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自然公園に行きませんか?

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6


「こんちは。一杯どースか?」
 と、樹月 刀真(きづき・とうま)に軽い調子で話しかけてきたのは紺侍だった。彼には以前、写真を撮ってもらったことがある。刀真が覚えていたように、向こうも覚えていたらしい。
 一杯? と疑問符を浮かべてあたりを見ると、大きな木の下でフィルがオープンカフェを開いているのがわかった。
「なるほど」
「面白いでしょ」
「うん。ああいうの、良いな。月夜、白花、紫苑。あそこで休憩していこう」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)十五夜 紫苑(じゅうごや・しおん)に声をかけ、オープンカフェへ入る。カフェは、自然公園の空気にぴったりと合っていた。頼んだケーキと紅茶も美味しい。
 気持ちの良い時間を過ごせるカフェだ。
 ――いつか俺たちが働いている喫茶【とまり木】でも、こういったオープンカフェを出店しよう。
 想像を巡らせて楽しんでいると、
「とうまおにぃちゃん!」
 聞き覚えのある声。ぱっとそっちを振り向くと、リンスに連れられたクロエが刀真へ向けて手を振っていた。手を振り返す。
 こんにちは、一緒にどうかな。
 刀真がそう声をかけるより早く、「クロエ、リンス! こっちおいでよ!」月夜が二人を誘った。
「うん!」
 クロエが、明るい顔で頷く。駆け寄ってきた。
 ――ん? 駆け寄って?
 ――もしかして『ろけっとだっしゅ!』か?
 いつぞやかのことを思い出し身構える。あの時は構えなかったから吹っ飛ばされてしまったが、来るとわかっていたら話は別だ。
 ――受け止めてやろう。
「よし、おいで!」
 腹に力を込めたのだけれど。
「げふっ!」
 その甲斐虚しく吹っ飛ばされた。……威力が増しているようだ。咳き込み、息を整えて。
「……ナイスだっしゅ。クロエはいつも元気だな」
「うん! げんきよ!」
 笑顔を浮かべるクロエの頭を撫でた。起き上がり、自身の上に乗っていたクロエを下ろす。クロエが地面に足をつけると同時、月夜がクロエを抱えあげた。
「こんにちは、クロエ! 一緒にケーキ食べようよ!」
「うん!」
 いい? とクロエがリンスに視線で許可をもらう。いいよ、と頷いたリンスが、刀真の座るテーブルに着いた。
「お邪魔します」
「歓迎します、どうぞ」


 紫苑にとって、刀真は自分よりずっと強い存在で、いつもしゃんとしている頼れるお兄さんだ。
 ――すげえ、とーまが吹っ飛ばされた……!
 なので、今目の前で起こったことがにわかには信じがたかった。自分とさほど歳も身長も変わらない、それも女の子が刀真を吹っ飛ばしたということが。
 どう声をかけようか、と考えあぐねていると、
「こんにちは!」
 彼女の方から話しかけてきた。何を話せばいいのかわからなくなって、「あ」とか「う」とか、意味を成さない声を出す。
 そもそも、同い年の女の子相手にどう話をするのだろう。月夜も、白花も、年上の女性で。でも、目の前のクロエという少女は、同年代の子で。
 おまえすげーな。と、思ったことでも言えばいいのか。だけどタイミングを逃してしまったようにも思える。どうしよう。考えているうちに沈黙が重なって、余計に声を出しづらくなった。
 ――へんなこと言って、やなふうに思われたらどうしよう……。
 なんて悪い考えもよぎってしまって、そうなるといよいよ何も言えない。紫苑は白花の後ろに姿を隠した。
「紫苑さん?」
 白花の、なだめるような声。
「ちゃんと挨拶をしないと駄目ですよ」
 背中に手が回され、前に押し出された。
「うう、」
「礼儀のなっていない方だと思われてしまいますよ。さあさ、クロエさんとリンスさんに挨拶しましょう」
 クロエの前に、立って。
 妙にどきどきしつつ、「はっ、はじめまして!」第一声を上げた。
「はじめまして!」
 にこ、とクロエが笑う。可愛かった。
「十五夜紫苑です」
「わたし、クロエよ。あっちがリンス」
「クロエ。……えっと、よろしくお願いします」
「よろしくね! あと、けいごじゃなくていいわ。おないどしくらいだもの」
「え、でも」
「いやかしら」
「いやじゃないよ!」
「ならよかった!」
 また、クロエが笑う。よく笑う子だな、と思った。とても明るくて眩しいくらいの。
 そう思ったら、先ほどとは違う意味で緊張してきた。なんでかはよくわからない。
 ――ちゃんと、友達になれるかな?
 ――なれたらいいな。
 小さく心で願いながら、
「おまえすげーなー! とーまふっとばしちゃうとかさ」
 務めて明るく、話を広げた。


