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神楽崎春のパン…まつり 2022

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神楽崎春のパン…まつり 2022

リアクション

「あーお疲れ様、神楽崎さん」
 焼いたイギリス式食パンとフランスバゲットを運びながら、明子が優子に話しかける。
「ん? パーティはこれからだぞ?」
 優子は怪訝そうに振り向く。
「今日は、パン作り要因として来ただけだから。客でもなく、戦闘要員でもなく。ここで仕事は終わりなの」
「そうか……ところで、いつもの元気はどうした? キミにもパーティ楽しんでもらいたいんだけど」
 心配そうに尋ねる優子に、「んー、なんかごめんなさい」と謝った後で明子は集まった人々を見ながら、言葉を漏らしていく。
「……偶には力技止めないと、本当にどーにかなっちゃうかなーって思って。
 私が腕力に頼るのは、パラ実だとそれしか通用しないからだし、悪党はそうでもしないと押し込まれるだけ、だからなんだけどさ」
 明子は軽くため息をついた。
「……最近、殴る方が楽だから、で力を使ってる様な気がするのよ。そりゃあ、使わなきゃいけない時っていうのもあるけども。その境界が段々曖昧になってるっていうか……」
「力に溺れてはいけない。力に操られてはいけない。毅然とした信念のもと、我々契約者は力を振るわなければならない」
 優子のそんな固い言葉に苦笑しながら、明子は頷いて。
「まずいわよね。本当に不味い。だから少なくても今日は暴力封印。……やり過ぎだと思ったら、遠慮無く突っ込んでね。最近ちょっと、自信ない」
 そう弱く笑う明子の頭を、優子はまたポンポンと叩いて。
「一人で突っ込むな。仲間の側にいれば、誰かが止めてくれる。今日は私の側でのんびりと楽しんでいってくれ」
 優子の言葉に、はいと返事をして。
 今日はもう何も考えずに、何が起きても手を出さないと決めて。
 明子はただ、普通の女の子のように――学校の先輩の傍で飲食を楽しもうと決める。
「神楽崎先輩、伏見先輩、お疲れさまです」
 旧百合園女学院の制服で、会場の準備に当たっていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が近づいてきた。
「メール、見ましたよ」
 言いながら、レキはちらりと後方を見る。子供達の方を。
 アレナから子供化した迷惑集団が紛れているという話を聞いた優子は、ロイヤルガードや友人に電話とメールで警戒を促したのだ。
「しかし、一般人もいるんじゃよな?」
 レキのパートナーのミア・マハ(みあ・まは)も、レキ同様、百合園の旧制服姿だった。ミアは子供達を注意して見ていたが、外見では見分けがつかない。
 セクハラ行為に及んでいる子供もいるが、便乗して悪気なくやっている純粋な子供もいないとはいえない。
「でも、わからないですし……変なことをしてこなかったら、普通の接客でいいんですよね?」
 レキの言葉に、優子は首を縦に振った。
「ああ、普通の子も混じっているだろうからな。純粋な子を傷つけないようにしたいものだ……」
 複雑そうな顔で、優子は子供達の方に目を向けた。
「それから、アルカンシェルで先輩達が戦っていた時のことですけれど」
「ん?」
「その場にいることができなくて、すみませんでした」
 自分が居て、どうなったわけではないだろうけれど。
 でも、謝りたくなってしまった。
「側で戦う者はそう多くなくていい。キミが、友人達を護るために頑張っていたこと、私は知っているよ。いつもありがとう」
 優子はレキにそう微笑んだ。
「あ、そうだ。これ……」
 レキはポケットの中に入れてあった『古代文字解読辞典の切れ端』をそっと優子に差し出した。
「状況的に、アルカンシェルに関わる物っぽいから……」
 何であっても報告は必要だとレキは考えた。
 もしかしたら、この切れ端が集まったら、古代の設計図が解読されて……アルカンシェルは戦闘兵器として、使われるようになるのかもしれない。
 だから、もしかしたら……見つけなかった方がよかったのかもしれない。
 そんな気持ちもレキは持っていた。
「だけど、使う使わないは人が決めることだから。主砲の魔導砲のような、剣の花嫁をエネルギーとする兵器は、花嫁をパートナーに持つ身としては無い方がいいと思う」
 迷いを見せながらも、レキはしっかりとした口調で言う。
「けれど。それでも手段があることは、何かが起こった時に選択肢は多い方がいいから、検討材料の一つとして、神楽崎先輩に預けるよ」
「受け取っておこう。ご苦労様」
 優子はレキから切れ端を受け取ると、大切にボタン付きのポケットの中にしまうのだった。
