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ジューンブライダル2021。

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ジューンブライダル2021。
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リアクション



2


 空京にある小さな結婚式場で。
 身内だけを呼んだ、ひっそりとした式が執り行われていた。
 新郎の名前は、七尾 正光(ななお・まさみつ)
 新婦の名前は、アリア・シュクレール(ありあ・しゅくれーる)
 牧師の前に立った正光は、チャティー・シュクレール(ちゃてぃー・しゅくれーる)と共にアリアが入場してくるのを待つ。
 ――いろいろと焦っていたところもあったけど……ようやく今日、アリアと結ばれる。ゴールインするんだ。
 事実を噛み締めて、幸せを味わって。
 ――いや。このゴールは夫婦としての新たなスタートなんだ。
 言葉を改め、前向きに。
 思い直したところで、オルガンの音が響いた。賛美歌が流れる。両開きのドアが開き、チャティーに手を引かれてアリアがバージンロードを歩いてきた。
 白いウェディングドレスに身を包み、幸せな笑顔というのがあればこのことを言うのだろうと一目でわかる表情。その顔に、正光はほっとする。今日のを彼女も待ち望んでくれていたことがわかったから。
 ――それにしても。
 ドレス姿のアリアは、可愛い。新鮮だということもあってつい見惚れてしまう。正光の隣に立ってもなお見つめていたので、
「おにーちゃん?」
 首を傾げられてしまった。じっと見すぎていたことに気付き、小さく頭を下げる。
「……すまない」
「ううん。私のこと見てくれて、嬉しい」
 ――いちいち言うことが可愛いな。
 すぐにぎゅっと抱き締めたい衝動をこらえて、
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
 牧師の誓いの言葉に頷く。
「誓います」
 無邪気に笑い頷くアリアの手を取って、結婚指輪を薬指に嵌めた。
 続いてユニティーキャンドルに火をつけて、アリアと共に持って式場を歩く。
「幸せにな」
 通り過ぎざま、直江津 零時(なおえつ・れいじ)から祝福の言葉をかけられた。
「ありがとう」
 心からの礼で返す。
 一言だけ。それはクールな彼らしい。
 全てに火をともしたのなら次に待っているのは誓いのキスだ。
 火に照らされた、アリアの幻想的な美しさに再び見惚れてしまい動きが止まったが、ちゅ、と触れるだけのものを交わし。
 退場する際に、ブーケトス。
 式の流れを終えて、正光は改めて思う。
 幸せだ、と。
 生まれてから、ようやく掴んだ初めての幸せ。
 ――今度は離さないよ。
 ――だから。
 ――見守ってほしい。
 ――今日だけでなく、これからも、ずっと。
「ここからが、新たなスタートなんだ」
「うんっ。私、幸せだな♪ これからもずーっとおにーちゃんと一緒だもんね」
「ああ。お互いに差さえ合って頑張っていこうな。夫婦として幸せを維持しよう!」


「それにしても、幸せそうな笑顔だったわよね。二人とも」
 チャティーの呟きに、零時は頷いた。淡白な反応だったからか、チャティーが苦笑するように笑ってみせた。
「相変わらずクールだこと。結婚式なんだし、少しは正光くんをいわってあげてもいいんじゃないかしらねぇ〜?」
「祝っているさ。不器用だから、あれしか言えなかったんだ」
 幸せに。
 それだけだけど、だからこそ強く願った気持ち。
 昔から幸せに無縁だった彼だから、今日こうして本当の幸せを手にできたことが友として嬉しく思う。
「アリアには感謝しなきゃな」
「アリアに?」
「あいつが幸せなのはアリアのおかげだろ。だからな」
「ふふっ。さすが私の娘ってところよねぇ〜」
 誇らしげにチャティーが胸を張った。
「さてと。これからは二人の母親として支えてあげなきゃね〜」
「チャティーならいい母親になれるな」
「あら? 零時くんがお世辞? 珍しいこともあるのね〜」


 アリアと正光が結婚式を挙げるということで、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)常闇 夜月(とこやみ・よづき)鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)を連れて式場に来た。
「お綺麗ですわね」
 夜月がほうっと息を吐く。視線の先には花嫁姿のアリアが居る。
「わたくし、剣の花嫁ですけども。本当の花嫁にはやっぱり負けてしまいますわ」
「本当、花嫁さん素敵だよねぇ! やっぱり結婚式って女の子の憧れだよ」
 白羽が瞳を輝かせ、アリアの許へと駆けていった。
「アリア、結婚おめでとう!」
 祝福の言葉を無邪気な笑顔に乗せて。
「房内、今日は大人しいんですね」
 静かにしている房内へと声をかけると、飲み物や料理を口にしていた房内がふっと笑んだ。
「祝いの席じゃしの。おとなしく祝福しているのじゃよ」
「それは何よりで」
「……それよりも」
「?」
「正光はかなりの奥手という噂を聞いたのでの。アリアに良い誘い方を教えてくるとするかの」
 言うが早いか、貴仁が止めようとする間もなく房内がアリアの許へ向かう。房内はどこまでも房内らしかった。
 アリアと話をしていた白羽も巻き込んで、少女二人を真っ赤な顔にさせるような話を展開している。
「すみません、騒がしくて」
「いいえ。賑やかでいいわね〜」
 チャティーに話しかけると、彼女は鈴を転がすような声で笑った。
「そういえば、シュクレールさんはシュクレールカンパニーの副社長さんでしたよね」
「そうよ〜。どうかしたかしら?」
「新しく企業……というか、部門を立ち上げるきはありませんか?」
「というと?」
「ベビー、チャイルド、マタニティー用品辺りですね。今日はこういった場なので資料などは持ち合わせていませんが、興味がありましたら是非」
 発言には意味がある。というのも、コントラクターの子供は普通の子供となにか違ったりしそうだからだ。違ったとして、先回り先回り動いておいて自分たちで解決できたら、サポートできたら。
「それに子供は宝とかってよく言いますしね」
「将来、あの子たちにも出来るのよねぇ〜」
「ええ。その辺りをきちんとやっておいて損はないでしょうし」
「面白そうね。また後日、お話を聞かせてほしいわ〜」
「喜んで。ではこの辺で」
 ぺこりと一礼し、貴仁は正光の傍に寄った。
 色々と考え過ぎなくらいに考えてしまったけれど。
「正光さん、アリアさん。ご結婚おめでとうございます」
 貴仁が言いたかったのは、その言葉。


