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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

リアクション


■ 手引書、その行動 ■



「お騒がせして本当に申し訳ありません。その上お力を貸していただけるそうで」
「なら、もう少し詳しく話を聞かせてもらいたいな」
 横から割り込んできたのは佐野 和輝(さの・かずき)だった。後ろには「今日のお仕事が終わったと思ったのにー」と突如として増えた事柄に若干不機嫌なアニス・パラス(あにす・ぱらす)と、元々不機嫌な顔をしている禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)の二人。
(「破名と知り合いだったんだな」)
 前に一度目にしていたが、こうやって会話を交わしたのは初めてだった。破名が時折見せていた古代文字を堂々と操る魔導書の姿に、無関係どころか『仲間』であることを和輝は悟る。テレパシーで直接的に問いかけると少女は丁寧なお辞儀で返してきた。
「クロフォードからお話は聞いて、佐野、パラス、禁書のことは存じております」
 事情話さず、の姿勢は、破名と同じでこちらも口が硬そうである。
「しかしながらまさかこのような場にいらしてくれるとは思いませんでした」
 と、思ったのはつかの間のことだった。美羽達が離れた途端声を潜めた手引書キリハに和輝は目を細める。
「あの女からの差金でしょうか?」
 探りを入れられて、和輝は両肩を竦めた。あの女呼ばわりとは随分と刺のある表現だ。
「奴を失うのは互いに不都合だろう?」
「実際にあの女からの使いであったのならこれ以上も無く不愉快ですがね。貴方はそんな事しそうな感じはしません」
 でもまさか協力してもらえるとは思わなかったと言い添えた手引書キリハに和輝は片眉を跳ね上げた。
「そうか?」
「慈善活動のようなものですから」
「……まぁ、そうだな」
「見返りは、そうですね貴方のことですから真新しい情報でしょうか?」
 隣り合い誰の耳にも入れたくない会話を交わしながら、和輝は質問に沈黙で返した。不機嫌を隠さない少女に答えないことで不興を買うかと思われたが、手引書キリハは予想に反し、寂しげに目を細めて、溜息を吐いただけだった。
「私達に貴方がお気に召す様なモノは無いと思いますよ。事実、現代に至るまでに私達を欲し、かつその実力を有していたのはあの女ただ一人だけですから」
 不愉快だと態度で示しながら煮え切らない。手引書キリハの方があからさまでわかりやすい為に浮き上がってきた彼らの関係に、どう立ち回るべきかと和輝は思考を巡らせた。
「子供達が待っているんだから早くなんとかしたいよね」
 言うエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、「大丈夫?」と手引書キリハへの労りを忘れない。
「クロフォード、起きて」
 試しに破名に向かって声を掛けてみるが沈黙しか返ってこない。唇は動くが、声が出ていない。
「起きないと駄目だ。君に何かあったら子供達が悲しむだろ。なぁ、クロフォードは自分自身の未来でなく、子供達の将来に対しても責任があるって自覚してるんだろ?」
 幸せな人生を歩ませたいと語っていたではないか。
 あの時の言葉をエースは覚えている。
「子供達に保護者を失う体験を何度もさせるのか? 心の傷を増やすのか? 保護者ってのはそうじゃないだろ?」
 何より子供達を泣かせたくないだろうと、相槌も返さない相手に、励ましに言葉を続けた。
「これは一体何を表しているのかね?」
「今何が起こっているのかのすべての情報と操作権限の移行に伴う手続きの進行状況の内容、あと私が必要と思ったものです」
 光る古代文字のひとつひとつを丹念に眺めるメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の疑問の声に手引書キリハは淀みなく答える。
「私達が手を貸せば、君がこの状況をどうにかできるというのは本当かい?」
「正確には現在暴走している守護天使を停止させることができるのがクロフォードなので、クロフォードの機能回復に私は動いております」
「クロフォードは一体なんなのかね?」
「何と問われましても悪魔としか。ただ、起動と終了の二つだけですが、『系図』に指示を出せるデバイスのひとつである『楔』の有資格者ですので、クロフォードさえ動ければこの状況を収めることができます」
「……聞いていいかな?」
「私でお答えできればいいのですが」
「あまりにすんなりと質問に答えてくれるのはどうしてか知りたいねえ」
 破名なら口を閉ざすこともありそうな内容に明確に答える手引書キリハにどんな意図があるのか知りたくなった。
