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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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   一一

 ミシャグジの洞窟の終点は、五階だ。その四階から五階へ下る階段の途中で、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)の三人は待っていた。
 唯斗はオーソン目掛けて、階段を駆け上がった。その前に立ちはだかるのは、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)だ。
 だが唯斗は、エクスの頭に手をかけ、それを軸に、一瞬にして距離を縮めた。
「ぶっ飛ばしてやる!」
 その瞬間、「ザクロの着物」で姿を消していた両ノ面 悪路が、「聖杭ブチコンダル」を文字通りぶち込んだ。唯斗の身体がくの字に曲がり、階段の外へ飛び出す。咄嗟に指先を階段の端に引っ掛けた唯斗は、壁を蹴り、その勢いで再び悪路の前に立った。
 普段、直接戦うことの少ない悪路だが、寄生虫の安愚蟲、硬膚蟲、侵蝕蟲により、体力、防御力、筋力全てが強化されている。
 唯斗も負けていない。刀などいらない。ただオーソンを殴るためだけに、身を固めている。
 狭い足場で、二人は睨み合う。狭い足場、まずは殴り合い勝負になる。
 最初に動いたのは唯斗だ。両手を自在に操り、悪路の顔、胸、肩、腹など殴りつけていく。悪路は避けようともせず、二発受ければ一発、四発受ければ二発を唯斗に返す。ところが次第に、空振りが多くなっていることに悪路は気づいた。
「【ミラージュ】……!」
 巧みに己の幻影を混ぜ、悪路の攻撃を躱しているのだ。これはまずい、と彼は考えた。
 唯斗の方は、思ったほど悪路にダメージを与えられないことを訝しんでいた。攻撃は確かに当たっているはずだ。いくら防御力を高めていても、そろそろ影響が出てきてもいいはずだ。しかし悪路は、平然としている。
 そこでハッとなった。
「<漁火の欠片>か!」
<漁火の欠片>には、いくつか能力がある。漁火に化けたのもそうだが、痛みを感じず、ダメージが徐々に回復するという特性もあった。
「それならそれで、やれることもある!」
 痛みは体のバロメータだ。回復するより速く、激しく、ダメージを与えればいい。
 唯斗は右の拳を握り締めた。そして――息を飲んだ。
 そこにエクスがいたからだ。
「貴様――!!」
 分かっていた。偽であることは。本物のエクスは、今、背後でリーズたちと戦っている。それでも一瞬、動作が遅れた。「聖杭ブチコンダル」が腹に突き刺さる。左腕にサターンブレスレットを嵌められた。
「エクスにやられた」
 そのことだけが、頭を巡る。
「エクス――許せ!!」
 唯斗は渾身の力を込めて、「超理の波動」を放った。


 一方、唯斗に頭を越されたエクスは、そのままリーズと睡蓮に向かった。ブライドオブブレイドを構えながら。
「エクスさん…いえ、エクス!いい加減目を覚ましなさいよ! アンタはそんなにやわな女じゃ無いでしょう! 今からアナタをぶっ飛ばして目を覚ましてあげる! それで元に戻らなきゃ……わ、私が唯斗を貰っちゃうからね!」
「リーズさん、どさくさ紛れに何を」
「ああああ、そ、それはともかく、だから、さっさと、起きなさい!」
 リーズは「百獣の剣」を握り、駆け出した。
 エクスはブライドオブブレイドを大きく振り下ろした。リーズの目の前で階段が砕け散る。飛んできた欠片が、リーズの頬をざっくり裂く。だがリーズは構わず、エクス目掛けて穴を飛び越えた。
 そしてエクスがブライドオブブレイドを引き上げるより速くその上に乗り、「百獣の剣」を下から、掬うように切り上げた。
 エクスはブライドオブブレイドを手放し、後方へ下がった。
 リーズは腰を落とし、じりじりとにじり寄る。
 後方から、睡蓮のアルテミスボウがエクスの足元に突き刺さる。その瞬間、リーズは「百獣の剣」を捨て、エクスの懐に入り込んだ。【レジェンドストライク】でビンタを叩き込むために。
 が、エクスはレジェンダリーソードを抜き、リーズの背中をそれで突き刺したのだった。


 一雫 悲哀は目を逸らした。パートナー同士の戦いなど、とても見ていられない。
「なぜこんなことをするのですか!?」
 悲痛な叫びだった。
「何が目的なのですか!?」
(かつて世界は選択を誤った)
「え……?」
(遥か遠い昔、滅びを恐れるあまりに大いなる理を捨て、この世界は導を失ったのだ。私は過ちを正す。そして、世界を“先”へ)
「それと、剣の花嫁や機晶姫を操ることに、何の関係が!?」
(事をなすには、手駒が必要だ。特に強い兵が。剣の花嫁も機晶姫も、本来は兵士。問題はあるまい)
「酷い……」
 そのために、こうしてパートナー同士を争わせるというのか。
 悲哀は、自分の後ろにいるベルナデットをちらりと見た。何度声を掛けても、少女は答えない。反応もない。ここに平太がいないことは、幸いだった。あの少年では、抗うことなく、ベルナデットに殺されてしまうかもしれない。――いや、さすがにその時はもう一人のパートナーが現れるかもしれないが、どちらにせよ、悲劇であることに変わりない。
 悲哀はハッとした。目覚めたときから、なぜ殺されなかったのかを考えていた。
 そして今、オーソンは「手駒が必要」と言った。その気になれば、黒装束たちのような兵隊に洗脳することも、オーソンには可能なはずだ。そうしなかったからには、別の理由があるはずだ。
 ただの人質ということもあるだろう。だが、それ以外にも何か。
「私は、なぜ生かされているのですか?」
 ころり、とオーソンの目が動いた。
(死にたいのか?)
「いえ……」
(そう、急ぐことはない。人である以上、お前たちはいずれ死ぬ。――行くぞ)
 オーソンの合図と共に三道 六黒、ベルナデット、悲哀の三人は、地下五階――ミシャグジの洞窟最奥へ飛び降りた。