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リアクション
第9章
「なるほど――遊園地の中に確かに『ライヘンバッハの滝』があったでスノー」
と、少し呆れ顔でウィンターの分身は呟いた。
要は遊園地の中にあるアトラクションの一つに『ライヘンバッハの滝』というものがあったのだ。
内容としては、水が流れ落ちる滝の傍を客が乗ったゴンドラが通り、水しぶきを浴びながら急降下を楽しんだりするアトラクションである。
普通ならば入れない滝壺の近くに、霧島 春美は呼び出されたのだ。
「この遊園地の製作センスを疑わざるを得ないでスノー」
呟くウィンター。だが、いよいよ滝壺に近づいた春美の表情は真剣そのもの。
「そうね……でも、滝自体はある意味本物。まあ、空を飛べる用意はしているから、落ちて死ぬことはないけど。
ウィンターちゃんには、フォレストの身柄を確保して欲しいの」
「わ、わかったでスノー」
「それと、もうひとつ――」
「?」
「ウィンターちゃんが死んだらスプリングちゃんが悲しむでしょ――親友を悲しませるんじゃないわよ?」
その時、滝壺の付近に一人の男が姿を現した。
黒いコートにシルクハットは本物のジェイムズ・モリアーティに近づけたつもりだろうか。
だが、その軽薄な口元は凶大なる犯罪者には似つかわしくない。
いつの間にか月が登っていた。月光に照らされて、フォレストは笑った。
「やあ――マジカルホームズ。よくも今まで散々邪魔してくれたね。今夜こそ、この滝壺に君を沈めてあげるよ」
それに対し、春美も笑顔で返した。
「おあいにくさま――滝壺に沈むのは悪役と決まっているのよ――100年以上前からね」
最後の戦いが、始まろうとしていた。
☆
「よう……どうした? こんなところで」
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は公園のベンチで一人、所在なげに足をぶらぶらさせていたウィンターの分身を見つけて、話しかける。
さっき、ノーン・クリスタリアが赤ん坊をあやしていて、つい逃げ出してしまったウィンターの分身だ。
色々とカメリアを起こらせたこともあって自室に帰りたくなかったアキラは、一度は家に帰ってカメリアの仕打ちに涙したものの、ひょっとしたらまたリベンジに来るかもしれないと思い、各地で放浪生活を続けていた。
「あ……アキラ」
ウィンターは呟いた。
何かと騒動が好きで騒がしくおバカなウィンターは、ツァンダに来た時のアキラのいい遊び友達だった。
アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)も、その横から話しかける。
「実は……」
と、ウィンターは今日一日の顛末を話し始めた。
「……なるほどねぇ……そんなことがあったのか」
アキラは頷いた。遊びが過ぎて冬の精霊の資格を剥奪されそうになっていることを説明したウィンターは、ため息をついた。
「そうなのでスノー。あと1時間くらいで私はこのスタンプ帳を一杯にしないと……」
スタンプ帳を眺めるウィンターだが、まだそのスタンプは埋まりきっていない。
「ふぅん……まあでも、いいんじゃねぇの? もし資格剥奪だっていうならさ、また資格取って頑張ればいいじゃん」
「……」
「――ところが、そう簡単にはいかないのでピョン」
そこに話しかけたのは、春の精霊スプリング・スプリングであった。
「……スプリングじゃないか……そう簡単じゃないって……」
「ウィンター……ノーンが探してたでピョン。あまり心配かけてはいけないでピョン」
「うん……でスノー」
すぐにノーンもウィンターのところに来て、その手を握った。
「ウィンターちゃん……わたし……その、ごめんね……」
しかし、ウィンターは静かに首を横に振った。
「……ノーンは悪くないのでスノー……ちょっとだけ……興奮してしまっただけでスノー」
ノーンは、そのウィンターの様子を見て、言った。
「ねぇウィンターちゃん……ウィンターちゃんって……精霊の私から見ても、分身したり、雪だるマーを使えたり……どうしてそんなことができるの?」