「それじゃ、皆さんにお茶を淹れていきますね。パン…はまだ自信ないけど、お茶は淹れられますから」
 ぺこりと頭をさげて、レキは接客に向っていく。
「子供が沢山いるからの。子供用の椅子も用意しておこうかの。……もしもの時に子供達が休める部屋があるといいんじゃが?」
「医務室からさほど離れてないから、そっちに運んでもらうよう皆に知らせておこう」
 ミアの問いに優子はそう答えた。
「あ、あとこれも渡しておこうかの」
 ミアが取り出したのは辞典の切れ端ではなくて……白い布の切れ端だった。
「暴れて切れ端になったが、パン…ティーなるものの残骸じゃ。十二星華の誰かのかもしれんの」
 テティスとアレナには訊いてみたが、彼女達は違うと言ってた。
「白パン……誰のかしら」
 明子が小さな声でつぶやくと。
 ぎらりと、子供達の視線がこちらに集まった。
 傍にいても聞き逃すほどの小さな声だったのに。
「辞典の切れ端と一緒にしておくのもどうかと思うんで」
 そのパン…の切れ端は、明子に預かってもらうことにした。

「セレスティアーナ代王のお席は、こちらになります」
 執事服を纏った沢渡 真言(さわたり・まこと)が、セレスティアーナを席へと案内する。
 セレスティアーナの護衛はロイヤルガードとしての役割でもあるし、執事としての接客は真言の趣味のようなもので。
(たまにはこういうのも良いですね)
 今日、彼女は張り切って任務に当たっていた。
「パンが沢山並んでるな! パン屋みたいだ」
「パーティが始まりましたら、お好みのパンを取らせていただきます」
 真言は椅子を引いてセレスティアーナを座らせると、お辞儀をして下がり。
 壁際の目立たない場所で、携帯電話を確認する。
(……迷惑集団が紛れているのですね……。わかりました)
 真言は送信者である優子に目を向けて、目を合わせると頷き合った。
「お茶をお淹れいたします」
 それから他の要人達の着席も見守った後、ワゴンの上のティーポットをとって、テーブルへと近づく。
「ぐふふ、セレスティアーナ様にお会い出来て光栄の極みであります」
 そこに、太った男性が近づいてきた。
「理子様はご一緒ではないのですか?」
「理子なら……」
「理子は医務室の様子を見てからくるって」
 セレスティアーナの言葉をさえぎって、隣にいたフードを被ったボーイッシュな少女がそう答えた。
「そうですか、それはそれは。ぐへへへ」
 奇妙な笑い方をする男性だ。
「お茶をどうぞ」
 真言はセレスティアーナや護衛を行っている仲間達に、紅茶を注いでいく。
「ところで、ちょっと手相を視させていただけませんかね。手相占いに自身があるんですよー」
 そんなことを言って、その男はセレスティアーナの手を両手でつかもうとした。
「む、無理。近づくなっ!」
 セレスティアーナはストレートに拒否した。
 男が奇妙だったからではなく、セレスティアーナは男性がとっても苦手だから。
「痛くもかゆくもないですし、減りもしませんからー、ぐふふっ」
 途端。
「お茶をどうぞ」
 真言は極めて自然に、真心を込めて、男性のお茶を提供した。
「ぐうあ、あちちちっ!」
「どうぞ」
「うきゃーっ」
 男性には服の上から。
 テーブルの下に潜り込んでいた子供には、頭の上からお茶を注いであげた。
「ああ、大変申し訳ありません! まさかテーブルの下にいらしたのが、お子さまでしたとは!」
 男がセレスティアーナの手を塞いだのち、子供がセレスティアーナの大事なものを撮ったり、盗ったりする予定だったらしい。
「申し訳ございません!」
 真言は子供を引っ張りだして抱き上げて。
「医務室に向かいましょう。あ、そちらの方も、服が汚れてしまいましたので、シャワーなど如何ですか? シャワー室で熱いお湯をお召し上がりになれますよ」
「僕たん……いや、私は鬼神と星姫ちゃんたちのパン…を堪能するという使命があるので、これくらいの汚れ、気にもしないのだよ!」
「星姫……? そういえば、十二星華達が仕事前にシャワーを浴びていました。片付けてから使用していただきませんとね」
「いや、行かせてもらおう! 片付けなら、任せておいてくれ」
「それでは、ご案内いたします」
 がしっと真言は男の太くぶよぶよな腕を掴んだ。
 片手で子供を抱き、丁寧にお辞儀をすると真言は会場を後にした。生ゴミの処分の為に。
「な、なんなのだ。足の下に子供とか……」
「気にするな、子供の悪戯だ」
 真言に代わり、私服姿のラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が近づいてくる。
 優子からのメールは、ラルクにも届いていた。
「パンは俺が代わりに取るぜ? 沢山あるからな、全種類食べるのは無理だろう。味見してからの方がいいか?」
 セレスティアーナには白百合商会のことを話さず、彼女の興味を引こうとする。
