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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション

 六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)は行く手をふさぐしげみなどものともせず、道なき道をひたすら直進していた。
(くそっ。なぜだ? なぜ失敗した? 体が適合しなかったのか? それともほかに何か必要条件があったのか?)
 先の折り、ドルグワントの肉体を用いてドゥルジの復活を果たそうとしたものの思うようにいかなかったことがどうしても理解できず、納得がいかないと彼の頭の一部は今もそことを訴え、彼に考えることを強要してくる。
 とはいえ、彼が真実求めていたのはドゥルジではなかった。それは単に彼の求めるものに付随する媒体、口寄せの者として利用できそうだったからにすぎない。
 彼が求めているのは真実。憶測などの入る余地のない、ただ1つの揺るぎなき事実だ。
 それに対する飽くなき探求心が、今彼を支配し、突き動かしている。たとえそれが見るに堪えない、耳をふさぎたくなるような醜怪なものであろうとも。それが真実絶対唯一無二のものであるなら、知ることを厭わない。
(こうなったらあそこへ侵入するしかない。できることなら避けたかったが…)
 危険な場所だ。敵の本拠地。どんな場所とも知れず、見つかればおそらく命も危うい。なにしろあのドゥルジそっくりの少年たちが何体も出てきた場所だ。あと何十体、何百体いるのか…。
 だがそれで真実を知ることができるならば、という熱い思いが、己の身の安全を思う気持ちをはるかに凌駕しているのだった。
「鼎さーん、失敗したんでしょー? もうあきらめて帰りましょーよー。ここ、さっきの場所よりずっと湿気てるし、土くさいし、虫いっぱいいそうだし。もう日も暮れてきちゃってて、早く帰らないとお店閉まるじゃないですかーやだー。私のあんころもちー、抹茶スイーツー」
 ひたすら遺跡に向かって直進する鼎の背中に向かい、ディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)は口元に手を添えて声をかけるが、鼎が耳に入れている様子はなかった。
 もう放っといて1人で帰ろうかとも思ったが、召喚で呼ばれたのでここがどこか知らないディングには、はたしてツァンダがどっちの方角かも分からない。
「……まったくもう。こんな場所には呼び出すなって、あれほど口酸っぱく言ってきたのに。どうせ呼び出すのならあんみつとかわらびもちとかのお店がある空京や海京の商店街でですね――」
 ぶつぶつ愚痴をこぼしつつ、鼎の前進でできた道を歩くディングの横。
「ああなると、もうほとんどビョーキだよねー」
 頭の後ろで手を組んだエマーナ・クオウコル(えまーな・くおうこる)がお気楽ご気楽な声でニシシと笑った。
「あーはいはい。ビョーキビョーキ」
 ひらひら手を振ってテキトーに応じるディングにムッとくる。
「ビョーキ言うな」
 ガブーーーッ

