え、高みの見物と洒落こんでいた。
「あちきも成人の年になったことですし、お酒に飲まれるようではダメダメですからねぇ」
そう言って、レティシアが容器に注がれたお酒――これは正真正銘のお酒、果実酒である――を口に含む。一応、アッシュブドウを含む果実も何個か収穫しており、アッシュブドウを口にして酔いの効果を堪能するでも良かっただろうが、そこは本物の酔いを味わいたい気持ちが勝った。それに実際、お酒と一緒にアッシュブドウを食べてみると、酔いの効果はそれほど感じられなかった。やはり気分だけの品は、本物には勝てないということらしい。
「ふわぁ……何故でしょう、飲んでいるわけでもないのに身体が火照りますね……」
一方で隣のミスティには効果があるようで、ぽやん、とした顔を浮かべている。いつもは何かと暴走しがちなレティシアのお目付け役という位置にいるミスティだが、これでは本来の役目を果たすことは出来ないだろう。
(まぁ、心地いいから問題はないんですけどね……。
レティも今日は良からぬ事を考えてはいないみたいですから、ゆっくりできますね……。ふぅ、毎日こうだとどれだけ幸せなことか……)
今日くらいはゆっくり出来るかな、そんな事を思いながらミスティが酔いの効果のもたらす気怠さに身を委ねる。レティシアもこちらは本物の酔いの効果を味わい、周りで起きている有象無象の惨状を他人事のように見つめていた。
「そういえば、この果実でワインを作ったらどんなものが出来るんでしょうねぇ」
「どうでしょう……? 酔いの効果がなくなればただの風変わりな葡萄でしょうから」
「うーん、興味深いですねぇ……。すぐには出来なくとも、仕込みくらいはしておきたいですねぇ……」
そう言いつつも、レティシアに立ち上がって何かをする仕草は見られない。今すぐに動くわけではない事を見て取ったミスティは、後でレティシアが思い立った時に困らないよう、この見た目珍しい葡萄を多めに確保しておこう、と思うのであった。
* * *
「ひぃ、ひぃ……いやー、マジで死ぬかと思ったぜ」
息を切らせて、アッシュが生きている喜びを噛みしめる。どうして自分がここまで命を狙われているのかまだよく分かっていないが、身に起きた事態を振り返るに相当の事があったらしいのは予想出来た。
「くそー、なんだかよく分からねぇけど、放っておけないよなぁ。なんとかしたいけど――」
「あっ、見つけましたわ、アッシュさん」
何か対策をしなければ――そう思っていたアッシュにかけられる声。アッシュが振り返ればベアトリーチェが満面の笑みを向けて、手に持っていた籠を差し出す。
「どうぞ、アッシュさんにパイを作りましたの。ぜひ食べてもらおうと思いまして」
「え、俺に!? マジで!? やふーっ!!」
美少女手作りの品を目にして、アッシュは先程まで考えていたことを刹那の勢いで放り投げ、早速籠に入っていたパイを何の躊躇いもなく頬張り――。
「――――」
ズゥン、と地に伏せた。これは決してベアトリーチェのパイが不味かったわけではない。アッシュブドウの成分が濃縮されていた影響によるものである。
「あらあら、うふふ」
そんなアッシュを見下ろして、まだ満面の笑みを浮かべるベアトリーチェ。これが例えば2時間サスペンスものならスッ、とベアトリーチェの手にナイフでも握られそうな雰囲気だが、そんな事はなく後を付けてきたコハクと六兵衛によって穏やかに収拾がつけられたのであった。
* * *
眠るジゼルと壮太と縁を車に詰め込んで、クロフォードを迎えに行こうと歩いていたアレクは先程まで留まっていた場所を通りがかった。
「アレクさん……」
困った顔でこちらを見上げてきたのは、薫と尊だった。
「ああ薫ちゃん、尊。俺これから帰るんだけどさ、一緒に車乗ってく?」
「でも考高がいなくて……」
言い淀む薫の元へ、考高が俄に頬を蒸気させながらこちらへ走ってきた。
「薫! これを! これを食べないかッッ!?」
そう言う彼の両腕には、山盛りのアッシュブドウがのっている。
暫しの沈黙の後――
「正気に戻れコラァ!!」
飛び上がった尊の拳が考高を地面に潰した。彼等の間に、再びの(気まずい)沈黙が訪れる。
「…………尊、車……乗るよな」
「おう」
「俺のワゴン、7人乗りなんだ。
ジゼルと豊美ちゃんと壮太と縁ちゃん、それからクロフォードと相乗りだ。いいだろ」
「おう!」
「じゃあ駐車場先戻っててくれ。立ってる猫のエンブレムのダークブルーのヤツ。多分壮太とかそろそろ起きるだろうし、窓叩いて開けて貰ってくれ。豊美ちゃんもそろそろ来ると思う。
俺クロフォード迎えに行かなくちゃならないし、色々後始末あるから」
尊は頷いて戸惑う薫の手を引いて遠ざかって行く。
目の端にはフレンディスがポチの助に地面の匂いを嗅いで貰いながら「マスター! マスター!」とベルクを探す姿が映った。
ベルクの居る場所を、アレクは知っている。知っているが、彼女に教える事は無いだろう。
「その方が良いよな、ベルク」
言いながらベルクが『眠る場所』を冷たい金と翠の双眸が見下ろした。その周囲には目を回している考高と、アレクの良く知る和服の袖、段ボール、コスプレアイドルが素性を隠す為に被っていたキャスケット、七神官の盾、その他あらゆるものが散乱し、それを落ち葉が無造作に覆い隠している。
宣言通り農園内の『やっかいな奴等』を片っ端から始末した陣だったが、最終的には彼も無事では済まなかったらしい。
つい今し方、プロレス野郎のフランケンシュタイナーの餌食になってしまったのだ。
彼にも落ち葉をかけてやるべきだろう。
「あー……あれくさん……
……が五人いるー」
あはっと笑って糸が切れたように――真はドシャッと音を立てて地面へ倒れ爆睡し始める。
「コイツの分も必要だな」
落ち葉で出来た塚が幾つも連なるその光景はまるで墓地のようだった。
一体今日は何だったのだろうか。
もしかしたら自分も酔っていたのかも知れないとアレクは思う。
ジゼルが脱いで、皆が笑い出して、暴れて。
……嗚呼自分もあんな風にイカレていられたらと思ったが、どうやら――
「俺もイッちゃってるらしい」
そう理由をつければ、何でも出来る気がする。
そう決めつけて太腿と腰に両手を伸ばした。弾薬は既に尽きている。慣れた動作でマガジンを替え、アレクは静かに息を吐いた。
取り敢えず豊美ちゃんにこの惨状を見せたくは無いし、色々マズい事になる前に『全てを始末しなければ』。
「……生きている奴の口は塞がないとな」
静かな山に響く、数十発の銃声。
「良い養分になれよ」
呟く声は夕闇の中へ消えていく。
来年の果物農園にはラフレシアとは違う、もっと美しい赤い花が咲くかもしれない。
そう思うとアレクの唇は緩やかに歪んでいくのだった。
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