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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回) Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

リアクション

 太陽はそろそろ中天にさしかかろうとしていた。
 真上からぎらぎらと照りつける日差しを受け、ゆらゆら揺れるパペットたちの陶器のようなつるりとした面が光を乱反射させる。
 照り返しに目をくらませないよう気をつけながら、志位 大地(しい・だいち)は敵陣のなかを1人斬り抜けていた。
 オールバックにまとめられた黒い髪、黒い瞳。黒一色をまとった彼の手に握られているのもまた、漆黒の太刀である。
 片刃刀『蒿里』は、まるで今の大地の心そのもののように外界の光を取り込みはしても輝くことはない。凍りついたように何も映さぬ面はただ、非情を持って眼前の敵を切り裂くのみ。
 明鏡止水。
 周囲すべてが剣持つ敵でありながら、大地の心は一点の曇りなく、さざなみもたたない。
 彼目がけて振り下ろされる剣、突き込まれる刃のことごとくを跳ね返し、すり流す。ときには蹴り砕きもする。
 敵の刃先は彼をかすめることすらない。
 しかし彼の蒿里は振り切られれば確実に相手を滅していく。
 さながら黒き弾丸のように、捉えた敵のことごとくを斬り捨て、砕いてきた彼の動きが、あるときぴたりと止まった。
「見つけた、千雨さん…!」
 初めて声に抑えきれない感情がもれる。彼女を見つめる大地の表情に、もはや先までの超然とした様は影も形もなかった。
 彼の食い入るような視線の先では、つややかな黒髪をなびかせて、軽やかに女が舞っていた。
 片手に黒装銃鳴神、片手に白装銃浄炎を持ち、まるで重力の束縛からただ1人解かれているかのような足運びで、組する相手を翻弄している。
 剣を蹴り飛ばし、ラウンドシールドで殴りかかってきたところを近接で銃撃、その衝撃に押されて腕が跳ね上がった瞬間相手の懐へ飛び込み、銃底で殴りつける。大きく体勢を崩したうなじを狙って後足での回し蹴り。
 一連の動作が自然で、流れるように美しい。
 かといって、うかうか見惚れてはいられなかった。そうやって彼女が敵対しているのは北カナン神官戦士なのだから。
「千雨さん!」
 大地は声を張った。
 名を呼ばれたメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)はぴくりと肩を揺らし、とどめを刺そうとトリガーにかけていた指の動きを止める。そこへ、大地が横からタックルをかけた。
 腕のアクセルギアを作動させていたとはいえ、距離があった。青い鳥であれば十分避けることができたはずだが、真剣な表情で向かってくる相手が大地であると気付いた瞬間彼女は硬直し、動けなくなっていた。
「ま、また、あなたなの…っ!」
 転がった先で、青い鳥は声をうわずらせる。顔が真っ赤だ。
 ほぼ同時に跳ね起きて、すぐさまきた垂直蹴りを大地は両腕でカバーした。
「おっと。――あなたの蹴りの威力はよく知ってますからね」
 顔を近付け「実はまだちょっと違和感があるんですよ」と言う大地に、これ以上ないくらい青い鳥の顔が赤く染まる。何を思い出しているか悟られまいと必死に無表情を保とうとしていたが、定まらない視線でバレバレだった。
「………っ…」
「千雨さん?」
「……さ、されて、当然なのよっ。あんな………………変態…っ」
 殴りつけようとしてきた手をパシッと掌打で横に払う。
「ええ? ひどいですね。あれは事故ですよ、事故。不可抗力です。後ろからあんな物が飛んでくるなんて、俺に分かるはずないでしょう? 人の後頭部に目はついていませんからね」
「そんなの、分かるものですかっ。あなたが勝手に言ってるだけじゃない!」
 飛んできた回し蹴りもひょい。
「まあ、それはそうですが…」
 笑顔のまま、大地は難なく青い鳥の近接攻撃をかわし、払っていく。簡単なようで、だれにでもできることではなかった。常日ごろ彼女を指導してきた大地だからこそ、次の手が読めて反応できている。
 攻撃をかわされるたび、青い鳥のなかではあせりが募った。彼女はがむしゃらに、とにかく攻撃の手を出し続けたが、平静を失った彼女の繰り出す技でまともに入るものは1つとなかった。
(なぜ? どうして当たらないの?)
