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自然公園に行きませんか?

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25


 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が明日、帰ってくる。
 それまでに準備を整えておきたいと、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はフィルの元を訪れた。
 ケーキが売り切れ、撤収準備を始めていたフィルがレンの姿を見付けて軽く手を振った。いつもの、人好きのする笑みを浮かべて。
ノアを迎えに来た」
「よく頑張ってくれたよー。混むとテンパっちゃってたけど。それが可愛いって好評だったなー」
「そうか。役に立っていたなら何よりだ」
「どーもでした。……で、わざわざ来た理由はそれだけじゃないでしょー」
 頷いた。「結果の報告を頼む」端的に言うと、フィルが顔から笑顔を消した。フィルは、こちらの話をするときに、あまり笑顔を作らない。
「結果から言うと、見つかったよ」


 一方その頃、ヴァイシャリーにある衿栖の工房では。
「よう」
 赤ワインを片手に、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)レオン・カシミール(れおん・かしみーる)を訪ねたところだった。


 少し前の時間、ヴァイシャリーの駅を出た場所にて。
「…………」
 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は静かに街を見渡していた。
 帰ってきた。久しぶりに、この場所へ。
 なんだかとても感慨深くて、ひとつ大きく深呼吸をする。
 ――お帰りなさい、私。
 ――ただいま、リンスさん。
 心中で呟いて、また、街を見る。
 ヒラニプラからヴァイシャリーまでの列車の中で、メティスはずっと考えていた。
 リンスに逢ったら、まず何を話そうか、と。
 向こうで経験したこと? 学んだこと? いやいや違う。
 元気でしたか? それでもいいけれど、汎用性が高すぎないか。
 そんなことを考えていたら、自然と頬が緩むのだ。例外なく今も。
 なのでメティスは両手で頬を叩く。気持ちを引き締める。
 ――こんな締まりのない顔、見せられませんから。
 十七時丁度に着く列車で帰ると、レンたちには伝えてある。だから迎えに来てくれるはずなのだ。
 けれど、時計の針は十七時を十分過ぎていた。迎えの人などいない。
 もしかして、帰る日付を間違えただろうか。携帯を取り出し、メールの履歴を辿る。
 間違えていた。一日フライングして帰ってきてしまった。迎えがないのは当然だ。
 そんなにそわそわしていたのだろうか、と思いながら、メティスは歩き出す。
 レンに電話をかけて、今帰ってきたことを伝えようかと考えた。けれど、長旅のせいか運悪く電池は切れてしまった。
 仕方がないので、徒歩で冒険屋の事務所に向かったのだけれど。
「……あら?」
 誰も、いなかった。
 ――もしかして、リンスさんの工房に?
 ありえると思い、人形工房へ足を運ぶ。
 扉の前で、ノック二回。
 ……応答はない。
 もう一度。
 ……やはり、応答はない。
 こうなったらメティスにはもう当たれる相手がいない。一人を除いて。
 てくてくと、ひたすら無言で歩く先は、霊園。
 リィナ・レイスの墓がある場所。
「本当は、もうちょっと落ち着いてから来るつもりだったんですが」
 どうやら、今日はそういう日のようだ。
 ――答えの先延ばしではなく、答えを得る一日。
 ほら、だって、リィナはそこに佇んでいる。


