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リアクション
5
冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)に告白されたのはいつだったろう?
確か、去年の初日の出の時だ。あの時のことはよく覚えている。
今は六月だから、付き合い始めて一年半と少しということになる。
長かったようにも思えるし、けれど短くも思える。
――不思議な感じ、ですぅ……。
だけどとてもいとおしい日々だった。そしてそれはこれからも続いていくのだろうと思うと口元が勝手に綻ぶ。
――ちょっと……浮かれて、大変なことに、なっちゃったのは……反省、かな……。
緩む頬を両手で押さえながら、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は今日、浮かれすぎないようにと自身を戒め深呼吸した。
そう、今日。
今日、二人は式を挙げる。
小さなチャペルで、親しい友人だけを呼んで執り行う、小さな式だけど。
――幸せな……式に、したいですぅ。
「日奈々。そろそろ行こうか?」
千百合の声に、こくりと頷く。入場だ。
指先に、千百合の指が触れた。絡ませる。そのままリードされて廊下を歩いた。
「二人とも、お嫁さん……ですねぇ」
「とっても可愛いよ、日奈々」
「……恥ずかしい、ですぅ」
「かわいいなぁ。ほっぺ赤い」
頬をぷにっとつつかれた。照れ隠しに頭を振る。
ドアの前だろう。千百合が足を止めて、
「緊張する?」
問い掛けてきた。日奈々は頷く。
「少し……でも、千百合ちゃんが、一緒だから……」
「もちろん。任せて」
ドアの開く音がする。自分達に向かう視線も感じる。どきどきした。ぎゅっと、千百合の手を握る。と、力強く握り返された。
ここにいるよ。
無言だけれど、そう言っているのがわかる。
だから、日奈々も歩いていける。
「今より後、幸福な時も幸福でない時も。富める時も貧しい時も。病める時もすこやかなる時も。
神のきよき御定めに従い死が二人に訪れようとも、彼女を愛しいつくしみ変わらぬことを神の御定めに従い、聖き婚姻を結んで共にその生涯を送りますか。
あなたはこの女性を愛し、慰め、敬い、支え、両人の命のある限り一切、他に心を移さず身を保つことを誓いますか」
「誓います」
宣誓の言葉に、千百合が凛とした声で返した。
「誓います」
日奈々も、普段よりはっきりと答えた。一言一句はっきりと。
「指輪の交換を」
声の後、手を取られた。指に硬く冷たい無機物の感触。結婚指輪が嵌められたのだと知る。どこかの言葉で、青と赤を表す名前の指輪。サファイアとルビーがちりばめられ、スターチスの花の凝った装飾がされたもの。
スターチスの花言葉は、永遠に変わらない心だと教えてもらった。変わらない誓いだと囁かれた。ずっと一緒に居ると。それが今日、目に見える形で叶うのだ。日奈々は嬉しさにはにかんだ。
指輪交換の後は確か、誓いのキスだ。だけど千百合は何をするか忘れてしまっているのだろうか? 待っていても唇が触れることはなかった。
どきどき、心臓が高く鳴る。
――恥ずかしい、けど。
――わたしにだって、でき、ますぅ。
――千百合ちゃんに、手を引いてもらうだけじゃ……ない、から。
そっと、千百合の頬に手を伸ばして。
くい、と顔を近付けた。触れるだけのキスを落とす。
「あ」
思い出したように千百合が声を上げた。素っ頓狂な声に、日奈々は笑う。千百合もきっと今、笑っているだろう。なんとなく、わかった。
不意に地面の感覚がなくなった。代わりに千百合の体温や、柔らかなドレス生地を肌に感じる。お姫様抱っこをされている、と気付いたときには頬に唇が触れていた。
「退場しようか、可愛いお姫様」
「お姫様だなんて……そんな。……名前で、呼んで、ほしいですぅ……」
「あは。そうだね、ごめんね日奈々」
首に腕を回し、きゅっとしがみつくように抱きついて。
「これからも……ずっと、ずっと……永遠に、一緒……ですぅ」
「うん。いつまでも、いつまでも、ね」
二人で支え合って。
どんな困難だって、乗り越えて行こう。
死が二人に訪れようとも、その日まで。
*...***...*
霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)に出会ってから、一年と四ヶ月経つ。
付き合ってからは一年と一ヶ月で、結婚という舞台に立つにはいささか早いと人は思うかもしれない。が、透乃はそう思わない。大切なのは付き合った期間の長さではなく、互いの関係の深さだと思っているから。
「歳を考えればまあ早いってこともないだろ」
とは、透乃をエスコートしてくれた霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)の言葉である。
「むしろこの歳になって彼女もいない自分自身のことを心配した方がいいかもしれない」
「大丈夫だよやっちゃん。やっちゃんは素敵な人だから、心配しなくても時が来たら自然とできるよ」
「ありがとう透乃ちゃん。でも今日の主役が気を遣わなくてもいいんだぞ。って、私が余計なことを考えたからか。雑念は排除して祝福することに専念するよ」
