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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

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●夜はまだこれから

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ら四人が会場を訪れたのは、いささか遅くなってからのことだった。
 しかし夜はまだこれから。主催のエリザベートらに挨拶をして回る。
「まさに星降る夜だね♪」
 ルカルカが足を止めたのは、仁科耀助の前だった。
「ああ、そうだね。ルカルカ、こうして美しく着飾ったキミに会えて嬉しいよ。おっかない三人を引き連れてなかったらもっと嬉しかった」
「おっかない?」
 むすっとカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は腕組みする。
「こう見えて俺は愛されるキャラクターを目指してるんだぜ」
「その顔と声でよく言う」
 夏侯 淵(かこう・えん)がさっそく茶化し、カルキノスはますます渋い顔をする。
「俺はむしろ、怖がられているくらいでちょうどいい」
 一方でダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、やはり我が道を行く男なのである。
 耀助の言うように、ルカルカはフォーマルなドレスを着こなしており、それはダリルも同様だった。ルカとダリルはこういった場も慣れており守備範囲といえるが、他の二人はそうではなさそうだ。
「窮屈そうだな」
 とダリルが感想を述べると、よく言ってくれたとばかりにカルキノスは鼻息荒くなる。
「動き難い訳じゃねぇけどよ。鱗のがカッコイイじゃねぇか」
「そのような問題か」
 呆れ半分に淵が口にするも、カルキノスはまるで聞いていない。
「では三匹は少し外すか。ローラにでも会ってこよう」
 ダリルが颯爽と歩き出すと、
「おい、三匹って言うな、三匹って」
「またつまらぬことにこだわるな、おまえも……」
 カルキノスと淵も続いた。
 ダリルたちはいつもああだから、と肩をすくめてルカは耀助に改めて言った。
「一年って早いね……ま、団長に言わせたら『まだ終わってない』んだけどね。いかにも団長らしいよ。確かにそう。国防に休みなんて無いもんね……。大蛇事件を皆の力で軽ーく解決してさ、来年は気持ちよく過ごせるようにしよう!」
「いいな、それ」
 耀助はグラスを上げた。
「軽ーく、ってのが気に入った。オレ向きだよ」
「メリークリスマス」
「ああ、メリークリスマス」
 はい、とルカは彼に小箱を手渡した。
「クリスマスプレゼントだよ」
 耀助が開けるとそれは、星をモチーフにした男女兼用のピンブローチだった。
「あは、これって希望の意味があるんだってさ」
「しまった。オレはルカちゃんにあげるものがないな。よーし、じゃあキスでも……あ、冗談だってばさ。冗談」
 さて一方ダリルは、つかつかとローラに近づいて行った。
「な、なによあんた」
 ローラをかばうようにパティが前に出るも、ダリルはまるで動じない。
「お前たちには興味がある」
「ダリル・ガイザック! 挨拶くらいしなさいよ」
「ちゃんとしたのは、後でルカのやつがする」
 などと効率的なのかどうなのかよくわからないことを述べて、ダリルはさっそく本題に入った。
「以前自爆装置を外すとき体を開いたが、お前たちの内部構造は実に美しかった」
「内部構造?」
 ローラがきょとんとした顔をする。
「機械ってことよ。『女性の口説き方』のたぐいの本には絶対載ってない褒め言葉よね」
「あいにくとそういう本は読まない」
「知ってる。……じゃなくて何の用よ?」
「一度整備……つまり健康診断とケアをしたいのだが……」
 そのとき、「メリクリー!」と声を上げてルカルカがパティとローラにハグをした。
「こーらダリル、その申し出自体は善意からだと思うけど、それっとクリスマスに言うこと?」
「いけないか」
 はーやれやれ、と溜息してルカは言った。
「ローラとパティ……二人でダリルにクリスマスってのが何かを教えてやってちょうだい」
 あたしはパス、ていうか無理、と逃れるパティと違って、ローラはしっかりとダリルの両手を握って言った。
「ワタシ、わかるね。クリスマス、それは、人が人を大切に思う気持ち、伝えるいい機会ね」
「思いやりということか」
「そんな感じよ。ワタシ、ダリルのこと好きね。ダリルはワタシ、好きか?」
 ローラの純真無垢な大きな瞳に見つめられ、さすがのダリルも照れたか、やや言い淀んだが、
「嫌いなはずないだろう」
 と返答した。
「そう、それでいいね」
 にっこり笑ってローラは彼から手をはなした。
「おい、今のやりとりはちょっと意味深だな。けどダリルのことだ、さっきの発言は機械フェチとしてのものか?」
 カルキノスは楽しそうだが、ダリルはと言えば、
「人聞きの悪いことを言うな」
