葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

自然公園に行きませんか?

リアクション公開中!

自然公園に行きませんか?
自然公園に行きませんか? 自然公園に行きませんか?

リアクション



3


 のんびりしたい。
 そう願って、決めて、レン・リベルリア(れん・りべるりあ)を連れて家を出た。
「姉さん。どこ行くの?」
「せやなぁ。考えてないなぁ〜」
 レンの問いに、奏輝 優奈(かなて・ゆうな)はあっけらかんと答える。
 えっ、とレンが言葉に詰まったのを見て、ふふふと笑う。
「ええやん。のんびりぶらぶらするのも。いい天気やし」
「ええ、でも……」
「あ。自然公園やって。ここならのんびりできて良さそうやなぁ」
 目に付くものがあったら、ふらりふらりと引き寄せられる。
 そんな、宛てのない散歩も、たまにはいいんじゃないか。
 ――なんて、今こじつけただけやけど。
 ほらほら行こうと手を差し伸べれば、彼はためらいつつも握ってくるから。
 こちらもぎゅっと握り返して、てくてく歩く。
 会話は特にない。だけど、それでいいと思う。
 ふと、足を止めた。芝桜が綺麗に見える、芝生の上で。
「ここ、ええなぁ」
 時間の流れが、心なしかゆっくりに感じられる。風が木々を揺らす、さあさあという音も涼しげで心地良い。
「ちょっと座っていく?」
「うん。そうしよ」
 腰を下ろし、家を出る前に作って持ってきたドーナツを広げた。
「つまも」
「うんっ」
 食み、空を見上げる。芝生に座っていることで目線が低いからか、ひどく空が高く見えた。
「あ、そやそや、レン。たまには、膝枕とかしたげよか?」
 ふっと、なんの脈絡もなく思いついたことを口にすると、
「え」
 レンが固まった。どうしたのだろう。遠慮でもしているのか。そんなの、家族の間にはいらないだろうに。優奈はくすと笑ってレンの手を引いた。
「ほらほら遠慮せんと」
「や、う、えっ……、」
 ぽすん、膝の上にレンの頭を落とす。よしよし、と額を撫でた。
「最近、なんや色々あったから」
 ウチだけじゃなくて、レンも少し休みぃ。
「う、うん」
 リラックスできるように、身体に触れて。体温をわけて。
 いたら、優奈まで眠くなってきた。うとうと、まぶたが重い。ぽかぽかとした陽気に、睡魔が誘われてきたらしい。抗うことなく、目を閉じた。平和で、穏やかな時間。
「はぁ……ええなぁ」
「……?」
「ずっと、こんな時間過ごしたいわぁ……」
 安心できる、優しい時間を。


 膝枕をしながら、ずっとこんな時間を過ごしたいなんて言われたら。
「ね、姉さんっ」
 それは、つまり、一緒に居たい、と?
 ――言ってくれてる、んだよね?
 家族以上に大事に思う、そんな優奈から告げられた言葉にレンはただ、戸惑う。
 ――あ、でも……。
 これは、もしかしてかなり良い雰囲気なのではないか。
 今なら、想いを伝えるのに絶好のタイミングなのでは。
 どきどきと、心臓がうるさい。今に始まったことではないけれど。優奈と二人きりの時間を過ごしているのだから、ずっとうるさかったけど。今は、一際。
 ――よし、いくぞっ!
 心を決めた。「姉さんっ!」優奈に呼びかけた、が、返事はない。
 あれ、と思ってよくよく見ると、
「……ね、寝てる……?」
 盛大な肩透かしを食らった気分になった。十数秒黙り、起き上がる。
「……まったくもう」
 それから小さく息を吐き、優奈を寝転がらせた。自身も隣に寝転がる。
 少しの間、失礼かもと思いつつも彼女の寝顔を観察して。
「おやすみ、姉さん。
 …………好きだよ」
 聞こえていないとわかっていながら、そっと、呟いて目を閉じた。


