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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第23章 もうひとつの嵐

「また床が抜けたようですね」
 下の部屋から崩落音と振動を感じて、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)がつぶやいた。
「陣たちが心配だ。ここでこうしていても意味がない。下へ下りよう」
 もちろん下がどうなっているかも分からない穴から飛び降りるのではない。堅実に、バァルは階段を選択した。
 廊下を走り、1階に向かって階段を下りる。1階に下りたところで、彼らはセシリア・ナートに追われている玄秀、広目天王とはち合わせした。
「きみたち?」
「ヨミは僕たちが保護しています! オイレでロノウェの元へ連れて行きます!」
 簡潔に説明し、玄秀は足を止めることなく走り去っていく。
 彼らの来た方の廊下から現れたのは、腹部を割られ、のどから血を流しながらも平然と、何か歌のようなものを口ずさんでいるセシリア。
 その歌がコラールであると気づいたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は、狂気にうかれたような彼女の表情を見て、目をすがめた。
 氷術を用いて蒼き水晶の杖を核とした大鎌を作り、向かい立つ。
「バァルよ、ここはわしに任せて彼らと行け。ヨミを守りきれねば東カナンは終わりじゃ。たとえ剣など用いなくともな、嘘八百でその死の原因をなすりつけられる。今のアガデにバルバトス軍やロノウェ軍の攻撃を退ける力などなかろう?」
「そうですわ、バァルさん」
 ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)がその横に立つ。
「この程度のやからなど、私とマスターで十分ですわ」
「……「この程度」とは、大きく出たのう」
 走り去っていく仲間たちの気配を背中で感じながら、ファタはつぶやいた。
「ふふ。そうでも言いませんと、格好がつきませんでしょう?」
「あれは不死者じゃ。しかも狂信者ときておる。なまなかな相手ではないぞ」
「マスターご命令を。あなたのお言葉であれば、いかなる事であろうと現実と変えてみせましょう」
 灰色の長い髪を指で梳きとかしながら、ローザはこともなげに言う。
「撃滅じゃ! ……と言いたいところじゃが、無難に足止めとしよう。戦って、適当な時間が稼げたらさっさと退く。労多くして実り少なしというのはごめんじゃ」
 変なところで現実的なファタの言葉に、くつくつとローザの肩が震える。
「イエス、マスター」
 ローザの手が優雅に宙を舞い、ピーピング・トムを呼び出す。
「あなたの前に、多くの苦難とひと握りの成功があらんことを」


*          *          *


 玄関ホールへと向かう彼らの隙をつくように、左右の側路から次々とバルバトスの伏兵が飛び出してきた。
「一体どれだけの兵を投入してるのよ!? あの魔神!」
 ゴッドスピードとドラゴンアーツで対処しながらルカルカがぶつぶつと悪態をつく。
「それだけ確実を期しているんだろう。コントラクターが侮れないのは向こうも知っている。――淵!」
「んあ?」
 ダリルに呼ばれて、梟雄剣ヴァルザドーンをふるっていた夏侯 淵(かこう・えん)が振り向く。
「バァルには戦場までの足がいる! ここは俺たちに任せて、おまえはバァルたちと行け!」
 その言葉に、かなり前を走っているバァルたちの背中を見て、もう一度ダリルを振り返った。
「承知した」
「待って、淵。これを持って行って、ロノウェに見せて」
 グレアムが放ってきたデジカメを受け取り、バーストダッシュを発動させる淵。
「おーい、みんな!」
 バァルやエシム、遥遠たちに追いつき、併走した彼が、空飛ぶ箒シュヴァルベで彼らを運ぶことを提案しようとしたときだった。
 見えざる敵が、彼らを急襲した。
「ああっ!」
 腕を切られた遥遠が苦痛に身を折る。
「遙遠! ――つっ!」
 彼女を腕の中にかばった直後、遙遠の背中に刃が走るような衝撃がきた。
「うわっ!」
「きゃっ……!!」
 鉄と嵐のフラワシが、凶暴なまでにその猛威をふるう。
 非情な、不可視の刃。それが、その場にいる全員を翻弄した。
 フラワシの攻撃を止めるには術者を攻撃するしかない。しかし隠れ身を使っているのか、どこにもそれらしい姿はなかった。これだけ魔族兵があふれていてはディテクトエビルも役に立たない。
「遙遠……彼が、いません」
 彼女を傷つけさせまいと壁に囲い込んだ遙遠の耳に、切迫した遥遠の声が届く。
 遙遠は急ぎ周囲を見渡し、確認した。
 衡吾がいない。そしてバァルと……エシムも。
 分断されたのだ。敵の奸計にはまってしまった。
「バァルさん!」

