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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
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●恐怖の闇鍋コロシアム〜満腹か惨劇か

 では、と風馬弾も動いた。
「まさか闇鍋で使うことになるとは思わなかったけど……スイス生まれのアゾートさんにあげようかと持ってきたものがあるんだよな……」
 弾は荷物から、スイスらしい食材を投入したのである。
 すなわち、スイスロール。……原型を留めないのでは?
 スイス産チョコレート……溶けて全体の味に危険な甘みを加えそう。
 チーズ……これは以外と旨いかもしれないが、溶けて広がってえらいことになる可能性もある。
「そして、スイスとくればこれ、腕時計」
 と、ウオッチを取り出したところで、発言を聞いたノエルに止められた。
「弾さん、それすでに食べ物じゃないです!」
「おっと、そうだった」
 ところでレオーナ・ニムラヴスとはいえば、やはりノエル同様、チョコレートを入れているのであった。といっても、特製『血世孤霊斗』だったりするが。
「ふふふ……私の百合な愛と汗と涙とその他とても口にはできないようなものが詰まってるわ! 食べたらみんな、微妙な怪しい気分になること間違いなしよ!」
「あの……レオーナ様、その恐ろしい独り言、ダダ漏れなんですけど……」
 そんなクレアのツッコミを聞かず、さらにレオーナは『ギリギリキャンディ』を準備した。
「これは、きっと鍋の中で溶け出しちゃうよね! これで鍋を食べたリア充はもれなく爆発まちがいなし……のはず……!!」
「爆発させてどうするんですかっ! ていうか聞こえてます!」
 さて彼らの意図はともかくとして、いよいよ実食となった。
 鍋のいい香りがしてくる。同時に、甘かったり薫製のようだったり魚だったりと、あまりにも雑多な香りが……。
 けれどレオーナが興味あるのは、やっぱり食材より女子のほう。
「ああっ、暗闇で可愛い子猫ちゃんたちと一緒……」
 ついつい、箸があらぬ方向にむかいそうになる。
「ううっ、そっちにお箸がっ。ダメダメ、いま食べるのは女の子じゃなく、お鍋のはずよ」
「イヤなこといわないで下さい……! ほら、食べますよ」

「馬場さんに勝負を挑みにきたであります!!」
 と言って最初は、まだ電気のついているうちに、ニルヴァーナの繊月の湖で取れた危険なスッポンと魚を生きたまま鍋に放り込んだ葛城吹雪だ。
「勝負というのはそういうものなのか……?」
 どうかと思うぞ、それは、と不審がったイングラハムだが、吹雪の真の狙いが闇になってからだとはつゆ知らなかった。
 会場が闇に包まれるや、吹雪は無言で、イングラハムを鍋の中に放り込んだのである。
「任務……完了!」
「そんな任務があるかーっ……ガボっ!」

 ラブ・リトルは不機嫌である。だって、持ってきたアイスを、
「ショクザイカ……」
 と問答無用で怪奇球体ベアードにつかまれて鍋に投げ込まれてしまったからだ。当然、アイスなんて一瞬で溶けてしまったことだろう(暗いので見えない)。
「食材じゃなーい! これは食後のデザート! 迷わずに鍋に入れるなバカー!!」
 苛立ちながらラブは箸で何かをつかんだ。
「まあ、スープは美味しいよね出汁がきいてて……」
 気を取り直してそう言いながらふうふう吹いて、食べた食材があらショック。
「これ、どろどろになったショートケーキじゃない! 誰よこんなの入れたのは!」
 その声を聞き、セレスティア・エンジュが出撃した。闇鍋奉行として『まずい』の言葉だけは避けたい。ところが『ショートケーキ』という言葉にセレスティアも行き詰まっていた。鍋に入ったショートケーキを美味しくする方法なんてあるのか!?
 しかし即断即決、
「困った時にはマヨネーズ、マヨラーの人ならマヨさえかければなんだって食べられますっ」
 言うなりセレスティアはラブの椀に、どばっとマヨネーズを入れたのである。
 暗くて全然見えないので、分量は無茶苦茶だ。(無茶苦茶多い!)
「ちょ……ちょっと、これなに? マヨ……マヨ……いやああ!」
 ラブ・リトルは、硬直した。
 これ食べるのか、本当に。
「こうなったら、ハーティオンが責任とりなさーい!」
 だがラブも即断即決。椀ごとハーティオンに渡したのである。
 どこまで聞いていたのか、
「ありがとう」
 ハーティオンは素直に受け取って、
「ではいたたくとしよう! 今年も、皆にとって素晴らしいクリスマスになりますように」
 がばっ、とこれを喰らった。
 体のせいか、いや、渡されたブツのせいか。彼は直後、畳みに崩れ落ちて横たわった。
 蒼空戦士ハーティオン…………闘死。(※本当は悶絶しただけだが)
 一方、ベアードは謎のフレーズを呟きながら、鍋をすくっている。
「トキハ マサニ セイキマツ……! ヨドンダ マチカドデ……!」
 一体なにに出会ったというのか、それは闇鍋だ。(ていうか世紀末か?)
 娘の未来のほうはといえば、とっておきの食材を取り出している。
「ジャーン! 蒼空学園の裏庭でつかまえた特大トカゲのお肉でーす! 鶏肉みたいでおいしいんだよ!」
「オオ、ソレハ チチノ コウブツ……」
「おとーさんに当たるといいねー」
 などとやっていた父娘であるが、
「コレハ タコ カ?」
 ベアードは妙なものを引き当てたのだった。鍋の火の前まで持ってきてよく見ると、ぐったりした巨大な蛸のような姿だった。真っ赤に茹だっていて実に蛸っぽいのだが、蛸とはちがい、話すことができた。
「蛸ではない……イングラハム・カニンガムである……」
「食べていいの!?」
「いや……食べんでくれ……」
 ほろほろと蛸、じゃなくてイングラハムは涙をこぼした。

