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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

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●恐怖の闇鍋コロシアム〜幕開け

「押忍!」
 ドドンガドドンガドンドン!
 下腹に響くドスの利いた和太鼓。
「押忍!」
 ドドンガドドンガドンドン!
 やはり響く。かなり響く。ヘヴィー和太鼓。なんだこの気合いの入った音は。
「押忍!」
 太い腕。濃い眉。分厚い唇に広い額。引き締まった鋼のような肉体は、さながら金剛力士像。けれど女子。最強女子。彼女こそ、泣く子も黙る三代目、蒼空学園校長馬場 正子(ばんば・しょうこ)その人だ。
 ドドンガドドンガドンドン!
 雷鳴のような和太鼓に全身をビリビリさせながら、正子は三度目の正拳付きを終えた。正拳付きといってもただの振りではない。一撃ごとに風がうなり、汗の飛び散るほどの強烈無比っぷり。まさしく風雲を呼ぶこの拳、魂のこもったアイアンフィストよ。
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……。
 和テイストのドラムロールを背景に、正子は突きをやめ悠然と腕組みした。
 なんというか、山が動いたようである。
 伝説の巨人が、最後の審判を下すため降臨したかのようでもある。
 はっきりと言えるのは、このとき、イルミンスール校舎内にしつらえられた特別会場が、水を打ったように静まったことだった。いずれの参加者も、彼いや彼女馬場正子の次の一言を、固唾を呑んで見守っているのであろう。
 がぱっ。まるまると太った蛭のような唇が上下に開いて、黒い黒い洞穴を思わせる大きな口が開いた。
 そこから轟く正子の大喝を聞け。
「わしが蒼空学園校長、馬場正子である!」
 ドドーン! 和太鼓が爆発した。
 ふーっ、と大仰に口元を拭って正子は続けた。
「ようこそ諸君、美食の網走番外地、名物『闇鍋闘技場(コロシアム)』へ!」
「えっ、闇鍋……!?」
 聞いてないよ、と真顔で狼狽したのはアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)だ。食事はこちらと聞いて(誤って聞いて)来たのだ。
 だがそんな彼女に声上げる暇を与えず、正子の解説はブルドーザーのように続いた。
「皆も気づいたであろう。本日、エリザベート校長の承諾を得てこれを用意した」
 一同の前に設置されたのは大鍋、それも、ちょっとしたプールと呼んでさしつかえないほどの巨大鍋だ。魔女が薬品を大量生産するのに使われるものだとか。
 鍋には現在、白みがかった液体がたっぷりとたたえられている。液体はぐらぐらと、大量の薪で煮られていた。
 なお、会場は畳が敷かれており、中央部分だけ囲炉裏のような状態になっていた。その中央にあるのが、巨大鍋というわけだ。
「ルールは単純。これから一定時間後に消灯となる。鍋に用意した食材を投ぜよ。闇の中、箸にてこれをつかみ、食らうがいい」
 ぐわ! 正子は鶏卵のような目玉を剥きだしにした。
「掟(おきて)ひとつ! 食物以外を投ずるべからず!
 ふたつ! 一度箸をつけたものは必ず食すべし。ただし食物に限る!
 みっつ! 仲良く、楽しく!
 ……わしからは、以上である」

