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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回) Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

リアクション

 上空から見た下の様子は、絡み合う2匹のヘビに似ていた。
 乾いた大地を転がって、互いを締め殺そうとするヘビ。
 神官戦士とパペットがぶつかり合う前線は微妙に波打ち、特に突出した所はない。
 今はまだ。
 覚醒者たちが前線に出ていないからだ。彼らは北カナン神官軍との戦いをパペットに任せ、後方でルドラの分身と化した松原 タケシ(まつばら・たけし)の護衛についている。
 キシュに近付くまで戦力を温存するつもりだろうか。しかしここで膠着すれば、じき投入されるだろう。
「……いたのだ」
 じっと目を凝らしていた天禰 薫(あまね・かおる)は、赤茶けた土ぼこりの舞い上がるなか、ある1点を指差した。
 そこには、轢キ潰ス者に搭乗した真田 幸村(さなだ・ゆきむら)の姿がある。
 この黒塗りの巨大ロードローラー、実は彼の持ち物ではない。彼の伴侶の氷藍が先日、密林での戦いの際に持ち込んだ物なのだが、ドルグワントへ覚醒した際に隙をついて殴り倒し、気を失った彼女から強奪したのだった。
 それも無理からぬ話だ。この乗り物、ただ移動に便利なだけでなく、その圧倒的重量によって前方に立ちふさがるものは何であれ、押しつぶし、轢きつぶす。凶悪な兵器とも言える。
 そんな物騒な物が敵側にあるのは困りものだったが、このときはそれが幸いした。
 その巨体ゆえにほかより目立っている。
「おお、にらんでるにらんでる」
 空飛ぶ箒スパロウで横についていた熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)が、ひゅうと口笛を吹いた。
 彼らの視線に気づいた幸村が面を上げ、直視している。が、薫には「にらんでいる」というものとも少し違って見えた。視線にも表情にも、なんら感情と呼べるものは浮かんでいない。孝明は、もしかすると難しい顔をしている薫をおもんばかって、気持ちを軽くさせようと、そんな軽口を口にしたのかもしれなかった。
 そう思うと、胸のなかでぎちぎちに結ばれた固いものが、少しほぐれる感じがする。
 このまま、彼の元へ飛んで行くことはできた。だがそれをしてどうなる? 四面楚歌だ。彼らの周りにいるドルグワントがコントラクターに匹敵する強さを持つことは知っている。
 少し先で戦っているララ唯斗のように戦うこともできるが、自分たちの目的はドルグワントと戦うことではない。いや、もちろんそれもあるが――第一は、友・幸村を自分たちの側に取り戻すこと。
 覚醒者を切り離すことは、敵から大きな戦力を奪うことにもつながる。
(そのためにはやはり、孝高と又兵衛の力は不可欠なのだ)
 ぐっとこぶしを固める。彼女の耳に、そのとき、ぴしりという鞭のしなる音と地を噛む車輪の音が届いた。
 後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)の操るチャリオットが土煙を上げながら戦場めがけて疾駆してくる。その横では、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)が麒麟走りの術で並走していた。
「ようやく来たな。
 さあ下りよう」
「うん」
 薫は氷雪比翼をたたみ、孝明のスパロウに続いてチャリオットを乗り捨てた又兵衛と孝高の元へ降下する。
「待たせたな」
 すれ違いざま、孝高は薫と視線を合わせた。だがそれも一瞬のこと。次の瞬間には妖刀白檀を手に又兵衛へと続いた。
 まずは幸村までの道を切り開かねばならない。安全に、確実に、幸村と対峙できるよう。
「おまえたちも行け」
 孝明は等身大マリオネットたちをパペットへ向かわせる。ドッペルゴーストたちは自身と薫の守りへ。そしてレーザーマインゴーシュを手に、やはり前をふさぐパペットの排除へ乗り出した。
 ヒロイックアサルトの流動する輝きに包まれた又兵衛を先頭に、孝高が右、孝明が左を受け持って、彼らは着実にパペットを斬り倒し、前進する。
「頑張るのだ、みんな…」
 いつでも回復系魔法を飛ばせるように、少し距離を取った後方から全体を見ながら薫がつぶやく。その手にはもちろん草那藝之大刀が握られている。
 あきらかに自分を目指して斬り進んでくる3人を、幸村は無表情に――どこか退屈そうに――轢キ潰ス者の上から見下ろしていた。
 そして、そんな彼らをさらに上空から見下ろす者が1人。
「……くっそー。やっぱ、あいつが持って行ってやがったのかっ!」
 聖輝龍天狼の上でどっかり片膝立てて座わり、歯で爪をはじいているのは、幸村の伴侶柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)その人だ。
 ただし今現在彼女は魔鎧無明 フジ(むみょう・ふじ)をまとっているため、外見的には男性のように見えている。
「やばい。やばいぞ。あれで神官軍に特攻かけられて、神官たちを轢きつぶしたりなんかした日には…」
「ぴんぽんぱんぽーーーんっ!
