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終点、さばいぶ

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chapter.4 二駅目(2) 


 時を同じくして、先頭車両。
 クロ・ト・シロ(くろと・しろ)は、そこで何やら物騒な兵器を設置しているチンギス・ハン(ちんぎす・はん)を目撃していた。
 このふたり、実は既にそれぞれふたり分のイクカを所持しており、現在のところ1400ポイントを蓄えている。それは、各々の契約者、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)のものだった。
 ラムズはクロに「折角ですから、楽しんできてくださいね」とあっさりイクカを譲渡し、すぐに駅を下りた。
 テラーに至っては、チンギスが勝手に「どうせこいつポイントとかよく分かってないだろう」と決めつけ、イクカを自分のものにしていた。
 なおテラーは「ぐぁがぉ?」と首を傾げながら、早々に下車したという。もうその喋りからして、確かに分かってなさそうだった。
 そんなチンギスが何かの準備をしているところを見たクロは、話しかけずにはいられなかった。
「ヘイそこの青ツインwww何やってんの?wwww」
 めちゃめちゃ軽いノリだった。
「む? なんだ貴様は。蹂躙されたいのか?」
「蹂躙?www蹂躙って何www」
 チンギスの物言いが理解できない様子のクロ。チンギスはそんなクロに、己の目的を交えて説明し始めた。
「我様は侵略者だ! このような児戯など、企画ごと侵略蹂躙してやるのだ!」
「お、おぉ……企画ごと侵略? そうかそりゃすげぇなwww」
 頭が。心の中でぼそっと付け加えながら、クロは笑って言った。
 そして同時にクロは思った。
 こいつ、いい感じに頭ゆるそうだし、カモれるんじゃね? と。
「よし、ちょっとオレも噛ませてくれよww雑用ぐらいならできるぜ?wwww」
 クロはチンギスにそう申し出た。もちろん、後で裏切る気満々である。
「ふむ、よかろう! 我様と共にすべてを侵略するぞ!」
「で、これは一体何してるんです?ww」
 勢い良く告げたチンギスに、クロが尋ねる。それはさっきからチンギスがせっせと準備していた、謎の兵器だった。どうも砲弾を撃ち出す兵器のようだが、そこには弾ではなく槍が装填されていた。
「第三次大戦だ!」
「いやそういうことじゃねぇwwこれだよこれwww」
 ペシペシ、と砲台を叩きながら言うクロに、チンギスは「ああ」と納得した様子で答えた。
「これは『侵攻スル龍撃槍砲』だ! これをここに十基ほど設置し、一斉砲撃で先頭車両を吹っ飛ばす!!」
「しんこうするりゅう……まぁいいやとにかくすげぇなww」
 これはいよいよ電波入ってきたぞ、とクロは思った。チンギス曰く、先頭車両を壊せば、この企画も台なしになるだろうということらしい。
「そもそも、この児戯において契約者相手にスキルや装備を許したのが間違いなのだ。さあ、設置も完了だ!」
 どうやら準備が終わったらしい。チンギスは、十基の内四基を後方車両へ、四基を左右へ。そして残る二基は運転室に向けてセッティングしていた。これが一斉に発射されれば、惨状が広がるのは明らかだ。
「ルールをほぼなんでもありにした方が悪い! 我様の蹂躙、今こそ見せてやるわ! ふふふふ、ふははははは!!」
 チンギスは高笑いと共に発射の号令をかけようとする。
 が、その時思わぬ乱入者が先頭車両に入ってきた。
「むっ、やはり考えることは皆同じか!」
 クロとチンギスの姿を見るなりそう声をあげたのは、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だった。
「貴様、誰だ?」
「ロボwwwなんかロボ入ってきたwwwww」
 チンギスとクロが反応すると、コアは名乗りを上げた。
「私は蒼空学園のハーティオン。申し訳ないが、カードを回収させてもらう!」
 そう言うが早いか、コアはふたり目がけてダッシュした。それを見たチンギスは言う。
「考えることは同じ、などとぬかしていたな! 貴様もこの企画を蹂躙する輩か!」
「蹂躙? 何を言っているか分からないが、これも勝負、悪く思わないでくれ!」
 どうやらコアは、企画を潰すつもりなど毛頭なく、ただ先頭車両に乗ることを目指していたようだ。その理由は、間違いなく他の車両が他の参加者によって切り離されるだろうと踏んでいたからだ。
