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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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chapter.8 地下三階(3)・問 


「彼らの真なる目的は、何だ……?」
 戦いが激化する中、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)はそんな疑念を感じずにはいられなかった。目の前の彼らは正体を名乗らない。が、もし彼らが寺院の遣わした忍だとしたら……いや、ハイナが言っていた情報からするに、十中八九彼らはその手の忍だろう。
 呼雪は、寺院が決して一枚岩でないことを知っていた。それは、自分のパートナー、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が既に証明している。彼はヘルの方をちらりと見た。
「寺院の真実を知らない手合いかな? なんかフクザツだね」
 ヘルは、眉尻を下げて小さく呟いていた。しかし、理由や思想はどうあれ、今自分たちの目的を阻んでいるのは事実。ならば、ここで止めなければならない。
「サンダーバード、フェニックス……ウェンディゴ」
 ヘルは、召喚獣たちの名を呼んだ。するとどこからか三体の召喚獣が現れ、ヘルを囲むように位置取った。ヘルはその中の一体、ウェンディゴと呼ばれた雪男に指示を出した。
「ちょっと、暴れておいで」
 相槌の代わりに大きく吠えたウェンディゴは、一目散に忍たちの中へ突っ込んでいくと、両手両足を振り回し大げさに暴れた。
 もちろん、その拳も蹴りも当たることはなかったが、忍たちが距離を置いたそのワンモーションは、大きな隙となった。ヘルは残る二体の召喚獣に道を塞ぐように指示し、行動範囲をさらに狭めると、呼雪に目配せをした。
「今、だな」
 す、と呼雪が両手に拳銃を構えた。既に一度攻撃を避けている忍たちは、ちょうど、空中で身を翻し、地面に着地したところだった。そこに呼雪が銃弾を放つ。
 態勢が不十分な忍は、必然的に前に倒れこむ形で回避するのが精一杯である。連続して強引に体を動かした忍に、三度目の回避力は残っていなかった。
「これで、終わりにしてやる」
 直線的な動きだけとなった忍の先に待ち構えていたのは、橘 恭司(たちばな・きょうじ)だった。彼は冷たい目で忍を射ぬくと、ウルクの剣で躊躇なく忍の足を薙ぎ切った。
「ぐおおああっ!」
 痛々しい悲鳴が聞こえるが、恭司は眉ひとつ動かさない。彼は、一切の感情を捨てているようにも思えた。
「待て、ここは生け捕りにするべきだ! 後で聞きたいことが……」
 呼雪が恭司の危うさに声をかけるが、彼の目はもう冷え切っていた。
「いい加減寺院のしつこさにはうんざりだ。ここで完膚なきまでに叩きのめし、破壊するのが一番だ」
 言って、恭司はワイヤークローで背後から襲おうとした忍の動きを封じた。ホークアイを発動させていたことで、彼の視界は驚くべき広さを手に入れていた。
 恭司は大胆に距離を詰めると、左腕の義手で貫手を放った。殺傷力の高いその一撃は、容赦なく忍の呼吸を詰まらせた。
「次だ」
 どさ、と倒れた忍に視線を落とすこともなく、恭司は近くの忍に次々と襲いかかった。

 せめて、何のための集団なのかだけでも知れないだろうか。
 ウェンディゴの暴れる空間から離れ、呼雪目がけて小太刀を振るわんとする忍たちの攻撃を行動予測によって巧みに回避しつつ、呼雪は考えていた。
 その時、呼雪と反対の位置から唐突に激しい音が聞こえた。
「あれは……」
 呼雪が音の方を見ると、パートナーのユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が則天去私を忍にお見舞いしているところだった。
「な、いつの間に……」
