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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

リアクション


chapter.2 地下一階(2)・骨 


「爆炎波爆炎波! 正義の爆炎波!」
 圧倒的な勢いで骸骨を吹き飛ばした光は、背中から倒れた骸骨に追い打ちをかけるように火術を放った。
 薄い暗闇の中で炎は存在感を充分に示し、敵の骨は黒く変色していった。炎が行き渡り、火力が弱まってきたあたりで光は既に動くことを止めている骸骨に近づき、あろうことかその上へと跨った。
「もしかしたらまだ復活してくるかもしれないからな! このくらいするべきだろ!!」
 言って、黒ずんだ骨をゲシゲシと踏み砕いていく。心なしか、その表情は楽しんでいるようにも見える。
 それを見ていたパートナーのラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)は、なんとも言えない顔をして頭を押さえていた。
「……どうした? お前は戦わないのか?」
 近くにいた宗吾に話しかけられたラデルは、小さく息を吐いた後、それに答えた。
「なんだか、人生の重要な選択を間違えたのではないかという気持ちになってしまって……」
「?」
 その真意が見えない宗吾に、ラデルは光を指さして言葉を足した。
「だって、ちょっと見てくださいよアレ。ヒャッハーとか叫びながら、嬉々として骸骨に襲いかかってるうちのパートナー。どっちがモンスターに見えると思います? 僕は断然、うちの暴れん坊に一票を投じますね!」
「はは、なるほどな……まあでも、やる気がないよりいいじゃないか」
 宗吾に励まされると、ラデルは「そう、かもしれないですね」と気持ちを切り替え、タワーシールドを抱えたまま光のところへ走っていった。
「ええいコラ! 守ってやるから、防御範囲から飛び出るなコラー!」
 だがラデルが光の近くに来た時、もう光は足元の骸骨を粉々に砕いていたのだった。
「ここまでやっとけばもう動けないだろ……たぶん! 俺様にかかればこんなもんだ!」
「……」
 ラデルは、言葉を失う他なかった。

「先遣隊の報告通りですね」
 骸骨武者の登場を見て、ウィラル・ランカスター(うぃらる・らんかすたー)がそう声に出した。それに答えたのは、彼の契約者、雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)だった。
「できればそんな報告、当たってほしくなかったけど……」
 瞳に影を落とした六花は、「やむを得ない」といった表情でウィラル、そして前にいる宗吾に告げた。
「ウィラル、宗吾さん、おそらくあの骸骨武者には五感がありません。私がこの距離からバニッシュで先制するので、その後間髪入れずに間合いを詰めて攻撃してください」
「なるほどね、そんな術が使えるのか」
 言葉を聞いた宗吾が「任せとけ」と付け加え、ウィラルも黙って頷いた。
「いきます……」
 すう、と六花が息を吸った。直後、彼女の両手がまばゆい光を生み出した。
「バニッシュ!」
 穢れを洗うその光は、眼前にいた二体の骸骨武者の表面を撫で、文字通り骨を軋ませた。その音を聞くよりも早く、ウィラル、そして宗吾が駆けていく。
「ウィラル!」
 六花が大きく声をあげた。それに応じるように、ウィラルは手にしたクレイモアで骸骨武者を足元から払い上げる。大剣によって宙へと浮かされた二体の骸骨は、完全に無防備状態に晒される。そこを宗吾は見逃さない。
「おらよ、っと!」
 宗吾は、ウィラルのクレイモアに負けず劣らずの巨大さを持つ槍で二体を同時に薙ぎ払う。
 ガシャン、と音を立てて崩れた骸骨を一瞥し、ウィラルと宗吾は武器を収めた。
「良かった、ふたりとも無傷ね」
 そのふたりの元へ進み声をかけた六花に、宗吾が答えた。
「便利な技じゃないか。タイミングも文句なし、さあ、その調子でいこうか」
 こくり、と頷く六花。
 宗吾のその言葉は、「ここにいる敵がすべてではないだろう」というニュアンスを含んでおり、それはふたりも察していた。宗吾の言葉を受けやや勇み足気味に進もうとした六花を、ウィラルが引き止める。
「六花、また骸骨武者が現れるかもしれません。ここは、私か参道が前を歩きます」
