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リアクション
■薬と逃走と■
「新年を祝うパーティーか、ちょっとしたと言いながら屋敷一つ貸し切ってやるなんて凄いな」
パーティをやると聞いて、会場に来た無限 大吾(むげん・だいご)とパートナーのセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)だが、時計を見ると到着が早かったようだ。
準備中の札がある。
「しかし、まだ準備中のようだな。どれ、ちょっと厨房を覗きに行ってみるか」
カチャカチャと軽快な音に惹かれて、二人は裏手に回った。
そして、無限は美緒を筆頭に自分が知る料理下手なメンバーがちらほら居るのを見て――――、ふっと高峰 結和(たかみね・ゆうわ)と視線が合う。
手を振る高峰に、凍った表情の無限。セイルは手を振り返した。
「セイルさん達も、美緒さんから手伝い頼まれたんですか? こっちですよ、こっち」
高峰は暖かい笑顔を浮かべて、二人を勝手口へと誘導する。
「いえ、そういうワケではないのですが、パーティーですか。私も料理を作って、皆さんに振る舞います」
ニコニコと厨房の中へ入っていくセイル。
がっしり腕を掴まれて、無限も厨房の中へ。
…………。
……………………。
まだ何も作られてない状況ではあるが、この後の惨状はなんとなく察しが付く。
暫くの沈黙の後、ふっと無限はいい笑顔を浮かべ、空を眺めた。
「うん、今日はいい天気だなぁ〜」
直視したくない未来が待っている気がする。
――――パートナーの飯が不味いんだがもう限界かもしれない?
俺はとっくに限界だ。というか、パラミタじゃ不味いで済んだらマシだよなぁ……。
――――逆に酷い料理を振る舞って美緒の料理を誤魔化してしまうのもいいでしょう?
はははっ、馬鹿言っちゃいけないよ。そんな料理もっと洒落にならないぞ……。
――――料理を作った本人の真心を守る最後の防波堤は、あなただけかもしれません?
弱点(?)が料理下手、特技調理の悪用、さらに謎料理を習得して波に乗るセイルを止められる気がしない!!
――――誰か何とかしてくれ?
俺からも言わせて欲しい。誰か何とかしてくれ……。
無理です。無理だ。無理だな。
遠いどこからか、声が聞えるような気がする。
セイルだけでも手に負えなかったのである。逃げるが一番だろう。
「さてと、ここから逃げ……散歩に行って来るか」
そーっと、勝手口へと向かったが。
「パーティ会場はあちらですよ」
あっちで待ってて下さいね、と。美緒や高峰の笑顔に、凍った笑顔しか返せないのを自覚しながら、手を左右に振って断ろうとする無限だが、会場の方から聞きつけたらしいラナ達が顔を見せる。
「こっちですよ、こっち」
逃がしてたまるものか、と肩を掴まれ。
「胃薬もありますから」
……胃薬があるらしい。
あの惨状を避けられないと見て用意されている――という事は、どう言い繕っても逃げ出そうとしている事はバレる上に、現状力づくで引っ張られている――逃走不可だ。
被害を最小限に収めたい、自分達で食べ尽くせ! なメンバーには、セイルの料理で鍛えられているだろうパートナーの無限はネギをしょった鴨だった。
「やっぱり、一番は『皆さんに喜んで頂く』こと……ですよね。わ、私たちが『作りたい』『食べさせたい』って独りよがりになったら駄目だなぁって……」
おずおずと、高峰が呼びかける。
「だから、食べる皆さんの顔を思い浮かべながら。気持ちを込めてお料理しましょう」
その台詞に、皆が力強く頷いた。気合が入っていく。
「私の料理の腕前を披露する機会です! 破壊力をたっぷりこめた料理を作ります!」
愛情たっぷりと聞き間違えそうなトーンで、セイルは張り切る。
高峰は困ったように首を傾げた。
言いたい事が上手に伝わってない気がする。
「作るものが被らないようにしましょう。皆さん料理下手な同志ですからっ……!」
思い切って、ズバリと言ってみた。
大丈夫とばかりに力強く頷くメンバーの中、心配そうに揃ったメンバーや料理の材料を見ていたりする人がいる。
