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リアクション
■ 雪国で会ったベア ■
それは、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)がパラミタに来てイルミンスール魔法学校に入学するよりも、何年か前。
まだソアが10歳で、地球にいたころのお話。
パラミタに行きたいというソアの為、父のディーグ・ウェンポリスは出来るだけ家にいて、魔法の修行をしてくれていた。
父が忙しいことは良く知っているだけに、その気持ちが、そして何より父と一緒にいられることが嬉しくて、ソアも熱心に修行に励んだ。パラミタに行くことを承諾してくれたけれどやはりどこか心配そうなディーグを、少しでも安心させてあげたかったこともある。
こと魔法に関してはディーグは妥協は許さなかったが、ソアも懸命に父の教えを吸収していった。
そんな修行の合間に、ディーグはソアがパラミタに行く為の手配もしてくれていた。
パラミタに行く際、最も問題となるのは『契約』だ。
契約者でない地球人はパラミタから拒否される。空京ならば、あるいは小型結界装置をつければ契約者でなくても行動することは出来るが、契約者とそうでない者とでは能力に格段の差が出てしまう。
ソアの為を考えるなら、まずパートナーを探さねばならない。
そこでディーグは以前日本での仕事を紹介したことのある知人に連絡を取ったのだった。
「ソア、パートナー候補に一度会ってみるかい?」
ディーグに言われ、ソアは飛び上がりそうになった。探していてくれることは知っていたけれど、こんなに早く見つかるとは思っていなかったのだ。
「はい、会いたいですっ」
即答したソアに、ディーグはただし、と付け加える。
「契約するかどうかを決めるのは、実際に会ってみてからだ。そこで気があったら契約する。気が合わなかったら残念ながらこの話はお流れだ。いいね?」
契約には相性というものがあるし、当人同士の気持ちもある。会ったからと言ってすぐに契約成立とはいかないのだと、ディーグは説明してくれた。
「分かりました。気が合う人だといいんですけど……」
「こればかりは会ってみないと分からないからね。パートナー候補はこの人だよ。会うためには日本に行く必要があるんだが、いいかい?」
ディーグが見せてくれた写真に、ソアは大きく目を見開く。
その写真はどこかのイベントで撮られたもののようで、ステージの真ん中にはソアがキーホルダーとぬいぐるみを持っている、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が映っている。ディーグが指さしたのは、まさにその雪国ベアだった。
「この可愛い白クマさんと、パートナーになれるかも知れないんですか?」
「ああ。前にも話したことがあっただろう? 彼はゆる族なんだよ。パラミタの種族だから、地球人と契約することが出来る」
ディーグの答えにソアは嬉しくなった。
もしかしたら、この白クマさんと契約できるかも知れない。
期待に胸膨らませ、ソアはディーグに連れられて日本へと発ったのだった。
ベアは地方自治体のマスコットキャラとして働いている。だから彼の仕事が終わった後、その地域の会館で会うことになった。
「この部屋の中で雪国ベアが待っているんだ」
1枚のドアの前で足を止め、ディーグはソアの覚悟を読み取ろうとするように、じっと眺めた。それから自分はドアの前から横に避ける。
「ここから先はソア1人で行くんだ。2人きりで話をしてみなさい」
「は、はい……」
ソアは深呼吸をすると、ドアをノックした。
どうぞという短い返事をもらってソアが部屋に入ると、そこには真っ白でふわふわな雪国ベアがいた。
(ぬいぐるみとそっくり同じです……)
ソアは緊張しながら自己紹介の挨拶をした。
「私はソア・ウェンポリスです。パラミタに行く為にパートナーを探していて、お父さんから、白ク……雪国ベアさんを紹介されたんです。どうぞよろしくお願いします」
「おう、俺様が雪国ベアだ。ディーグのおっさんから話は聞いてるぜ」
「……え?」
初めて聞くベアの口調は想像と全く違った。
真っ白ふわふわな外見と全く違う喋り方にソアが戸惑っていると、ベアはこちらをじろりと見た。
「しっかし、マジでガキじゃねーか。パラミタは色々あぶねーんだぜ? 悪いことは言わん、やめとけ」
ぶっきらぼうな物言いに、ソアは衝撃を受けた。
この時のソアは知らないことだったが、ベアはわざと乱暴にソアを突き放していた。
ソアの最初の印象は、真面目そうで可愛い子、だったから、何もこんな子がわざわざパラミタに行かなくてもいい、ディーグのもとで大切に育てられていたほうが幸せだと思ったのだ。
大抵の子供はベアの見た目と口調のギャップにドン引きするから、これで契約の話も無しになるだろう。ベアはそう考えていた。
けれど、ドアの向こうで結果を待っているディーグは、2人は必ずうまくいくと思っていた。娘のソアのことはもちろん、ベアのこともディーグはよく知っている。どうか2人が素直な気持ちで話せるように、そうすれば必ず心を通わせることが出来ると、信じていた。
そのどちらが正しかったのか――それを決める鍵はやはりソアなのだった。
「危ないところだってことはお父さんから聞きました。正直、全然怖くないとは言えないですけれど、それでも私はパラミタに行きたいんです」
衝撃に打ちのめされていたのもほんのわずか。ソアは普通にベアの言葉に受け答えした。
口調が少しイメージと違ったくらいで、勝手にショックを受けていては相手に失礼だ。人にはいろいろな喋り方があるのだろうから。
だからソアは、ベアの口調にひるむことなく、自分のことを話し、ベアのことについても尋ねた。
「お父さんからペアさんがステージに立っている写真を見せてもらいました。ああいうのがベアさんのお仕事なんですか?」
「そうだな。他には警察の一日署長をやらされたり、物産展にかり出されたり。まあイベントごとが主だ。――っておまえ、俺様の言動で引いたりしないのか?」
聞いてきたベアに、ソアは答える。
「最初は驚きましたけど、その話し方も男らしくて良いと思いますっ」
ふわふわのクマさんだから可愛い喋り方をして欲しい、だなんてこちらの勝手を押しつけてはいけない。その人はその人らしく喋ってくれたほうが、ソアも楽しいし、相手もきっと楽にお喋りしてくれる。
「おまえ、俺様の口調を受け入れるのか……」
ベアは意外そうにソアを眺めた。
「もちろんです。それに、私がこんな子供だから心配してくれてるんですよね……ベアさん良い人ですね」
いきなりやめとけと言われた時にはショックだった。けれどベアと話すうち、そう言ったのは自分を心配してくれたからだと、ソアはきちんと捉えることが出来た。あのままびっくりして逃げ帰ったりしなくて本当に良かったと思う。
「でも、私も覚悟の上で、パラミタに行きたいと思ってます! それがベアさんと一緒なら、もっといいなって思います!」
そう言い切ると、ベアは少しの間考える様子だった。
やがて心を決めたように、よし、と頷く。
「ソア、俺様はこれからおまえを主人として認める。んで、おまえは俺様のことをベアさんじゃなくて、ベアって呼び捨てにすること! それで契約成立だ」
「はい! ベア、これからよろしくお願いしますねっ」
「おう! よろしくな、ご主人!」
ぎゅっと両手で掴んだベアの手は、想像と同じにふわふわだった――。
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