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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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chapter.4 地下二階(2)・克 


「晴明?」
 神海が話しかけると、晴明は首を動かし神海の方を見た。その目はまだ生気が残っており、完全に呪われたわけではないようだった。
 が、ヒトダマに心を触れられているのも事実で、彼は内側からせり上がる暗い声を跳ね除けようと戦っていた。
「大丈夫……だ」
 神海にはそう答えるが、徐々に響く呪いは大きくなっていく。
 汚い。汚い。孤独孤立隔離疎外絶縁隔絶不潔不浄劣悪。
 それは容赦なく晴明の奥に隠されていた、触れられたくない部分。ヒトダマはそれを遠慮無くえぐる。晴明は声を漏らした。
「俺は、汚くもひとりでも……!」
「晴明さん!」
 と、その時彼の耳に新たな声が届いた。凛としたその声は、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)のものだった。
「しっかりしてください、あなたの居場所はここです! 晴明さんの周りには、あなたを案じるたくさんの方がいらっしゃるんですよ!」
 鈴鹿は咄嗟に晴明の肩を掴み、揺さぶった。
 才に溢れる術者といえど、弱みがまったくないとは限らない。もし彼がそこを突かれてしまったら。
 そう考えていた鈴鹿の予感は当たってしまったが、それならばと彼女は晴明に生気を取り戻させようとする。
「……大丈夫だ、って言ってんだろ」
 元々彼女が考えていた通り、晴明が力のある術師であったことも幸いしたのか、完全に呪いが体内を巡る前に無事彼の瞳はいつもの光を取り戻した。もちろん、そこに鈴鹿の助力があったことも間違いない。
「あ、つい勢いで肩を触ってしまって、すみません」
「いや……まあ、いいよ、別に」
 潔癖症だと聞いていながら晴明に触ってしまったことを謝る鈴鹿だったが、晴明は罰が悪そうにそれを手で制した。救いの手を差し出してくれた相手を邪険には出来ないということだろうか。
 その様子を見ていたのは、鈴鹿のパートナーである織部 イル(おりべ・いる)だった。
「ふむ、性格にやや難アリの若人と思っておったが……」
 鈴鹿と晴明のやりとりを見ていたイルは、晴明の本質を計ろうとしていた。
「極度の潔癖症や淋しがりなのには、何かしら原因があるのかもしれんのう」
 それが過去の経験からかどうかは分からないが、イルは直感的にそう思った。
 と、そのイル、そして鈴鹿のところにもヒトダマがふわりと寄ってくる。ふたりはそれに対し、臨戦態勢を取った。
「たとえ呪いの言葉を吐かれようとも、私はシャンバラの、パラミタの方々のためにブライドオブハルパーの手がかりを掴まなければならないのです……!」
 そう言った鈴鹿は、仲の良い者から受け取った懐中時計を握り締めていた。出産祝いにもらったというその時計は、彼女の気持ちを揺るぎないものにさせた。
「フフ……妾に呪いで張り合おうとはな」
 一方のイルも、ギャザリングヘクスで高めた魔力を光へと変えていた。その光が一気に放たれヒトダマに被さると、じわりとヒトダマの内部に滲み込むようにして浄化された。
「思い残しは多かろう。それが人じゃ。だが、死してまで苦しむ必要はなかろうよ……」
 先ほど由乃羽がつくりだした経路、それをイルがさらに押し広げる形となり、晴明たちの前には進路が確保されていた。
「晴明、ここは拙僧が受け持とう。先へと進むべきだ」
 それを見て神海が言う。晴明は宗吾の時同様素直に従い、出来た道を走りだした。残ったのは、神海と数名の生徒だ。
「さて、残ったヒトダマを片付けるか……神海さん、ここは俺に任せてくれ」
