リアクション
【4】 雪原。 空を分厚い雲が覆っている。 分厚い雲の向こうには時折、青白い稲光が見えた。 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)はDS級空飛ぶ円盤で雪原上空から探索を続けていた。 「不吉な雲行きね……」 雷の直撃を受けないよう高度に気をつけて銀世界を飛行する。 「上空からなら何かめぼしいものが見つかるかと思ったけど本当に何もない世界……」 見えるのは巨大な柱、あとは雪原ばかりだった。全ては雪の下に覆い隠されているのだろうか……。 円盤に詰め込んだ水と食料で休憩を取りつつ、時折、円盤を滞空させ、電波の中継機を投下する。 探索も彼女の目的のひとつだが、もうひとつ、探索範囲を広げるというのも目的だ。 柔らかな雪の上に着地した中継機から発せられる電波を確認して、更に先へと探索を続ける。 「ん……?」 危険に対応するため張っていた女王の加護に、触れる感覚があった。 「どこから……?」 真下にはそれらしきものは見えない。となると、上か……? 見上げたその時、黒い塊が降ってきた。 塊は地上に落ちるとぐにゃぐにゃと脈打って、巨大な鷲の姿に変わった。 「あれは……まずっ。こっちに来る……!」 素早く小型空中機雷を散布して撤退する。ここで騒ぎを起こして目立つのは避けなくては。 しかしどこかに身を隠せる場所はあるのだろうか? 地面すれすれを飛行する円盤の先に、小高い山が見えた。 山影に円盤を着陸させ、こんなこともあろうかと搭載しておいた白いシーツを被せてカモフラージュ。 鷲の怪物は円盤の上をかすめるように飛んでいった。 「……よかった。見失ったみたいね」 ほっとひと息を吐いた翔子は山にふと目を向けた。 「……山、じゃない?」 山に見えたそれは何かの建造物だった。雪が被さり山のように見えたのだ。 山の側面には入口のようなものがある、そこから中に入れるようだ。 祥子は意を決し、足を踏み入れた。 「ここが光条世界……殺風景なところ。どう? 綾乃。剣の花嫁として、あなた、何か感じる?」 桜月 舞香(さくらづき・まいか)の問いに、桜月 綾乃(さくらづき・あやの)は首を振った。 「ううん。特に何も感じないわ」 光条兵器も普段通り使用出来るし、別段身体に変調をきたすようなことはない。 2人はワイルドペガサスに股がり、空からこの果てしない雪原を探索していた。 「綾乃、行き先はあなたに任せるわ。どっちでも好きなほうへ向かっていいわよ。どんな敵が出てきたって、あたしがあなたを守ってあげる」 「それは嬉しい言葉だけど、うーん、でもどこに向かえばいいんだろう……」 見渡す限り同じような風景。 剣の花嫁の直感に訴え、導きになるようなものがあるかと期待したが、彼女たちの故郷はそう親切でもないらしい。 「そう言えば、山葉さんは埋もれてた高層ビルを武器にしてるって聞いたけど、それって、この世界にも地球と同じようなものがあるってことだよね? なら、この世界の鉄道も埋まってたりするのかな?」 鉄道が大好きな綾乃は期待に胸を膨らませた。 「ビルと同じくらいの文明レベルの鉄道もありそうだけど、そう都合よく見つけられるかしら?」 「あ、見て。何か光ってる」 綾乃が指差すところに着陸する。綾乃は飛び降りて、雪に埋もれた地面を掘り出した。 すると出てきたのは線路だった。 「見て見て。本当に線路があったよ」 「まさか本当にあるなんて」 「光条っていうくらいだから、レールとかもキラキラだったり……」 しなくて普通の線路だった。 「まぁこれでも嬉しいけど……」 とぼとぼと線路を歩いていくと、その先に、地面に対して垂直に立った物体を発見した。 空からでは雪を被っていてよくわからなかったが、この直方体の金属の塊は……。 「列車の車両……?」 「す、すごい! 光条世界にも鉄道はあったんだ! ……あれ? でもこの車両……」 「見たこともない車両だった?」 「ううん、逆だよ」 「逆?」 「この車両知ってる。ヒラニプラ鉄道で使われてる車両だよ」 「え? 