 蒼い鳥は内心ますますあせって、攻撃が雑になる。
「でも普段の千雨さんでしたら、俺がそんなことしないのは分かってくれているはずです」
「そんなこと――あっ」
 突然、それまで避けるか払っていただけだった大地の手が彼女の手首を取った。後ろへねじり上げ、もう少しで鼻先が触れ合うぐらい接近する。
「いいえ。分かります」
 真剣なまなざしが青い鳥の目からまっすぐ心を射抜いた。
 ひざから力が抜け、へなへなとその場にへたり込む。そこはもう、大地がそれとなく誘導した先――前線から少しはずれた、比較的静かな場所だった。青い鳥は気付けていないようだったが。
「そんな……そんなの……分かるはず、ない…」
 うつむき、髪で表情を隠そうとする青い鳥に、大地はほほ笑んで彼女の両手を取った。
「じゃあ、分かってもらえるまで説得します」
「……無駄よ……私は……。
 とにかく……手を、放して」
 なんだか妙に彼に掴まれた手首が熱い。痛くはないけれど……じわじわと、まるで彼の熱が浸食してくるよう。
「いやです。放しません。放したらあなたを説得できないじゃないですか」
「……っ! 私は放してほしいの!」
「じゃあ説得されてください。きちんと俺の話を聞いて、さっさと俺のこと思い出してください。そうするまで解放しませんからね」
 その余裕綽々といった声にかちんときた。悪態をつこうとして顔を上げたものの、大地の顔を真正面から見たとたん、また真っ赤になってうつむいてしまう。パクパクと何度か口を閉じたり開いたりしたあと、複雑な表情で小さくつぶやいた。
「…………勝手な人…っ」
「ああ、それはそうかも。似たようなこと、言われたことあります」
 今、彼の手に力はこもっていなかった。添えられているも同然。こんな拘束、簡単に振り払える。
 自分には使命がある。アストレースを世界樹セフィロトの元へ連れて行かなくてはならない。たとえこの命に替えても。
 そう思うのに、なぜ、自分はそれをしないのだろう? どうして、こんな人間の男の手ひとつが振り払えない? なぜ…。
 混乱した心でとまどっている彼女を知ってか知らずか、大地は訥々と話し始める。彼女のこと、自分のこと、2人のこと。彼女のことをどれだけ大切に思っているか。
 最初は耳を貸していなかった青い鳥も、やがてその声にこもった思いにひかれるように彼の言葉へと聞き入っていった。




*            *            *



 パペットvs北カナン神官軍、コントラクターの戦いは、一見パペット優勢に見えた。
 前線は徐々に後退し、今はもう、国境を越えて北カナンへ進攻されてしまっている。
 しかしあくまでもそれは「見えて」いるだけだ。北カナン神官軍はじりじりと、わざと後退しているのだ。それは、後方から奇襲をかけているクレア隊との連携作戦だった。敵の戦線を伸びきらせることで、彼らの突入を少しでも容易にさせようという狙いがあった。
 敵にそうと気付かれてはならない。あくまで「押されて」いるように見えなければならない。
 そして後方の奇襲部隊よりも、こちらにひきつけなくてはいけない。
 前線で敵の目を自分たちの方へひきつけようと奮闘する者たちのなかに、一際目立つ者がいた。
 白銀の簡易甲冑や神官服を身に着けた神官戦士や陶器のようなパペットたちのなかにいても埋もれることはない。あざやかなスカイブルーの縁取りが入った純白のフルアーマーをまとった鋼の剣士、いや正義の剣士インベイシオン――白星 切札(しらほし・きりふだ)――である。
「はあっ!!」
 白き衣をひるがえし、レジェンダリーソードを手に、ときにアンボーン・テクニックを用いながら敢然と敵パペットへと立ち向かう。その雄姿は人の目をひきつけて離さない。
 これはカナンの戦い。一見、シャンバラに身を置く彼のいる場所ではないように見える。
 だが彼が剣をとり、戦うのは、国のためではなかった。そこで暮らす人のため。今もまた、ここで戦っている人々が無事な姿で帰ってくることを祈って待っているに違いない、家族のためだ。
 戦いは悲しみを生む。そこにどんな意義や大義があろうとも、最後に残るのは愛する者を失い、取り残された人々の悲しみだ。
 それを、全てなくすことはできない。どんなにそれを願おうとも。
 今、こうして懸命に戦いながらも、彼の周囲では力尽きた人たちが斃れていっている。そのことに怒り、傷つく心がある。