「確かに規則はありますが、クロフォードと私は系統を別にしております。私は一定の条件下で、かつ必要と判断できるものへの情報提供は惜しみませんし、それが手引書たる私の義務でもあります」
「つまり?」
「非常事態発生中ということをご理解いただければと思います」
 とどのつまり、全てがマニュアル対応であったのだ。
 迅速に事態の収束を目指し、現状の悪化を防ぐには対応する人間が無知では意味が無い。知っている情報を提示する手引書キリハは協力してくれる契約者達にできるだけの誠意で応対していた。
「しっかり!」
 事情を聞いて居ても立ってもいられずベンチに齧り付き声援を送るルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、そうじゃないとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は彼女の肩に手を置いた。
「有効なのは言葉より行動。キリハ! 俺が助力するッ」
「クロフォードが頑張れば変われる筈よ……ッ」
「命令を受けたシステムは意思ではどうにもならん」
「心が有るもん。頑張れば変わるもん!」
「エラーを吐いたパソコンがパソコンの意思で直るか考えてみろ!」
 頑張ればなんとかなるはずと主張するルカルカに、ダリルは反射的に言い返していた。思いがけず強くなってしまった語調にダリルは唇を噛むように口を噤む。
 ルカルカの耳に、声音に滲んだ彼の本音が残っていた。反応しない破名に誰を重ねて見ているのかわかってしまい、両拳を握りしめる。
 エラーを吐くパソコンが自分の意思で直るか。それは、彼の中の、その言葉を否定してほしいと言う苦しくなるほどにも抗いたい心情を吐露しているようでもあった。
 呼びかけても反応しない破名を見ることに耐えられなくなったダリルと、パートナーの心の一端に触れて我慢できなくなったルカルカに、
「キリハ!」
 同時に名前を呼ばれて、唖然として二人のやり取りを眺めていた手引書キリハは透明な魔導書から光が出なくなったのを確認する。
「楔の資格者故に命令に従ったとだけお伝えしたのですが理解が早くて驚きました。大変助かります。
 ……そうですね。強制的に終了させるというより、まずは実行され続けている命令の解除からになると思います。それと安心してください。動けないのは命令されたが故ではないです」
「そう、なの?」
 出尽くした情報を読み、怪訝そうにするルカルカに、次は何をするのが時間短縮に繋がるか悩み手引書キリハは両腕を組んだ。
「クロフォードが動けないのは膨大なエラー処理に手間取っているからです。
 命令を受けた場合、半分は次の命令を受け入れるために待機状態、半分はエラー等の様々な処理と通常なら器用に楔を使いこなせるんですが、そのエラーが尋常な量ではないらしく、それなのに使用できる回線が半分になっているので逼迫して動けないでいるんですよ。
 ……全くこういうことも想定できるのにどうして命令なんて受け入れてしまったのか理解できません」
「拒絶できるようなものなのか?」
 手引書キリハの溜息にダリルが聞き返した。
「第三者が介入する危険性を誰よりも知っているのはクロフォード自身です。命令しようとする相手を殴って気絶させるという方法も選べるほどのクロフォードに拒絶できないという選択肢はありません」
 あの細腕で人を殴って気絶できるかという疑問はこの際置いておく。
「わかっていて受けた、ということか?」
 結果的にはと、次の段階に作業を進める手引書キリハがダリルに頷く。
「なんにしろ本人から事情を聞かなければいけません。命令を解除し待機状態になっている部分を復旧させてからでないと会話も望めないみたいですし」
「どんな命令かわかるのか?」
「現段階ではまだ。準備出来次第調べることになります」
「手伝おう」
 ダリルに手引書キリハは頭を下げる。そして、ルカルカに見えるように破名の肩を叩いた。
「状態はこれですが、声は聞こえてますよ。励ましてくださる人もいるというのに、本当にしっかりしてもらいたいものですよね」
「じゃぁ、子供達も呼ぼうよ!」
 声は届くと知って、ならばもっと破名の励みになれるものをと提案したルカルカに手引書キリハはぎょっとした。
「子供達を、ですか?」
「うん! 孤児院の子供達を連れてきたら保護者ならもっとしっかりしなきゃって頑張りそうじゃない?」
「……確かにクロフォードにとってあの子たちは特別な存在ではありますが、ですがクロフォードのことを考えてくださるのなら……」
 言葉を濁す手引書キリハにダリルはピンと来た。
「そうかもな。子供達に、この姿は見せたくないかもしれない」
「ダリル?」
「ご理解いただけて感謝いたします」
 一礼し、そして、手引書キリハは一息を吐く。
 全ての準備が完了した。