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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第22章 脱  出(3)

「い、いたた……。な、何回落ちるんだ……」
 両腕を使ってよっこらせ、と身を起こす迫。額にぷっくりたんこぶができていた。
「ああ。しかし今回は一部ですんだようだ」
 隣でシャノンが上を仰いでいる。すっかり1〜3階吹き抜けとなった天井から、下を覗いて様子を伺っている者たちの影が見えた。
「シャノンさーん! 迫ー? そこにいるー?」
「おーい、てめーら無事かー?」
 ちゃっかりそのうちの1つからドゥムカの声がする。
「無事か、じゃねーっ!! なんでおまえこそ落ちてないんだよっ!!」
 ムキになって迫がこぶしを振り上げたが、上に見えるはずもない。
 遅れて、迫の背後でバルトが立ち上がった。
「ここのやつら片付けたらすぐ降りてくから、待っててね!」
 バルバトス兵はほとんど倒していたが、まだ若干残っている。覗き込んでいた彼らもすぐまた魔族兵との戦いに戻っていった。
「広目天王、ヨミは無事か?」
 玄秀からの問いに、広目天王はリュックサックを開いた。中にはしびれ粉で動けなくなったヨミがいて、すっかり憤慨した目で玄秀を睨んでいる。
「けがはなさそうだ」
 そう結論づけたとき。
「クソ犬みーっけ」
 じゃりん、と瓦礫を踏みつける音がして、何者かが上の穴から飛び降りてきた。床に転がる破片を蹴飛ばしながら、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が現れる。
「そんなとこに隠してやがったのか。
 見つけた以上、こっちのモンだ。渡してもらうぜ」
「おまえ、たしかアガデで城攻めに参加していたな。あのような捨石扱いされながら、それでもバルバトスの側にいるとは。魂を奪われているわけでもなしに……とうとう尾を振る犬になりさがったか」
 シャノンがせせら笑う。
 対し、竜造は、鼻で笑い飛ばした。
「へっ。あんなクソメガネの子分なんかで満足しているてめェなんぞに理解できるたァ、ハナからこっちも思ってねェよ」
 竜造の用いた蔑称に、ぴくりとシャノンが反応する。その傍らに召喚獣:フェニックスとサンダーバードが現れた。
「やれやれ。とんだ駄犬だ。バルバトスは本当に配下のしつけがなっていない。しつけに失敗した犬の末路を知っているか? なんなら私たちが教えてやろう」
 右手が持ち上がり、竜造を指し示す。ざぁっと炎と白光を散らしながら、2羽の召喚獣が左右から竜造に襲いかかった。
「俺ァだれの配下にもなった覚えなんざねェ。ただこっちにつきゃあ、より殺し合いができるって踏んだだけよ。こんなふうになあ!!」
 嬉々として、迫り来る2羽の獣にヴァルザドーンをふるう。炎と雷電を真っ二つにした竜造は、シャノンに向け火術を放った。
 火炎を避けたところに、走り込んだ竜造のヴァルザドーンが上段から振り下ろされる。だがその凶悪な刃は、彼女の頭上のはるか手前で止められた。
 何もない空間から、鋼同士の噛み合う音が響く。
「シャノンには何人たりとも触れさせません。彼女に触れていい男は私だけです」
 いつからそこにいたのか。東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が背後に立っていた。
 雄軒を警戒し、竜造は後方に跳んで距離をとる。
「てめェ、どこから」
 たしかについさっきまではいなかったはずだ。竜造の懸念に、雄軒は素っ気なく肩をすくめて見せただけだった。
「フラワシってわけか……上等だ!」
 強敵たちを前に、ふつふつと竜造の中で熱い気がたぎり始める。敵を傷つけるよりも己が負う傷の方が多いのではないか、といった損得も、究極、勝ち負けも、彼にはどうでもいいのだ。ただ自分がぶっ倒れたときに相手も倒れていればいい、それだけだ。
