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リアクション
3
「なあユリナ、今日って予定あるか?」
黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)に問い掛けられて、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)はしばし考えた。
「いいえ、ありません」
「そっか。じゃ、ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけどさ。来てくれないか?」
「? はい。支度をしてきますので、少し待っていてください」
軽く髪を整えてから、竜人が待つ場所へと戻る。
「お待たせしました。どちらへ?」
「それは秘密」
竜人が悪戯っぽく笑う。
「だけど、どうしてもユリナと一緒に行きたい場所なんだ」
「?」
それはどんな場所なのだろうか。
「景色の良い場所を見つけましたか?」
「景色かー。どうだろうな、良いかも?」
「??」
質問をしてみたが、その答えにますます頭を悩ませる羽目になった。
そして向かった場所は、
「結婚式場……? 誰かお知り合いの結婚式ですか?」
「いいからいいから」
「私、フォーマルな格好じゃないです」
どちらかというと、ご近所お出かけスタイルである。
「こんな格好では結婚式に参加できません」
「いいからいいから」
何を言っても宥められるように会話を流され、疑問は膨らむばかり。
「すみません、模擬で予約していた黒崎です」
受付らしき場所で、竜人が用件を伝える。
模擬とは何のことだろう。聞いても答えてもらえなさそうなので黙ったままで居ると、
「お相手はユリナ様ですね。こちらへどうぞ」
「……え?」
別の女性に手を引かれ、竜人と離されてしまった。
「いってらっしゃーい」
竜人はというと、のんきに笑顔で手を振っている。
これから何が起こるのかわからず、ユリナはただ困惑の表情を浮かべた。
そして三十分後。
ウェディングドレスを着せられ、髪をセットされ、薄くではあるが化粧を施されて、
「おお。すげえ似合ってる」
タキシード姿の竜人が部屋を訪ねてきてようやく、竜人の言っていた『模擬』というのが模擬結婚式であると知った。
「これはどういうことですか?」
「……驚かないんだな、あんまり。あれー、サプライズのつもりだったのに……」
やっちゃった? という感じで、竜人が頭を掻いた。
「これはどういうことですか?」
ユリナはもう一度同じ問いを繰り返す。内心とても緊張していたしどきどきしていたけれど、そんな姿を顕にするのもはしたない気がして必死に抑え込んでいた。
「ユリナにウェディングドレスを着せたかったんだ」
今度は、質問に対して真っ直ぐ答えが返ってきた。
「知ってるか? 今結婚式場でジューンブライドキャンペーンが行われてるんだ。愛し合う恋人たちに、素敵な結婚式をって」
知らなかったので、いいえ、と首を振った。だよなーと竜人が頷く。
「俺、まだ学生だからさ。結婚とかは無理だろ? だけど模擬なら誰でもって話だったから」
「……でも、どうして教えてくれなかったんですか」
「そりゃ驚かせたかったから。ベタだけどさ、ちょっとしたサプライズってやつだよ。
……あ、そろそろ式が始まるな。結構本格的なんだぜ、行こう」
手を握られて、引っ張られて。
「……はいっ」
声が、弾んだ。
と、竜人の表情が柔らかくなった。楽しそうに嬉しそうに微笑んでいる。
「竜人さん、あの」
「ん?」
「……ありがとうございます。嬉しい、です」
照れくさそうに笑う竜人を見て、ユリナまでなんだか恥ずかしくなりながらも、入場。
*...***...*
入院騒ぎからしばらく経った。
いつも通りの生活を送っていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が目にしたものは、ジューンブライドキャンペーンのパンフレット。
「ジューンブライド……もうそんな季節か」
パンフレットが並ぶ棚の前に立ち、いくつか気になったものを手に取って見る。
「気になるの?」
隣を歩いていたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が足を止めたセレンフィリティに問いかけた。
「そりゃもちろん。ジューンブライドって女の子の憧れじゃない」
「へえ。セレンでもそう思うんだ……」
「何、その珍獣でも見るような目は」
思うに決まってるでしょ、と文句を言いながらパンフレットのページをめくる。
「あ」
「?」
「模擬結婚式だって」
「模擬? 何、それ」
「これ」
模擬結婚式なるものが紹介されていた。そのページをセレアナに見せる。
「『結婚式はまだ早いカップルやお友達同士、結婚式を体験してみたい方へ』……」
謳い文句をセレアナが読み上げた。
「行こうよ」
「今から?」
「思い立ったが吉日ってね」
「やれやれね」
セレアナを連れて、いざ結婚式場へ。
定番のウェディングドレスや、少し変わった和風の衣装。
変り種ではチャイナもあり、果てはパラミタ各地の婚礼衣装など実に様々なものが揃った衣裳部屋でセレンフィリティは目を輝かせた。
「どれを着ても似合いそうだから困っちゃう」
「はいはい」
セレアナに呆れた声で相槌を打たれても気にしない。
それがいいかしらとはしゃぎながら衣装を選び、
「これね」
結果、これと決めたのはマーメイドラインのドレス。
華やかな雰囲気の花嫁となり、模擬結婚式に臨んだ。
「セレアナは何してるのよ」
「何って、これでいいかなって」
「もっとさぁ、いろいろ試着したりとか楽しみなさいよ。ほらこっちとか似合いそうじゃない? あ、こっちもいいよね。これなんてどう?」
「ちょ、ちょっと」
次々と衣装を渡し、さあ着替えてきてと微笑む。
根負けしたセレアナがフィッティングルームに入ったので、セレンフィリティはカメラを構えて待機。
ひとしきり着せ替えと写真撮影を楽しんでいると時間になったので、最初セレアナがこれと選んだシンプルなAラインドレスに着替え直してから手を取り合って式場へ向かう。
模擬とはいうものの、なかなかどうして式の進行は本格的である。
厳粛な雰囲気。神父の読み上げる聖書の一節。誓いの言葉。
――模擬……の、つもりだったんだけど。
――なんだか、本番みたい。
胸が熱くなるのがわかる。鼓動が早くなるのがわかる。
傍らの恋人の姿を見た。胸の鼓動がよりいっそう高まり、頬まで熱くなってきた。
セレアナの横顔が、いやセレアナが、その存在が宝石のような……いや、宝石すらも足元に及ばない、何者にも代えがたい大切な存在で。
そんな大切な人が傍に居る。
そう意識してしまうと、内にこもる熱量が高まっていくのだ。
言葉にはできない感情の高まりが、静かに自分自身を浸していく。
言葉の変わりに、涙が静かに零れだす。
――あ、あれ?