「ギャーーッ! あなたが先に言ったんでしょーが!」
 噛みつかれた手をブンブン振ったくりながらディングは叫んだ。



●遺跡〜3階研究区

 遺跡の壁には新風 燕馬(にいかぜ・えんま)たちが侵入時に開けた穴がまだそのままになっている。
 そこから入った鼎は、通路をひた走った。少年の姿を見つけたときはできる限り隠れ、見つかったときは4体のドッペルゴーストを分散させて、そちらを追っている隙に猛ダッシュで駆け抜ける。
 鼎が先に発見された場合やゴーストにだまされず鼎を追ってきた少年は、ディングのブラインドナイブスやエマーナのアンボーン・テクニックが片付けていたのだが、鼎がそれに気付いている様子は全くなかった。
 彼はただ、前方だけを見ている。
 階段を駆け上がった彼は、やがていかにも研究室といった部屋が左右に連なる通路に到達した。
 そこにも、今まで駆けてきた道筋にあったアリ塚のような土くれが点在している。ほとんどが元の形が何であったのか分からないほど崩れてしまっていたが、なかには、まるで座り込んだまま砂になってしまった人間のように見える物もあった。
「石に見えて、石でなし…」
 フーッと切れた息を手早く整え、壁に両手をつく。
おまえはここにあって、ずっと見てきたはずです。さあ、ここで何があったのか、私に見せなさい!」
 彼は、遺跡にサイコメトリをかけた。
 目を閉じた瞬間、まぶたの裏に広がる、ついさっき目にしたよりもずっとずっときれいに手入れされた、あかるい光に満ちた通路。そこを、白金の髪をした、あのドルグワントの少女が走っていた。
 彼女は美しい女性を両手に抱き上げていた。長い白金の髪。目は閉じているので分からない。三十代ぐらいだろうか?
 人を抱いていると感じさせないスピードで駆け抜けた少女は、今鼎がいる位置で足を止める。鼎が背にしている通路の向かい側のドアへ目を向け、その部屋に入った。
 そこは小さな、いかにも納戸といった様子の部屋で、両側の棚にシーツやベッドカバーらしき布がたたまれ、積まれている。リネン室なのだろう。少女は奥にあるワゴンにセットされた、布でできたボックスのなかに女性を放り込んだ。
『いいですかアストーさま。3日はここから出ないでください。何が聞こえても、だれが探しに来ても、決して物音をたてないこと』
 ――でもシャミ、アストレースが…。
『あの方はもう救えません。手遅れです。ご自身が助かることを一番にお考えください』
 何かを察知したように、少女の表情がこわばる。耳をすますように動きを止めたあと、少女は棚のシーツを手にとってアストーと呼んだ女性の上にかぶせた。
『これでお別れです、アストーさま。あなたにお仕えできて、シャミは幸せでした。どうかあなただけは生きのびて……そしていつか、アエーシュマさまとドゥルジをよみがえらせ、ご家族3人で幸せに……お暮らしください』
 少女はドアに鍵をかけ、通路に戻ると急いで奥の壁にある窓を全開にし、鍵を投げ捨てた。そしてその前で静かに待つ。己を殺す者が現れるのを。それはそう遅くなかった。
 ごとん、ごとん。重い鉄塊か何かを引きずる音をたて、その者は現れる。
『そこのドルグ。アストーをどこへやった?』
 のっぺりとした、うつろな声。全身返り血にまみれた男。目も表情も、そして心もがらんどうだ。
『逃がしました。あの緑の海のどこかです。今はもう、シャミにも分かりません』
『……まったく、賢い子だ』
 少女は彼と正面から向かい合った。彼の手にした斧の刃は血に染まって、通路に血の道を作っている。背後には、結合をほどかれた同じドルグワントの召使いたちが土に戻っていた。
 助かるのではないかといった希望はほんのこれっぽっちもない。自分もああなると、少女は分かっていた。自分の番がきた、ただそれだけのこと。
 銀の髪をした少年の面影が通りすぎた一瞬だけ、少女の胸がほんのりと温まる。
(ドゥルジ。いつかきっと……幸せになって…)
 突き出された手のひらほどの機械を前に、少女は目を閉じた。

『……アストレース…。なぜ……なぜ、こんなことに…』

 ビーッビーッとけたたましい音が鳴っていた。最初のうち、それも過去見の世界での出来事だと思っていた。だが違う。これは現実世界の音だ。無視できない、神経に障る音。警報。
「一体何事――」
「なにやってんですかエマーナ!?」
「知らないよー、勝手に鳴りだしたんだってば!」
「今まで鳴ってないものが勝手に鳴るわけないでしょう! それこそあなたがスイッチでも押したりしなけりゃ――って、押した? 押したんですね!? バカですか、あなた! 敵地でスイッチ押したらこうなるに決まってるでしょ!」
「スイッチは押すためにある!」
 えっへん。
「胸張って言うんじゃありません、このバカ!!」
「バカバカ言うな!」
 ガブーーーッ