 再び山が動いた。正子がその巨体をどっかと床に下ろしたのだ。正子のそばには肘かけが置かれている。和太鼓を叩いていた荒武者も揃って着席した。
 なおこの荒武者というのは、実はコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)なのである。
「ショウコ……む、今は馬場校長だったな……立派な挨拶だったな。お疲れ様だ」
「おう。鍋を運んでもらったり、おぬしには随分世話になったな。例を言うぞ」
 腕組みして応える正子は実に漢(おとこ)らしい。(少女だが)。
「なに、我らが蒼空学園のリーダーの主催する鍋大会だ、蒼空学園生徒として手伝いをしない訳にはいかんだろう」
 口には出さないが、実はハーティオンは正子の護衛もかねて同行しているのだった。校長となった正子は現在では世界的な要人、闇に紛れて正子に危害を加えるものがないとは言い切れない。
 ところで。
 アゾート・ワルプルギスにとってこの闇鍋が寝耳に水な話なのは先に触れたが、アゾートの姿を見かけただけで参加した風馬 弾(ふうま・だん)にとっても、あらゆる意味で想定外の話だった。
「えらいところに来てしまった……」
 パラミタに来てまだ数ヶ月の弾なので、このような『名物』は初耳だ(というか正子がいきなり『名物』と言い出しただけなので大半の参加者にとっても初耳なのだが)。単純に『知り合いのアゾートがいる』という理由だけでふらふらと来てしまったのが悔やまれるところである。
「どうします……?」
 弾のパートナーノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)が、「逃げますか?」とでもいいたげな表情で告げた。
「いや、でも……」
 弾の目はノエルではなく、会場前方にいるアゾートのほうを向いていた。
 パラミタに来て日の浅い弾にでも、わけへだてなく接してくれたアゾート。
 まだ『友達』と呼べるほど近い関係ではないけれど、それでも、親しくしてくれたアゾート……。
 そんな彼女を魔の宴に置きざりにして、自分一人で逃げられようか。
 男には逃げてはいけないときがある。
 避けては通れない闘いがある。
 それこそが、これだ。
「このまま闇鍋に参戦するしかないよ」
 彼は断言した。そして、まだ当惑気味のアゾートににじりよったのである。
「アゾートさん、お久しぶり」
「ああ、弾くん。お久しぶり」
「アゾートさんも……間違ってここに来ちゃったんだよね?」
「うん。まあ……それはそれで、楽しむことにするよ」
「怖い食材が来ても安心して。僕もつきあうから」
「いいの? でも大変なものが当たっちゃうかもしれないよ」
「大丈夫! 僕も一応男の子、アゾートさんにあまりに変なものが当たったら、身代わりになって食べる覚悟だよ!」
 その言い方が面白かったのか、それとも予想外の回答だったからか、あははとアゾートは笑って、
「気持ちだけいただいておくよ。僕もね、わりと悪食だから変なものでも平気だよ」
 だったら、とでもいうかのように、ノエルがはーい、と手を挙げた。
「私は救護係をさせてもらって、食べるのは、弾さんやアゾートさんにお任せします。
 私は救護係をさせてもらって、食べるのは、弾さんやアゾートさんにお任せします」
 以上、大事なことなので二回言いました、と彼女はすがすがしい笑顔になるのだった。
「まあまあ、そう言わずに」
「そうだよ。一緒に苦し……いや楽しもうよノエル!」
「いえいえ、そういうわけには。というか弾さん、今、ちらっと本音がのぞいたような……」
 と、彼らが大人のやりとり(?)をしている一方、すぐ近くにいるイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)はただ黙って正座し、心を落ち着けようとしているようだ。
「明鏡止水の心境……といったところかな」
 イングリットの真横に腰を下ろした青年は、脱いだトレンチコートを腕にさげている。ウィンザーノットに結んだネクタイをほんの少し緩めて、糊の利いたワイシャツの腕をまくった。
 青年の名はマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)、イングリットと同じ英国人だ。
「フォーマルな場で君と会うのは珍しいね……まあ、これがフォーマルだとすれば、だけど」
 マイトは苦笑してしまう。巨大鍋が煮えたぎる前での食事、しかも闇鍋というのは、あまりフォーマルな雰囲気ではなかろう。
「それにしても何で君はまた、こんなあからさまに不穏そうな所にいるんだ……いや何となく理由は分からないでもないがなんというか……相変わらずだな君は」
「理由がおわかりなのならよろしいのではなくって」
 武道でのライバルという対抗心があるのか、イングリットの言葉はどことなく素っ気ない。
 要するに、『コロシアム』という言葉に惹かれてしまったのだろう。来てみてびっくり、というわけだ。
 彼は皿と箸を手にした。
「毒を食らわば皿まで……は洒落になってないたとえだか……飛び入りになるが俺も参加させてもらおう」
「あら? 付き合っていただく必要はありませんのよ」
「なに、趣味さ。君の聖夜がこんな風な、ある意味『らしい』ものになっている以上、ご相伴するのも面白そうだ」
 というのは表向きの理由だ。彼女の性分、止めても止まらないだろうというのがマイトの予想である。危機に自ら飛び込む淑女をみすみす放っておく訳にはいかないだろう……友人としても、英国紳士としても。
 彼の返し方が気に入ったのか、イングリットはふふっと笑って、
「でしたらお止めは致しませんわ。これもまた『闘技』、正々堂々戦い抜きましょう」
「……ドレスアップした君をきちんとエスコートする機会はまた別の機会に……趣は違うが今はこの『闘技』、共に全力を尽くそうか」