「うらああぁ!!」
 ヴァルザドーンを手にシャノンに突き込んでいく竜造を、鉄のフラワシが迎え撃つ。ぴしぴしと、かまいたちのように外套から露出している部位に裂傷が走る。龍鱗化されていなければ、腕も首も一撃で飛んでいただろう。
 突然、アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が一瞬魔鎧形態を解いた。
「こういうのって……駄目だと思うんです。卑怯、です」
 感情の希薄な声でつぶやき、魔女のフラスコとアシッドミストで毒霧を作り出す。毒霧は一瞬で3人を覆い隠した。
「……う」
 毒にあてられ、シャノンがよろめく。彼女に、真横からヴァルザドーンが水平に振り切られた。しかしこれはやはり鉄のフラワシに阻止される。
「当然だな」
 攻撃を止められながらも竜造は嗤っていた。その視線を横へと飛ばす。そこには、背後から襲った凶刃に腹部を貫かれた雄軒がいた。
 己の横腹を突き破って出た刃を見、背後に立つ松岡 徹雄(まつおか・てつお)を見る雄軒の口元から血がこぼれる。徹雄が刀をひねって引き抜くと同時に、その場に片膝をついた。
「雄軒!! ……卑怯な!」
「卑怯じゃねーよ。これで2対2だ」
 あざ笑ってヴァルザドーンを振り下ろす。今、フラワシは雄軒の傷を治している。シャノンは紙一重で避けた。
 戦況を不利と見た玄秀が、広目天王に目で合図を送った。広目天王はうなずき、ヨミの入ったリュックサックを持って玄秀とともに部屋の出口へと走る。
 それを見逃す徹雄ではない。
 バルトの加速ブースターからの疾風突きを避け、広目天王を追う。だが広目天王の方がドアに近い。このままでは逃げ切られてしまうのは間違いない。
 距離を見定め、彼が抱え持つリュックサックに向けて短剣を投擲しようとしたときだった。
「もらったぁーーーっ!!」
 この部屋に落ちて以来ずっと沈黙を通し、影にひそんで機を伺っていたユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が飛び出した。
 徹雄の腕に蹴りを入れ、手から短剣を飛ばす。それを高柳 陣(たかやなぎ・じん)が空中キャッチした。
「――っと。
 よくやった、ユピリア」
「きゃーーーっ。陣、もっと褒めて褒めてーっ」
 徹雄からの反撃をブージで受け止め、彼と切り結び合いながらユピリアが破顔する。
「おまえはできる女だ、とか、最高の女だ、とか、唯一無二の女だ、とかーっ。きゃはっ☆」
「お姉ちゃん、最後のは関係ないと思うよ」
 陣の傍らで大型騎狼にまたがったティエン・シア(てぃえん・しあ)がツッコミを入れたが、それを耳に入れている様子はユピリアからはうかがえなかった。すっかり妄想の世界に入り込んでしまっている。
 徹雄の方は、彼女と斬り合い続けることに何の意味も見出せなかった。彼女は標的ではなく、暗殺対象は逃げてしまった。
 しびれ粉をぶつけ、ユピリアがひるんでいる隙に隠形の術で闇にまぎれ込む。
「わぷっ。――やーんっ」
「ユピリア! ったく、しょうがねぇ」
 しびれて動けなくなったユピリアを、駆けつけた陣が抱え上げた。
(……わっ。きゃっ☆ 夢にまで見た陣のお姫さまだっこーっっ)
「おいティエン」
「うん」
 と、ティエンの連れていたパラミタセントバーナードに次の瞬間投げ落とされる。まるっきり荷物扱いだ。
「さあ目的の短剣は取り戻したんだ。とっとと上のバァルたちと合流するぞ」
「うん、お兄ちゃん。……なんだかボク、いやな予感がするの。気にしすぎかもしれないけど」
 ティエンは胸騒ぎに急かされるように大型騎狼に指示を出し、先頭立って部屋を抜けて行った。
 一方、部屋の中央では竜造とバルトの真剣勝負が続いていた。
 シャノンや雄軒、迫は穴を抜けてきた魔族兵に手をとられ、バルトの補助に入れないでいる。だがたとえ入れる余裕があったとしても、この竜巻を思わせる2人の激闘に割り入れる者がいるとは思えなかった。