 そんな氷藍くんにここでクイズです! 今おまえが口にしたとおりのことが起きた場合、柳玄一家に振りかかる災禍は次のうちどれでしょー?
 いーち、頭から湯気噴いたヤマハからの説教3時間コース。にーっ、代王からの叱責プラス放校処分。さーん、めり込んで地球に落下するぐらい落ち込んだ幸村の失踪あんど一家離散wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「……おまえ、楽しんでるな?」
「さあさあさあさあ! どれよ? どれ選ぶ? どれだと思う? 氷藍!」
「…………全部。その順番で」
 手につっ伏す。
「ひゃーーーーーーっはっはっはっは!! だーからおまえは面白いんだよ、氷藍!!」
 もし人型をとっていたなら抱腹絶倒で床バンバン、といった調子でフジは高笑う。
 悪趣味だと文句のひとつも返してやりたいが、氷藍自身「そうなるかもしれない」と憂慮する思いがどこかしらあって、強く出れない。
 つっ伏した手でほお杖をつき、やりきれない思いで渋面をつくる。――と、その渋面がゆるんだ。
 土煙をあげて薫たちへと迫る小さな人影がある。それは氷藍と幸村の息子真田 大助(さなだ・たいすけ)だった。
 疾風迅雷で走り込んだ大助は、薫を狙ってきた側面のパペットたちを、薫が草那藝之大刀をふるうよりも早く手刀でたたき割った。
「ありがとうなのだ、大助ちゃん」
「お、お護り、します」
 薫を背にかばい立ち、油断なく周囲に目を配しながら大助はつかえつかえ言う。
「おおっ!? ついに坊主にも春がきたかぁ??」
 ますます面白くなってきたとフジがwktkする一方で、
「しっ」
 と氷藍が自重をうながす。
 大助の背中や腕がぐぐっと盛り上がり、青年の体へと成長を遂げた。
「僕……僕も、父上を取り戻したい。けど、まだ皆さんのようには戦えないから……父上のために戦ってくださってる孝高殿たちに代わって、僕があなたをお護りします」
 本当なら先頭立って行きたい気持ちだろうに……さらさらと流れるこげ茶の髪ごしに彼の真摯な横顔を見上げて、薫はほころぶ口元で「うん」とうなずいた。
「大助ちゃんもわれらも気持ちは同じ。チームなのだ。みんなで団結して、幸村さんを取り戻すのだ」
「――はい!」
 大助の顔に力強い笑みが浮かぶ。
 青年の手足による長いリーチと鬼神力に裏打ちされた激烈な手刀、蹴撃が、後方をふさごうとするパペットを確実に砕いていった。
 やがて彼らは幸村のすぐ近くまで接近する。
 この距離ならば――前をふさぐパペットを貫き砕いた又兵衛の目がきらりと光った。
「天禰! 熊父! いまだ、やれ!」
 作戦はすでに話し合い済みだった。何をどうすればいいか、全員頭に入っている。
 又兵衛の合図で薫と孝明は酸度ゼロのアシッドミスト、つまり霧を生み出し、轢キ潰ス者ごと濃霧に包み込む。距離を縮めつつ彼らが巧みに風上へと回り込んでいたことに、幸村は気付けていなかった。
 地表やそこに立つ仲間の姿も見えないほどの霧に、轢キ潰ス者の上で幸村は油断なく四方へ視線を飛ばす。その手が己の武器・轟咆器天上天下無双を握ったとき。
「幸村」
 背後からだれかが名を呼んだ。
 ぼうっと浮かんだ人影らしきものを石突で貫く。
「!」
 貫いた瞬間、手応えで分かった。これは人ではない。
 ぐらりと揺れて倒れた等身大マリオネットの後ろから現れたのは、孝明の顔だった。