羨ましいけど、とぽそり呟くのが聞こえた。苦笑しつつ透乃は隣を歩く陽子を見た。やや緊張した面持ちの陽子が、透乃の視線に気付いて笑顔を作る。
平気? と問うことはやめた。陽子は今、透乃の隣に並ぼうとしている。背中を追うのではなく、横に並べるようにと。朧の手を取って、堂々と。
「行こうか」
「はい」
だから、かける言葉は進む言葉。
二人同時にエスコートされる以外は、ごくごく普通の結婚式が進んでいく。
式場は小さな教会で、その場に居るのは式進行に必要な人と月美 芽美(つきみ・めいみ)、それから透乃や陽子をエスコートしている泰宏と朧のみだ。ごくわずかな、親しい人しかいない式。
本当は両親と弟も呼びたかったけれど、地球からパラミタに来ることはそう易くない。だから残念だけど仕方ないのだ。代わりというわけではないが、芽美がカメラマンを兼ねて撮影している。これを後から見せるだけでも今日のことを分かち合えるだろう。
牧師の前まで歩いていって、
「私、霧雨透乃は緋柱陽子を生涯の妻と定め、健やかな時も病める時も彼女を愛し、彼女を助け、生涯変わず彼女を愛し続ける事を皆様方の前に誓います」
「私、緋柱陽子は霧雨透乃を生涯の妻と定め、健やかな時も病める時も彼女を愛し、彼女を助け、生涯変わず彼女を愛し続ける事を皆様方の前に誓います」
誓いの言葉をその場に居る全員に向けて紡ぐ。
指輪交換をして、誓いのキスをしようと顔を近付けた。陽子の緊張が見て取れる。透乃は柔らかく微笑んだ。ふっと、陽子の表情が緩んだ。安心してくれたらしい。その瞬間を見逃さず、透乃は頬にキスをした。
「この二人が夫婦であることをここに宣言いたします」
牧師の声が、式場に響く。
賛美歌を歌って、フラワーシャワーが舞う中を退場していく。
「よっし、じゃー次いこー」
退場するや否や、透乃は陽子の手を引いた。
「次って、」
「中庭でケーキ入刀!」
この場にいる人数が人数だから、披露宴をやってもしょうがないし。
「もうケーキ用意されてるかな? 大きいんだよ、数十人で食べるようなサイズだからね」
「それは……大きいですね」
「でも、私たちだから。大丈夫でしょ?」
「きちんと切れるでしょうか」
「あ、食べきれるかどうかじゃなくて」
「だって、私たちですから」
大丈夫ですよね、と首を傾げる陽子にもちろんだよと笑顔を向けて、中庭へ。芽美が変わらずカメラを構えている。ケーキ入刀どころか食べきるところまで撮るつもりでいるようだ。だったらあーんとかもして見せ付けちゃおうかな、と考えつつ光条兵器を呼び出した。ケーキナイフなんかじゃなくて、斧でばっさりいくことで自分たちらしさを出そうと思って。
「すげえことするなあ、相変わらず」
泰宏が驚嘆の声を上げる。芽美が動じずカメラを回し、陽子は気が緩んだのか無防備な顔をしていた。
「陽子ちゃん、あーん」
もちろん、そんな隙だらけの彼女を見逃すはずがない。ここぞとばかりにあーん攻撃を仕掛ける。なすがままの陽子が口を開いた。ケーキを食べさせる。
「……はっ」
撮影中の芽美を見て、不意に陽子が我に返った。恥ずかしそうに顔を背ける。その姿が可愛かったので、
「あーん、してくれないの?」
追撃。
「~~っ、透乃ちゃんったら……」
「嫌?」
「……嫌じゃ、ないから困るんです。……もう」
真っ赤な顔で、ケーキを刺したフォークを向けてくる。
「ああもう可愛いなあ。陽子ちゃんまで食べちゃいたい」
「えっ……そ、それは」
「うん、我慢するけどね。いいホテルとってあるし」
窓から見える景色が綺麗なんだよー、と聞かれてもいないことを答えて陽子の反応を見た。案の定、真っ赤な顔をしていた。予想していたけれど、やっぱり可愛い。
――でも、これ以上からかうと茹っちゃうかも?
だから今はここまで。
「よーし食べるよー!」
まずは、この目の前の巨大ケーキを食べきらなくちゃ。
*...***...*
タキシードを身にまとい、神崎 優(かんざき・ゆう)は水無月 零(みなずき・れい)の隣に並んでいた。
ウェディングドレスを着た零は、いつもより可愛く、眩しく見える。もちろん、いつも可愛いのだから今日はそれに輪をかけてということで。
幸せだ、と感じる。
彼女と共にあるということ。彼女がそれを望んでいるということ。これからもずっと一緒に居られること。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
牧師の言葉に、優が答える。
「誓います」
零も答えた。
目と目が合う。
その刹那、理屈ではなく理解した。
彼女も、優が幸せだと思ったような幸福を感じてくれていると。
指輪の交換をして、頬に誓いのキスをして。
退場の場面で、優は零を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこに、零が恥ずかしそうにはにかんだ。それに応えるように優も小さく笑んで、退場していく。
式場を出る間際、零の手からブーケが放られた。
が、優は誰がブーケを取ったのかは知らない。その瞬間零を見ていたから。
「零」
名前を呼んで。
「優」
名前を呼ばれて。
そっと唇にキスをした。
幸せを噛み締めながら。
幸せな未来を夢見ながら。
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