|
|
リアクション
「あ、遠くに見えるのはミニチュアの蒼空学園ですよ!」
「こっちは海京の砂浜です」
「『東京』も素敵ですね。すごい、日本の桜! ここは勿論出身ですから言ったことありますよね。懐かしいですね、涼司くんも小学校に桜がありました? こっちは京都の紅葉でしょうか。これ本物……ですよね?」
ついついはしゃいでしまう妻・山葉 加夜(やまは・かや)を、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は意外そうな眼で見た。
「そんなに嬉しいのか?」
「だって、新婚旅行って行ってないですよね? だから世界を回りながら、新婚旅行気分を味わってみたいなぁって」
一瞬、涼司の足が止まる。
妻の笑顔はだがどこにも屈託などなくて、彼の心は罪悪感でいっぱいになる。
再び歩き出しながら、渋いものを飲み込んでしまったような表情で、
「……悪かったな、どこにも連れて行ってやれなくてさ」
「いえ、涼司くんと二人ならどこでも嬉しいですけど」
頬をほんのり染めて、加夜は答えた。
けなげな彼女に、じゃあ自分も新婚旅行気分になるかと、涼司は腕を差し出した。加夜は腕をからめて寄り添って、世界を歩く。
「あ、静香校長ですよ。素敵ですね」
会場内のチェックだろうか、桜柄の振袖の桜井静香がスタッフである舞妓姿の女子生徒と何やら話しているのが見える。
スタッフたちもそれぞれの場所の民族衣装を着ているので、ジオラマには本物らしい雰囲気が生まれていた。
日本を通り過ぎ、中国、モンゴルと過ぎていく。砂漠の部屋──周囲に砂漠の絵が描かれ、本物の砂に見える床に、オアシスが設えてある──差し掛かった時、
「心なしか暑い気がします」
加夜はそう言った。
「温度も調整してあるんでしょうか。あ、この衣装、涼司くんに似合いそうです」
スタッフの二人が着ている砂漠の民風の男女の衣装に、彼女は声をあげる。
撮影していいですかとカメラを構えて何度目かの写真を撮っていると、涼司は別のスタッフに何か話していた。
「──どうぞこちらへ」
すぐに戻って来た涼司は、横にサリー姿のスタッフを連れてきていた。彼女が微笑んでいるのを、加夜はきょとんとした顔で、
「涼司……くん?」
「こっち来いよ」
手を涼司は取って、すたすたと裏手の試着室まで連れて行った。
「どういうことですか?」
「事情を話したら、着せてくれるっていうんだ。せっかくだから記念撮影でもしよう。──ほら、これとこれ、どっちがいい?」
彼にしては珍しく勢いのある口調だった。後から付いてきたスタッフは、両手に様々な色合いの布を持って加夜の前に広げて見せる。
「えーと、着ていいんですか?」
「そうだな、これがいいと思うな……きっと髪の色に似合うんじゃないか」
「そうですね、お似合いですよ。着付けは私の方でしますから」
「じゃあ頼むな」
「え、え?」
加夜が戸惑っている間に話がぽんぽんと進んでしまうが、スタッフに連れられて彼女はなされるがまま、その衣装をあっという間に着付けられた。
緑がかった青い布の全面に施された刺繍とビーズでキラキラと輝くサリーを纏った妻の姿に、涼司は目を見開く。
その表情に、加夜はほっぺたをふくらませた。
「私だけなんてずるいです。涼司くんも着てください」
「いや、俺は……」
「せっかくですから、どうぞ」
渋る涼司に、スタッフは微笑みながらも半ば強引に、試着室へと案内する。
結局二人は各々インドの衣装を着て、砂漠のジオラマまで引っ張り出された。
「ふふ、これはこちらの婚礼衣装なんですよ。カメラをお借りします──写真をお撮りしますね」
二人はちょっと緊張しながらも寄り添って、砂漠とオアシス背景に写真を撮る。
加夜は照れたように鼻をかく涼司の表情に、誘ってよかったなと思いながら、その衣装のまま、ヨーロッパやアメリカの町並みを旅していく。
同じものを見て、同じことを話して、──それだけで幸せだな、と思いながら。