 苦悶の表情で言い残し、崩れ落ちる忍。ユニコルノは、作戦がうまくいったことにひとまずの安堵を感じた。
 敵から見れば突然前触れもなく食らった不意の一撃だが、視点が違えばそれも変わる。
 あらかじめベルフラマントをまとい気配を殺していたユニコルノは、忍が現れた時点で、即座に隠形の術を唱えていた。こうして姿形を完全に消したユニコルノは、機を伺っていた。呼雪と連携がとれる機を。
 ユニコルノが呼雪の方を見た。それだけで、ふたりのアイコンタクトは成立した。
 前へ。前へ。
 ふたりは丁度中間地点で合流を果たそうと、間にいる忍と応戦しながら距離を縮めていった。とはいえ相手の人数は多く、次第に息はあがっていく。
 そこで彼らの耳に届いたのは、もうひとりのパートナー、タリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)が奏でるハーモニカの音だった。
「物騒なお客さんが多いのね。私は荒事向きじゃないけど……こういうことなら出来るわ」
 彼女、タリアの楽器から流れるメロディーは、癒しの旋律となって呼雪たちに染み込んだ。すると、不思議と溜まっていた疲弊感が薄れていく。
「厄介な術だ。先に始末するか」
 忍のひとりが、彼女に狙いを変えた。彼らからしたら当然の選択だろう。しかし、その忍には過ちがひとつあった。
 それは、タリアを容易く始末できると軽い値踏みをしてしまっていたことだ。
「!」
 忍が振り下ろした小太刀を、タリアは大きな舌切り狭で受け止めた。驚く忍に、タリアは微笑みと共に言葉を与えた。
「ステージに上がりこんで出演者に手を出すなんて……お行儀が悪いわよ」
 直後、鋏をリュートに持ち替えた彼女はそこから生じる魔力で忍を吹き飛ばした。宙に浮かされたその敵は呼雪の頭上付近まで飛ばされ、彼の回し蹴りによって仕留められた。

 華麗に飛び回るお華や、見事な連携を見せる呼雪たちの戦いぶりを眺め、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は小さく呟いた。
「ほう、いい動きをする……俺たちも負けてはいられないな、セル?」
 紅の魔眼を揺らめかせたイーオンに、パートナーのセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)はこくりと頷いた。
 これまでの戦闘を観察し、イーオンはその頭脳でもって冷静にひとつひとつを分析していた。
 敵の忍は、敏捷性を活かした撹乱戦法を主軸に置いているということ。
 他の生徒によって、固まっていた忍は散らばり、なおかつ数名の生徒が逆側に回りこんだことで挟み撃ちの格好になっているという位置関係。
 さらに、イーオンの瞳は、敵の忍がどういった攻撃をしかけ、どういった回避行動を取っていたかまで細かく把握していた。そこから導きだされるのは、完全なる勝利の方程式である。
 間近で戦闘光景を焼き付けたイーオンにとって、数手先を読みきるのはそう困難なことではなくなっていた。
「では、いくぞ」
「イエス、マイロード」
 短くセルウィーが答えた。イーオンは、その手に魔力を集中させ、氷へと変換させた。
「動きを止めることが困難ならば、動ける道を狭めればいいだけだ」
 言うと、イーオンは生み出した氷を礫として空間へ放った。当然、ただ無闇に放ったわけではない。彼が検証しつくした、「忍が現在地から攻撃を回避できるルート」のみに礫を放ったのだ。
「くっ」
 予測されていることも露知らず、反射的にブリザードをかわす忍。だがその回避方向は、氷礫に阻まれている。危うく後頭部と衝突しそうになり、慌てて体をよじる。一見それは、イーオンの想定ルートから逸れたように見えた。
 しかし、そこに礫があれば逃げる空間がそのスペースしかないことも、彼は織り込み済みだった。
「そのルート、チェックだ」
 もう片方の手からすかさずサンダーブラストを放ち、忍を無駄なく仕留めるイーオン。さらに彼は、自ら放ったブリザードによる氷礫をサンダーブラストで砕き、散弾として広範囲攻撃を計った。