「こういうパーティなんだから、さぞかし美味いパンがあるんだろうな」
 ラルクがそう笑みを向けると、セレスティアーナの顔も笑みに変わる。
「そうだな、どれから食べるか、迷うぞ。普通のパンに、味をつけていくのもいいな……」
 セレスティアーナは、亜璃珠が用意した、コロネに、チョコレートクリームをちょっと入れて。
「こっちも入れてみるぞ」
 いちごホイップクリームやら、カスタードクリームも入れてみて。
「最後に、これをまぶしたらどうだ?」
 ラルクがカラーチョコレートスプレーが入った容器をセレスティアーナに差し出した。
「これをかけるのか?」
 パラパラと、セレスティアーナは、カラフルなチョコをトッピング。
「出来たぞ、おりじなるパンだ! どんな味か楽しみだ」
 そして出来上がったコロネパンを嬉しそうに、見つめる。
 とってもとっても甘いパンに仕上がっていた。
「こちらへどうぞ。すぐにお茶をお持ちいたします」
 上品なメイド服を纏った少女――御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)をセレスティアーナ達の向かいに案内する。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「よぉ、ジークリンデも呼ばれてたんだなー!」
 席についたジークリンデに、ラルクが声をかける。
「こんにちは。ミルザムさんの護衛としてついてきたの」
「まあ、ミルザムは都知事だもんな」
「ええ、日本とシャンバラの架け橋として大切な方ですから。いつもお世話になってるし」
 そうジークリンデは微笑んだ。
「でも、自分の食い扶持は自分で稼いでるんだろ? 最近はどんなバイトしてるんだ?」
「最近は、ビルの窓ふきとかやらせてもらってるわ。ハードだけど結構楽しいわよ」
「そっか。羽根があるから外からの掃除も危なくねぇしな」
 ラルクは目を細めて笑う。
(一時期死ぬか死なないかって感じだったから、元気な姿が見れてなによりだ)
「お持ち帰りもオッケーだそうだから、食べられなかった分は持って帰ってね。明日仕事仲間に分けてあげてもいいと思うし」
 そうジークリンデに言ったのはセレスティアーナの隣に座っているボーイッシュな少女だった。
「それは助かるわ。皆もきっと喜んでくれると思う。最近、ホント日雇いの仕事が減ってしまって……」
 ジークリンデは、日本の雇用問題や、経済の問題について、ミルザムと一緒に話していく。
(なるほど今は、日本人として生きてるんだな)
 ラルクは頷きながら、2人の話を聞いていた。
 伴侶へのよい土産話になりそうだ。
「そういえば……この要塞のことは知ってたか?」
 会話が途切れた時に、ラルクはそんな質問をした。
 ジークリンデには記憶がないが、もしかしたら何か知っている可能性もあるのではないかと思って。
「話は聞いてるわ。昔のことは何も知らないけれど」
「そっか。っと、茶が来たぜ、やっぱパンには紅茶だよなー!」
 ラルクは給仕の少女が茶を注ぎやすいようにと、椅子を後ろに引いた。
 と、同時に、不自然にならないように体を滑らせて、机の下にあった物体を踏みつける。
「美味しく戴こうぜ。邪魔する奴らがいたら、鉄拳制裁だ。床が抜けるほど強く殴っちまわないよう気をつけねぇとなー」
 そう言いながら、ラルクは指をバキバキと鳴らした。
 足の下の物体――子供がじたばたと動き、ラルクが力を弱めた途端にもぞもぞ動き出して逃げようとする。
(次来たら、締め落して医務室連れてくぜ)
 心の中でそう言いながら、ラルクは少年の尻を足で小突いて行かせた。
「お茶を淹れさせていただきます。熱いのでお気を付けください」
 舞花がティーポットを手に戻ってきて、ラルクやミルザム、ジークリンデ達に注いで回った。
 茶を淹れ終わると、舞花はまずはセレスティアーナに礼をした。
「申し遅れました。御神楽舞花と申します」
 それから要人達を見回して、上品な微笑みを浮かべる。
「皆様に、お目にかかれてまして光栄です」
「初めまして、かしら? 初めてお会いした気はしませんけれど……」
 ミルザムが微笑み返した。
「私も、ネットなどでよく拝見していますから、初めてではないような錯覚を覚えます。至らぬ点も多々あるかと思いますが、皆様に楽しんでいただけるよう、頑張りますのでよろしくお願いいたします」
「難しいことはナシで、一緒に食べよう、な? お勧めのパンを教えてくれると嬉しいぞ」
 セレスティアーナは舞花にそう言い、舞花はこう答える。
「はい、まずはやはり、主催者の神楽崎優子さんが焼かれたパンから召し上がってはどうでしょう」
「よし、それからもらおう!」
「はい」
 明るく返事をすると、舞花は上品で丁寧な物腰ながらも、きびきびとそつなく要人達の皿にミルクパンや、雲魚のパンケーキ包みを置いていった。