似ているだけじゃなくて?」 「ほら見て。ここにヒラニプラ鉄道のマークのちゃんと入ってる」 「本当……。どうして光条世界にヒラニプラ鉄道の車両が……?」 それから周辺を調べたが、それ以上のものは見つけることが出来なかった。 線路にしても、途中で無理矢理ひきちぎられたかのようになっていて、どこにも続いていない。 「というより、線路の一部だけ千切られてここに持ってこられたように見えるわね……」 自分で言ってて、何を言っているのかわからなくなる。それに何の意味があるのか。 ただ、線路は雪原の真ん中にぽつんと、ただそれだけが存在しているのは事実だった。 「……まあ、山葉の気持ちもワカランでもないがなぁ」 ドリル・ホール(どりる・ほーる)がそう漏らしたのは半刻ほど前のことだ。 探索隊の飛空艇の甲板の上、慌ただしく作戦の準備が行われている最中のことだった。 「けど、パートナーの為に命まで投げ出した花音の気持ちを、山葉は“よくわかんねぇし、どういう反作用があるかわからないが生き返らせる”ってことで踏みにじるのかぃ? 野暮だなぁ……」 「そう言うな。奴も辛いのだ。山葉の気持ちは山葉と同じ境遇に立たされねばわからん」 ぼやくドリルを諌めるように、夏侯 惇(かこう・とん)は言った。 ドリルは腑に落ちなさそうに、相棒である教導団の少年中尉カル・カルカー(かる・かるかー)を見た。 「サイコーの散り方だぜ、漢ならよぉ。死にたかないが、カルの為に……オレもその位は出来たいな」 それは信頼の最高の形だ、とドリルは思う。 「……でも、そうなったらカルは酷く悲しみますよ?」 「うぐ……。なんだよ、お前ら、オレだってガサツなりに考えてんだから口挟むなよなー」 微笑を浮かべるジョン・オーク(じょん・おーく)に、ドリルはちぇと唇を尖らせた。 まぁドリルのことはさておき、本題に入ろう。 「……それで、カル坊。こんなところで我々に話とはなんだ?」 「うん、その山葉さんのことなんだ。山葉さんが何かに取り憑かれたのは、心の隙が存在したからだろうけれど、もっと根本的に、光条世界の連中にとって、僕達に知られたくない事柄に彼が接近していたからなんじゃないのかな、と思って」 「知られたくない事柄?」 隻眼の惇は片方の目を細める。 「山葉さんを暴走させれば、連中の“隠し事”から僕達を遠ざけられる。山葉という戦力を、契約者に対する脅威として利用できる。“山葉の暴走”という事件にだけ注意を向けさせて、光条世界で契約者たちがやらなきゃならない本来の仕事をおろそかにさせる事が出来るんだ」 「そういう利点が向こうにある、ということですね?」 ジョンの言葉にカルは頷く。 「なら逆をつけば、連中が嫌がること――光条世界の探索と僕達から隠されようとしている事実に近づけるんじゃないかな?」 「山葉さんが進んで、引き返してきた方向に“何か”がある……と。私達の探索の目に晒されたくないもの……秘密にしておきたいもの、というのは、おおよそは“弱点”になり得るものですね」 「問題は彼が出口に辿り着く前にそれを成し遂げられるか、だけど……」 「その点はファーニナル大尉らに任せておけば問題なかろう」 惇は言った。 「魯粛殿はあれでのらくらと弁舌の才も悪くはないから、光条世界から抜け出そうとする山葉を言いくるめて止め置いてくれるはずだ。 とは言え、それも“ずっと”というわけにはいかん。なるべく早くにこの世界の探索を、それもこの世界の連中が我々から隠したがってる事を探しださねばな……」 そうして4人は雪原を目指した。涼司の来た方向へ、雪原に残された足跡を辿る。 降り続く雪でも消しきれないほど、ビルを抱えた彼の足跡は深く、辿るのは容易に行うことが出来た。 どれほど進んだだろう、ここにいいると時間感覚というものが希薄になる。 大分進んだ気もするし、まだそれほど進んでいない気もするが、ふと足跡が途切れた。 「……ここで止まっている」 惇とドリルは周囲を見回す……けれど、差し当たってめぼしいものはない。 前方にはまだ果てしのない雪原が見えるばかりだ。 