 超重量の巨体にふさわしい馬力の持ち主でありながら、さらに金剛力とヘビーアームズで膂力を増したバルトがふるう疾風突きは、壁を砕き、床を削る。
 対する竜造は勇士の薬で素早さを上げ、百戦錬磨と行動予測を用いてバルトの先の先に対抗する。龍鱗化で致命傷を防ぎ、金剛力の強力でもって、ヴァルザドーンをオモチャの剣のように縦横自在にふるっていた。
「うらあ!!」
 狂気に血走った目で猛々しく牙をむいて、頭上高く振り上げたヴァルザドーンをバルトの冑目がけて振り下ろす。コピスで受けたバルトは耐えられたが、床の方はそうもいかない。周囲に亀裂を走らせ、破砕して、バルトの足首までを埋める。
 バルトの手が動き、ヴァルザドーンが離れる前に竜造の胸にこぶしをたたき込んでいた。
「へっ。そうこなくちゃなぁ」
 吹き飛ばされた勢いを利用して跳ね起きて、竜造は口内の血を吐き捨てる。ざっと手を当て、胸骨の具合をみた。何本かイカれてるらしいが、肺に刺さっている気配はない。
「きさまは生かさぬ」
 それまでひと言も漏らすことのなかった無口な機晶姫が口をきく。その言葉の持つ意味は計り知れない。
「……よぉ。提案だ。お互い次の手を考えながらダラダラやりあってても、まだるっこしくてしょうがねぇ。ここ一番のとどめの一撃ってヤツで勝負つけねーか?」
 コピスを持つ手が赤い光を放った。それを応と受け取った竜造が、これまでになく低いかまえをとる。
「じゃあ……いくぜえぇっ!!」
 かけ声とともに竜造の体から修羅の闘気がほとばしった。それは手で触れれば切れるのではないかと思われるほど鋭く、激しい。
 一気に距離を詰め、踏み込みと同時にヴァルザドーンがバルトの肩に入る。
 一刀両断。
 気合いのこもった一撃は肩を割り、胸を切り裂き、腹部で止まった。
 同時に、バルトの疾風突きが龍鱗化の肌を突き破り、わき腹を吹き飛ばす。
 血肉を巻き散らし、もんどりうって倒れる竜造の前、バルトもまた火花を散らして静止する。その手からコピスが落ちて転がった。
 動けない2人を中心に、またも激闘に耐えられなかった床にクモの巣状の亀裂が走る。
「ちょっ……またかよ〜〜〜〜っっ」
 いいかげんにしてくれ、との迫のぼやきとともに、床が陥没した。


*          *          *


「ね? ね? さっきからしてるこの振動とか音とか、何ですか? もしかしてここ、危ないんじゃ……」
 暗い廊下をおそるおそる進みながら、次百 姫星(つぐもも・きらら)は少し前を歩いている鬼道 真姫(きどう・まき)の服をつんつん引っ張った。
「そりゃ奪還部隊が入ったんだ、こうなるに決まってるだろ」
 かなりあきれた声で真姫が答える。
 振り返っていないので表情はうかがえないが、声とたいして変わらないのは間違いない。
「うう……それはそうですけど、奪還って普通、こそこそとするものじゃないですかぁ」
「じゃあヨミに会うのはあきらめて帰るか? あたしはどっちでもいいんだぜ? べつに大淫婦とかに興味はないし。
 あたしは単に、あんたが土下座してお願いしたからついて来てやっただけなんだ」
 それはそうですけどー。
「……真姫さん、意地悪です。帰れるわけないじゃないですか。私は正体を確かめるまで、あきらめないって決めてるんです」
 ぽそっとつぶやく真姫の大蛇の尾が、しおしおと力なく垂れる。
「じゃあ前進あるのみだな。騒ぎの起きてる所へ行けば、何か掴めるかもしれねぇ」
「えっ? ち、近づくんですかっ?」
「こっちだ」
「ち、ちょっと真姫さん、心の準備をさせてください〜〜〜」
 ブレーキをかけるように真姫の服を引っ張る。
 横の通路から人影が飛び出してきたのは、まさにそのとき。
「きゃああああああああっ!!」
 びくびくおびえきっていた姫星の口から、悲鳴とともに火術が放射されそうになる。
 寸前。
「いいから黙れ」
 真姫が頭頂部とあごを持って口をふさいだ。
「きみたちは……城のメイドですか」
 飛び出してきた人影は彼女たちに気づいた瞬間戦闘態勢をとったものの、服装を見て警戒を解いた。