 とにべもない。
「ダリルは鈍感でな。許してやってくれぬか」
 と淵がローラに軽く頭を下げて、四人はそこを離れたのだった。もちろんパティとローラにも、星のピングローチを手渡している。
「ところでさ」
 会場を歩きながらルカルカは言った。
「ツリーの天辺の星って特別な効果があるじゃない? 賢者を導いたベツレヘムの星で『希望』を意味するって言うし。だからあとでエリー……いや、エリザベート校長に頼もうと思ってるんだけど、パーティが終わったら、あの星を取り外してイルミンスール世界樹の天辺に飾りたいなって」
「どういうことだ?」
 という淵に、爽やかな笑顔と声でルカは言ったのである。
「イルミンは大きいから、凄く沢山の人を約束の地に導いてくれるんじゃないかな……そう思って」
「いつまでも子どもだな……」
「えー、いいじゃんさー」
「俺はいいと思う」
 と言ったのは、淵だった。
「パラミタの現状を考えると、来年の今日もここで祝えるとは限らぬゆえにな」
 ところがこれに対し、ルカは力強く言ったのだった。
「祝えるよ!パラミタは滅びない、滅ぼさせない!」
 と。

 時間とともにパーティ会場には人が増え、かなりの盛況となる。
「良かった……はぐれるかと思っちゃった」
 杜守 柚(ともり・ゆず)は安堵の吐息をついて、今宵の同行者杜守 三月(ともり・みつき)と夏來香菜を眺めた。
 柚は目の覚めるような蒼いドレス、これに対し、香菜のドレスは好対照の赤だ。
 一方で三月は黒がベースのスーツ。きっちりと締めたネクタイも決まっている。
「ここからだと、天窓から見える星空が綺麗だよね」
 歌を口ずさむように三月が言う。彼には本当に、こういう台詞が似合うと柚は密かに思っていた。
「ちょっと疲れたし、座って話しませんか?」
 柚の提案で、三人は星降る夜空を眺めながら会話に華を咲かせるのだった。
 かたわらには、お約束のようにケーキ。
 ビュッシュ・ド・ノエルと呼ばれる薪型のケーキだ。
 幸せは一緒に味わうもの、分けて食べれば美味しさも倍増である。
「やっぱりケーキって美味しいですよね。またまたケーキ食べに行きたいなあ……」
 漠然と柚が言ったところで、三月は決して甘い顔をしない。
「うん……まあ、ほどほどにね。今だって、ほどほどにね。食べ過ぎは毒だよ」
「えーっと……気をつけます」
 会話は、『これまでのクリスマスについて』というものに移った。
「香菜のクリスマスの思い出とか訊いてみたいかも」
「えっ? それほど特殊な思い出ってないかなぁ……」
「誘いが多そうだよね」
 すると香菜は、「ないない」と否定するのだった。
「私、ってそんなに面白味のあるほうじゃないから……そもそも友達が少ないし」
「で……でも香菜ちゃん、今は私、友達ですよね」
「ありがと柚、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「サンタクロースって何歳まで信じてました?」
「実はね、結構大きくなるまで信じてたクチなのよね。小学生の間はずっと信じてたかも」
「はは、それは夢があっていいなあ。面白味がないなんて全然思わないよ」
 ところで、と三月は包みを取り出した。
「はい、メリークリスマス。二人にクリスマスプレゼントを用意したんだ」
 それは花とリボンをアレンジしたブローチ。
 可愛くおしゃれなデザインで、色違いだがお揃いだ。
 香菜は寒色系で統一した太陽のような色彩、一方で柚は落ち着いた、暖色系の色彩だった。
「気に入ってくれるといいけど……」
 と言っておずおずと取り出した三月だが、もちろんそれは杞憂だった。二人ともすぐその場で身につけてくれたからである。
「私からもあるんです」
「えっ? ありがとう!」
 柚が香菜に手渡したのはリボンのセットだ。シンプルな物からレースを多めに使った豪華なデザインでドレスに合いそうなリボンなど色々、さまざまな場面で役立つだろう。
「それで三月ちゃんには……」
「僕にもあるのかい? 嬉しいなあ」
 ところが反応を見ることはできなかった。
 なぜなら柚が、自宅にプレゼントを置き忘れてきたからである。
「あっ、えっと、その、家に帰ってから渡しますね……用意してあるんですよ! 本当ですよ! ……玄関に」
 そそっかしいですね、ごめんなさい、と頭を下げる彼女を、「いいからいいから」と落ち着かせて三月は言った。
「おかげで、パーティ終了後の楽しみが増えたわけだし」
 それもまたいいものだ。
 そもそも、柚のそそっかしさには慣れっこだし。
 
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は迷っていた。
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)に話しかけるべきか、どうか。
 そもそも今夜のパーティに、彼女が来ていることすら予想外の驚きなのだった。
 雅羅のことは聞いている。正確には、彼女のパートナーであるアルセーネ・竹取に起こったことは。