 


 角を曲がったところで、ふとエシムは何か耳にした気がして、走っていた足を止めた。
「どうした、エシム」
「バァル様……何か聞こえませんか?」
 動きを止め、耳をすます。
 すると、たしかにバァルにも聞こえた。かすかに聞こえる…………これは、セレナーデだろうか。
 だがそれよりも別のことが気にかかった。後ろにだれもついてきていない。
 そのとき、角の向こうから遙遠が呼ぶ切迫した声が聞こえた。
「戻ろう、エシム。向こうで何か起きている」
「エシムさん」
 バァルの声にかぶさって、少年の声がした。
 そちらを振り返ると、10歳前後の少年が立っている。両手には、ふたの開いたオルゴールが乗っていた。
 魔族だろうか? 人間のように見えるが……。
 警戒するバァルに、少年音無 終(おとなし・しゅう)はくすりと笑った。
「こんにちは、エシムさん、バァルさん。――あ、まだ「おはようございます」かな? まぁ、どちらでもいいですけど。なにしろこんな暗さだし。
 そう心配なさらなくても、俺はただの人間で、音無 終といいます。エシムさんの友人です。ね? エシムさん」
「エシム?」
 エシムは壁にもたれかかっていた。
「どうした? どこか傷を負ったのか?」
「大丈夫……です。少し頭痛がするだけで」
 というより、ぎゅうぎゅう詰めになっている感じがした。内側からひどい圧迫感を感じながら、そのくせ中央はがらんどうのような。
 そこで響くセレナーデ。
「大丈夫です」
 ここは敵地なのだと自分をふるい立たせ、エシムは壁を押して離れた。
 今ここにいるのは自分だけだ。12騎士の1人として、自国領主を守らなければいけない。
「それより、彼は、だれです……?」
「おまえの友人と言っていたが?」
「友人?」
 その言葉に眉をひそめるエシムを見て、終はやれやれと肩をすくめた。
「覚えていただけてないんですね。そんなに俺って印象薄かったですかねぇ。
 ま、いいでしょう。害意はありません。その証拠として、武器はお2人にお渡しさせていただきます」
 バァルの手に魔銃カルネイジが、エシムには奪魂のカーマインが、それぞれ放り込まれた。
「それで、わたしたちに何の用だ」
「ええ。実は、バルバトス様からあなたにお礼を言ってきてほしいと言いつかったんです。
 バァルさん、あなたがザナドゥ側につきたいということは、よく分かりました。ご自分の婚約者、首都だけでなく、軍まで生贄として捧げてくれるとは。バルバトス様は大変お喜びになられ、あなたをぜひご自分の右腕として徴用したいとおおせです」
「何を言っている?」
 意味も目的も分からなかったが、バルバトスとの名を聞いて、バァルは一瞬で臨戦態勢になった。銃を投げ捨てバスタードソードに手をやる。
「きさま、バルバトスの手の者か」
 終は答えなかった。ゆるやかになったオルゴールの音に気をとられているふうに、ふたを閉じるとキリッ、キリッとネジを巻く。そうして再び開いたオルゴールから元のセレナーデが勢いよく流れ始めたのを見て、満足そうに目を細めた。
「これ、正式には何という曲か知っていますか? 「ムーンライト・セレナード」というんです。月のないザナドゥに月光を表現した曲が流れる……面白いと思いませんか?」
「いいから答えろ!」
 激しい詰問に、口をとがらせる。
「やれやれ、性急な方だ。そんなに激しやすいと、のちのち苦労しますよ。バルバトス様はご自分に逆らうことを好みませんからね。せっかくここまで覚えめでたきことをされたんです、好機は大切にしなくては。
