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神楽崎春のパン…まつり 2022

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神楽崎春のパン…まつり 2022

リアクション


第2章 ぱんつくる!

 アルカンシェルの調理室では、パンパーティの準備が和やかに進められていた。
 日本で良く食べられている菓子パン、揚げパン、蒸しパンや、フォッカッチャ、ピザ、パンケーキや、パイに焼き菓子も作られている。
「雲魚を使った料理を色々考えてみたんだが」
 優子は良く知られているパンの他、パラミタ産の雲魚を使ったオリジナルのパン作りに力を入れていた。
「パンケーキ包みが合うと思うんだ」
 薄い生地の上に、雲魚と野菜を乗せた料理だ。包み込んで食べる。
「あとパイ包み焼きもお勧めだ」
 ぱい、ぱんつつみーなどと陽気に口ずさみながら、優子は料理を楽しんでいる。
「優子さん、こちらの生パンこのままテーブルに置いていいんですか? トーストはしますか?」
 アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が、食パンを手に優子に尋ねた。
「半分はサンドイッチにして出そうと思う。残りはそのまま出して、好きな具材を挟んで食べれるようにしよう。テーブルにオーブンレンジを置けば、好みの温かさにしてもらうこともできる」
「わかりました。生パンのままの、しっとりふわふわなのもいいですし、ほのかに温かいのもいいですよね」
 ……などと、聞く人物によっては誤解しそうな話をしながら、優子達はパンを作っていく。
「お疲れのようですね。どうぞ」
 イルマ・レスト(いるま・れすと)が、優子とアレナにハーブティーを淹れた。
 優子と話をしてみたいと思い、近づいてきたイルマだけれど……。
 先ほどから優子は「くもぱんつつみ」とか、イルマには理解のできないことばり呟いていたせいで、近づき難かった。
 ロイヤルガード隊長という重責に在る方なので、疲れているのかもしれないと、イルマは判断して、疲れの取れるお茶を用意したのだ。
「ありがとう」
「いただきます」
 優子とアレナはハーブティーを飲んで、一息つく。
「せっかくですから」
 リラックス中の優子の肩に、ぽんと手が乗せられた。
 途端、優子は大げさなほどの身のこなしで、後方へ飛び退く。
「なんですかその、戦場で敵に警戒をするような目は」
 声の主、志位 大地(しい・だいち)がくすりと笑みを浮かべる。
「いや……べつに……なんだ? 場合によっては拒否する」
 ちょっとふて腐れたような顔で優子は大地に尋ねる。
「そんなに警戒しなくても……ほら、クリスマスのパーティで、ケーキ作りをお教えすると約束しましたよね。作るための素材や道具も大体そろってますし、せっかくですから!」
「あ、うん。それはありがたい。あのケーキがあったら、子供達も喜ぶと思う」
 ふうと息をついて優子はそう答えた。
「まずは生地を作りましょう。お菓子作りはされたことありますよね?」
「多少は」
 優子は大地の指示に従って、卵と砂糖を混ぜていく。
 その間に大地は粉類を振るい、バターを溶かす。
「志位は菓子作り、趣味なのか?」
「趣味といいますか、店を持ってるんです」
 イナテミスファームという大規模農場を経営していること、その特産品やそれを素材として作った菓子を売る『チェラ・プレソン』という店を持っていること。
 そして、その空京支店が先日オープンしたということを、ケーキを作りながら大地は優子に話していく。
「優子さんもお時間出来た時に、是非お立ち寄りください」
「それは楽しみだな」
「あ、そろそろ良さそうですね。粉類入れますよ」
 大地が振るった粉類、バターを加えていき、優子が混ぜ合わせ、鉄板に流して焼いていく。
 焼きあがるまでそんなに時間はかからない。
「出来たー♪」
 別のオーブンから、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が鉄板を取り出す。試作のパンが焼きあがったのだ。
「見よ、この成果を!」
 鉄板を高々と掲げるルカルカ。
「危ない、危ないです。落したら、や、火傷しちゃいます……っ」
 アレナがはらはら見上げている。
「見たくても見えんだろ」
 オーブン手袋を装着したダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、ぐいっと引っ張って、熱々の鉄板を降ろさせる。
「……確かに上達はしている」
「そうでしょ、そうでしょう!」
 ルカルカは胸を張る。
 以前は殺人的な物しか作れなかったけれど、焼きあがったこのパンは、普通に美味しそうなパンに仕上がっている。