「なぜこんな所にいるんです? 騒ぎが起きたら城から退避するように命令が出ていたはずでしょう」
 いら立ちを押し隠し、玄秀が問う。本当は、こんなことをしている猶予はないのだが……。
「あ、あの、私、つぐ――」
「ちょっと訊きたいことがあってヨミ様を捜してたんだけど、あんた知らないか?」
 名のろうとした姫星の口をまたもやふさぎ、真姫が答える。姫星ではらちがあかないから自分に任せておけ、というつもりなのだろうが、普段ならともかくメイド服の格好でその口調は違和感しかない。
 本当にメイドか? 訝しむ玄秀の後ろ、広目天王のリュックサックから、ぷは、と長く水中にいた者が息継ぎのために浮上したような声をたて、ヨミが復活した。
「もう……もう!! 何なのです!? これは! このヨミをこんなふうに扱うとは、許しませんよ!!」
 しびれ粉の効果が切れたようだ。
「ヨミ様!」
 姫星が快哉をあげる。真姫を押しやって、ずずいと前に出た。
「ん? おまえ、何なのです?」
「ヨミ様、お忘れですか? ホラ、アガデで1度お会いしたでしょう?」
「無礼な! 直話を許した覚えはありませんよっ! かしずき、所属を言いなさい!」
 先からの扱いにすっかり腹を立てていたヨミは、姫星をまともに見ようともせず、ただムキーッと怒る。その様が、またかわいらしい。ついに出会えたうれしさもあって、くすくす姫星は笑う。
「ヨミ様。私、ロノウェ軍の魔族じゃないです。人間――」
 瞬間、姫星の笑顔が強張った。張り巡らせてあったイナンナの加護が反応する。
 玄秀たちが来た廊下の奥から、邪悪な何かが近づいて来る。
「――ち。もう追いついてきたか」
 ちら、と後ろの暗闇に視線を向け、ついで姫星たちを見た。ちょうどいい、彼女たちを利用しよう。瞬時に判断し、廊下を走り出す。ヨミに再びしびれ粉をかけ、リュックサックに詰め込み直すと、広目天王もあとに続いた。
「あ、ちょっ、あなたたち……ヨミ様!?」
 待って! 大淫婦について、何か教えて〜〜〜〜っ。
「姫星!」
「きゃっ!」
 あわてて追いかけようとした姫星を真姫が突き飛ばした。直後、彼女たちの前を、分断するようにレーザー光が走る。
「あれー? ヨミの声がしたと思ったんだけどなぁ?」
 魔砲ステッキを肩にかついだ蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)が、にやついた嗤いを浮かべながら現れた。警戒の目で見る姫星と真姫を見て、んー? と考え込む。
「あんたたちを縛り上げてその体、好き勝手させてもらうのもまぁ面白いと思うが、まずはヨミだな。
 なぁ、ヨミがどっちへ行ったか知らねーか?」
「――ヨミ様を、どうするつもりですか?」
「ああ? そりゃ決まってんじゃねーか。緊縛してヤりまくってやるんだよ、死ぬまでなぁ!」
 ま、あの体じゃそうそう楽しめそうにねーけどな。
 それを聞いて、姫星の中でむくむくと怒りがわき起こった。バイアセートに対する恐怖も吹き飛んで、大鎌を持つ手に力をこめる。
「この不埒者!! そんなこと、絶対に許しませんっ!!」
 激怒の一閃が魔砲ステッキの砲口を切り落とした。
「げ!」
「あんなかわいらしいヨミ様を傷つけようとする者は、私が相手です! かかってきなさい!」
 と言いながら、かかっていってるのは姫星の方だった。大鎌を振り、バイアセートを後退させる。
「ととっ……」
 姫星の猛攻に押されて、たたらを踏んだバイアセートの肩に、何かが当たった。
 いつの間に回り込まれたのか、真姫が鉄甲をはめたこぶしをポキポキ鳴らしながらそこにいた。笑ってはいるが、どう見ても怒りの笑顔だ。
「このくされ外道が。あたしの技で性根を正してやんよ」
 鬼神力に底上げされた怪力で等活地獄発動! 天井にぶつかり、落ちてきた体にさらに次々とプロレスの連続技をたたき込む。
 真姫の攻撃は、バイアセートが白目をむいて気絶しようが容赦なく続いたのだった。