 所変わって、衿栖の工房。
 ザミエルがここに来た理由は、単なる工房の新築祝いじゃない。
 むしろ申し訳ないがそっちはおまけで、本来の目的は設備が整っているかの確認で。
 レオンもそれをわかっていたのか、「こっちだ」と案内してくれた。
「へえ。揃ってるじゃないか」
 工房内を見て周り、素直な感想を漏らす。
「奔走していた甲斐があったじゃないか」
 機晶姫の整備も行えるようにと、集められた機晶機材。ちょっとしたものから、かなり専門的な機材まで相当の量だ。充実していると言える。
「丁度今から機晶機材の調整を始めるところだ。好きに見て行くといい」
「いや、十分だ。それより開けないか?」
 くい、と持参したワインを掲げてみせる。アルコール入りのチョコレートも用意してきた。
「呑んだら調整ができなくなるから断りたいのだが」
「いいじゃないか。たまには付き合え」
「たまにか?」
 と言いつつも、レオンは付き合ってくれるようだった。
 グラスに注いで、
「乾杯」
 澄んだ音が、工房に響く。
 一頻り酒が入ったところで切り出した。
「助けたい女がいるんだ」
「助けたい?」
「ああ」
 今まであったことをかいつまんで話した。
 まだ、本人に確認も取っていないけど。
 下手すれば、お節介かもしれないけれど。
「可能性は捨てたくないんだ。――だから、協力してくれ」
 頼み込む。
 レオンの答えは――。


 墓地にて。
「あの日、リィナさんと話をしたあと私はリンスさんの元に向かいました。そして彼に自分の気持ちを伝えました」
 リィナを前に、メティスは静かに告げる。
「答えはNO。少なくとも今のリンスさんには誰か一人だけを選ぶことはできないようです」
 だから、メティスは考えた。
「リンスさんがリンスさんの幸せを得るために、何が必要なのでしょう?
 彼はまず、誰に幸せになってもらいたいのでしょう?」
 答えはすぐにでた。あまりにも簡単で、わかりきっていた。
「それは、お姉さんでした」
 まずはリィナを幸せにすること。じゃないと、リンスは自分のことを後回しにしてしまう気がした。否。現状、そうなのだ。
「既に死んでしまった人の幸せを願うことは、酷くこっけいに映るかもしれません」
 同時に、残酷であるかもしれない。
「だけど、ウルスさんらと過ごす貴女の顔を見れば、願わざるを得ません」
 頭で考え、出した答えではないのだ。
 心が勝手に、望んだこと。
「リィナさんに幸せになってもらいたいんです」
 だから、考えた。
 考えて考えて考えて、答えが出た。
 メティスが出した答えを、レンたちは応援してくれた。
 そして、今まで準備を進めてきた。その準備も、もう終わる。
 後は、本人の意思の確認。
「リィナさん……貴女は生き返りたいですか?」


*...***...*


 結局、その場で答えられなかった。
 答えは出ていたのに。
 ちょっと、待ってもらってもいいかな。
 言えたのは、それだけ。
 生き返る?
 できたら、どんなにいいことか。
 ――だって私、まだ死にたくなかったもの。
 ――だって私、生きて、笑っていたかったもの。
 いいなぁ、と思う。
 ――そこに、いけたら、いいなぁ。
 行ってもいいのだろうか。
 ……いけないと、思えない。前までは、駄目だよ、って、言えたのに。
 倫理がどうとか、理がどうとか、頭でっかちに。心の内側を隠して。
 ――私、ずるいなぁ。
 今更ながら、そう思う。
 ずっとずっと、誤魔化していたことを。
 生きたいのに。逝きたくないのに。
 忘れてなんて、却って忘れられないようなこと言って。
 ――ああやだな、ずるいな。嫌な子。
 それでも、認めるから。
 もう、認めるから。
 ――ずるくても、嫌な子でも、なんでもいいよ。
「生きたいよ」
 小さく、暗い空に向かって呟く。
 貴方と一緒に、もっと、過ごせたら。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 今回、LCの参加人数が89人で、飲み物を吹き出しそうになりました。
 合計人数139人でした。
 もはや大長編です。
 いつものことですね。
 大勢書くのは、嫌いじゃないです。色々なものが書けて、楽しいので。

 そういうわけで、色々詰め込んでみた「いつもの」のんびりまったり日常系。
 お茶の合間にでも、皆様が楽しんでいっていただけたなら。
 笑顔のお手伝いができたのなら。
 それが一番嬉しいことです。

 それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。