 もう一発。その分の魔力を集めるイーオンだったが、そうはさせまいと忍が迫ってくる。しかし、それを防ぐのが、前衛としてのセルウィーの役目であった。
「徹しませんよ」
 オートガードによる防衛で、彼女はあっさりと忍の一撃を防いだ。その間、時間にして数秒といったところだろうか。イーオンが魔力を補填するには充分な時間だった。
 とはいえ、肉弾戦が可能な距離にまで接近されている以上、広範囲への氷の散弾は非効率に思われた。
「これでどうかな」
 急遽イーオンは、電気に変えるはずだった魔力を酸の霧へと変えた。今までと異なる魔法、アシッドミストだ。
 霧は忍の顔を取り囲み、全身の自由を奪った。
「あっ、まだこんなとこに残ってた! えいっ!」
 止めを食らわせようとするイーオンだったが、突然声と共にお華が忍の背後に現れ、首もとにトン、と軽い手刀を当てた。そのままくるりと一回転したお華は着地し、イーオンに言う。
「あ、ごめんね横取りしちゃった。でもほら、これ片付けたら終わりだったからさ。」
 そう口にしたお華に、イーオンはどこか慌てているような気配を感じた。が、もしかしたら考えすぎかもしれない。イーオンはお華に声をかけた。
「いや、見事な動きだった。ただ、少々計算が狂う動きもあったな」
 それは端から聞けば皮肉に聞こえるかもしれないが、イーオンの中でそれは褒め言葉だった。計算にない動き、というのは忍者にとって喜ばしいものだろうと考えていたからだ。お華は笑って、礼を言った。
「あはは、ありがと」



 忍を倒し終え、四階へ降りる階段へ向かって一同は進んでいた。
 その集団の中で、戦い終えたお華に話しかけていたのは瀬島 壮太(せじま・そうた)とパートナーのミミ・マリー(みみ・まりー)、そしてファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)だった。
「あんだけ敵が多いと、しんどかったろ」
「んー、でもみんなも活躍してたし、あたしは大丈夫だよ?」
 壮太の言葉に答えるお華。そこに、ミミも混ざって会話を広げた。
「そういえば、お華さんって、パラミタに来てどれくらい経つの?」
「うん? なんでそんなこと聞くの?」
 やや唐突に感じられたその質問にお華が聞き返すと、ミミは笑って答えた。
「なんか、すっごく戦い慣れてる感じがして。長いのかなって。それと僕らは蒼空学園が前からあったから、二年半くらい、ずっとそこに在学してるけど、葦原明倫館って最近できたでしょ? その前は、どこにいたのかなって気になったんだ」
 確かに、葦原明倫館がシャンバラに出来たのは蒼空学園よりも後のことである。仮にお華、いやお華だけでなく他の者たちも前からパラミタにいたならば、明倫館以前はどこにいたのだろうと気になるのも無理はない。
「最近、ってほどでもないかなー。たぶんきみたちと同じくらいだよ? 明倫館ができるまでは地球にいたけどね」
「ふうん、そうなんだ。あ、もうひとつ聞いてもいいかな?」
「なあに?」
 ミミには、もうひとつ気になることがあった。それは、お華の名前である。
「くノ一さんって、やっぱり本名は明かさないものなのかな? 僕は、いつも人のこと苗字で呼んでるから、お華さんって呼ぶのちょっと慣れなくて。もし本名を明かしても大丈夫だったら、僕はお華さん、じゃなくてそっちで呼びたいんだ。良かったら教えてくれる?」
 そう、ミミはお華という簡素なネーミングではなく、本当の名前を知りたがっていた。しかしその問いには、お華はミミの望む答えを告げなかった。
「んー……ごめんねー、あたし、お華以外で呼ばれたことないから、それがあたしにとってほんとの名前なんだ」
「そっ、か。なんか、ごめんね」
 若干気まずい空気が流れ、ミミは謝った。その微妙な空気を察し、話題を変えたのは壮太だった。いや、変えたというよりは彼に取っての本題に入ったといった方が正しいだろう。