 つまり、コアはむしろ企画を潰す派というより、企画を潰す存在を危惧していた派だった。
「フン、どうあっても我様の邪魔をするつもりか。そんなにこれが欲しいなら、くれてやろう!」
 コアが引く様子を見せないことで、チンギスも次なる手段に打って出た。それは、ダミー作戦だ。
 チンギスが床に放り投げた一枚のカード、それはイクカに見せかけた別のカードだった。普通に考えれば敵が素直にカードを渡すはずはないのだが、コアの素直さが裏目に出た。
「自ら争いを止めてくれたか……すまない、ではこれはもらって」
「かかったなバカめ! 企画の前に、貴様から蹂躙してやるわ!!」
 カードを拾うためかがんだコア。その無防備な背面を、チンギスが襲う。
 ガン、と鈍い音がコアの頭上で鳴った。頭部に強烈な打撃を受けたコアは、その場にうずくまる。
「ふははは、残念だったな! 貴様のイクカは我様がいただいておくぞ!」
 コアが頭をおさえているうちにイクカを強奪しようと手を伸ばすチンギス。が、なぜか手が滑ってカードが掴めない。
「む……!?」
 なんと、コアは万が一に備え、アイテム「サラダ油」を使い、イクカにかけていたのだ。チンギスはぬるぬるするばかりでもぎとれないイクカに、苛立ちを見せる。
 その心の隙を、突く者がいた。コアのパートナー、ラブ・リトル(らぶ・りとる)だ。
「えーい、隙アリーっ!!」
 だだだ、と駆け寄ってきたラブは、チンギスがぬるぬるイクカに気を取られている隙に、残虐な攻撃を仕掛けた。
 それは、人体の急所、「弁慶の泣き所」へのアタックである。
 机の角などにぶつけるととんでもなく痛いアソコだ。
「……?」
 が、攻撃を食らったチンギスの反応は、ラブの思っていたそれとは違っていた。
 痛がる素振りをあまりみせていない。
 それもそのはず、本当ならラブはアイテムで金槌が当たることを狙っていたのだが、実際はハズレアイテムである「生卵」しかもらえなかったのだ。
 つまりラブは、チンギスのすねで生卵を割っただけなのだ。チンギスからしたら「ちょっと痛かったけど、それより何汚してくれてんだ」的な気持ちのほうが大きい。
 コアとラブのせいで、チンギスは手が油まみれ、ひざは卵でびちょびちょになっていた。
「や、やっぱり生卵じゃダメなのね……!」
「ふふふ、貴様は蹂躙の仕方がなっておらんな。我様が手本を見せてやろう」
 ゆっくり立ち上がったチンギスが、ラブに視線を向ける。そのままラブのイクカをもぎとろうとするチンギスだったが、いかんせん、手には既にサラダ油がべっとりである。もはやチンギスは、手を洗わぬ限り誰のイクカも強奪できない肉体になってしまっていた。
「ぬっ、このっ……!」
 何度もチャレンジするチンギスだが、憎らしい手がすべて滑らせてしまう。
「何これwwだせぇwwww」
 その様子をじっと見ていたクロは、あまりのチンギスの体たらくについ笑いをこぼした。声が聞こえたのか、キッと睨まれたクロは、慌ててサポートという自分のポジションに戻った。
「ハンさん、そのままじゃ埒があかない!ww一旦引くんです!ww」
「我様に無様な生き様を晒せと……」
「そのべっとべとな手と足洗えっつってんだよwwwほら脱出経路は用意しといたんでww」
 言ってクロが見せたのは小型飛空艇だった。よく見れば、飛空艇の後ろにはワイヤーがくっついている。
「これに乗れば、外から後ろの車両に移れるぜ?wwワイヤークローで繋いであっから、そのまま置いてかれる心配もなしだ!!www」
「……うむ、やむを得まい」
 癪ではあるが、確かに今の手では何も掴めない。納得したチンギスは、飛空艇に乗り車両の外へ飛び出そうとする。
 走行中の電車の扉を強引に開けると、チンギスは外へダイブした。瞬間。
 ブチ、と嫌な音がした。チンギスは反射的に後ろを見る。今の今まで繋がれていたワイヤーが、見事に切れていた。
「……!?」
 驚くチンギスを見て、クロが最高のドヤ顔で言う。
「さよなら、チンギス・ハンwwwww」
「あ、あなたたち仲間じゃなかったの……?」
 目の前で起こった裏切りに困惑気味のラブが尋ねると、クロはにやにやしながらあっさり言ってのけた。
「ハンさんは置いてきたww善処したが、はっきり言ってこの戦いにはついていけないwww」
 まあ善処も何も思いっきり企みが成功した感が出ているが、それはさておきクロは残ったラブ、そしてコアのイクカをとろうと動き出した。
「そうだそうだ、その前にwww」
 クロがごそごそと懐を探る。小型飛空艇を切り離す直前、チンギスのイクカをこっそりパクる算段だったのだ。が。