 最初、挨拶もできず後ろに隠れてきたことから、相当テンパっていたと思ったけれど。
「子供同士、打ち解けるのって早いですね」
 いまではすっかり笑顔である。
 微笑ましいと見守りながら、白花は紅茶のカップに口をつけた。
「意地悪するなあって思ってたけど、結果的にはそうでもなかったね」
 にまにま笑いを浮かべた月夜が言った。意地悪? と白花は首を傾げる。
「どこがです?」
「テンパってるのにほっといたじゃない」
「それは意地悪じゃありませんよ。紫苑さんが、誰とでもきちんと話ができるよう、話すことに慣れてもらおうと思ったからです」
「ふーん、厳しいのね『白花おねえちゃん』。他にも教育しちゃう?」
「そうですね。誰にでも礼儀正しく振舞えるよう、作法を教えていきましょう」
「お。やる気だー」
 やる気ですとも、と頷いた。大人として、きちんと教えることは教えなければ。
 そう。紫苑の周りには、大人ばかりだから。
「クロエさんのような同い年のお友達ができると嬉しいですね」
 ――紫苑さん頑張れ。
 声に出さなかった呟きが聞こえたのか、ふっと紫苑が白花を見て、笑った。


*...***...*


 友人に誘われ、立ち寄ったオープンカフェ。
 そこでクロエは、また別の友人を見つけた。
「みわおねぇちゃん!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。同じテーブルには、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)もいる。
「こんにち……なぁにこれ?」
 挨拶もそこそこに首を傾げてしまったのは、テーブルの上があまりにもな様子だったから。
「クロエ、いいところに来たね! 座って座って、一緒に食べてー」
「えっ、えっ?」
 テーブルの上。
 そこには、数々のケーキが所狭しと並んでいる状態。
 ――オープンカフェであって、ケーキバイキングではなかったはずよ?
 なんて、考えたりしながら。
 「あーん」と促されるままに、クロエは口を開けてケーキを食べる。


 ことの始まりは、もっとずっと前のこと。
 美羽たちニルヴァーナ探索隊は、現在、新大陸ニルヴァーナの調査を行っている。
 しかし、調査は思うように進まなかった。強大な敵が現れたのだ。
 先日の戦いでは、瀬蓮やアイリスが救援に駆けつけてくれた。だが――。
「アイリスが、怪我しちゃったんだよね」
 重傷を負ったアイリスを連れ、瀬蓮はパラミタに帰還した。そして、アイリスは病院へ搬送された。
 不幸中の幸いといえば幸いで、アイリスの搬送先は聖アトラーテ病院。空京にある病院だったら、美羽たちでもすぐにお見舞いに行ける距離だ。
「……こんなときに不謹慎かもしれないけどさ。……瀬蓮ちゃんやアイリスに空京で会えることが、嬉しくないって言ったら嘘になるんだよね」
 パラミタを出て行ってしまった人たち。
 本当は、もっとこっちで、笑っていてほしかった人たち。
 理由が理由だから、なるべく隠してはいるけれど。それでもやっぱり、嬉しかった。
「早く治ってもらうんだ。……それで、もしよければ一日付き合ってもらえないかな、とかさ。考えちゃったりさ」
「そうなるように、わたし、いのっておくわ」
「ありがと。……と、まあケーキはそういうこと。お見舞いの品を選びに来たんだ」
 いつもだったらヴァイシャリーまで行かなければ買えない『Sweet Illusion』のケーキ。それが空京で買えるというなら願ったり叶ったり。
「最高のケーキを買って、お見舞いに行ってくるよ。だからクロエ、協力して!」
「まかせて!」
「じゃ、あーん!」
「あーん」
 テーブルに並んだ数々のケーキを、一口ずつ食べて。
「どっちが美味しい?」
「こっち!」
「こっちとこっちなら?」
「んっとー……こっち!」
「だよね!」
 候補を絞っていった。