そのことに戸惑いつつも思うのは、
――セレアナとずーっとこうしていられたら……。
たったひとつ、それだけで。
気がついたら、永遠の愛を誓いますかという神父の言葉に即答していた。
次に待つのは誓いのキス。
そっと重ねあったとき、気付いた。
セレアナも、セレンフィリティと同じようなことを考えていると。
伝わってきた。
「セレアナ」
「ん……」
「来年は……模擬じゃなくて、本当の式を挙げようか」
「プロポーズ?」
「そうなるわね」
セレンフィリティの流した涙を拭いながら、セレアナが微笑んだ。
「私でいいのね?」
「セレアナがいいの」
「わかったわ。……私も、セレンフィリティがいいし、ね」
「? 何か言った?」
「いいえ、何も」
二人並んで退場して。
来年の本番のことを、楽しみに思うのだった。
*...***...*
今巷ではジューンブライドキャンペーンなるものが行われているらしい。
素敵な結婚式を挙げてください。
あるいは、先に体験だけでもしてみませんか。
そんな謳い文句で、結婚式だけでなく模擬結婚式も推奨されている。
その話を聞いたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、
「見学してみたいですねぇ」
のほほん、と呟いた。
「見学しに行く?」
発言をしっかりキャッチして、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が問いかける。
「僕、まだ結婚なんて相手もいないし実感ないけど……それでもやっぱり女の子の夢だしさ。見るくらいはしておきたいと思ってたんだよね」
「そうなんですかぁ」
「フィリッパは? そういうの、ある?」
「わたくしですか?」
セシリアに話を振られて、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が首を傾げた。
「私もかつては結婚し、家庭を持っていました」
「え、そうなの?」
「今はただの独り身ですけど、ね。
結婚式の形態も、時と場所が変わるにつれて変化しているようですが、当世の流行というのはどんなものなのでしょう? そう、疑問に思って考えることがありますわ」
「つまり、気になってるってこと?」
「端的に言えばそうですね」
フィリッパが気になるというのは無理もないこと。
パラミタ……というかシャンバラでは、同性婚が認められていたりとかなりフリーダムで、それは彼女が生きてきた時代では考えられないようなことだったのではないか。
となればなおさら、どのような式になるのか気になるというもので。
「シャーロットはどうしますかぁ?」
「ふえっ?」
それまで本を読んでいたシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)に問いかけてみる。
「模擬結婚式の見学。一緒に。行きますか〜?」
「えと……気には、なってます。書物での知識しかありませんから……実際にどんなものなのでしょう、って」
「じゃあ一緒に向かいましょう〜」
こうして、メイベル一行は模擬結婚式のサービスを行っている式場へと向かった。
丁度、模擬結婚式の最中だった。
行われていたのは、通常の男女婚と同性婚の二種類ひとつずつ。
それぞれが楽しそうで、幸せそうで、中には泣いている人も居て。
模擬なのに? と思ったけれど、模擬でもやはり緊張したりするし、幸せを噛み締められるのだろう。
素敵だな、とメイベルは思う。
「メイベル、結婚したい?」
セシリアが問いかけてきた。メイベルは首を横に振る。
「私自身、まだまだ恋愛らしい恋愛もしていませんからぁ……結婚というのは、まだまだ遠いことなのですぅ」
「そっか」
「でも……やっぱりぃ、女の子ですから。興味はありますぅ」
だから静かに見学する。
祝福の気持ちを忘れずに、幸せそうなカップルを見て。
「皆さんの姿を見学して、自分が将来どんな結婚式をしたいか……そういったことを想像するのも、良いと思うのですぅ」
「それはそれは。素敵な楽しみ方だ」
セシリアに肯定もしてもらえたし、メイベルは微笑んで見学を続けた。
結婚は、まだ早い。
だけど、いつかはきっとと思ってる。
だから見ておきたかった。
だから想像しておきたかった。
その結果どう思ったのかは、メイベルしか知らない。
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