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春は試練の雪だるま

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春は試練の雪だるま

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「春美ーっ!! 春美ーーーっっっ!!!」
 ウィンターの分身は、アトラクション『ライヘンバッハの滝』の滝壺に向かって叫んだ。
 結局、連続放火・爆弾魔の『フォレスト』と格闘戦をしながら滝壺に落ちてしまった霧島 春美を探すウィンターだが、人影は見えない。
「そ、そんな……落ちても大丈夫って言ってたでスノー……春美ーーーっ!!!」

 最後にもう一度大きな声で叫ぶと、ウィンターの頭上で声がした。
「ふー、そんな大きな声で呼ばなくても聞こえるよ」
 春美だった。春美は滝壺を大きく上から回りこんで、ウィンターの元へとやってきたのである。
「春美、どうして上から出てくるのでスノー? 落ちたのはしたでスノー?」
 その疑問に、春美は答えた。
「うん……確かに、私はフォレストと共に滝に落ちそうになったわ。でも、落ちたのはフォレストだけ。
 私は東洋の『バリツ』に精通していたから、辛うじて助かったのね。
 でも、少し滝を落ちた時に上からは見えない通路を見つけたのね、そこを通ったここまで戻ったってわけ」

「……空を飛べたんだから、素直に戻ってきたら良かったでスノー」
 ウィンターの言葉に、春美は答えた。
「まあ、そうね。でも……私が落ちたと思って、ウィンターちゃんは心配したでしょ?」
「それは当然でスノー」
「そうね……でも、それはみんなウィンターちゃんの知り合いはみんな、そう思っているのよ。
 だから、今後はみんなに心配かけないようにがんばらなくちゃね」

「……春美……分かったでスノー。ありがとでスノー」
 そのウィンターの笑顔に、こちらも笑顔と握手で応える春美だった。


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 その日も、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)修道女として街の奉仕活動をしていた。今日はたまたまツァンダを訪れていて、ウィンターの助けを求められたのである。
 今日はツァンダの街のあちこちで騒動があったので、そのために怪我をした人を治したり、壊れてしまった物を片付けたりしていた。
 夜になってようやく一段落して、遅くなってしまったのでツァンダの教会に泊めてもらうことにした。

「それでは……ウィンターさん。今日はどうもありがとうございました……スタンプ、全部集まるといいですね」
 その言葉に、浮かない顔を見せるウィンター。
「うん……ありがとうでスノー……他の分身もがんばっているから……大丈夫だと思うけれど……」
 そろそろ12時のタイムリミットだ。だが、まだスタンプの数は微妙に足りないらしい。
「ウィンターさん……ちょっと、よろしいですか?」
 レイナの言葉に、顔を上げるウィンター。
「?」
「ウィンターさんは今日、色々な人を助けて来ましたね。それはとても尊いことですが……そうすることで、ウィンターさんはどんな気持ちになりました?」
「え……?」
 ウィンターは、レイナと共に街を歩いた一日を思い出した。
 あちこちを回って奉仕活動。掃除や、身の回りの世話など。怪我人の治療や、危ない場所での誘導。

「……最初は、宿題だからイヤイヤだったでスノー……でも……途中からみんながありがとうって言ってくれるのが嬉しくて……うん……結構、楽しかったでスノー」
 笑顔のウィンターの頭を撫でて、レイナもまた微笑んだ。
「そうですね。今ウィンターさんが笑顔でいるように、ウィンターさんも今日はたくさんの人の笑顔を作って来ました。
 それは、大きなことではなく……自分一人にもできる小さなことばかりだったはずです。
 もちろん、みなさんと協力して大きなことを成し遂げるのも素晴らしいことですが……毎日の暮らしの中で、ほんの小さなことでも笑顔を作って行くことはできるということ……忘れないで下さいね……」
 微笑むレイナに、ウィンターもまた笑顔を作った。


「わかったでスノー!! 忘れないでスノー!!」


 その教会のそば、朝霧 垂とウィンターの分身が通る。
 こちらも一日中奉仕活動を行ない、やはり街中の騒動に巻き込まれ、ようやっと帰ることができるのだった。
「――お疲れさん」
 コンビニで買ったタイ焼きをウィンターに渡し、教会前の公園のベンチに腰掛けた垂とウィンターは、仲良くタイ焼きを食べるのだった。
「ありがとうでスノー、おいしいでスノー」
 ウィンターは笑う。垂もまた、笑顔を作る。

「なぁ、ウィンター。ちょっと聞いてくれるか?」
「何でスノー?」
「お前さ、本当の幸せ……って、何だか答えられるか?」
 その問いかけにウィンターは戸惑った。本当の幸せ――言葉にすると簡単かもしれないが、それを説明しろと言われれば、その答えは人間の数だけあるだろう。
「……よく分からないでスノー」
「そうか……俺にも……分からない。考えれば考えるほどな。
 人それぞれ、幸せの形って違うし……満場一致の幸せなんてないのかもしれない。でもな」
 一瞬、間を置いた垂の横顔を、ウィンターは見た。
 とても、真剣な横顔だった。
「でもなウィンター。今日、俺とお前が二人でいろんな家や施設を回ってしてきたことは、無駄じゃなかった筈だ。
 家の人たちも喜んでくれたし……俺も楽しかった。お前はどうだった? ただ……辛いだけだったか?」
 ウィンターも、真剣な顔で首を振った。それは、今しがた別の分身がレイナに返した答え同じだった。
「楽しかったでスノー」
 その答えに満足した垂は、ウィンターの頭をぐりぐりと撫でた。
「上出来だ、なら、今日俺達がしたことは間違いなく『幸せ』の一環だったってことだ。俺は――それだけでもいいと思ってる。
 きっかけはどうあれ……お前はちゃんと行動して、人の役に立った。それだけは間違いない現実なんだ……お前はやればちゃんとできる奴だよ」
 そう言って、垂は立ち上がった。ウィンターも立ち、対等の立場で握手を交した。

