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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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 ■ 月の雫 ■



 黒崎 天音(くろさき・あまね)がニルヴァーナの月冴祭に行くというので、ならばと同行したブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だったけれど、創世学園近くの会場に着くとすぐ、
「ブルーズは後で一緒に行こうね」
 と、天音は1人で行ってしまった。
「ぬ……」
 少々面白くなかったが、それを言い立てる気もない。
 餅を搗いているたいむちゃんたちを手伝おうかと、ブルーズはさっき見かけた辺りへと向かった。


 ブルーズと別れた天音は、鬼院 尋人(きいん・ひろと)との待ち合わせ場所である小舟乗り場へゆるゆると歩いていった。
 その道すがら、空を見上げている小さな地祇、ニル子に出会った。
「こんばんは。今日は本当にまんまるで綺麗な月だね」
 声を掛けられたニル子は、ぱっと振り向いて笑顔で答える。
「こんばんは。良い夜ですねぇ」
「月を見ていたのかい? ニルヴァーナの地で生まれたばかりの君が、あの月をどんな気持ちで見上げているのか……興味があるよ」
 天音はニル子の頭を撫でて、さっきまでニル子がしていたように月を見上げた。
「どんな気持ち……大切で、嬉しくて、綺麗で……」
 そこまで言ってニル子はふと思い出したように天音に聞いた。
「もし良かったら教えてもらえませんかぁ。“愛してる”ってどういうことですかぁ?」
「“愛”ねぇ」
 ニル子の疑問の声に天音は小さく笑った。
「月を見て難しいことを考えてたんだね……そうだな、ひとを愛したいという気持ちを自覚した時に初めて、なんとなく分かるものなんじゃないんだろうか」
「ひとを愛したい……」
 ニル子は自分の中にある感情を確かめるように、黙り込んだ。けれどしばらくの後、まだ分かりませんねぇと首を振る。
「君にはこれから知ってゆくものが沢山あるんだろうね。ああ、そういえば、君はジェイダス理事長の生徒だったね。その内機会があればパラミタにも遊びにおいで。愛の象徴とされることも多い薔薇がとても綺麗な所を案内するよ」
「はい、ありがとうございますぅ」
 素直に頭を下げるニル子に、ではまたいつかと再会を約し、天音は待ち合わせ場所へと歩き出した。


 約束の時間ちょうどぐらいに天音は待ち合わせ場所に到着した。
「随分待たせてしまったようだね」
「そんなことないよ。まだ来たばかりだから」
 そう言うと天音は尋人の足下に視線をやって、何も言わずに笑った。
 何だろうと見てみれば……、
「うわ、っ……」
 そこには待つ間にうろうろと歩き回った足跡が幾重にも。尋人は慌てて靴の裏でその痕跡をこすって消すと、天音を小舟へと促した。

 ――少し前、尋人は天音にキスをした。
 人間大砲で打ち上げられた天音を受け止めることが出来たら、という約束で無事成功したのだ。
 勿論それは嬉しかったのだけれど、ゲーム感覚の勢いで突っ走ってしまった感じだったし、しかも押し倒したときに天音の頭を地面に打ち付けてたんこぶを作ってしまい、あまりロマンチックと言える状態ではなかった。
 今回舟に乗って月を見るというシチュエーションで、今度こそ静かにきちんと天音に気持ちを伝えたい。
 あの幾重もの足跡は、そんなことを考え巡らせていた名残だ。
 けれどそれは、恋人という感覚とは少し違う。
 一緒に居ると楽しいし嬉しいけれど、普段はお互いがそれぞれ興味のあることに向かって行動していて、束縛することもされることもない。
 好きだし惹かれてもいるけれど、もっと強く感じるのは、天音の気持ちや立場を尊重したいという想いや、絶対的な信頼だ。そういう気持ちでずっと寄り添っていたい。

 そうは思えども、いざ舟の中で2人になると、尋人の言葉は出てこない。
 この気持ちをどう表現したら良いのか分からないということもあるけれど、それよりも。
(触れたい……)
 天音が見かけよりもずっと身体を鍛えていて、自分よりも遥かに強いことを尋人は知っている。けれどそれでも、天音を守りたい。天音を強く腕の中に抱きしめて守れるほどに大きい存在になりたい、と願ってしまう。
 そんな尋人の心も知らぬげに、天音は月を振り仰いでいる。
 月明かりに照らされた天音は、やはり綺麗で。
(ええと、こういうときはなんて言うんだっけ……?)
 尋人は言葉を探し、そしてそれを口に出す。
「つ、月が綺麗ですね……」


 尋人の煩悶の様子を目の端に捉えながらも知らんぷりしていた天音は、笑いをかみ殺した。
 こういう所を好ましくも可愛くも思うのだけれど、緩みそうになる口元を引き締めておくのは至難の業だ。
 肩を抱こうとして伸ばされる尋人の手を、天音はすくい上げるように取り、狭い舟の中、ひっくり返して押し倒す。
 舟底に後頭部をぶつけてたんこぶを作らせたら、先日の仕返しになるだろうか。
 そんなことを考えつつ、尋人の頭の後ろには手を添えて、ぶつけないようそっとクッションに。
「黒崎……?」
 戸惑う尋人に囁きかける。
「僕に悪戯するつもりかな? 悪い子だね」
 尋人に覆い被さり、天音はシャツの襟に指をかけた。1つずつボタンを外してゆけば、出会った頃より随分逞しくなった身体が現れる。筋肉の付き具合を確かめるように手のひらで撫でると、その感覚に耐えるように尋人の身体にぎゅっと力が入った。けれど抵抗はしない。
 見開いた尋人の瞳には、天音と月が映っている。
「黒崎、大好きだよ……」
 身体の力を抜き、尋人は自然に目を閉じた。すべてを天音にゆだねるように。
「君は、本当に“ばか”だね……」
 ばか、の2文字に今の自分の想いをこめて。口元の笑みに愛しさをこめて。
 可愛くてたまらないその相手に、天音は今宵の月の光のように、惜しみなくキスを降らせるのだった――。