「しかしこれは、膨らみ過ぎだな。ミキシングに問題があったようだ。文武両道の発露がこれではなあ」
「いいじゃない、ふっくらしていて! 大きくてお得なカンジ?」
「いや、神楽崎のパンに比べて、大きいだろ? 軽くて味気のないパンになっているはずだ」
「優子さんと比べるなんて卑怯〜」
 ぷくーっとルカルカは膨れた。
「……はははは、戦う前から負けは許さんぞ」
 優子は特に料理が上手いというわけではなく、彼女の作ったパンも普通の出来だった。
 ダリルの指導があれば、ルカルカでも太刀打ちできるレベルだ。
「膨れている時間はない」
 ぽふっと、ダリルはルカルカの頭に手を置いた。
「配布人数と焼き上がり時間を考えると、少しペースを上げた方が良いだろう」
 指揮する優子をサポートし、ダリルは進行具合や、来客の状況、分配案などを記録していた。
「ほーい。それじゃ、本番開始ね。パンをこねるのってどうしても力が入っちゃうのよね……わわっ、エプロンが汚れてる。柄があるからあまり目立たないけど」
 見れば、優子のエプロンも汚れている。
 彼女のエプロンはシンプルな黒。なので、白い粉の汚れは結構目立つ。
「ふふ、優子さん、そのエプロン似合ってますね。エプロン姿で優子さんとお仕事なんてなんだか不思議」
「ルカルカは別人みたいだな。その花柄のエプロン、意外とキミに似合っててとっても可愛い。新妻みたいだ」
「意外とってなによー。もう」
 ふふふっと、優子と笑い合いながらパン生地をこねはじめる。
「あっ」
 わずかに視界に入った人物に、ルカルカは目を留めた。
 つい、景色の一部として見落としてしまいそうな少女――アレナが、微笑みながら自分達を見ている。
「アレナ? 一緒にこねない?」
 ルカルカがそう誘うと、アレナは控えめに首を左右に振る。
「いえ、オーブンを注意してみてます。焼き具合とか」
「そっか、よろしくね」
 ルカルカが微笑むと、こくりとアレナは頷いた。
「うん、確かにこっちの方が味がしっかりしてるな」
「まあ、こっちも不味くはねぇけどな」
「ん?」
 くるりとルカルカが振り向くと、パートナーのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)が、先ほど焼きあがった試作のパンを食べていた。
「暖かい出したてほやほやのパン…は良い匂いがするよな」
 両手で包んで、匂いを堪能して、ちゅーして感触を確かめて。
「サイコーだぜ」
 かぱっと口を開くと、カルキノスはパンを口の中に入れて満足げな笑みを見せる。
「こっちも、上手いジャムとか具材があれば、問題ない」
 淵はルカルカが作った試作のパンと、テーブルの上に置かれている具材を摘まんで食べていく。
 今日は髪を三つ編みに結い、エプロンを着用している。
「前回のパン…パーティでは、いらぬ誤解を受けてしもうたが(もぐもぐ)、今年はそうは行かんぞ(もぐもぐ)」
「数が足りなくなる、やめておけ」
 ダリルは眉を顰めながら、注意をした。
「けちけちすんなよ、一寸ツマミ喰いくれぇしたっていいだろ?」
 ひょいっと掴んでは、パクッとカルキノスは食べていき。
「ルカもルカも」
 ルカルカもひょいっと、自分が焼いたパンにチーズを食べてみて。
「俺も俺も」
 淵も優子のパンをまた1つ摘まんで匂いと柔らかさを堪能した後、口の中へ。
「あの、優子さんのは……お預かりしますっ」
 いそいそとアレナは優子のパンを回収した。そして、カルキノス達に言う。
「皆さんも、パンつくったらどうですか?」
「そうだな、よし俺も手伝うぜ! ま、ちーと喰うが〜」
「はい……っ。あの、高いところのお皿とか、とってもらってもいいですか?」
「任せろ。魔法で飛ばせてやることも出来るぜ」
 カルキノスはアレナを手伝って、食器類の準備を進めていく。
「そこのお嬢ちゃんはこっちを手伝ってくれるか」
 淵はアルカンシェルのコックに呼ばれる、が。
「お嬢ちゃんとは誰のことだ?」
「君だよ。ん? ……もしかしてキミ、男の娘?」
「断じて違う! どう見ても俺は男だろうが。ったく、このひよこのエプロンがいけないのか、エプロンが」
 くるっと淵はルカルカに目を向ける。
 淵が身に着けているのは、ルカルカが用意したひよこさんエプロンだ。
「ルカからも何とか言ってくれぬか」
「ん?」
 生地をこねながら顔だけ淵に向けたルカルカは、普通の表情で。
「リボン巻く?」
 その返答に、淵はあんぐり口を開けたまま、蒼白になった。
 更に。
「どうかしましたか? お花のエプロンとか、ありますよ? 男の娘は普通の女の子より女の子らしくしないと、ですし」
「ぐは……っ、お、俺は男の娘でも、ない……ッ」
 アレナの純粋な言葉が、淵の心に突き刺さった。
「諦めろ、いつものことだろ」
 ぽんと、ダリルが淵の肩に手を置く。
 淵はがくりと肩を落し、静かになった……。