 だがこの手の届く範囲、1人でも護り抜いて家族の待つ家路につかせることができるなら、きっと戦場に身を置く意味はある。
 彼らを護りたい――その強い思いが、彼をほかの者たちより一歩前へ踏み出させ、ほかの者よりも鋭い攻撃でより多くの敵を討つ。
 そして人々の目をひきつけるのだった。
 そんな彼の視界に、1人の男の姿が入った。
 その男は、ひと言で表すとすれば「蛮族」だった。
 編み込まれた横髪からは房飾りが垂れ、どこかの民族衣装のような刺繍の入った服が青い鎧の下にまとっている。腰や手首からも赤い毛皮のようなものが見えていた。
(彼は…)
 じっと凝視するインベイシオンの前、男はすっとかまえをとった。男が手にしているのは巨大な斧と穂先を持ったハルバード。その光の刃は、光条兵器だ。
「! いけないっ!!」
 前方で戦っている神官戦士に向かい、男がランスバレストをするつもりだと悟って、インベイシオンは間に割って入った。
 強烈な突きが発動する直前、マキシマムアームとサイコキネシスで腕を押さえ込む。
「……きさま」
「こんなことをしてはいけません。あなたは間違っています!」
 インベイシオンの毅然とした言葉に、男は緑の目をすがめて嫌悪を見せる。
 振り払い、すぐさま水平になぎ払った。
「邪魔をするな」
「そうはいきません」
 距離をとった先で、インベイシオンもまた油断なく剣をかまえる。
「あなたは、あなたでないものによって洗脳されているだけです。目を覚ましなさい」
「うるさい」
 鋼の音をたて、2人は真っ向から刃を合わせた。といっても、攻撃しているのは男の方だ。インベイシオンはそれを受け流し、いなすのみ。
 男の一方的な攻撃が続く。
「あなたにも家族はいるでしょう。帰ってあげなさい」
「そんなものはない」
「いいえ、います。あなたを家族のように思っている人が。そしてあなたもそう思っている。ただ忘れているだけで、それはあなたのなかにちゃんと――」
「セリカ!」
 突然男の背後からかすれた声が上がった。
 男――セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)はインベイシオンをはじき飛ばし、肩越しにそちらへと目を向ける。そこには、息を切らして立つヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)の姿があった。
「セリカ……やっぱりおまえ……だったんだな…」
 後方で神官軍の救護部隊とともに治療活動をしていたヴァイスは、2人の激しい戦闘について負傷兵から話を聞いて、もしやと走ってきたのだった。
 最前線のここへたどり着くまでに、すでに彼は傷を負っている。
 から手で立つ彼の姿に、おそらくはセリカがここにいると思った瞬間、取る者も取らずに駆けつけてきたのだと、インベイシオンは直感した。
 場を譲るように、かまえを解いて一歩身をひく。
 だがヴァイスの姿にセリカが見たものは、インベイシオンと違っていた。
 体についた傷が、あきらかに右が多い。意思の光をはじく左の赤い瞳と対照的に沈んだ水色の目。あれは見えていないのか。
 ならばと、セリカのハルバートはヴァイスの右側から振り切られた。
「おっと」
 そうくると思っていたとヴァイスは背後に跳んで距離をとる。
 自分の体の不利は分かっていた。そして戦士のセリカがそこを突いてくることも、想像の範囲内だった。
「来るな!」
 徹底的にヴァイスの死角から攻撃しようとするセリカと、それを避けるしかないヴァイスを見て、加勢しようとしたインベイシオンの動きを察知し、ヴァイスが叫ぶ。
「セリカを止めてくれてありがとう! こいつに人殺しをさせないでいてくれて…。
 だけど、来ないでくれ! ここから先は、オレとこいつの勝負なんだ!」
 ヴァイスの手から氷術が放たれ、セリカに飛んだ。
 向かい来る氷雪をセリカは一刀両断し、剣風で吹き飛ばす。その隙にヴァイスは再び距離をとった。
 そうしてじりじりと2人だけで戦える場所へセリカを導く。
(セリカ……このままだとおまえ、人を殺しちまう。そんなことになったら、取り返しがつかない。おまえも、そのひとも)
 きっとセリカは自分をとことん責め抜いて、重い十字架を背負うことになるだろう。
 それは死ぬまで消えない。
(そんなこと、オレが絶対させない!)
