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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「今、どちらが勝ってます?」
「今んとこ紅組が優勢かなぁ……。まあ、まだまだわからねぇけどな」
「うむ。まだ始まったばかりじゃからのぅ」
 セレスティアの問いにアキラが答え、歌い終わった歌い手に対しての採点の行方を見守る。
「ていうか、金校長採点厳しくねぇか?」
 アキラが指摘する通り、鋭峰は先程から8以上の点数を出したことがない。
「そうですねぇ……もうちょっと上げてあげてもいいと思いますねぇ」
「個々の性格や好みによってもだいぶ採点が変わるようじゃのぅ」
 ルシェイメアの言うように、その道のプロというわけではない以上、何がしかのバイアスがかかっているようである。
 
「む、茶が切れたな」
「あ、じゃあ私が汲んできます」
「セレスティアばかりにやらせるのも悪い、ワシも行こう」
 二人が連れ立ってコタツを離れ、アキラが一時的に一人になる。テレビの向こうで、楽しそうに、幸せそうに歌ってる歌い手を見ているアキラが、まるで夢から覚めたかのような顔をして、ぽつり、と呟く。
「いいよな、別に……今くらいこんな時間を過ごしても。
 どうせ来年も大変な年になるんだから。今くらいこうやって幸せな、楽しい時を過ごしても、なんも悪ぃ事じゃーねーよな……」
 
 ――できればこの時が、ずっとずっと続けばいいのに――。
 
 しかしアキラは同時に、そんな事はあり得ない、という結論にも至る。
 シャンバラは統一されたが、今度はエリュシオンという大帝国を相手にしなければならないだろう。カナンの動向も気がかりだ。
 
 ――今年よりも、もっと厳しい年になるだろう。
 今年よりも、もっと辛く、悲しい事が起こるだろう――。
 
 そう思いながらも、心の何処かでアキラは、今のこの幸せな時間が、できればずっと続くようにと願うのであった――。
 
 
 クロセルの紹介を受けて、ステージに立つクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)
(……叶う事ならば、もう一度皆に会いたい。この歌のように……)
 そんな彼が紡ぐ歌には、シャンバラが東西別の国に分かれて成立してから今に到るまでの戦いの中戦場に斃れた戦友たちを想い、彼らとの永遠の別離に対する悲しみが滲んでいた。
 
 兵舎の前の大門に街灯が一つ。
 今でもそこにいるならば、
 また再び街灯の下に二人で立とう。
 昔のように、リリー・マルレーン。

 
 彼の歌を、舞台袖で聴いていた島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)の頬を、涙が伝う。
 
「東側の兵士……生徒も、私達と同様、東シャンバラ政府や各学校の命令に従って、戦場で戦ったに過ぎない。
 まして、今現在は国家神となったアイシャの下で、東西一体となっての国造りが始まろうとしている。これ以上、徒に過去の恩讐を引き摺って敵意を煽り立てかねないような行為は、避けねばならないだろう。
 ……だが、私は戦友たちの死を忘れ去る事など出来はしない。故に私はこの歌を歌う。
 たとえ、目の前の観客席の何処かに、戦友たちの生命を奪った仇がいたとしても、シャンバラの未来のため、彼らを憎む事はしない。
 ……してはならないのだ」
 
 ステージに際し、クレーメックが口にした言葉がヴァルナの胸裏を突く。
 
 共に机を並べて学び、夢を語り、生命を預け合って戦った彼らを喪った悲しみ。
 彼らを守り切れなかった事への悔悟。
 彼らの犠牲の上に、自分は生き残ったのだ、という後ろめたさ。
 夢半ばで斃れた彼らの分まで、自分はこの先もずっと戦い続けねばならない、という自責の念。
 
 彼の紡ぐ歌声には、そんな想いが込められているようだとヴァルナは感じていた。
 と同時に、胸の中には新たな誓いも生まれていた。
 
(……わたくしも、もっと力をつけなくては。
 ほんの少しでも良い、あの人の苦しみを取り除く力を。
 たとえ一時でも良い、あの人に心の底から微笑んで貰える力を)
 
 
(聞いているか、戦友たち? あの歌声を……)
 
 ヒラニプラ領内にある、戦争で命を落とした名も無き兵士たちが眠る墓地。
 その、真新しい墓石が並ぶ前に立ち、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)が傍に置かれたラジオから流れる歌声、ちょうどクレーメックの歌う曲に静かに聞き入る。
 
 夜のとばりの中から、大地の底から、
 夢のように私を呼び寄せる。やさしいお前の唇が。
 夜更けの霧が渦を巻くとき、私は街灯の下でお前を待とう。
 昔のように、リリー・マルレーン。

 
(フン、実にあいつらしいな。
 政府の決定や上官の命令には、たとえ、その内容にどんなに不満があろうと絶対服従する……まさしく、軍人の模範、と言うべきだな)
 曲のラストを共に口ずさみ、クレーメックが歌に込めているであろう決意に思いを馳せ、マーゼンがもう物言わぬ戦友たちに向かって語りかける。
 同時に彼の胸中を、現状に対する不満か、葛藤か、はっきりと明言しがたい、しかし確かな思いが巡る。
 
(元より、東側の兵士……生徒も、自分達と同様、東シャンバラ政府や各学校の命令に従い、戦場に出て戦った以上、彼らを憎むのは間違いだと思う。
 ……だが、東シャンバラ側……特に、最後まで帝国に与してアイシャの戴冠式を妨害し続けた百合園とパラ実の二校の指導者……方針を決定し、命令を下した立場の人間が、何の制裁も非難も受けず、謝罪の言葉一つ求められずにその地位を保ち続ける、という決着は、本当に正しかったのだろうか?)
 