「幸村。みんな忙しいんだ。状況は緊迫していて、おまえにばかりかかずらってもいられない。
 おまえの暴走はそろそろ仕舞いにしてもらおうか」
 水平に振り切られたレーザーマインゴーシュを、幸村はやすやすと跳んで避ける。地に下りた彼を、びゅっと突き出された槍の穂先が襲った。
 アシッドミストで作り出した人工の霧は長時間はもたない。薄れ、沈み始めた霧のなか、透けて見えてきたのは又兵衛だった。
「よお幸村。こうしてると思い出さないか? あのころのことを」
 ぴく、と半眼に閉じられた幸村のまぶたが反応した――気がした。
 それもつかの間。
 すぐさま天上天下無双でかまえをとる。
「おまえたち、うるさい」
 ぼそり、つぶやく。
 次の瞬間クライ・ハヴォックがほとばしり、幸村と又兵衛の間で鋼同士のぶつかり合う音が高く響いた。
 低重音の風切り音をあげ、天上天下無双が振り切られる。天上天下無双は他に類をみないほど巨大な刃金の剣。まるでバスタードソードを2つ挿したかのような二股の刃が、縦横、天地より又兵衛を襲う。それを防ぐことに気をとられていた又兵衛は、次の瞬間、強烈な一撃を横腹に受けて吹っ飛ばされた。
 それが幸村の蹴撃であったことに気付いたのは、転がった先の地でだった。
 見下ろしてくる幸村をにらみ上げながら、血反吐を吐いた口元をキュッとぬぐう。
「ああっ……又兵衛、天禰、ほんとにすまん…!」
 まるで自身がしたかのように、申し訳なさでいっぱいになった氷藍は、だれも見てないと知りながらも下げた頭の先で手を合わせる。
「フフン。
 けどよぉ、氷藍。真田のやつ、妙に生き生きしてやしないかぁ? ホラホラ、よーく見てみな。面ァ無表情だけどよ、あの技、動き。ありゃあまさに「水を得た魚」ってヤツじゃね?
 おまえや坊主が心んなかから消えた真田が今のあれだ。つーことは、つまりあれが『真の真田』ってことじゃねーの?」
「………」
「伴侶も、息子も、戦友も、やつのなかにはいない。まっさらさら。あるのは主君への忠誠だ。だからためらいも容赦もない。あの3人が束になってかかったところで勝てねーよ。
 正真正銘の闘争中毒患者ってところか。あーあ、かわいそうになぁ、真田のガキ。あんな鬼のような男が父親の本性だって知ったら――」
「……だまれ」
「ハハッ、かわいそうでかわいそうで笑えてくらぁ!!」
 2人に話題にされていることも知らず、大助は地上にいた。
 その面はたしかにとまどった表情を浮かべてはいたが、それは上空の2人が思っていたようなことからではない。なにしろ、幸村と又兵衛の戦いは霧で隠されているのだから。大助からすれば、霧のなかを人影が動いているだけだ。
「あの……この霧は…」
「又兵衛が思いついたのだ」
 大助の質問に薫が答える。その間も、薫は再び新たなアシッドミストを放って薄れた霧を少しでも補おうとする。
 大助にとって不思議なのは、その行為だった。2人はもう激しく斬り結んでいる。霧は不要なのではないかと。
「幸村さんにとって、霧は特別なものらしいのだ。昔、まだ地球の日本で2人が生きていたころ、又兵衛の危機に幸村さんは濃霧のせいで間に合わず、又兵衛はそのときのけががもとで命を落としたということらしいのだ」
「おふたりにとっては因縁のものなのですね? ではこれで、父上が又兵衛さんの事を思い出してくれたら…!」