「優子さん、ちょっと見ていただけますか?」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は発酵させた生地を優子に見せる。
「パンを作るのは中学の家庭科の授業以来なので……前に作った時は固くなってしまったんですが、こんなものでいいんでしょうか?」
「良さそうに見えるけど……どうかな」
 優子は手に粉を付けて、生地に差し込んでみる。
 そして、抜いた後の穴の状態と、自分の指を見て頷いた。
「ちょうどいいと思う」
「それじゃ、ガス抜きに入りますね。あ、あとイルマの方も見ていただけますか? 自信あるように見えるんですけど、彼女がパンを焼いてるところ、いまだかつて見たことがなくて」
 不安げに千歳は生地をこねているイルマの方にちらりと目を向けた。
「私はメイド、大丈夫です、問題ありません。叩きますよ」
 千歳の声が聞こえたのか、イルマは自信満々で、ガス抜きを始めようとする。
「待って」
 そのまま台の上に生地を乗せようとするイルマを慌てて止めて、優子は打ち粉を振って。
「手にも粉をつけて……うーん、この生地は少し発酵しすぎかな? 私も人に教えるほどの知識はないんだが」
「ネットには具体的な時間が書かれてなかったんですよね。でも問題ありません。膨らみましたから」
 イルマは事前にネットで調べた知識のみで、作成を手伝っていた。
 実際作ったことは皆無。
「酵母を発酵させパンの形になったところでオーブンで焼けばいいのです。せっかくのパン…まつりですし、カレーパンも作りたいと思います。パン生地に包んで油で揚げればできるはずです」
「なるほど、カレーパンにするといいかもな。パン生地よりカレーの味で勝負ってことで」
「? パン生地のもちもち感も重要です」
「まあそうだけど。パン作りはなかなか難しいから、思うようには出来ないかもしれないぞ」
 言いながら、優子はイルマを手伝って、生地を整えていく。
(ああなんか……手伝いに来たというより、これは2人して足を引っ張りに来たんじゃ)
 手取り足取り教えてもらっているイルマを見ながら、千歳は思わずため息をついた。
(あとで、謝っておかないと)
 だけれど、特に沈んではいない。
 このアルカンシェルでは……本当に色々なことがあった。
 こんな風に過ごせる時間に、千歳は安らぎを感じていた。
(ルシンダさん、元気にしているんだろうか)
 いつもと違う、エプロン姿の仲間達の姿を見ながら……一緒に月へ向かった、ルシンダのことを想う。
「っと、集中集中っ」
 せめて、今作ってるパンは成功させようと、ルカルカを指導しているダリルの言葉を参考にしたりして、千歳は慎重に生地を平らにしていく。