「……いや、私とて、分かってはいるのだ。軍人であり続ける限り、ジーベックのように振る舞わねばならない、と。
 だが、お前たちはどう思うだろうか? お前達の生命を奪った奴らが何の責任追及も受けず、のうのうと生き永らえている現状を……。
 その現状に対して、抗議する事さえも許されない、我々の姿をッ!?」
 
 マーゼンの言葉を、同じ場所で耳にしたアム・ブランド(あむ・ぶらんど)は、普段のマーゼンをよく知っているが故に、紡がれる感傷的な言葉に驚きの感情を抱く。
(……そう、それほど、東シャンバラ……特に百合園とパラ実の二校に対し、何の制裁も課せられなかった事を理不尽に思っているのね。
 おそらく、今後の帝国や寺院との戦いへの影響を考慮した上で、今回の百合園とパラ実の行動については不問とする、という決定が下されたのだろうけど、シャンバラの独立のために血を流して戦った将兵の中には、不満を抱く者もいるでしょうね。
 今後、対立の温床にならなければ良いのだけれど……)
 
 顔を見せ始めた月が、空を見上げたアムを仄かに照らす――。
 
 
「……団長、このような場で無粋ではありますが、念のため、警護を行わせていただきたいと存じます」
「……よかろう」
 
 警護を申し出た林田 樹(はやしだ・いつき)に、鋭峰が短く頷く。
 警護の姿勢があまり目立つようでは、紅白歌合戦の印象に悪影響を与えかねないが、教導団を束ねる者の傍に教導団の生徒が数名いるくらいは、『校長』と『生徒』の交流と見られる可能性が高いであろう。
「こんな時まで仕事熱心だぜ。お前らも歌わねぇのか?」
 クレーメックのステージが終わり、採点を付け終わった涼司が、樹とジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)に問いかける。
「ああ、いや……」
「えっとー、樹様の歌は、その、色々と致命的なんです。なんて言うかその……残念?」
「あー、樹ちゃんの歌は別の意味で『飛ぶ鳥を落とす勢い』なんです」
「う? ねーたん、おうたうたうと、とりしゃんおとせうの? しゅごいんれすねー」
 ジーナと章、それに頷くコタローにザクザク、と心を抉られた樹が項垂れ、背後に黒い何かを漂わせるような雰囲気で顔を起こす。
「……お前等、フォローになってないどころか人の心を抉るような言い方してるな、おい?」
「皆様、お茶請けにおせち風の上生菓子をご用意致しました。和菓子が苦手な方には、シュトーレンと月餅も用意してございます」
「お茶の方は、緑茶、抹茶、黄金桂、セイロンから果てはタシガンコーヒーまでご用意させていただきました」
 話を逸らすように、ジーナと章が各学校の校長を始めとした者たちへ給仕を行う。普段は樹を巡ってライバル関係にある二人も、こういう時だけは妙に気が合うようだ。
「まったく……まあ、歌が苦手なので参加しないのが理由の一つでもあります」
 一つ、ということは、他にもあるということ。
 樹は「一兵士の独り言」と前置きをした上で話し始める。
 
「私は教導団に来たとき、『軍のパーツ』としてこの先生きていくことを望んでいました。
 パートナーにジーナを選んだのも、その理由からであります。
 
 ところが……ジーナを初めとしたパートナー達のおかげで、どのような過去があろうとも、人らしく生きていいことを学びました。
 今は、普通に笑ったり、怒ったり、することも出来ます。
 
 ですが、私は軍人です。そのことは変えようのない事実です。
 
 私は自分のパートナー達と、ここで団長をお守りすることで、自分の生き方を伝えることが出来ればと思っているのです」
 
「……だとよ。で、教導団の団長は、何と返すんだ?」
「……私から言うべきことは特にない。貴官が軍人としての務めを果たしている以上はな」
「ホント冷てぇなあ! お前んとこでも、生徒を駒のように扱おうとするのはヤベェと思うぜ。……ま、なかなか上手くやれねぇんだけどな
 涼司が呟き、場が何となく湿っぽくなったところで、それを吹き飛ばす勢いで給仕をしていた樹のパートナーたちが詰め寄って来る。
「こほん! 樹様に笑顔を取り戻したのは、このワタシです!
 金団長、そこの所をお間違いなきようにして下さいましね」
「ううんっ! 樹ちゃんが昨今可愛らしくなったのは、僕という伴侶が出来たからですよ。
 金団長! そこの所を相違なくご記憶願えればと思います」
「う! う! じにゃ、あき、こたも! こたも! こたが、ねーたんがやさしーの、いちばんしってうも〜ん!
 こた、ねーたん、だ〜いしゅきれす!!」
「こたちゃんが『大好き』って言うなら、ワタシも樹様大大好きですっ!」
「何ぃ! 僕なんか『樹ちゃん愛してる!』だもんね! コタ君やバカラクリ娘に負けないよ!」
 
「お前等、いい加減にしないかー!」
 
 ついに堪忍袋の緒が切れた樹が、ジーナと章の頬をつまみながら警護の心得を説く。
「ま、俺等も校長として、もっと生徒の話は聞いておかないとな」
「……建設的な意見をもたらすのであればな」
 二人が結論を出したところで、次の歌い手がステージに立つ――。