*...***...*


 黒野 奨護(くろの・しょうご)ティア・ルシフェンデル(てぃあ・るしふぇんでる)と付き合い始めて早二年が経つ。
 そろそろ、次のステップに進む決心をしてもいい頃合で。
 でも、きっかけがなくて言い出せずにいたところ。
「ジューンブライドキャンペーン?」
 友人から、空京でそのような催し事が行われていると知らされて。
 ――……よし。
 奨護は決意を固めた。
「ティア。結婚、してくれないか?」
「……え。……え?」
「結婚してくれないか」
 何を言っているのかよくわからない、言葉自体はわかるけど。そんなきょとんとした表情のティアに、同じ言葉を繰り返す。と、ティアの顔が真っ赤になった。
「私でいいの?」
「ティアがいいんだ」
 返事の代わりにキスを受けた。
 その日から、準備は着々と進められていく。
 式場に選んだのは小さなチャペルで、招待客は親しい友人や恩師だけ。小ぢんまりとしながらもアットホームで幸せな挙式をしたいという希望からこうなった。
「〜〜♪」
 ウェディングドレスを着たティアは、浮かれているのか鼻歌を歌っている。
「浮かれすぎてバージンロードで転ぶなよ」
「こ、転ばないわよ失礼ね」
「そりゃ悪かった。じゃ、行くか」
 式が始まり、オルガンの音が心地よく響く。
 祝ってくれる友人たちの暖かい視線。見守るような目。おめでとうの声。
「黒野奨護さん。あなたはティア・ルシフェンデルさんを妻とし、神の御定めに従い、聖き婚姻を結んで共にその生涯を送りますか。
 あなたはこの女性を愛し、慰め、敬い、支え、両人の命のある限り、一切、他に心を移さずこの女性の夫として身を保ちますか」
「誓います」
 神父の言葉に、奨護が答える。
 同じような言葉を、ティアにも繰り返された。ティアもはっきりと、「誓います」と頷く。
 指輪の交換が行われ、誓いのキスをして。
 フラワーシャワーが舞う中、退場……しようとしたところ。
「泣くなよ!」
「だ、だってぇ〜……!」
 あと少しなのに、感極まったらしくティアが涙を流していた。
「嬉しいんだもん……」
 ぐすぐすと泣く彼女の涙を拭ってやり、頭を撫でる。
「私、幸せ」
「俺も」
 退場の途中だったけれど、そっと触れるだけのキスをして。
 二人で顔を見合わせて、笑んで、幸せを噛み締めるようにまた一歩踏み出した。


*...***...*


 ジューンブライドキャンペーンが行われているという話を聞いて、姫神 天音(ひめかみ・あまね)は思いついた。
「結婚すればいいと思うんです」
「はい?」
 天音の隣に居たブリジット・イェーガー(ぶりじっと・いぇーがー)が、その呟きに首を傾げる。
「紅凛とシキが結婚すればいいと思って」
 数ヶ月前、電気クラゲ騒動のとき。
 緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)奏 シキ(かなで・しき)に告白された。それから付き合うことになって、幸せそうに日々を過ごしていることを天音は知っている。
 でも、もっと幸せになってもらいたいと思う。
「紅凛に幸せになってもらいたいんです」
「それで結婚を、と?」
「おかしいですか?」
「そういうのは本人たちが決めるべきだと思いますが……」
「でも、」
 なんとなく、あの二人を見守るだけだと何も進展しないような気がしてしまって。
 そしてその気持ちは、ブリジットにもあったようだ。
「私も協力しましょう。結婚式のセッティングを」
「本当ですか?」
「天音一人では大変でしょう?」
「ありがとうございます。では、式場のことですが……」
 こうして、本人たちのいざ知らぬところで話は進んでいく。


 数日後。
 紅凛は、天音とブリジットに連れてこられた結婚式場の控え室にて呆然としていた。
 突然だった。拉致さながらに腕をとられて、着いたら着いたでウェディングドレスに着替えさせられて。
 状況は、そこでようやく飲み込めた。
 ジューンブライド。ウェディングドレス。結婚式。
 ――今日、このままシキと……?
 どうすればいいのだろうか。
 応えるべきなのか。
 最初は戸惑っていたものの、天音とブリジットが動いたのはきっと自分たちのことを思ってくれているからだと思い至り。
 ――シキが、応えてくれてるなら。
 良いきっかけだ。自分からは結婚なんて言い出せなかっただろうし、シキも天然な方だから。
 ――付き合ってからまだ短いけれど……いいわよね?
 愛し合う彼氏と彼女なのだから。
 ――……それにしてもどきどきする、なぁ。
 胸が苦しい。
 けれど、嫌な苦しさじゃない。
 それは、十数秒後結婚式場にシキが白いタキシード姿で現れることによって加速するのだけれど、今の紅凛はまだ知る術もない。