 もちろん闇鍋を恐れている参加者ばかりではない。
「お鍋〜でも、闇鍋なの? でも、食べられる物しか入ってないよね? たぶん」
 言葉通り捉えると不安がありそうだが、その実、ワクワク上機嫌なのは榊 花梨(さかき・かりん)だ。いわゆる『やせの大食い』な彼女、今日はしこたま食べる気らしい。
「ほどほどにしてくださいよ……」
 同行の神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)はなんともいえない表情をしている。
 逆に、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)はこのカオティックな世界に大いにショックを受けていた。
「……って、アゾートさんいきなり闇鍋闘技場とかカオスなとこにいらっしゃる!」
 クリスマスと言えば他の人に楽しんでもらうために働く時期……これが、去年までのヴァイスだった。自分が楽しむなんてこと、考えたことがなかった。
 しかし今年は違う。完全に、楽しむためのクリスマスがやってきたのだ。純粋に祝うための聖夜、いわば初めての聖夜。彼にはこの時間を、どうしても一緒に過ごしたい人がいた。
 ――初めてのクリスマス。アゾートさんと一緒に回りたい。
 真っ先に考えたのは彼女のこと。
 何よりも情熱を傾けるものは賢者の石だと分かっているけど、そんな所がかっこよくて、脇目もふらない懸命な姿がかわいくて、気になる女の子――それがヴァイスのアゾート観だ。でもアゾートは懸命すぎて、ためらわず危険に飛び込んで行く傾向もあるので、放っておけないとも感じている。
 恋愛というのではないと思う。
 好きとか愛してるというのではなくて、なんというか、頑張るところを見守りたい、ときとして手助けもしたい……そんな風に感じている。
 強いて言えば恋人というよりは妹のように思ってる……なんて言ったらアゾートは怒るだろうか。
 アゾートと顔を合わせるときについて考えてみれば、大抵なにか事件が起こっていたりする。だから、たまには気楽な友達づきあいもしたいではないか。そう彼が望んだのは決しておかしなことではないはずだ。
 ところが簡単に、おかしなことになってしまった。
 そこで冒頭の台詞である。
 もう一度書く。
「……って、アゾートさんいきなり闇鍋闘技場とかカオスなとこにいらっしゃる!」
 さてどうしたものか。
 ヴァイスは頭を悩ませた。
 闇鍋会場という名のデンジャーゾーンから、なんとかして彼女を連れ出したいものだ。

 さて一方、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)が猫のように目を光らせていることにも触れておこう。
「アゾートちゃんにイングリットちゃん……暗闇に、可愛い子猫ちゃんたちが集まってると思って引き寄せられてみたら、闇鍋大会だっただなんて……」
 ふっふっふ、と含み笑いしてレオーナは言うのである。
「素敵じゃない!」 
 きらーん。レオーナの目はターゲットを求めさまよった。正直、彼女は鍋そのものにはさして興味がない。
 興味があるのは……もう、おわかりであろう。
 つるつる肌でいい香り、思わず抱きしめたくなるようなアゾートや、王子様のように凛々しいのに、王女様の愛らしさをふりまくイングリット、その他たくさん、集まった美少女たち……レオーナの興味関心はそちらに集中していた。
「レオーナ様、妙なことを考えていらっしゃらないでしょうね」
 さすがに長いつきあいだ。クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)は何か悟ったかレオーナに鋭い目を向けた。
「えっ、何のこと?」
「おとぼけになりませんように……たとえば、暗闇に紛れて女の子に手出しなさるとか……」
「あ、その手があったわね!」
 箸をカチカチと鳴らして、女の子たちに百合ぃな目を向けるレオーナである。
「こうなったら食べ物と間違えて、あの子の服の内側とか、あの子のスカートの下とか、つまんじゃおうか。『キャーイヤー、エチー! でも、もっとやって下さい』とかいう子がいて仲良くなれないかしら」
「いけませんっ! ていうかそんな女の子はいませんっ!」