「……」
その質問に、ウィンターは答えない。そのまま、スプリングをちらりと見た。
「それには……私から答えるでピョン。
……ウィンターは、自然界から生まれた精霊ではないのでピョン……。
この地で不幸にして亡くなった子供たち……その子供たちのたくさんの願望を集めて作られた一つの魂……それが、ウィンターなのでスノー」
スプリングの説明に、アキラとノーンは少なからず驚いた。
その説明はこうだ。
ツァンダの地に限らないが、パラミタにも事故や戦争、病気や飢餓で幼くして死んだ子供、生まれてこられなかった子供は大勢いる。
そうした魂は天に昇って行き、また生まれ変わるだけだが、わずかな生に執着する願望がその魂にはこびりついていた。
もっと食べたかった。
もっと笑いたかった。
もっと泣きたかった。
もっと遊びたかった。
もっと一緒にいたかった。
もっと愛されたかった。
もっと、もっと、もっと――生きたかった――。
「そうした願望――想いがこびりついたままでは魂が生まれ変わることはできないのピョン。
だから一度、魂からそれらの想いを引き離してやる必要があるのでピョン。
そうして魂から引き離された、純粋な願望という思念の塊――それが、ウィンターの素なのでピョン」
そうした想いがひとつひとつ降り積もって、
昇って行った命に対する想いも同じだけ降り積もっていって、
その集められた想いを――ひとりの精霊が形にしたのだ。
「それが……今、天気を司る精霊をしている精霊様でスノー。
だから私には親と呼べる存在はいないし……故郷というものもないのでスノー」
と、ウィンターは呟いた。
そこに、スプリングが補足を加える。
「ウィンターは、与えられた役割にすぐに順応できるすぐれた能力を持っていたでピョン。だから生まれてすぐに冬の精霊としての能力を伸ばすことができたのでピョン。
そして、もともと『個』という魂を持たないウィンターは、分身をしたり、『雪だるマー』という形を取って誰かと融合したりすることもできるのでピョン」
「……そう……だったの……」
ノーンは、ウィンターの体をぎゅっと抱き締めて、その頭を撫でた。
大人しく話を聞いていたアキラだが、まだ納得しかねる部分があるようだ。
「じゃあ……資格を剥奪されてもまた取ればいいってわけじゃない……ってのは……?」
それにも、スプリングは答えた。
「元々が子供の願望からできているウィンターは、良く言えば素直、悪くいえば我儘で押さえが利かないでピョン。
飽きっぽいし指向性に乏しいから、何らかの役割を与えられていないと、最悪の場合、『自分』という我を構成できなる恐れがあるのでピョン」
苦々しげに、アキラは呟く。
「我を構成できないって……」
それに対し、冷静にスプリングは答えた。
「一つの魂を構成する『想い』が霧散して……事実上の死、でピョン」
「そんな……」
ノーンは青ざめた顔で絶句した。
だが、ウィンターの横に座っていたアキラは、ぱん、と膝を叩いて立ち上がった。
「よし――分かった、行くぞウィンター」
見れば、アキラの表情は真剣そのもの、いつもの眠そうなアキラはどこにもいなかった。
「行くって……どこへでスノー?」
そのウィンターの頭をわしわしっと撫でたアキラ。
ウィンターの手を取って街の方へと走り出した。
「決まってんじゃねぇか、人助けだよ!! まだちょっとスタンプ足りないんだろ!?
心配すんな、俺に任せろ!! すぐに人助けの種くらい見つけてやる!! あと何個なんてケチくさいこたぁ言わない!!
20個でも30個でも、すぐに人助けしてやるぜ――!!」
後ろからノーンとスプリングもついて来ていた。
「ウィンターちゃん! わたしも手伝うよ!!」
「ノーン、ありがとうでスノー……持つべきものは友達でスノー……」
その後をさらに、アリスが追う。
「オー、アキラ、いつになく真剣ネー!!」
「あったり前だろ!! あんな話聞かされて本気になれないなら、俺の方こそ消えてなくなっちまえってんだよ!!」
アキラとアリス、ノーンは街へと走った。
ウィンターとスプリングを連れて。
まだ集まりきっていないスタンプを、集めきるために。
☆