 のらくらとかわし、距離をとるヴァイスに業を煮やしたか。セリカは体勢を低め、ハルバードを持ち直した。
 ――ランスバレストがくる!
 ヴァイスはこの時を待っていた。
「来い! セリカ! オレは逃げない!」
 踏みしめて立つヴァイスに、セリカはランスバレストで真正面から突き込んでいく。それを、ヴァイスは紙一重で避けようとした。が、セリカのランスバレストの威力はヴァイスが想定していたよりも速く、鋭かった。
 激しい痛みがセリカの右のわき腹を引き裂いて、あまりの激痛に一瞬意識が遠のきかける。
 よろめき、倒れかけた体を、ハルバートを掴むことで引き戻した。
「……セリカ……これは、オレと、おまえの……勝負だ…!」
 そしてヴァイスは雷術を発動させた。
 青白い光を散らして稲妻が2人の間で炸裂する。
 ゼロ距離での雷術はセリカを撃つだけに終わらずヴァイスをも巻き込む結果となる。――それがどうした。
 ヴァイスは承知の上だった。
「……っ…! ――は!」
 奥歯を噛み締め、耐えて、ヴァイスは2つめを発動させる。さらに3つめ。
 もうハルバードを握る手に感覚がなかった。わき腹の傷も。ただ、体を伝う何かがあって、手足から力が抜けていく。
 命のうねりを使うだけの魔法力はない。握力を少しでも補おうと、氷術でハルバードと自分の手を氷漬けにしようとしたときだった。
「……もういい…」
 セリカのもう片方の手が、ヴァイスの手をおおった。
 引きはがそうとしているのではない、そっと上に乗ったそのやさしい手に、ヴァイスは面を上げる。セリカは火傷を負い、口元から血を流しながらも、ほほ笑んでいた。
 その緑のまなざしはあたたかく、先までと違って感情にあふれている。
「セリカ? ――あっ!」
 ぐらりと揺れて、セリカは横倒しになった。そのまま、仰向けになって目元を腕でおおったままの彼の枕元へヴァイスはひざをつく。
「セリカ…」
 表情が見えない。半信半疑といったヴァイスの声に、セリカは応えた。
「……まだ頭がぼんやりとして…。だれか……声が聞こえた、気がする…。俺には家族が……いると。戻ってやれと……あれは、おまえのこと、だったんだな…」
「……っ…」
 ヴァイスは必死に奥歯を噛み締めた。
 ずっと、どうすればいいか分からなかった。絶対に彼を取り戻すと決めていたけれど、本当に自分にそれができるのか不安で……心細くてたまらなかった。
 長らく耐えてきた恐怖と、安堵とが、胸と頭でごちゃ混ぜになって。叫びたくてたまらない。
「ボロボロだな…」
 そこでセリカはようやくヴァイスの状態に気付けた。
「すまない……迷惑を、かけた…。おまえにも、みんな、にも…」
「うん。アルクラントさんとかね。おまえ、彼のことボコったんだぜ?」
 「ええ!?」とセリカが目を瞠る。そのあせった表情に、くすっとヴァイスの笑みがこぼれた。
「あとで謝りに行こう。オレも付き合うから」
 背後から駆け寄ってくる者たちの気配と足音がする。
 それはインベイシオンからの報告で、満身創痍で動けないでいる2人を迎えにきた、救護部隊の神官たちだった。