 それにしても、あなたの心意気は本当にすばらしい。魔族をあの結界の中へ招き入れる理由として、講和会談を思いつくとは。俺には到底そんな理由は思いつきません。どれだけザナドゥの地位に執着しているか、よく分かるというものです」
「きさま、何を――」
「そうしてあの方たちを都に招き入れ、邪魔になるであろうと思われる者たちはていよく迎賓館から遠ざけ、さらには街を壊すのに邪魔になるであろう契約者たちを一箇所に集める念の入れよう。あわよくばバルバトス様を楽しませるためにと、アナトさんの席をバルバトス様のすぐそばに配置した手際はおみごとです。まったくぬかりのない方だ。つくづく尊敬しますよ」
「ばかなことを!」
「やだなぁ、謙遜なさらないでください。俺は真実、あなたに感心しているんです。敬服している、っていうんでしょうか? この場合。魔神に捧げるためにあれほどの殺戮をたった1夜で成し遂げるなんて、俺には到底無理です」
「わたしはそんなことはしていない!!」
 あの悪夢の夜の記憶が一気に押し寄せ、バァルは蒼白した。
「ええ? まだそんなことを言われるんですか? 謙虚な方ですねぇ。
 だって、あなたや他の騎士たちがあんなに大勢いて、アッサリとアナトさんの魂が奪われるっておかしくありません? コントラクターだってたくさんいたのに。あなたがそのように手配しなくて、成し遂げられることじゃないでしょう?
 本当に、アガデでの惨状はみごとなものでしたよ。炎に飲まれ、都はほぼ壊滅しました。民もたくさん死んだ。そしてアナトさんは意思ある操り人形、魔神の慰みものです。
 それもこれも、すべてあなたが自分ただ1人の利益を追求したがために起きたこと。あなたさえいなければ、今もあの都は優美なまま。人々は生きて毎日を笑ってすごし、アナトさんもエシムさんと一緒に穏やかな時を過ごしていたでしょう」
「きさま……!!」
 激怒し、バスタードソードを抜いたバァルは終を斬ろうとする。しかし踏み込む直前、エシムの様子がおかしいことに気づいた。
 壁に背中をつき、両手で銃を持ったまま完全にうなだれてしまっている。
 ぶつぶつと、何事かをつぶやいていて……。
「エシム! やつに何かされたのか!?」
 話で自分の気をひいて、その間にエシムに何か仕掛けたのか! 急ぎエシムの元へ駆け寄ったバァルは、次の瞬間、左のわき腹に衝撃を受けていた。
 勢いに押され、よろめく。
 痛みはない。ただ、何か熱いものを押しつけられ、ねじこまれたような感覚があり、そこを中心として熱いしびれが広がっていくのが分かった。
 あてていた手をはずすと、大量の血がついている。
「エシ……」
 バァルはそこで意識を失った。


「――ふん。バァルだけか。あわよくば共倒れをと思ったんだが……まぁ、これでよしとするか」
 先までのひとの良さそうな笑顔をはぎとって、終はオルゴールを捨てた。
 もうこれはいらない。
「静、行くぞ」
 ほかのコントラクターたちの足止めをしていた銀 静(しろがね・しずか)を呼び寄せる。


 遙遠たちが駆けつけたとき、そこには、血の海に横たわるバァルと膝を抱いてうずくまるエシムの姿があった。
 バァルの頭のそばには、なぜか壊れたオルゴールが転がっている。
「バァルさん!! しっかりしてください!!」
「いやっ! バァル!! ――ベア、早く来て!!」
「夜魅!」

 ぶつぶつととりとめのないことをつぶやくエシムには、バァルを撃った記憶はなかった……。