 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)という危険きわまりない龍を、目覚めさせようともくろむ一党があるという。(その一党が最近話題のグランツ教だという噂もあるが、ここではその真偽は問わない)
 アルセーネは大蛇復活の威力を弱めるため、自己を犠牲にしたという話だ。大蛇復活の鍵となる八人の乙女、その一人として我が身を捧げ、大蛇を制御しようと考えたのだという。
 そのままアルセーネは姿を消してしまった。本当に犠牲になったのだろうか、それとも……。
 アルセーネの失踪からおおよそ一ヶ月。アルセーネとは単なる契約者とパートナーという関係にとどまらず、姉妹のように仲の良かった雅羅のことだ。いまなおその胸を痛めていることは用意に想像がつく。
 だから――夢悠は予想する――きっと雅羅さんにはアルセーネさんが無事という確信があって、あるいは彼女から「自分を信じてほしい」と聞かされていて……それでこうして、日常のイベントに参加しているんじゃないか。
 それでも、決して明るい表情をしていないのだけど。
 元気づけてあげたい。
 それが夢悠の偽らざる気持ちだ。
 しかし、自分にはその資格がない……と思う。
 ――最近、僕は二度も雅羅さんに告白して……困らせてしまったから。
 悔いても悔いきれない。どちらも自分の想いを自重できずに雅羅の気分を煩わせてしまった。強引な愛の押し付けだった。
 不甲斐ない気持ちもある。
 人生のパートナーになりたいと大きなことまで言ったにもかかわらず、今の夢悠は、雅羅にかける言葉を見つけられないでいるのだ。今、雅羅の傍にいると、告白への返事を保留している彼女へ催促をしているようで嫌だ。
 遠くに見える雅羅を物陰から見つめながら、それでも近づけず、声などもちろんかけられず、ぼんやりと料理の皿をつつく。
 だがそんな夢悠の気持ちなぞ、同行者の想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)はとうにお見通しである。
「それでも……手はあるはずよ」
 話の主題など告げず、瑠兎子はいきなり核心にふれた。
 小半時ほどして。
「雅羅さん、メリークリスマス」
 声をかけられて雅羅は顔を上げた。
 見知らぬ少女が立っていた。
 真っ赤な衣装はサンタのコスプレ、それも、短いスカートを履いたサンタ少女だ。
「メリークリスマス。でもあなた誰だったかしら……」
 とまで言って、雅羅はその少女に見覚えがあることに気がついた。
 しかも、少女の隣には瑠兎子までいるではないか。
「あなた、まさか……!」
 そのまさかだ。
 少女は、夢悠が桃幻水を飲み、性別を一時的に変えて現れた姿なのだった。
「パーティだからって友達からこんな格好させられちゃって……」
「結構あっさり折れて、すんなり女性化も女装もしちゃったのは、さすが男の娘アイドルよね」
 申し訳なさそうな口調の夢悠であり、対して、実に楽しげな口調の瑠兎子である。
「あっさりもすんなりもしてません!」
「またまた」
 そんな二人のやりとりに、雅羅も少し、表情を緩めた。
「いいんじゃないの? 似合ってるわよ、それ」
「雅羅さんまでー」
 まるで『普通』の『同性の友達』のように、気さくに夢悠は話しかける。
「今日は寒くなかった?」
「これを飲むと温まるわよ。あ、この料理、美味しいから食べてみて!」
 それは瑠兎子も同じこと。
 二人とも、アルセーネのことや八岐大蛇には触れない。それでいて、雅羅を明るくすべく、様々な話題を振るのだった。
「ね? 外のクリスマスツリー、見にいかない?」
「雪が降ったみたいよ」
 雪? と思わず雅羅は問い返していた。天窓から見える夜空は星で埋まっている。雪が降るような天候ではないはずだ。
「気になるなら行ってみようよ」
 夢悠はごく自然に、雅羅の手を取っていた。
 手は冷たかった。
 このとき夢悠が思ったのは、以前彼が「いつかイルミンへ来てね」と雅羅と交わした約束が成就したということ。
 けれどそれを言うのは控えた。
 なぜって、あの約束をかわした場面、そこにはアルセーネの姿もあったのだから。
「どきどき手作りホットケーキ♪」
 このとき突然、瑠兎子が歌い始めた。
「あの子が大好きホットケーキ♪
 食べてる笑顔が好きだから♪
 かちゃかちゃじゅーじゅー♪
 ほら出来た!
 美味しそうなホットケーキ♪」
 歌っているだけではない。彼女はダンスも披露している。
「あの子が帰るのは何時かな?
 ラップにかけても冷めちゃうよ……
 仕方ないから食べちゃおう!
 とっても美味しかったよホットケーキ♪
 もっと美味しく作るよホットケーキ♪」
 くるっと回ってはいポーズ。
「こんど、アイドルの仕事でやるんだ。いきなりだけどこれはリハーサル♪
 今夜のパーティはね、ホットケーキだと思うんだよ。今日の楽しさ、美味しさを、今度はアルセーネさんに伝えよう。ね?」
 夢悠はすくみあがった。あれほど避けていた『アルセーネ』の名を、瑠兎子があっさりと口にしたからだ。
 どうなるかと思いきや、雅羅の返答は笑顔だった。
「ええ、そうね。必ず……!」