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リアクション
●初夢の如く
再び、本郷家に目を向けよう。
ミンチにした鴨肉をつなぎの卵黄、おろしニンニクに葱、片栗粉でまとめたものが、本郷涼介特製つみれである。それができたら次は鍋だ。カツオ昆布出汁に醤油とみりん、酒、塩で味付けをして下準備は完了、つづけてその中に鴨のつみれを入れて、その後、人参大根といった根菜を入れあくを取りながら煮立たせてゆく。
「煮立ったらスライスした鴨肉と水菜、焼き葱、豆腐、笹垣ゴボウを入れて火が通れば完成です」
以上の手順を終えたのち、ぱかっ、と涼介が蓋を開けると、そこには暖かな湯気上げる鴨鍋の姿があった。鍋は二つ、両方しっかりと火が通っているのを確認した。なお、〆用として彼が用意したのは飛騨の蕎麦、味の良く染みた出汁でこれを食べる時のことを思うと、それだけでお腹が鳴りそうだ。
「さあ、食べましょうか。……皆さん?」
振り返って涼介はパートナーたちを呼んだ。いつのまにやら和室から、彼以外の三人は姿を消していたのだ。
「はいっ、お待たせしました」
するっと襖がスライドして開いた。そこには鮮やか三人娘、クレア・ワイズマン、エイボン著『エイボンの書』、そしてヴァルキリーの集落アリアクルスイドの姿があった。といっても最前とは姿が一変していた。三人とも振袖を着ていたのだ。
「さあ、わたくしたちの艶姿はいかがですか。兄さま」
エイボンはくすくすと笑った。
三人ともそれぞれ、各人の性格を表すような色の着物に身を包んでいた。クレアは新雪のような白、エイボンはスイートピーを思わせる赤、アリアの黄色は月光の輝きに似ていた。
「……兄ぃ、この姿に合うかな?」
照れ臭そうにアリアは頬をかく。
涼介は驚いた。しかし嬉しい不意打ちを食らった気分だ。
「見事ですよ、三人とも。とっても綺麗です。まばゆいくらいに」
三人がこれだけ着飾っているのだ。礼儀で応じるべきだろう。涼介は畳に手を付くと、正式に祝賀の挨拶を述べた。
「明けましておめでとう。去年は色々あったけど、今年は平和であることを祈りたいね。……もちろん、皆が健康であることが一番重要だけど」
そして、頭が畳に付くくらい下げた。三人娘もこれに応じた。
このとき、玄関のベルが鳴ったのが聞こえた。
「来客ですか?」
という涼介にクレアが答えた。
「うん、ゲストを呼んでる、って言ったでしょ? みんな来たんだと思うよ。あ、そうそう、食材って、あと六〜七人分増えても大丈夫なくらいあるかな?」
「なるほどゲストさんですか……それは賑やかになりそうですね。楽しみです」涼介は立って玄関に向かった。「食材なら、あと十人おいでになっても十分すぎるくらい用意してありますよ。つみれなんて作りすぎて困っていたくらいです」
そして玄関のドアを開けた彼は、そこにまた嬉しい顔ぶれを見たのだった。今日は喜ばしきサプライズ続きではないか。
「こんばんは……あの、お招きありがとうございます」
と、はにかんだ笑みを見せる少女は、同窓生の小山内南だ。ポートシャングリラの紙袋を手に提げていた。
「涼介ちゃーん♪ 今夜はお鍋祭りってほんと?」
「なべー、なべなべー♪」
雲雀の姉妹のように、明るい声を出すのはイースティアとウェスティアのシルミット姉妹であった。二人が手にしているのは、空京神社で購入した破魔矢なのである。
「私たちまで一緒にどうぞ、って言ってもらえて……他校生なのにありがとうございますぅ……お邪魔します」
恐縮しいしいメイベル・ポーターが顔を見せた。もちろん彼女のパートナー、セシリア・ライト、フィリッパ・アヴェーヌとシャーロット・スターリングも同行していた。
直接関わることは少なかったとはいえ、メイベルたちとも同じ冒険で轡を並べた仲、涼介はもちろん歓迎した。
「いらっしゃい。外は寒かったでしょ。温かい料理があるから、一緒に食べましょう」
暗くなる空京の繁華街を、今坂 朝子(いまさか・あさこ)と六月一日 和恵(うりわり・かずえ)は並んで歩いていた。
「ちぇっ、今日に限って厳しいだけなのか、最近厳しくなっただけなのかねぇ」