「しかし、寺院のヤツらってのはどこにでも出てくるもんなんだな」
「どこにでも?」
 お華が聞き返すと、壮太は当然のように答えた。
「だってそうだろ、この地下城は、最近発見されたもんで、探索の依頼だって葦原と各学校にしか出されてねえはずなんだ。てことは、生徒や教師しかこの情報は知らないはずなんだよ。なのにもうこんなとこまで寺院の手先が来てる」
「うーん、元々他の場所で見つかってた情報だったのかもよ?」
「つっても、ここは葦原城の下にあんだぜ。そんな場所にこれだけ手先を送り込めるってことは、普通に考えて明倫館の中に隠れ寺院が……」
 壮太がそこまで言いかけると、お華がじとっと壮太に冷たい目線を向けていた。明倫館に在籍している側としては、まあそういう反応になるだろう。壮太はおどけて、手を左右に振ってみせた。
「おっと、そんな顔すんなよ。おまえのこと疑ってるわけじゃねえよ。ただ、そういう可能性もあるんじゃねえかなってちょっと思っただけだよ。ここまで来て、寺院に先越されたりしたら間抜けだからな」
 そこまで言うと壮太は、念を押すように「もし心当たりがあるなら、オレが言ったこと含んどいてくれよな」と付け足した。
「パッと見チャラいのに、難しいこと考えてるねー。とりあえず、ハルパーを手に入れちゃえばいいんじゃない?」
 お華が軽い調子で言う。その一挙手一投足を、壮太は感づかれない程度に注視していた。
 心のどこかに、目の前の人物を疑う気持ちがあったことを否定は出来ない。確信もない以上、今は表情の変化を見極めることが彼の精一杯だった。
 そして同じように、ファトラもまた、壮太と話している間、お華を注意深く観察していたのだった。
 その時、地下一階と二階で障害と対峙していた宗吾、神海らが後方からやってくるのが見えた。
「お、いたいた。おーい!」
 宗吾が声をかけると、晴明が手をさっと挙げ返事した。無事合流を果たし、全員揃って四階へ進める。各々が無事だったことに安堵する一行の中にあってなお、ファトラの視線は揺るがなかった。否、先ほどよりもその目は、広くものを捉えていた。
「五人は、本当に仲良さそうに見えますわ」
「うん、知り合って長いからねー。特にみんな、晴明が大好きなんだよ!」
 ファトラに話を振られたお華が、目を細めて答える。ファトラがしかし心中で思ったのは、今自分が言ったものとは真逆だった。
 仲良し五人組。
 はたして、全員が本当にそう思っているのだろうか。少なくとも晴明が自分からそう言ったのを聞いたことはなかった。それに、目の前のお華は仲良しという言葉を使ったが、女は嘘つきであると同じ女性であるファトラは思っていた。
 そんな彼女が抱いた仮定。
 もし、五人の中にブラッディ・ディバインの間者が紛れているとしたら。
 葦原城で緋雨が抱いていた「内通者」の存在、それをファトラは目の前のこの五人に感じていた。さらに言えば、それはお華ではないかとも。それはくノ一という職業からの推測でもあり、色香を武器にできる可能性からの推測でもあった。
「ふうん……で、五人組の男性の中で、誰がお好み?」
「えっ!?」
 お華は、目を丸くした。その表情は素にも思えるし、わざとらしくも思える。
「誰って……みんな好きだよ?」
 お華が四人に目を配ってから言う。おおよそファトラの望む答えではなかったが、彼女は見逃してはいなかった。偶然か意図的か、そう言ったお華が晴明に視線を向けていなかったのを。
 その後もファトラは、「五人組の中で誰かを長く見かけなかったことは?」「長い間連絡がつかなかったりは?」などと尋ねたが、お華は首を横に振るだけだった。
 五人組の誰かがすげ変わっている可能性も案じていたが、その線は彼女の反応からして薄いようであると読み取れた。ファトラはこれ以上つっつくのも逆効果かと、詮索を一旦止めた。壮太とミミも、雑談するに留めるのだった。
 そうして壮太やミミ、ファトラがお華と話していると、階段が見えてきた。
 階下からにおってくる瘴気は、濃さを増す一方だった。