「べ、別に……」
 大丈夫なのに。そう言いたげな六花を、ウィラルは無言で押しとどめる。彼は、六花を頼っていないわけでも、信頼がないわけでもない。
 むしろその逆、プリーストとして、着実に力をつけている彼女を大事な戦力として認めていたからだ。
「とりあえず、先に進むにしてもここの敵を片付けないとな。残ってんのは……あの一匹か」
 宗吾が辺りを見る。四体いた骸骨武者は光やウィラル、そして自分が倒したため残りは一体となっていた。その一体も、隆寛によってまさに今仕留められようとしているところであった。
 グランによって足元を凍らされた骸骨、その懐に、隆寛は容易く潜り込むと矛先を胸骨へ向け、小さく言った。
「この間合いなら、一撃で仕留められます」
 呼吸を止め、力を込めて隆寛がランスバレストをお見舞いする。
 突進しながら放たれたそれは速度も相まって、高い威力を見せつけた。体の中心から骨を分解させるだけでは収まらず、骸骨が立っていた奥の壁面まで突き破ったのだ。部分的に劣化していた箇所だったのかもしれないが。
「すげえなこりゃ……」
 それを見ていた宗吾も、感心して声を発した。ガラガラと崩れた壁の向こうにはさらに道が続いており、それは晴明たちが先に行ったルートとは別のもののようだった。
「こっちからも下に降りれんのか……ん?」
 と、宗吾がその奥に何かを見つけた。いや、何かと濁す必要もない。気配と影ですぐにそれが何かを、彼は認識した。
「おいおい……」
 なんと壁の向こうから現れたのは、今彼らが倒した骸骨武者、その十倍近くは超えているであろう大勢の骸骨武者だった。だが、それを見てなお宗吾たちの闘士は萎むことがなかった。
「ま、逆に今見つけられて良かったな。帰りにこんな大量に出てこられたんじゃ、体も持たないだろ。余裕ある今のうちに、全滅させとくか!」
 宗吾の声に応えるように、六花は呪文を唱え始め、ウィラルもまた剣を構えた。
「ヒャッハー! まだまだいたなんて、これは爆炎波をもっとやれってことだな! そうに決まってるッ!」
 それは、暴れ足りない様子でいた光も同じだ。宗吾を先頭に、彼ら、そして彼らと共にこの階層に残っていた生徒たちは一斉に骸骨武者の群れへと駆けていった。
「ほら、美空、瑠璃、行こう」
 パートナーふたりの名を呼び骸骨と対峙していたのは、相田 なぶら(あいだ・なぶら)。彼は敵の数の多さを見て、頭の中で戦略を組み立てていた。
 個別に撃破していくよりは、範囲攻撃で一気に叩いた方が良いはず。
 それは、個体としての強さはそれほどないだろうとこれまでの戦闘を見ていて気づいたゆえの思考だった。
「バニッシュはかなり効き目があるみたいだから、バニッシュを使える俺と瑠璃の等活地獄あたりで一気に殲滅できれば……そのためには敵を一ヶ所に集めないと」
 なぶらは、瞬時に必要な役目とそれをこなすのに適役と思われるパートナーを結びつける。敵を集めさせるには、美空に誘引してもらうのが良い。
 そう判断した彼が各々の役目を伝えようと声を出そうとする……が、そうスムーズに連携がとれるかと問われれば、そうでもなかった。
「早く下に行くためにも、さっさとこの骸骨武者たちを倒すのだ!」
 ビュン、と素早い動きで我先にと走っていく木之本 瑠璃(きのもと・るり)、そしてただ黙ってじっと立ち尽くしている相田 美空(あいだ・みく)。なぶらはふたりを見て、若干の不安を覚えた。
「瑠璃、ちょっとストップ」
「?」
 なぶらに呼び止められ、気を逸らせていた瑠璃はぐるん、と振り向いた。
「まずは敵を一ヶ所に集めるよう、周りから牽制しよう。そうじゃないと、効率が悪いから」
「えー」
「えーじゃない! 攻撃はその後から! 良い?」
「とっとと倒して下行くのだー。兵は神速を尊ぶなのだ。ぐずぐずしてたらやられてしまうのだよ?」
 早く体を動かしたくて仕方ない、といった様子で瑠璃が足をバタバタさせる。なぶらはとにかく落ち着かせるのに一生懸命だった。
「一ヶ所に集まったら心置きなく攻撃していいから!」
「なら早く実行するのだー! はーやーくーすーるーのーだー!」
 とうとう地団駄まで踏み出した瑠璃。なぶらは溜息を吐きつつ、美空へと指示を出した。
「美空、遠距離から弓で敵を集めるような攻撃をしてくれ」
「……」
 なぶらの指示に、美空は沈黙で返した。
「……わかった?」