「ギャーーーーッ!!」
 ある意味警報よりもけたたましい2人。噛みつかれた手をブンブン振ってエマーナを引きはがそうとしているディングの姿に、鼎はめまいを起こしそうになった。
 いや、起こしているのかもしれない。頭がクラクラしている。まあ原因は、唐突に現実へと戻ってきたせいだろうけれども。
 しかしいつまでもここにこうしてうずくまってはいられない。プルガトリー・オープナーを手に立ち上がる。それとほぼ同時に、通路の両側から少年たちが現れた。挟みうちだ。
「……これって絶体絶命のピンチ、ってヤツ?」
 ひーふーみー、と通路を埋める少年たちの数を数える。重なってよく見えないが、7〜8人はいそうだ。そのだれもが手にサバイバルナイフを握っている。
「こうなってはしかたありません。エマーナ、あなたも真面目に協力するんですよ」
「はーい。
 えーと、毒が来たなら冥府の瘴気、魔法が来たなら魔法でそらす、だったかな? ね? 鼎」
「って、そこからかーーーい!!」
 わざとか天然か知らないが、にこっと笑って無邪気に見上げてくるエマーナについツッコミを入れてしまった鼎の背後。その背を切り裂かんとサバイバルナイフがきらめいた。
「鼎っ!」
「――はっ」
 振り向いた直後、少年たちとの間でうつ伏せになって倒れていた、片腕のない少年が突然ずずずと動き出す。鼎がサイコメトリをしている間にディングがトラクタービーム発射装置を用いてせっせと仕掛けておいた罠だ。
 壊れて動かなくなっているとばかり思っていたドルグワントが動いたと、目を奪われてくれたら十分。下を向いて動きが止まった一瞬に、ディングが彼らのど真ん中へ飛び込んだ。
 疾風迅雷の動きでカーマインを操り、ときに銃底で殴りつけ、ときに頭部を撃ち抜きながら次々と敵を屠っていく。
 手の届く範囲の敵を倒し終えたとき、ディングは息ひとつ乱していなかった。
「ふう。いやぁ、面倒くさがらず拾っておくもんですねー。意外と役に立ちましたよ、この人形」
 つんつんつま先で突っついて、鼎たちの方を振り向く。
「あ、鼎さーん。やりましたよー。これでかりんとう追加ですねー?」
「……はいはい、分かりましたよ。帰ったらいくらでも好きなもの買ってあげますから」
 無事帰れたらね。
 こちらへ駆けつけてくる複数の足音を聞きながら鼎はため息をつく。ディングは言質をとれたことに満足そうに、にこっと笑った。