 そう言って神海の前に進み出たのは、風祭 隼人(かざまつり・はやと)だった。隼人は残っていたヒトダマを一瞥すると、攻撃ではなく対話から入った。
「やあ、ヒトダマの皆、日々楽しく過ごしているか? 今日は皆とのお近づきの印として、良い話を持ってきたぜ」
 無論、ヒトダマの反応はない。が、隼人は構わず続けた。
「皆は、この世に色々未練があってナラカにも行けず留まってるんだよな? なら、俺に任せてくれれば皆がこの世で普通に活動するための術を紹介するぜ」
 隼人には、案があった。魔鎧職人という存在を知っていた彼は、そこにこのヒトダマたちを紹介し、魔鎧になってもらおうと計画していたのだ。隼人は続きを話した。
「もちろんタダじゃないけどな。俺たちの、ブライドオブハルパー探索を邪魔しない……いや、協力してくれることが条件だ。どうだい?」
 他の者たちがヒトダマに抗ったり攻撃を加えようとする中、彼はまさかの懐柔策を取った。そこには、紹介料を発生させようという目論見もあったのだが、それは当然隼人本人以外知る由もない。端から見れば気の良い青年といったところだろう。
 さらにここにもうひとり、お金のことを考えているという意味で、彼と一緒の心構えを持っていたのが、ルメンザ・パークレス(るめんざ・ぱーくれす)だ。
「科学的に解明された原始的オカルト現象なんぞどうでもいいわい。ともかくお宝じゃ」
 ルメンザは、何よりもこの地下城に眠っているという価値ある宝を優先とした行動をとっていた。その行動に由来しているのは、清々しいほどの金欲である。
 ルメンザにとって自身の心にあるのは金に対する欲望のみで、ヒトダマなど意にも介さないといった面構えであった。
 懐柔を試みる隼人と、ヒトダマを一笑に付すルメンザ。その態度は異なっていたが、不思議と彼らの対処法は似通っていた。
「……そうか、せっかく俺が紳士的な提案をしてやったのに、無視かよ」
 隼人が残念そうに呟いた。隼人の提案はそれなりにメリットもあるように思われたが、ヒトダマにはそもそも対話という行動選択がなかった。ただ生者を黄泉に引きずり込む、その意思だけで動いているのだ。
 懐柔が不可能と判断した隼人は、自分に向かってくるヒトダマに、次なるアクションを仕掛けた。
 それは、精神攻撃に対する精神攻撃。つまり説教である。
「なんでせっかくのチャンスをものにできない? だからお前らはダメなんだ!」
 超人的精神でタフな心臓となった隼人は、容赦なく食ってかかった。ヒトダマはその隼人の言葉を無視するように体を抜けようとするが、そこに隼人とルメンザの真価はあった。
「心に入り込みたきゃ入ったらいい。ただ、侵食も糞もないってことを思い知るだけじゃがの」
 ルメンザは特に防衛策も取らず、ただヒトダマの突進を受け入れた。が、ルメンザの瞳に変化はない。一体、なぜだろうか。
 先ほどルメンザの性質を述べた通り、彼の心中を支配しているのは金欲である。ヒトダマが心をのぞいたとて、そこで見るのは金と欲の二文字だけなのだ。きっとヒトダマには、彼の心はこう映っていたことだろう。
 金金金金金金金金金マネーG円元ドルユーロフランペソポンドペリカ金金金……。
 ルメンザはある意味、邪念ゆえに邪念を跳ね返していたのだ。
 そしてそれは、既に魂を奪われているという隼人も同様だった。彼は悪魔とのやり取りの中で、魂をもうなくしているらしく、魂への攻撃を無効化していた。
「既に魂を固定できるとは、感服する」
 神海がふたりの様子を見て、深編笠の奥で目を丸くしていた。その神海も、手首に巻いた数珠を振りかざし、周囲のヒトダマを消し去っていた。
「さて、こんなもんでいいじゃろ。自分は先に行かせてもらうけぇの」
 屈強な精神でヒトダマの侵入を阻止したルメンザが、先を急ごうとする。その目にはやはり、最深部にあるという貴重な物品を捉えているのだった。