「……」
 小さく、美空が頷いた。彼女はもちろん悪気があってそうしているわけではない。なぶらの言うことも分かっており、それを実行しようとする意思もある。
 ただ、美空は滅多なことでは口を開かないという難しい性質であったため、なぶらから見れば指示を理解してくれたのかどうか判断しかねたのだ。
「今、頷いたよな……? 了解ってことだよな? きっとそうだよな……?」
 なぶらは自分に言い聞かせるように言葉を口にし、雑念を断ち切るため大きく声をあげた。
「よし、やろう、ふたりとも!」
 はたして見事、連携はとれるのだろうか。なぶらに不安がなかったと言えばそれは嘘である。がしかし、行動を起こしてみて彼は驚かされた。それは、良い意味でである。
「……」
 円を描くように美空が弓を遠くから放ち、その円を徐々に縮めていくことで周囲の骸骨たちは自然に、だんだんと身を寄せるようにして固まっていった。恐怖心などなくとも、「敵の攻撃から離れる」という防衛本能が彼らをそうさせたのだろう。
「今なら、攻撃できるのだ!」
 そしてそれを待っていた瑠璃が、縦横無尽に跳ね回り手当たりしだいに骸骨をなぎ倒していく。同時に、なぶらもバニッシュで骸骨たちを包み瑠璃の援護を行った。
 なぶらが思っていたより遥かに噛み合ったコンビネーションで、彼らは骸骨を砕いていった。

 宗吾たちやなぶらたちが戦っているスペースはそれなりに広かったが、骸骨たちが蠢いているせいか大きな移動はある程度制限されていた。当然、減ったスペースの分だけ視野も狭まる。骸骨たちが万が一そこに詰め寄れば、不覚を取らないとも限らない。
 そこで、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)とそのパートナー冬月 学人(ふゆつき・がくと)は、あえて自らその空間をカバーすることで、他に戦う者たちを死角から守っていた。
 ほとんどが前進している中、ジェライザと学人は後方で、背後へと回りこもうとする骸骨たちと相対している。
「学人と共闘って、もしかしたら初めてじゃないかな?」
「そうだね、魔法の使い方、憶えてる?」
「あ、学人馬鹿にしてない? そりゃあ、普段は治療とかサポートばっかりだから魔法を使って攻撃するなんて久しぶりだけど……」
 互いに背を向け、すぐ後ろに相手の気配を感じながらふたりは話す。学人がもしもの時のためにと提案した陣形だ。だが心配する学人をよそに、ジェライザはどこか嬉しそうだ。
「……どうしたの?」
 背中越しでもそれを感じ取った学人が尋ねる。ジェライザは、ヱホバの長弓を胸の高さまで持ってくるとその姿勢のまま答えた。
「何かワクワクしちゃって」
 共に戦えることが嬉しいのか、あるいは久々に魔法を遠慮無く使えることに胸を踊らせているのか、その両方か。ジェライザはすべてを含んだような表情を浮かべると、より精神を高揚させるべく言った。
「派手にいこうか!」
 ぐい、と長弓を引きしぼる動きを見せるジェライザ。そこに矢は番えられていないが、当然そのモーションには意味がある。ジェライザが「我は射す光の閃刃」を唱えたことで、弦に光が宛てがわれたのだ。突如発現したその光の刃を番え、ジェライザは矢を放つ動作をした。
 すると、光の尾をひきながらその刃は目にも留まらぬ速度で骸骨を居抜き、全身をバラバラに粉砕した。
「どんどんいくからね!」
 二の刃、三の刃をジェライザが立て続けに放ち、その度に骨の崩れる音が響いた。
「……ねえ、ちゃんと考えながら撃ってる?」
「え?」
 何本目かの攻撃を仕掛けた時、学人が聞いた。
「一応狙いはつけてるよ! でもこういうのは、バーンと大胆にやった方がいいのかなって」
 そんなジェライザの返事を聞き、学人は「やっぱり」といった様子で魔法に対する考え方を口にした。
「僕は、魔法にだって式があって解き方もあると思ってる。数学みたいな感覚かな。たとえばこんな風に……」
 言って、学人は右手に炎、左手に氷を纏わせて、目測でターゲットとの距離を計算した。
「相手との距離、魔法が放たれるまでの時間、魔法自体の速度、全部を考えた上で攻撃は当てないとね」
 学人は冷静に目標物に狙いを定めると、その氷と炎を同時に放った。攻撃魔術、凍てつく炎である。
 彼の計算通り、狙いを逸らすことなく命中したその相反する現象は骸骨を凍らせ、その上から骨を焦がした。