●遺跡〜2階居住区

「なにやら上が騒がしいようです」
 パラパラと天井から振ってくる埃に、クリビア・ソウル(くりびあ・そうる)は開いていた本をぱたんと閉じた。
 うす暗い室内は数千年の間放置されていた部屋にふさわしく、埃が数センチ単位で降り積もっており、わずかな振動でもふわりと浮き上がって空間で舞っている。
 クリビアが今立っている本棚も、手にしている本もそうだ。革の表装に指を走らせるとざらりとした感触が伝わって、指の形に埃が取れる。
 クリビアはそれを本棚の元あった場所へ戻した。
「アキュート、倒すべき敵を教えなさい」
 密林で、彼女はウェストポーチを覗き込みながらそう告げた。
 なかではアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)お手製の鳥の巣ベッドでペト・ペト(ぺと・ぺと)が仰向けになって寝ている。
 その面は、とても安らかとは言いがたかった。眉根を寄せ、玉のような汗を全身から吹き出して、浅い息をしている。ときおり、全身を揺らすような咳までしていた。
「……くそっ! 一体何が起こっていやがるんだ」
 そこかしこでばたばたと倒れている。意識がない者もいれば、意識があるがゆえに苦しんでいる者もいる。眇めた目で彼らを見渡して、アキュートは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
 みんな、ペトと同じだ。ペトもまた、あんなふうに苦しんで、突然意識を失った。
「アキュート」
「おいクリビア。おまえは平気か」
「……私は大丈夫です。この程度、なんということはありません」
 その返答に驚いて、振り返ったアキュートはまじまじと頭の天辺からつま先まで彼女を見る。特にどこか苦しんでいたり、我慢しているといった様子はなかった。生真面目な、いつもの彼女だ。
 つまりは自覚症状はあってもその程度か――ホッとするも、この個人差は何なのかと、また新たな疑問が浮かぶ。
「アキュート」
 己の考えに没頭しかけた彼を諌めるように、クリビアは名を呼んだ。
「んあ?」
「あの少年や少女たちはたしかに強敵ですが、しょせん一兵卒にすぎません。私が知りたいのは、ペトちゃんを苦しめている輩です。
 刈るべき首を指し示してください。そうすれば、この鎌刃が一切の慈悲なくそれを刈り取るでしょう」
「って言ってもなぁ…」
 クリビアが見つめる前、がりがりッと頭を掻く。
 それが分かったらアキュートも苦労しないわけで。
 だがクリビアの言葉は正鵠を射ていた。いくら強くとも、あれはただの使い捨ての量産型だ。そんな者をいつまで相手にしていてもしかたない。いくつあるかも分からない手足よりも、頭、心臓部を狙わなくては。
 しかし敵は未知数だ。何人いるか、どんな武器を持っているか、何も分かっていない。そんな状況ではたして敵地に乗り込んでいっていいものか。迷っていたとき。
「……う、うう…」
 ペトが声を発した。
「ペト」
「ペトちゃん。ペトちゃん、大丈夫ですか?」
「うう…。ペ、ペトは……強い子なのです…」
 うっすらと目が開き、覗き込んでいる2人を見上げる。
「アキュート、クリビア……大丈夫、なのです。この程度でやられる精神力じゃ、大勢の前で歌うことはできないのですよ。まだまだ、歌えるですよ〜」
 心配はいらないと、鳥の巣ベッドに手をかけてぐぐっと身を起こす。笑顔で親指を立てて見せるが、その目は焦点を結んでおらず、熱にうるんでいる。せーので何か歌おうとしたところで、アキュートは指で押し戻した。
「いいからおまえは寝ていろ」
「はうっ」
「行くぞ、クリビア。これだけの騒ぎを起こしてくれやがった張本人の顔を、ひとつ拝んでやろうじゃねえか」
 ウェストポーチのチャックを閉めるクリビアに向かい、そう告げて。
 彼らはここまで乗り込んできたのだった。
 遺跡へ入ってすぐの階段を上へ上がった彼らは、2階が居住区らしいと分かるやすぐに探索を始めた。敵を知るには最適の場所と判断したからだ。
 整然としたリビング、ベッドルームには特に調べるようなものはなかった。書斎らしき部屋へ入ってすぐ、彼らはここが以前にも荒らされていたことを知る。
 机、資料棚、本棚に並んだ本にも、その痕跡があった。ほかの部屋と違って、雑然と床にまで物が散乱している。
 とはいえ、積もった埃を見る限り、それはつい昨日今日というわけでもなさそうだった。
 クリビアは本棚を、アキュートは机回りを担当し、何か、敵の片鱗なりと知ることのできる物――例えば日記とか――がないか探る。しかしクリビアに見つけられるのは、参考書、資料といった科学書ばかりで、そこに走り書きや付箋紙の残骸はあっても、写真や何かのメモといった類ははさまっていなかった。
 一方で、アキュートは違っていた。彼がじっと何かに読みふけっているふうなのを見て、クリビアは近寄る。
「何かありましたか」
「ひと言メモ、備忘録って感じだな」
 慎重にページをめくる。なにしろ数千年前の手帳だ、引き出しの奥にあったとはいえ、かなり風化してもろくなっている。
「何が書かれているんです?」
「ディーバ・プロジェクトとかいう研究のことなんだろうが、装置や式を書かれても俺にはサッパリ分からん。ロストとかカプセルの胚の成長が1センチで止まったとかばかりずっと続いているから何かの観察経過日誌かと思ったんだが……α0051101がアストレースというのは分かった。
 『カプセルから出した以上、いつまでも女神だのナンバーで呼ぶわけにもいくまい。アストレースと名付けることにする』
 はじめのころはそうでもないんだが、中盤からはずっとこのアストレースのことばかりだ。――っと」
 ついに手帳が崩壊した。丁寧に扱っていたつもりだったのだが、ページを開くということにすら耐えられないほどだったのか。
 ひらひらと散るページの1枚を、反射的に掴み取る。そこには、こう書かれていた。
『アストレースが誕生日会をしたいと言いだした。ルドラにいらぬ知恵をつけられた様子。ルドラは「これも知識のひとつです」とすまして言っていた。あいつめ』
『ドルグの作ったケーキではしゃいでいた。「プレゼントがない」とふくれ面をしたため、記念撮影をすることに。やれやれ』
『脳の正常な発育を促進することを目的とした措置だったが、はたしてこれでよかったのか? 彼女――』
「アキュート?」
 突然机上のページをかき集め、ひっくり返し始めたアキュートに驚く。
「続きだ。このページの続き――あった」
『アストレースは、あまりに感情的な少女として成長している。ちょっとしたことで怒りを爆発させ、不満をもらし、たわいもなく泣き、笑い、そしてよく歌う。ルドラは通常だと言った。この歳ごろの少女であれば、ごく普通の一般的な反応だと』
『ドルグから5階の木々の成長が著しいと報告あり。ついに女神としての能力が開花したのか。もう少し観察が必要。歌声がここまで届いてくる。同じ歌ばかり、よく飽きないものだ。ひよこの歌はうんざりだ。明日、歌の本をあげよう』
『感情を消失させる手術をしても、あの歌声はこんなにも美しいのだろうか。「発声器官はそのままだから能力は何も変わらない」とタルウィは言うが…』
「手術?」
 アキュートはページを順番どおりに並べて、最後の走り書きを探す。
『今日は18歳の誕生日会。これで6度目か。早いものだ。せがまれていた小鳥を用意。あの子は喜んでくれるだろうか』
『アストレースの心を殺す手術まであと2年。わたしはその時まで生きてはいないだろう。生涯に渡る研究の成果を確認できずに命を終える、そのことについてこれほど安堵したのは初めてではないだろうか?』
 そしてそのページの一番下の行に、乱れた文字でこう書かれていた。
『アストレース、ああ、アストレース……なんということだ。これがわたしのしたことか…! わたしが望んだのは…』
 長くペン先を押しつけていたのか、インク染みができている。
 これが最後の言葉。
 そこに込められた手帳の持ち主の思いについて巡らせていたアキュートの耳に、そのとき、ばたばたと通路を駆けてくる大勢の足音と連射される銃声が届いた。