「うーん、当てが外れたかな……」 カルはぽりぽりと頭を掻いた。 「もしかしたら、光条世界が山葉さんを利用したのは何か別の理由だったのかもしれないな」 ここまで来たのだから何か収穫を、と周囲の探索を続けると、遺跡のようなものを発見した。 雪と同じように真っ白な金属で作られた遺跡だったため、遠目にはそれとわからなかったのだ。 中に足を踏み入れると、柱や壁に光が灯った。 どういう原理なのかはわからないが、高度な科学技術の産物であることは確かだ。 どことなく中の空気は映画や小説で見た宇宙船を思わせる。 「見たことのないテクノロジーが使われてるみたいだな……」 危険の襲撃に備えドリルが先頭を歩き、その後にカルが続く。 「高度な文明があったようだね……。何か、機械の残骸のようなものも散乱している……」 「用途が不明なものばかりです。起動も、時間をかけて調べないことには無理そうですねぇ」 そしてジョン、こちらも危険に対処出来るよう武人の惇が最後尾につく。 「後ほど鑑定に回せばいい。サンプルを採取しながら進むとしよう」 その時、ふとこちらに近付いてくる足音が聞こえ、カル達は身構えた。 「……あら? 先客?」 闇の中から現れたのは、舞香と綾乃だった。カル達はふぅと胸を撫で下ろす。 「ごめんごめん。驚かしちゃったね。こっちに遺跡が見えたから来てみたの」 「何か収穫はあった?」とカル。 舞香は、先ほど発見した車両と線路の写真をカル達に見せた。 「電車? こんなものがここに……? 一体どこにあったの?」 「この先、500mぐらい行ったところかな」 「そんな近くに……」 そして、そこに祥子も合流した。 「あら、皆さんお揃いで。こんなところにも遺跡があったのね」 「その口ぶりだと他にも見付けたようだな?」とドリル。 「ええ、この先でね。ほら、収穫もあったわ」 そう言って、ナップザックから、不思議な文様の入った短剣や指輪、本の類いを取り出した。 それから遺跡で撮った写真も。 「遺跡の至る所に魔法陣のようなものが描いてあったわ。この本も……まぁまるで読めないけど、呪術書のようだし、拾ったアイテムにも魔法の痕跡が感じられる。高度な魔法文明がここにはあったのね」 「ちょっと待て。今、この先でって言ったけど、どのくらい先で見付けたんだ?」 惇が尋ねると、祥子は少し考え、 「2kmぐらいかな?」 その言葉に全員、顔を見合わせた。 「……何かおかしい?」 「ええ。この近距離にこれだけ多様な文明遺跡が存在するというのはおかしいと思います」 ジョンは言う。 「高度な機械文明遺跡、そして高度な魔法文明遺跡。文明文化があまりにもかけ離れています」 「でも現に存在しているわけだし」 「ええ。ただ、その謎を解く鍵は車両にあると思います」 舞香の写真に目を向ける。 「これは明らかにこの世界にあったものです。それがまるでそこだけ切り離されたようにこの世界に存在する。その事実が意味するところは、線路ごと外からこの世界にやってきた、ということです。そう考えれば、文明文化の著しく異なるふたつの遺跡の謎が解けます」 「つまり、このふたつも外から来た、ってこと?」 綾乃は言った。 「ええ。これなら説明がつきます」 「なるほど……」 「ただ、気になるのは……この鉄道がどこから来たのか、ということです」 「え? さっき外から来たって言ったじゃない。外って、私たちの世界ってことでしょ?」 「そうなんですが……綾乃さん、鉄道に詳しいあなたなら不思議に思いませんか?」 「え?」 「ここにヒラニプラ鉄道の一部があるんですよ?」 「え? え……あ!」 ジョンの言いたいことに気付いた。 「そうだよね。ここにあるってことは、私たちの世界のほうじゃヒラニプラ鉄道の一部が消える事件が起こっているはずなんだよね」 「そんなことがあったのか?」 「ううん。私の知るかぎりそんな話は聞いたことない」 「んじゃこの線路はどこから……?」 |
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