*...***...*


 ここ最近、国家の軍人としての過酷な任務に従事していた。
 何日も続けて。当然、戦闘込みの仕事に。
 いくらなんでも休みなさいと、もらえたやっとの休暇が今日。
 しかしどう過ごそうか。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は考える。
 肉体的にはもちろん、精神的にも少しだけ疲れていた。
 ――こういう時は、何も考えずのんびり過ごせる場所でぼーっとしていたいな……。
 漠然とした考え。どこで何を、がない状況。
 とりあえず、家を出ようかしら。なんて腰を上げたとき、
「空京の自然公園へピクニックに行かない?」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が誘いかけてきた。セレアナから誘ってくるなんて、珍しい。思わず目を瞬かせる。
「何よ?」
「別に。珍しいなって思って」
「たまにはいいでしょ。ほら、行くの? 行かないの?」
「行くいく。お弁当作ろう」
「もう作ってあるわ」
「えっ。セレアナお手製!?」
「ええ」
「うわ。うわ、どうしよう。なんかだんだんテンション上がってきたわ」
「それは何よりね」
 前もって作られたお弁当は実は、セレンフィリティが超絶料理下手なことに起因しているのだが、本人は知る由もなく。
「じゃあほら、着替えて。あなたいつまで部屋着でいるつもりなの」
「あはは。休みだったから、つい」
 着替えてくる、と言って背を向け、どういった格好にしようかなと鏡の前で思案する。
 行き先は自然公園だというし、動きやすいものの方がいいか。でもせっかくの休日、加えてセレアナと二人きり。ならおしゃれしない手はないと、可愛らしい雰囲気に纏め上げて。
「お待たせ」
「しゃきっとしたようね」
「セレアナからのお誘いだもの。さ、行きましょ!」
 浮かれた気分で、家を出た。


 自然公園には、散歩をしている人々のほかにも自転車に乗って併走するカップルなどが見受けられた。どうやらサイクリングもできるらしい。
「やりたいの?」
 じっと見つめていたら、セレアナに声をかけられた。
 やりたい気持ちも、ある。こんな、暖かな空気を、風を、切って進むのは気持ちいいだろうな、と思ったから。
 だけど、
「いいわ。また次の機会に」
 今日は、すぐ傍にいたかった。
 特に行き先を決めずに、のんびりと歩く。
 芝生広場を抜けて、森の中。太陽が木々に遮られているせいか、空気はひんやりと冷たい。
「身も心も洗われるようね」
 地面に落ちる幾筋もの光。自然の中の、どこか現実離れした景色に目を奪われた。
 少し歩くと川辺に出た。靴を脱ぎ、素足になって入ってみる。
「冷たくない?」
「ううん、涼しい。丁度いいわよ、どう?」
「私はいいわ」
 ならあたしもいい、と川からさっと上がった。再び、目的を定めず、どこへともなく歩き出す。
 いくつかの花が見ごろだと聞いたことを思い出して方向転換。芝桜や薔薇の咲き誇る広場へ抜ける。
 わっと目の前に広がる花に、またも目を奪われた。声もなくして立ち止まる。
「セレンが花を見てこんな表情をするなんて」
 セレアナが、まるで珍獣を見るような声を発したが気にしない。
「……やっぱり女の子だったんだ……」
 どういう意味かと問いただしてやりたくもなったけど。
 綺麗なものに素直なだけよ、と呟くと、そうね、と頷かれた。
 しばらく黙って花を見て、満喫してからまた歩く。
「そろそろお弁当食べましょうか」
 だいぶ歩いておなかもすいた。
 芝生の上でお弁当を広げる。中身は彩りもしっかりと考慮された、美味しそうなものだった。
「ほらほら、あーん」
「やめなさい、人目につく」
「恥ずかしがってるの? 可愛い」
「答えになってないわよ。……まったく」
「それでもあーんってしてくれるあたり、本当可愛い」
「うるさい」
 食事を終えて、なんとはなしに寝転んだ。
 空が、高い。
 光がまぶしくて、目を瞑った。
 指先に温度を感じる。セレアナの手だ、と思う前に握っていた。どちらともなく指を絡める。言葉もないまま。
 静かに流れる時間の中、セレンフィリティは思う。
 また今度、ここへ来れたらと。
 二人が受け持つ任務は過酷だ。
 文字通り、『死が二人を分かつ』可能性は高い。
 だから。
 だからこそ。
 また、を、次、を、願う。
 絡めた指に、力を込める。解けないように。繋がっていられるように。
 言葉を交わすよりも、口付けを交わすよりも、今はこうしていたかった。