「はい、ほらコハクも食べて!」
「えっ?」
 話を振られたのは、唐突だった。
 それまで美羽は、クロエと一緒にケーキ選びに集中していて。
 コハクはというと、そんな二人の様子を微笑ましく思って眺めていた。当然、美羽から『はいあーん』なんてされるとは思ってもいない。
 しかし現実では『それ』が起こっている。美羽が使っていたフォークに、美羽の食べかけのケーキを刺して。手向けられて。
「えっ、と。あー、……」
 今日までで、なんとか。
 コハクは、美羽と二人で出かけることくらいなら恥ずかしがらずにできるようになっていた。
 けど。
 ――これは、さすがに……!
 だって、世間で言う間接チューにあたるじゃないか。心の準備がまだすぎる。
 心臓がばくばくうるさい。照れた顔を美羽に向けているのが恥ずかしくなって、ふっと視線をさまよわせる。視線の先にはリンスがいた。いつもと同じ、涼しげな表情。
 ――クールだなぁ……。
 あんな風に、動じない人になりたい。
「…………」
 真似てみた。
「何してるの、無表情になっちゃって?」
「わあっ」
 美羽に覗き込まれて、すぐに仮面は剥がされた。無理だ。冷静なんて、無理。
 次に視界に飛び込んできたのはフィルだった。忙しいのに笑顔を欠かさず、落ち着いた対応。
「美羽」
 真似てみた。
「今度は笑顔? えっ何? 大丈夫?」
 心配された。無理もない。そして、その時見せた表情が、怪訝そうにものを見る目だったので、ちょっとへこんだ。フィルにもなれそうにない。
 諦めたときに見たのは、客引きにウェイターと、堂々たる振る舞いを見せる紺侍だった。
 真似てみようとして、……そもそも今更堂々もなにもないと、真似る前から挫折した。
「コハク? ねえ、本当にさっきから大丈夫? 具合悪いの?」
「あ、いや! ……僕から見て、かっこいいなって人の真似を……」
「真似? 何で??」
 それはもちろん。
 ――美羽の隣で、かっこつけてたかったんだよ。
 なんて言えず。
 ――どきどき、する側じゃなくて。させる側になりたいしさ。
 とも言えず。
 黙るコハクに、美羽は言った。
「真似なんてしなくていいよ!」
 真面目な顔で、真剣に。
「え、」
「私は、コハクらしいコハクが、」
「!」
「…………」
「…………」
「……なっ、なんでもない」
「だ、だよね」
「うん」
 美羽が、差し出していたケーキを自分で食べた。ぷい、とそっぽを向く。
 耳まで真っ赤に、見えたけれど。
 ――ひょっとして僕も、耳まで真っ赤なんだろうか。


 ――あの二人は、なんというかもどかしいですね。
 と、やり取りを見ていたベアトリーチェは思った。くっつきそうでくっつかない。純情というか、なんというか。
「持って行くもの決まった?」
 フィルが、人懐っこい笑みで訊いてくる。
 あの様子からすると、
「そうですね。もう少しかかりそうです。大勢で場所を取ってしまっていて、申し訳ございません」
「たくさん食べてってくれてるし、売り上げ的には大貢献してもらってるよー。気にしないで」
 そう言ってもらえるなら、お言葉に甘えることにしよう。
「クロエちゃん。クロエちゃんはどれがおいしかったですか?」
 できるだけ自然に、美羽とコハクを二人きりにさせて。
 こっそりと、協力しているふり。