 ヒット・アンド・アウェイ。しかし敵の足は想像以上に速く、どこかへ隠れる暇もない。
「鼎さん、鼎さんっ。これってかりんとうぐらいじゃすまないですよー」
 アイスフィールドでエネルギー弾を防いでいたディングに
「泣き言ですか? それは」
 プルガトリー・オープナーアヴローラ・ナ・プレボヤの二丁拳銃で応戦しながら鼎が答える。
 これにはさしものディングもムッときた。
「いいえ。追加の要求です。最高級プレミアム和菓子セット×2箱です」
「……お中元の売れ残り商品投げ売りっていつからでしたっけねー?」
 軽口をたたきつつも、2人とも動きは機敏だ。エマーナの雷術が撃ち落とし損ねたエネルギー弾をディングがはじくなか、鼎はトリガーを引き絞る。銃身を虹色のラインが駆け抜け、紫色したレーザー光が射出された。跳躍で距離を詰めようとした少年の腕を千切り飛ばし、さらにはその後ろの少年も貫いて、レーザーは壁に穴を開ける。だが腕をなくした少年は顔色ひとつ変えず、鼎の正面に下り立った。
 直後、垂直蹴りがくる。
「…!」
「鼎っ!」
 鼎は自ら背後へ跳んでいた。しかし完全には防げず、肩口をかすめられてしまう。
「おっと」
 よろめいた彼を受け止めたのは、ドアから出てきたアキュートだった。
 腕のなかに倒れ込んできた鼎、そしてディングやエマーナを見、ついでその向こうに迫る少年たちを見る。その一瞬で状況を理解した彼は、フェニックスを飛ばした。
 火の粉を散らして床すれすれを滑空した火の鳥は、片腕をなくした少年を瞬時に燃え上がらせた。さらには燃え盛る己の体を用いて彼らとの境に炎のカーテンを張る。
 自在に動き回る鳥の形を成した炎を警戒し、一歩下がった彼らの後ろで、そのとき小さなつぶやきが起きた。
「エルンテ・フェスト」
 それは、後方のドアから出たクリビアだった。
 主の求めに応じて、手のなかの片鎌槍がその刃を巨大化させる。振り切られた刃は見えない。ただ残像となって残る青白き光跡がその動きを伝えるのみ。
 死神のふるう鎌刃をかろうじて逃れ得た者を待つのは、元神父の両手に握られた鋭利な刃だった。そこに神の慈悲はない。
 静かに、さくさくと。彼らは無言で、作業のように敵を討つ。
「アキュート。私が斬りたいのはこのような人形たちではありません」
 あらかた片付けたあと、ぽつっとクリビアが不満を口にした。
「あー……まあな。だが今は、ひとまずずらかるぞ。
 ほら、おまえらも来い」
 アキュートは手近にあったエマーナの腕を引っ掴むと、彼女の足が宙に浮くぐらいの勢いで足音のしない方の通路へ向かって走り出した。