 希望がぎゅうぎゅうに詰まった声を聞いて、くるっと薫は大助へと向き直る。
「幸村さんは又兵衛とこの霧で記憶を刺激されるかもしれない。だけど、取り戻すのは大助ちゃんと氷藍さんなのだ。戦友や親友よりももっともっと強い、家族という絆が3人にはあるのだ」
 さあ、と薫は背を押して前に出す。
「お父上を取り戻すのだ」
「……ちちうえ……。
 父上っ! 僕です! 大助です! 僕のこと……思い出してください!!」
「………………」
 又兵衛と真っ向から打ち合い、刃を合わせるさなか、幸村はその声を聞いた。
 周囲を埋める幾多の剣げきのなかから聞こえた悲痛な子どもの声に、ふと視線がそちらへと流れる。そこにいたのは見覚えのない青年だった。だが、妙に気にかかって仕方がない。
 動きが止まり、生まれた隙を、孝高がついた。
 側面から斬り上げられた妖刀白檀と天上天下無双の間で派手に火花が散る。
 刃と刃をはさみ、2人は至近距離から顔を合わせた。
「……なあ幸村。俺とおまえで、一体何が違ったんだろうな? 俺たちにはどうしようもない何かのせいで、おまえはドルグワントとやらに覚醒し、俺はそうならずにすんだ。
 あの地で、ドルグワントになったおまえやほかのパートナーたちを見て、俺は思ったんだ。そのどうしようもない何かのせいで、俺もそうなっていたのかもしれない、と。そのせいで天禰を忘れ……大切なひとをこの手にかけていたかもしれない。
 たとえ何が起きても。ほかの一切に支配されず、パートナーを守りぬきたいと。強くそう思えた。それを知ることができたのはおまえのおかげだ。そのことには、礼を言う。
 だがな」
 孝高は全力で刃を押し返した。同時に。
「氷藍たちが心配している! とっとと元に戻れ!!」
 手加減なしの霞斬りが、双錐の衣の袖を切り裂く。
「……先からわけの分からぬことを女のようにぺちゃくちゃと。うるさい者どもだ。口を閉じて、ただかかってこい」
「なんだと!?」
「俺はこうしていれば……戦場に身を置いていられれば良い。他には何も、望んでなどいない」
 軽々と振り回された天上天下無双が腰だめにかまえられる。二股に分かれた中央に据えられた銃口がレーザー光に輝いたときだった。

「ゆきむらああああああああああああっ!!」

 天を衝く怒声とともに、人影が幸村の上にかぶさった。
 何事とふりあおいだ幸村の目に入ったのは、太陽を背に彼目がけて垂直落下してくる男の姿。見開かれた黒曜の目は怒り狂っている。
 目を瞠りながらもバリアを張ろうとした彼の足に、孝明の放った奈落の鉄鎖が巻きつく。そちらに気をとられた一瞬に距離は詰められ、それは決まっていた。

 ゴチーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!

 捨て身の、そして渾身の一撃。いや、頭突き。
 さしもの薫たちもこれにはあっけにとられ、ぽかんと口を開けている。
「この馬鹿嫁が!! とっとと正気に返って、土下座で俺の説教くらいやがれ!!」
 ぷしゅ〜〜〜〜〜う……と額から白い湯気のようなものを出して目を回している幸村の頭を両脇からわし掴みにし、怒鳴りつけた氷藍は、ぺいっと放り出す。
 幸村は完全に気絶していて、起き上がる様子を見せない。
 フン! と胸を張る氷藍の周りでは、もうこらえきれないとばかりにケラケラ大笑いするフジの声がしていた。