「こんなところ、かな?」
「なるほどねえ。でも魔法はやっぱり、こういう方が気持ちいいよ!」
 学人の説明も右から左に受け流したように、ジェライザは目測や威力、ペース配分も気にせず光の刃を放ち続けた。一見噛み合っていないふたりに見えるが、乱発することで敵の一定数を減らすジェライザと着実に一体ずつ仕留めていく学人の魔法比べは、不思議と波長があっていた。
「へえ、あいつらもなかなか……おっと」
 パートナーと連携し骸骨を撃破していく彼らを横目で見て、宗吾は短く感想を口にした。合間に襲ってくる骸骨の襲撃をかわしながら。
「宗っち! ぼやっとしてるとあたしが全部倒しちゃうよ!」
 と、すぐ近くから声がした。
「宗っち……?」
 またもや聞きなれない呼び名に宗吾が視線を向けると、クレイモアを振り回しながら寿 司(ことぶき・つかさ)が張り切って骸骨を薙ぎ倒しているところだった。女性であり、かつ小柄な体ながらも大剣で暴れ回るその様は、見事という他なかった。
 が、ややその気勢が前方に傾きすぎたのか、司は一体の骸骨武者に背後を取られた。クレイモアが死角になってしまったようだ。骨の手が司の首に迫る。
 その寸前で、骸骨の動きは止まった。直後、しゅわっと骨が溶け始め、ガラガラと骸骨は崩れた。
「司ちゃん、張り切るのはいいですけど、後ろも気を付けないと」
「レイ!」
 司を助けたのは、パートナーのレイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)だった。彼女にレイと呼ばれたその魔道書は、司に迫る骸骨武者にアシッドミストを食らわせていた。
「そんなの、言われなくたって分かってるんんだから!」
 言葉はやや乱暴であったが、彼女なりにレイを信用してはいるようだ。司はそれだけを言うと、再び突進し、手当たり次第に骸骨を打ち倒していく。その様子はまるで、宗吾に対抗意識すら持っているようであった。
「あそこまで張り切られたら、俺もぼーっと突っ立ってるわけにいかないな」
 ふっ、と力をこめ、宗吾が目の前の骸骨を突いて骨を砕く。
「やるじゃない、宗っち! でも多く倒すのは、あたしの方だからね!」
「勝手に対抗意識を燃やしても、宗吾さんの迷惑ですよ……って、聞いてるんですか?」
 レイが逸る司をなだめようとするが、司は夢中で強さを示さんとばかりにクレイモアを振るい続ける。
 彼らの怒涛の攻撃で、骸骨たちは瞬く間に数を減らしていった。
 その一方で、彼らが怪我を負わないよう、気を配っている者もいた。ニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)とパートナーのクリスタル・カーソン(くりすたる・かーそん)らである。
 彼らは前衛と後衛とに分かれ、それぞれ味方への守りと回復を担っていた。
「骸骨武者かぁ……この数といい、厄介そうじゃん!」
 ディフェンスシフトでもって前線で戦う者たちを庇いながら、ニーアは言った。セリフとは反対に、その顔に焦燥は見られない。
 その理由は、すぐに彼自身の口から語られた。
「けどよ、宗吾やクリス、みんなと一緒なら負ける気がまったくしないぜ!」
 そしてニーアは再び右へ左へ、骸骨の攻撃から他の者たちを守るのだった。そんなニーアを後方から見つめていたクリスと呼ばれた少女――クリスタルは、少し心配そうに呟いた。
「うー、ニーアってば、あんなに前線に出て大丈夫かなぁ?」
 もちろん、それを心配したところで彼はおそらく止まらないだろうし、彼の実力も分かっていた。それでもクリスタルは、ニーアに声をかけずにはいられなかった。
「私は後衛にいるから、怪我したらこっちに来てね!」
 その声が届いかのかは分からない。けれど自分に出来ることはそれなのだと、クリスタルは自分を納得させた。動き続け、疲労の色を見せ始めている仲間にヒールをかけながら。

 骸骨の群れとの乱戦が始まって数十分。
 兵力差が三倍はあったはずの骸骨武者と生徒たちの戦いは、彼らの見事な連携と攻勢により生徒たちが勝利を収めていた。
「さすがにこれで、この階の骸骨は全部倒しただろ。さて、俺らも晴明を追いかけるか」
 予想以上に生徒たちが頑張ったため、さして力を使うこともなく戦場を切り抜けた宗吾が言う。彼らはその言葉に頷き、骨の破片が散らばっているその先へと進んだ。