 それはそうとして、ここに一人、腕組してむくれている少女があることを記しておこう。
 彼女はラブ・リトル(らぶ・りとる)、コア・ハーティオンの同行者だ。
「あーたーしーはクリスマスバンドのボーカルに参加したかったのにー!! なんでクリスマスに鍋なのよー! しかも闇なのよー! 絶対ヒドい目会うの判ってるじゃーん!」
 正直、この畳の上でゴロゴロ転がって不平をぶちまけたいラブである。それなのに、ハーティオンは大変やる気だし、夢宮 ベアード(ゆめみや・べあーど)夢宮 未来(ゆめみや・みらい)も、
「オオ……!
 オオオ……!
 ナニヲ イレテモ……!
 ナニヲ タベテモイイノカ……!」
「お父さん! 鍋だね! 皆で食べるんだね! 皆で食べるとご飯おいしいから嬉しいよね!」
 などと無邪気に喜ぶ父と娘になっているではないか。(怪異丸出しの夢宮ベアードが少女の父だという謎については突っ込まないでおきたい)
 要するに、不満があるのは自分一人というわけだ。
 それがまったくもって許せないラブなのだ。
「去年は超絶かわいらしい『蒼空学園のNo1アイドルたるラブサンタ』が皆にプレゼントを配ってファンを大量に獲得したのに今年はこんな闇鍋で命を散らすなんて!」
 などと息継ぎせず一気に言って頬を膨らませていたりする。なお、『No1アイドル』という単語には『※自称』という注釈がつくことをここにお断りしておく。また、ファンを大量に獲得したという事実は今のところ、ない。
 だが誰も、ラブの言葉を聞いていないのだった。ハーティオンも正子も、夢宮親子も、みんな。
「えーい! くそー!」
 ラブはマイクをひっつかんで立ち上がった。
「こうなりゃ死ぬ前にここで歌ってやるわよー!
 一番、ラブリトル! とっておきのクリスマスソングを歌いま〜す♪」
 この発言の「ま〜す♪」を言い終えるより早く、部屋の電気が落ちた。
「ちょっとー!」
 ラブの抗議は、どよめきにかき消される。
 そう……これより異物混入、もとい、食材投入となる。
 
 暗闇の中、
「いやあ、お鍋が恋しいクリスマス……というわけで楽しみにしてたのよ。だからパーティ会場の食事も、私はほとんど手をつけてないくらいで」
 と笑うのは五十嵐 理沙(いがらし・りさ)である。なんという命知らず……とも言い切れない。
 なぜって、料理を仕切るのがあの馬場正子だからである。
「馬場さんは料理上手だからね! たとえ闇鍋でも美味しいものにしてくれるって信じてる」
「うむぅ」
 しかし正子は、さっきまでの堂々たる雰囲気とは一変して、少しばかり自信がなさそうだった。
「ベースとなるスープのほうは、工夫して幅広い食材に対応できるものにした。塩糀をきかせたゆえ、危険な味にはならんと思うが、あまりにも規格外のものが投げ込まれると崩れるやもしれぬ……」
「あら正子さんらしくもない。心配無用、ちゃんと私も協力するからっ」
 と言いながら理沙は、手探りで一升瓶の口を切って中身をどぼどぼと投じた。実際は見えないのだが、音で何が行われているかはわかるだろう。
「それは?」
「日本酒。だって鍋には日本酒でしょ。ああ大丈夫、洋酒派の人達にはワインも持って来てあげたわよ。未成年の人たちにはジンジャーエールも差し入れするからそれで許して」
 なんと理沙、言うが早いか次々、液体を鍋に混ぜていく。
「もちろん全部は使わないわよ。馬場さん、あとで一杯やらない? これがいいお酒でね、東北地方の……」
「いや、わしは……未成年である
「またまたご冗談を」
「真実である」
「えっと……本当に?」
「うむ。老け顔であるぞ」
 ガーン、と口で言って、理沙はよろよろとよろめき、
「それじゃもっと、日本酒入れようかな……」
 はっしと一升瓶を掴んだ。それを、とがめる声がある。
「って、食べ物で遊んじゃいけないんですよっ」
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)だ。暗闇でよく見えないが、鍋の火からおぼろげに位置をつかんだところ、現在は理沙の真横にいるらしい。
「そんな堅苦しい事言わないの」
「言います。世界の食糧難地域に済む人達に申し訳が立たないと思いませんか」
「えー、大丈夫よ、このへん……あ、そっか電気消えてるから見えないよね、えっと、画面の下付近に『食材は後でスタッフが美味しくいただきました』ってテロップ出しておいたら問題ないって!」
「画面ってなんですか! 画面って!」

『食材は後でスタッフが美味しくいただきました』

「ほら出た」
「わけのわからないことをおっしゃらないでください!」
 まったく……と憤慨しつつ、セレスティアは調理道具を持ち出し、鍋奉行……いや、闇鍋なので闇鍋奉行か、を志願した。さっそく混ぜはじめる。
「手伝う手伝う−」
「理沙……あなたに任せたら食べられるものがなくなってしまうもの」
 理沙の申し出をストレートに拒否し、黙々と作業を続けた。
「あまりにも酷い言いぐさ! ……まあ、チョコ突っ込んだご飯とか作ったことあるけどさ……」
 などと言っている理沙はともかくとして、セレスティアは懸命に頭を使って、なんとかアイデアをひねり出そうとするのだ。
 さあ、鬼が出るか蛇が出るか。食材が煮えはじめた……。