――今回のパーティの料理の惨状が心配になったのは高峰だけではなかった。
自らの料理も心配だった高峰は、ほっと胸を撫で下ろした。
誰が何を作るか、団欒……もとい、話し合いから、調理は和やかに始まった。
「新年を祝うパーティーですから……。美緒、メニューはどうするつもり?」
「たくさん種類があると、嬉しいですよね。甘いものから辛いもの――甘いものを作られる方は多いようなので、辛いものを作りたいですわ」
冬山に問われて、あれもこれもと考えていた美緒だが、大雑把ではあるが辛いものをと決めたようだ。
エプロンを着けた冬山は簡単に作れそうな数品を思い浮かべながら、まだまだ話す美緒の話を頷いて聞いていた。
「じゃあ美緒。私は材料の下拵えと簡単な味付けもして用意しますから。その後の調理は任せますわ。量を作るわけですし役割分担した方が効率が良いと思います」
はい、と頷く美緒に安心したものの……。
――――隠し味と言って、何やら調味料を配合している美緒が。
「同じ調味料使うなら、こっちがいいよー」
焙煎嘩哩『焙沙里』経営者で、料理が得意、特にカレーが得意と言うネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、様々な調味料を取り出して来た。
「このお料理を食べる人たちの事を考えると、失敗できないもんね」
イノベーションを使い、調味料についての様々な知識を美緒に伝えていく。
真剣に聞き入る美緒は目を輝かせていた。
「とりあえず……さしすせそから教えたほうが良いのでしょうか?」
冬山の下拵えが終わるまで、簡単な実践でもと、黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)は切ったジャガイモを鍋に入れた。
さしすせそは、単純にこの順番で入れた方がいい、という話ではない。
各々の調味料の特性を考えると、この順番が好ましいという話だ。
「ユリナ殿。私も手伝おう」
何か出来る事はないか、とミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)がユリナに声をかけたが……ゆっくりと振り返ったユリナの目は笑っていなかった。
「絶 対 に 何もしないで下さいね」
コクコク頷いて後ろに下がるミリーネと、ちゃっかりユリナの隣を確保する黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)。
「基本的にはユリナの手伝いになるかな」
ジャガイモをザクザク切っていく竜斗。手馴れたものである。
「俺はそこまで詳しいわけじゃないけど、料理が得意な嫁のユリナの手伝いはしてるからサポートはできるぜ」
こういう事は任せろ、と、他の野菜も切っていく。
冬山は、その様子を見て安心して下拵えに取り掛かった。
(私は、料理は大体のものは出来ますし、味もそれなりの筈だから、これで上手く行けば美緒の料理も少し味は良くなると思う……)
見た目に関しては完璧に美緒の腕にかかってしまうだろうが……、見た目はやはりワケの解らない物体なんだろうと思いつつ、隠し味に香辛料の小瓶を使った。
そのエリュシオン産の香辛料は、料理は勿論、食材の保存や時に医療にも用いられると言う。
(食べる人の胃袋がもちますように)
そっと冬山は祈った。
美緒はネージュとユリナの話を楽しそうに聞いている。
「実践が一番覚えやすいよね」
時間のかかる甘味料からネージュとユリナは実践しては、美緒が味見という事となる。
美緒はネージュから調味料に対する特性を興味深気に聞きながら、ユリナから失敗した例と成功した例のジャガイモを食べつつ、なるほどー、と頷いていた。
(ミリーネさんが心配ですが、注意しておいたので大丈夫……ですよね?)
(あとは……ミリーネが余計なことしないように気を配ろう。ミリーネは何しでかすか分かったもんじゃないし……)
遠くで落ち込んでいるミリーネを見て、黒崎夫妻は大丈夫だろうかと囁き合った。
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