「ん?wwあれ?なんだこれwww」
 出てきたイクカは、なぜか真っ二つに割れていた。クロは慌てて開けられたドアから外をのぞく。そこには、飛空艇を操縦しながら電車と並走する、してやったりという顔のチンギスがいた。その手には、もう半分のイクカが。
「ふははは、ぬるぬるのイクカを侵略できぬ代わりに、貴様の目論見を蹂躙してやったぞ」
 そう、チンギスはクロにイクカを盗まれる直前、咄嗟に自らのイクカを半分に割っていたのだ。一旦電車から離脱してしまったため、自分はアウトなのだろう。ならばせめてものあがきに、ということだろう。
「電車乗ってる場合じゃねぇ!!wwww」
 クロはコアとラブに見向きもせず、アイテムのバスタオルで窓を叩き割ると、そのまま車外へ――チンギスの乗る飛空艇に飛び出した。
 もちろんもう半分のイクカを手に入れたところで無効なのだが、ついとっさに体が動いてしまったのだろう。
「こ、こっちに来るな!」
「このバスタオルとその半分のヤツ、交換なwww」
「いらぬわ! こら、振り回すな! ラップとかレゲエのライブの参加者か!」
 飛空艇の上で揉みくちゃになるふたり。当然コントロールは失われ、ふたりは飛空艇ごと地面に不時着した。
 チンギスとクロ、仲良くここで脱落。



 ちなみに車内から飛び出した小型飛空艇と同様に、車外ではもうひとつのバトルが起きていた。
 それが、車両の下でこそこそ動き回っていた志方 綾乃(しかた・あやの)如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の対決である。
 奇遇にもふたりは、電車の中ではなく外、それもあえて電車の下で行動していたのだ。
 綾乃は電車が動き出してすぐに、壁抜けの術を使い電車の床を通り抜けて車両と線路の隙間部分に潜り込んでいた。さらに、入手したアイテム「USBケーブル」でなんと、自らの肌と車両を縛り付けたのだ。
 そのSMプレイさながらのギリギリな行為はすべて、ゴールまで労せずして到着するための策だった。
 そう、綾乃はルールの穴を突いたのだ。
「勝利条件は、終点まで乗っていること」
 それはつまり言い換えれば、ポイントがゼロであろうがなんだろうが、最後まで電車にいればいいということなのだ。
 そう解釈した綾乃は、ケーブルに指を縛られながら、勝利を確信していた。
「ふふっ、私ってやっぱり天才ですね」
 笑顔を浮かべながらそう言った綾乃は、このまま終点までやり過ごせると思い込んでいた。

 しかし、そんな綾乃の姿を発見したのが、正悟なのだった。
 初め彼は、車内での戦いと聞き、地獄絵図を想像した。
「下手すると、どこでも人だらけでバトルどころじゃなくなるのでは」
 確かに隠れる場所も、ないことはないだろう。ただスキルが禁止でない以上、それを炙り出すことは容易だと考えた。そんな末に正悟が辿り着いた結論が、「あえて車両の外側を使おう」というものだった。
 思ったら即行動。
 正悟は連結部分から電車下部に潜り込み、這いよる虫の如くカサカサと隙間をはった。その途中、彼は綾乃と遭遇したのである。
「ん? まさかアレは……」
 正悟が前方に人影を見つけ、近寄る。そこには、指を縛り付けて気持よさそうにしている綾乃がいた。どうやらずっと縛られているうちに、気持ち良くなったらしい。
「……」
 正悟は少し考えた。この人はなんなんだろうと。考えたけれど、どうも結論が出なかった。
「俺と同じ移動方法を編みだした人なのかと思ったけど……違うのか?」
 目の前の綾乃は、移動する方法がない。なにせ完全に体が固定されているのだ。そして気持よさそうなのだ。
「……まあいいか、深く考えるのはよそう。とりあえずイクカを」
 綾乃の首にかけられたイクカ。それに手を伸ばす正悟。気のせいか指がワキワキと動いていて、綾乃の豊満な胸に向かっているような気もするが。
 ただでさえ綾乃は今興奮状態なのに、さらに興奮を与えようというのか。いや、そもそも彼の手は女性を満足に興奮させることが出来るだけのテクニックを持っているのか。
 正悟の指が、あと少しで綾乃の胸に触れようとしたその時。
 電車がカーブにさしかかり、大きく揺れた。
「っ!?」
 片手を伸ばしていた正悟は思いっきりバランスを崩され、背中から地面に落下した。
「うおっ……!!」
 地味に大ダメージを負って、正悟脱落。女性の胸をさりげなくタッチしようとすると、こういう目に遭うのである。
 ただケーブルで感じていただけだが、綾乃はどうにか危機を乗り切ったのだった。
【残り 69名】