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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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 名牙見砦。
 城下町郊外の山中にひっそりと建つこの砦は、元々、古い武器・防具を保管しておくために建設された。
 垂直で高い壁でぐるりと囲まれ、入り口は北の正面のみ。中央よりやや西寄りに二階建ての建物があり、南東と北西に見張りのための塔がある。東側が空いているのは、本来そこに厨房、風呂、トイレが置かれるはずだったからだ。
 建物の入り口は南北に一つずつ。一階には六つの部屋があるが、これは武器庫に詰める葦原藩士の宿泊室だ。
 階段は廊下の中央にあるが、半螺旋状になっており、二階の端に出る。
 二階は中央に大きな武器庫がある。特に価値のある武器や防具をしまうための物だ。備え付けのクローゼットのように天井にも床にも隙間はなく、これ自体を動かすことはまず不可能だ。二階の面積のほぼ半分を、この武器庫が占めている。
 今はこれが、宝物庫だ。
 二階には窓はない。蝋燭では危険なので、代わりに太陽電池を使った電球を使っている。


 というような情報を、北門 平太(ほくもん・へいた)は空をぼんやり見上げながら諳んじた。森の中では小鳥がチチチチ……と鳴きながら、飛び回っているようだ。
「平和だなあ……」
と平太は呟いた。
「おい平太」
 雑草をガサガサ蹴飛ばしながら、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が近づいてくる。
「終わったか?」
「あ、ハイ」
 平太は頷いて、木の幹に立てかけておいた四十センチほどのバールを手に取った。
 撃てば明後日の方向に弾が飛ぶため、平太はハンドガンを持たない。他の武器も同様で、周囲が危険なので戦闘には参加しないように、と真田 佐保(さなだ・さほ)からは言いつけられている。――何しろ、穴を掘るためにツルハシを持てば、後ろの人間が逃げるほどだ。
「トイレぐらい、作っておいてほしかったですよね」
「物は考えようだぞ。何しろ、こんな場所じゃ水洗ってわけにはいかないんだ」
「?」
「敵がトイレを吹っ飛ばしてみろ」
 その有様を想像して、平太はぶるりとかぶりを振った。
「でも、僕なんかはいいですけど、女の人は大変ですよね……」
「女がどうかした?」
 背後から声を掛けられ、平太はひえっと飛び上がった。声の主は、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。黒いロングコートの下にホルターネックタイプのメタリックレオタードという姿は何度見ても慣れず、平太は別の意味で「ひえ」と小さく声を上げた。
 セレアナは、手に何枚かの板と蓋の付いたバケツを持っている。何に使うんだろうと、恭也は思った。
「これでも教導団ですからね。戦場では、男も女も関係ないわよ?」
 視線をバケツに逸らすことで落ち着いてきた平太は、確かに僕なんかよりは、と納得した。何しろ自分は、いつだってパートナーのベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)に守ってもらっているのだから。
 そこまで考えて、平太の顔が翳った。ベルナデットのことを考えているのだと、恭也には分かった。
 ベルナデットは平太が拾った<漁火の欠片>を持ったまま、姿を消した。そして、つい先頃、明倫館を襲った者の中に、彼女がいたというのである。機晶姫や剣の花嫁が行方不明になる事件が各地で起きており、ベルナデットも同じく被害者であろうと思われている。
 荒事を苦手とする平太が、砦の警護に名乗りを上げたのはそのためだ。あんな物を拾わなければ、夏期講習さえ受けていなければ、と後悔すること頻りだった。
 ぽん、と恭也は平太の背中を軽く叩いた。
「おい平太、あんま気負うなよ? 仲間がいるんだから、一緒に助ければいいんだよ」
「あ、はい」
 励ましてくれたのかな、慰めてくれたのかな?
 よく分からないが、平太は曖昧な笑顔を浮かべて返事の代わりにした。
「私は砦に戻るけど、あなたたちは?」
「俺たちは見回りの時間がまだ残ってるから」
「そう。……敵はいつ来るか分からないわ。くれぐれも気をつけてね」
「お互い様。奴らが来る前に、みんな罠とか作り終えてりゃいいんだけどな。それを待ってくれるほど、相手もお人好しじゃないだろうし」
 フッとセレアナは微笑んだ。
「油断は禁物だけど、全員が持てる力を注いでいるのよ。信じるのね」
「信じてますよ」
と平太は言った。みんなのことは。でも、僕は、と後は心の中で続けた。