いささか朝子は不満気味であった。箱入り娘な和恵に大人の遊びを教えるべく、本日朝子は競艇場、そして居酒屋に彼女を連れて行ったのだが、いずれも即、未成年であることが露呈し、丁重にお引き取り願われた……要するに追い出されたのだった。
「てやんでぇ、飲む打つ買うが揃ってこその江戸っ子だろうが。あー、競艇の三連単や二連単とか、教えたいことは一杯あったんだが〜」
おかげで本日はまだ、ろくずっぽ遊んでいない。せいぜい昼食を、老舗のカツ丼屋で食べたくらいだ。衣はカラっと、中はじゅうじゅう熱々のカツだったので、それだけはまあ、楽しめた。
「すまねぇな。もうちょっと遊ばせてやりたかったんだが、ただの散歩みたいになっちまったよ。退屈じゃないか?」
「そんな……とんでもないですぅ」
ところが和恵は力強く首を振った。
「そのかわり、朝子さん、稼業のお店の話や失敗談、派手にやらかした喧嘩の話とかいっぱい聞かせてくれたじゃないですか〜。カツ丼屋さんでも、気っ風のいい話っぷりで、お店のおじさんにとても気に入られていたし……朝子さんのそういうところ、憧れますぅ」
「そ、そーか? そんな大したもんじゃ……おっと、着いたな」照れつつ朝子は、看板を見上げて足を止めた。「入ろう。ここなら未成年でも大丈夫だ」
そこはゲームセンターであった。たくさんの光と音が、渦を巻いて和恵の五感に飛び込んで来た。
「わわっ、これはどういう場所なんですか?」
「どういう、って、ゲームをする場所さ。ほらほら、ガンシューティングの新作があるぞ。やってみようか」
朝子は簡単にゲームのルールを説明すると、和恵にも光線銃を握らせた。
画面から飛び出すような迫力で、ゾンビが襲ってくるという内容である。朝子は巧みな腕で敵を倒しまくるが、
「きゃ! わわっ! きゃーっ! リロード!? リロードってなんですか!? あ、弾切れ……きゃ、また来た……来ないでーっ!」
和恵はまるきり素人だ。あっさりとやられてしまうものの、興奮しきった表情で朝子に言う。
「すごいゲームです! 一瞬、自分がどこにいるのか忘れてしまいました。ゲームセンターって面白いですね!?」
そして彼女は、もっとゲームをやらせて下さい、とわくわく顔で述べたのである。
格闘ゲームでまた大騒ぎする。ギター型のコントローラを使う音楽ゲームにもエキサイト、一番簡単な曲をなんとか弾き終えた和恵は、感激のあまりしばらく、その場から動けなかった。
三時間少々そこで過ごして、外に出たときはもう街は夜のとばりに包まれていた。
「ああ……こんな素敵な世界があったなんて……知らなかったですぅ」
記念に二人で撮影した写真シールを、宝物のように胸に抱いて和恵は言った。
「そうかい? ま、楽しんでくれたんなら問題はないねぇ」
朝子は腕に、クマのぬいぐるみをぶらさげている。クレーンゲームで獲得したものだ。これが取れたときの和恵の大騒ぎはちょっとしたカルチャーショックだった。こんなものでこんなに喜ぶ人がいるなんて、と、朝子は新鮮に感じた。もちろん、このぬいぐるみは和恵に進呈している。
「さて、どっかで飯にして帰るか。安くて旨い寿司屋がある、そこで締めくくりとしよう」
朝子は呼びかけたが、
「……」
和恵は何も答えなかった。
「どした、聞こえなかったか……?」
朝子は、言いかけた言葉を飲み込んでいた。
和恵が、目に涙を溜めていたからである。
「具合でも悪いのか」
慌てる彼女に、和恵は首を振った。
「嬉しいんです……こんな世界を教えてもらえた、そのことが。前に私がいた家庭では、習い事や稽古三昧な上に、厳格な父の教育方針のせいで、こんな経験はできませんでした……」
嗚咽を洩らすと、和恵は目を両手で押さえた。
「わたくし、わたくし……朝子さんと巡り会えて本当に良かった……これが夢なら、醒めなければいいのに……」
「和恵が嬉しいのはわかった。うん、あたしも嬉しいぞ。だから」白いハンカチを手渡して朝子は空を見上げた。「だからそろそろ泣きやんでくれ、こっちまで目がしょっぱくならぁ……」
和恵の頭を抱くようにして、朝子はよしよし、と言い聞かせるのだった。