「今日は、ありがとうな」
 という、垂の言葉と共に。


                              ☆


「はー、ようやっと見つかったでスノー」
 と、また別のウィンターはため息をついた。
 リリ・スノーウォーカーとユリ・アンジートレイニーと共に探していた猫は、結局最初に聞いたコンビニの看板の所に戻ってきていた。
 猫を探して走り回ったウィンター達は、道案内の木崎 宗次郎と迷子のヴェルリア・アルカトルと共に一日中ツァンダの街を歩くことになったのである。
 さすがに長時間の案内をしていた宗次郎は、このメンバー限定なら少しだけ喋れるようになっていた。
「で……でも結構……高いとこにいますね……降りられないのかな……」
 その言葉に、リリはウィンターの襟首を掴んだ。
「よし、それならお安い御用なのだよ」
「……何をするでスノー?」
「決まってるのだ。今日はウィンターの人助けなのだから、猫を助けるのもウィンターの役目なのだ」
 そう言ったリリは、ウィンターを掴んでそのまま、看板の猫の方へと放り投げた。

「スノーーーっ!?」
 放り投げられながらも、辛うじて猫をキャッチしたウィンターは、他の分身に受け止められ、無事に着地する。
「ふー……ひどいでスノー、もうちょっと精霊を大事に扱うべきでスノー!」
 そんな抗議をさらっと無視して、手元の写真で猫の柄をチェックするリリ。
「ん、どうやら同じ猫なのだな」
 すると、ユリがウィンターの手から猫を預かって、ウィンターに向かってお辞儀させた。
「ウィンターさん、助けてくれてありがとう、って」
 その言葉に思わずにやけてしまい、リリへの抗議を引っ込めるウィンターだった。

「ヴェルリア!」
 そこに、柊 真司がやって来た。
「あ――真司さん!」
 ヴェルリアが驚きの声を上げる。見ると、真司の足元にはウィンターの分身がいる。
「いつまでたっても空港に来ないと思っていたら、この精霊が『ヴェルリアが迷子だ』って言うから、迎えに来たんだ」
 ウィンターは、猫探しに時間がかかることを予見して、分身を一人、空港の真司の元へと飛ばしたのである。あとは分身同士の連携で互いの居場所を辿るだけだった。ただ、真司を探すのに手間取ってしまったが。
「全く……今日は珍しく自分から来るから迎えに来ないでいいって……まあ、色々あったみたいだし、いいか。
 だが、飛行機はもう行ってしまったから、今日はツァンダに一泊だな」
 という真司の言葉に、ヴェルリアは頭を下げる。
「あう……ごめんなさい。でも、真司さんに会えてよかったです、ウィンターさん、ありがとう」
 すると、リリもまたウィンターにおざなりな礼を言って、その場を去ろうとしている。
「ん、まあ助かったということにしておいてやるのだ、サンキュー」
 宗次郎も、大まかに皆の用事が終ったことを察知して、おずおずと切り出した。
「そ……それじゃ……僕も……鈴蘭さんが心配するから帰ります……今日は、ありがとう……たくさん、人と話せて、ちょっと自信がついたよ」
 そう告げて一人、家路を急ぐ宗次郎。その後ろから、木崎 鈴蘭が声をかけ、そのまま仲良く帰って行った。

「さて――私も、そろそろ戻るでスノー」
 ウィンターの分身が呟くと、ぽわんという雪煙を残して、分身はいなくなった。


                              ☆


 エース・ラグランツと、クマラ カールッティケーヤは、ウィンターと一緒に結果としてかなりの量のお菓子を作ることになった。
 パウンドケーキもクッキーも作ったし、プレーン生地もココア生地お、結局全部作ってしまった。

「……やれやれ、もうこんな時間だよ」
 時計を見ると、もう少しで今日という日は終ろうとしていた。
 それでも、クマラとウィンターと揃ってお菓子を作るのは楽しかったので、問題はない。
「ふふふ……我ながらいいお菓子が出来たでスノー」
 と、ウィンターも自慢げに微笑んでいる。
「おいおい忘れんなよ、今日はオイラの誕生日なんだからな!!」
 クマラの主張に、ウィンターは笑って祝福を送った。
「そうだったでスノー! ハッピーバースデーでスノー!!」
 楽しそうに笑うウィンターに、エースは白い薔薇を一輪取り出して、言った。
「今日は本当にありがとう、おかげて平和なひと時を過ごすことができたよ。
 クマラにもいい思い出になったと思う。……これは感謝のしるしだ、ウィンターちゃんは……楽しかったかい?」
 ウィンターは、その薔薇を受け取って笑った。


「もちろんでスノー!! ありがとうでスノー!!」


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