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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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 ■ 跳ねっ返り娘の家出 ■
 
 
 
 久しぶりに和泉 真奈(いずみ・まな)との出会いを思い出してみるのも良いだろうと、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は龍杜の水盤を覗き込んだ。
「あれ、何も見えないよ」
「見たい場面を心に強く思い浮かべてみて。そうすれば、龍杜の力がそこに導いてくれるわ」
 龍杜 那由他(たつもり・なゆた)に促され、ミルディアは一旦水盤から視線をあげて、真奈を見る。
「ミルディとの出会いのとき、ですか……」
「真奈と出会ったのは2年半くらい前だっけ? 入学する前にパパと一緒に会ったのが最初だよね?」
「そうですね。わたくしはその前にミルディのお父様とは会っていますが……」
 ミルディアとの直接の出会いではないけれど、そのきっかけとなったのは間違いなくミルディアの父との出会いだと、真奈は懐かしくその時のことを思い出した。
 
 パラミタについて、聞きたいことがある人がいる。
 そう知人から頼まれて、真奈はミルディアの父に紹介された。
「愛娘をパラミタに連れて行きたいのだが、どの学校が良いのだろう。できれば女性らしい教養を身につけさせたいのだが」
 その要望から、真奈は百合園女学院を薦めた。
 選りすぐりのお嬢様が通うあの学校ならば、間違いは無いだろうと。
「もう、パパってば……」
 当時のことを思い出し、ミルディアは大仰に肩をすくめてみせる。
「あたしあの時、地球の高校に陸上の推薦で入ることが決まってたんだよ。なのに勝手にパラミタの学校への入学を決めちゃうだなんて、ほんっと信じられなかったよ〜」
 確かに、と真奈はくすくす笑う。
「あの頃のミルディには、そのままの雰囲気が出てましたから」
「そうだっけ?」
「ええ。最初に会ったときの印象は、ワルになりきれないちょい不良中学生、という感じでしたもの」
 ちょうど反抗期だったこともあり、ミルディアは父親への反感を隠そうともしていなかった、と真奈は言う。
 上目遣いに父親を睨んで、ぷうっとむくれて。返事もろくにしないミルディアを、父は困った顔で眺めていた、と。
「だってあの頃パパは、パラミタと地球との貿易に乗り出したい〜って、いろんなところに声掛けて走り回ってたんだよ。だから、とうとうあたしを交渉の材料にするんだなーって」
 自分は父にとって、そんな程度の娘だったんだとがっかりした所為で、ミルディアはかなり自棄になっていたのだ。
「それがまるごと出ていましたわ。良くも悪くも『分かり易い』お方だと思いました」
「それ、どういう意味?」
「もちろん良い意味ですわよ」
 真奈は懐かしそうに目を細めて笑った。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 結局ミルディアは、父親に言われた通りパラミタの百合園女学院に入学した。地球に残りたかったのはやまやまなのだが、父が推薦入学予定だった高校に辞退の届け出をしてしまい、その落胆でもう他の高校を探そうだなんて気力が失せてしまったのだ。
 入学した百合園女学院は、それなりに楽しかった。けれど、この時点ではミルディアは契約者ではなかったから、パラミタにいる間はずっと小型結界装置をつけなければならなかったり、パラミタの言語がよく分からなかったり、と、面倒や不便に思うことも多かった。
 
 新しい生活への期待と不安。
 自分が契約者でないことに対する負い目。
 地球では推薦をとれるほど陸上が得意だったミルディアも、契約者の中に入れば分が悪い。
 そして百合園女学院というお嬢様学校に対する戸惑い。
 
 様々な要因が積もり、ある日ミルディアは耐えられなくなった。
 
 もうここにはいたくない。
 その一心でミルディアは百合園女学院を飛び出した。
 簡単に地球に戻れやしないと分かっていたのに、それでもこれ以上1秒だって百合園女学院にはいられないと思い詰めてしまったのだ。
 
 父からミルディアのことを頼まれている真奈はきっと捜しに来るだろう。
 見つかりたくはないから、ミルディアはこれまで危険だから行ってはいけないと言われていた場所に足を向けた。ここだったら真奈も、ミルディアがいるとは思わないだろう。
「なんか久しぶりに、自由〜って気がする」
 ちょっと前までの気鬱も全部吹き飛ぶようで、ミルディアはパラミタの空気を深呼吸した。
 こんな場所を自由に動けるなら、パラミタも悪い場所ではない気がする。
 目新しい風景にわくわくしながら、ミルディアは家出を楽しんだ。
 
 けれど……。
 立ち入りが禁止されているのにはもちろん訳がある。
 ほどなくミルディアはそれを思い知ることとなった。
 
 
「な、な、なにこれー!」
 突如襲いかかってきた獣に、ミルディアは慌てて身を翻した。
 大型犬ほどのサイズの……ネズミ、だろうか。角の生えたネズミがいれば、の話だが。
「わわ、っ……!」
 角に貫かれそうになり、ミルディアは強引に走る方向を変える。それでも引っかけられた百合園の制服が裂けた。
 獣は少し行きすぎた後、すぐにまたミルディアを追ってくる。
 ミルディアはかなり走るのが速い方だが、それでも獣の速さが勝っている。
 懸命に方向転換して逃げながらも、ミルディアの脳裏には諦めが湧いていた。
(これでおしまいかぁ……あたしの人生、案外あっけなかったなぁ……)
 死にたくない、けれど闘うすべも逃げるすべもない。
(パパ……悲しんでくれるかな。交渉の材料が減って残念がるだけ……なんてこと、ないよね)
 父親のことを考えると、ここで死んではならないという気持ちが強くなる。
(でも、どうしたら……)
 絶望的な気持ちで唇を噛みしめた、そのときだった。
 
「ミルディ!」
 聞き覚えのある声が聞こえた。
「真奈……どうしてここが……」
 分かったのか、とミルディアが尋ねる暇もなく、真奈は言葉を継ぐ。
「願うのです、生きたいと。わたくしと共に進むと」
「何……?」
「死にたくないのなら、願うのです……ミルディ!」
 真奈に言われ、反射的にミルディは死にたくないと強く思った。その為に真奈と共に進んでいこうと。
 途端……ぐんと足が加速した。
 ミルディアは獣を引き離し、出来た時間で足下にあった木ぎれを拾い上げる。
 
 そして――。
 思いっきり振り抜いた木ぎれは、楽々と獣を跳ね飛ばしたのだった。
 
 ■ ■ ■
 
 
「改めて思い出すと、ちょっと恥ずかしいね。これはこの場だけってことで」
 過去のシーンを見たミルディアは、照れくさそうに言った。
「火事場だったからなのかな。その場で契約して、すぐ力が使えたから今のあたしがあるんだよね。あれ、でも真奈はどうしてあたしがあの場所にいるって分かったのかな?」
 そう言えば聞いていなかったと、ミルディアは思い出したように真奈に尋ねた。
「さっきも言いましたが、ミルディは『分かり易い」お方でしたから、行き先にもすぐ推測がたきましたわ。まぁ、少しお灸をと様子見していましたが、本気で怖がる姿は、可愛いというか、面白いというか……少し興奮したのを覚えています♪」
「ま、真奈……?」
 目を丸くするミルディアに、真奈はいたずらっぽく笑う。
「それにしても……そろそろもう一度ミルディにお灸をすえないといけませんかね……♪」
 うふふ、と笑った真奈に、ミルディアは情け無さそうな顔をして、真奈の名を呟いた。