 天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)が箸でつかんだのは、どうやらロールケーキのようだ。チョコレートがとろりと絡みついた状態で煮えており、これが意外と、いや、かなり美味しい。
「うん、これ美味しいよ。甘くって暖かくってトロトロで……なんだかチョコレートフォンデュを食べてるみたい」
 とってもいい笑顔になる。結奈は甘いものが大好物なのだ。ゆえにこの日も彼女が投入したのは、家から持参した大福とどら焼き、それとポケットに入ってたキャンディーとチョコレートである。甘いもの三昧。ホットなデザート向きのチョイスといえよう。
「っておい結奈、闇鍋、馬鹿正直にやってんのかよ。まあ好物に当たったみたいだからいいけどよ……どうかしてるぜ」
 次原 京華(つぐはら・きょうか)が呆れたような声を出す。
 すると結奈のツインテール頭が動く気配がした。
「え、きょーちゃんは正直にやってないの?」
「人聞きの悪い言い方だな……そうじゃなくて、賢くやってるって思ってほしいぜ」
「賢く、ってどういうことですか、京華さん?」
 おっとりした口調でフィアリス・ネスター(ふぃありす・ねすたー)が問うた。なおフィアリスは現在、鶏のつみれを鍋に入れているところだ。他にも牛肉など、フィアリスの入れた食材は実にまともである。……ただ一点、序盤に入れたショートケーキを除けば。
「ふぅむ賢くというのは……匂いで判断するとかかのう?」
 我にも教えてほしいのじゃ、とパンドラ・コリンズ(ぱんどら・こりんず)が言った。パンドラの頭に乗せたクラウンが、鍋の火を反射してぴかっと光った。
「いや、そんな三人にいっぺんに訊かれると困るじゃねーかよ……」
 京華がそう言いかけたとき、
「うわなんじゃあこれはーっ!」
 素っ頓狂な声をパンドラが上げたので、結奈もフィアリスも京華も驚いてその方向を見た。
「ぬうう、これは納豆じゃな……しかもオクラがまとわりついておって気持ち悪いのじゃ……」
 ねばねばくっちょくちょの食材、しかもそれが生温かいのである。あまり嬉しいものではない。どうやらパンドラはしゃべりながら、トンデモ食材をつかんでしまったようだった。
「でもパー子ちゃん、それ、パー子ちゃん自身が入れた食材ではありませんでしたか?」
「そういえばそうなのじゃ……どうもトラップにはかかりがちじゃのう」
「おいおい、それ、パンドラが自分でしかけたトラップってことかよ。いつものことだがパンドラの罠にはまる才能はマジ天才的だな」
 やれやれと京華は肩をすくめた。
「ふふふ、そうか。もっと褒めるがよいのじゃ」
「いや褒めたわけじゃねーけどな……ま、いいか」
 ところでこの騒ぎで、なんとなく京華の『賢い食べ方』は明らかにならなかったが、タネを明かせばなんのことはない、彼女はダークビジョンを使っているというだけのことなのだった。
「ま、賢くやらねーとな……オレはまともなものだけ食ってるぜ。お、これ美味いなあ。チキンか?」
 もぐもぐと肉を頬張る京華だった。馬場正子特製の出汁が効いていて実に美味い。
 まあその肉というのが実は、夢宮未来の入れたトカゲの肉だったりするわけだが……本人が美味しく食べているのであればいいではないか。正体にも気づいていないようだし。

 マイト・レストレイドは驚いて身を浮かせかけた。
 隣で正座していたイングリットが、急に身を浮かせかけたからである。
「危ないもの……食べたのか」
「いいえ、驚いただけです。なんだか、チョコレートのようなものだったものですから」
「そうか、かく言う俺の食べているのはキャンディーだよ……まったく、おかげでさっきからこれが歯にくっついてたまらない」
 それにしても……と、イングリットが急に、ごそごそと動く気配があった。
「暑いですわね。失礼して、上着を脱がせていただきました」
 ところがまた数秒して、
「やっぱり暑くありませんこと?」
 と彼女は言い出したのである。
「あまり火のそばにいるせいじゃないか」
「そんなはずはないのですが……ええい」
 またごそごそと気配がある。
「はしたないと思わないで下さいましね。もう一枚、脱がせていただきました」
「……ああ、そうか」
 なぜそんなことをわざわざ言うのだろう――と彼が思った直後、
「ああ、やはりはしたないですわ。わたくし……今スリップ一枚ですの」
 えっ! と大きな声を出しそうになったが、懸命にマイトは声を押し殺した。
「そ……そうだな、闇のおかげで見えないが、配慮しよう。体温が下がったら、迅速に着てほしい」
 闇鍋のせいで見えなくて残念だ――なんて決してマイトは思わない。紳士だから。
 それにしても……貞淑なイングリットらしからぬふるまいだ。けしからんことである。実に。
 しかし若いマイトである。なんだか、自分も熱っぽくなってくるのだった。困った話ではないか。
 イングリットが食べたものが、自分の『血世孤霊斗』だと知ったら、レオーナ・ニムラヴスは『イングリットちゃんの近くに座っておくべきだったー!』と悶絶して悔しがったことだろう。
 ところでそのレオーナは悶絶していた。別の理由で。
「クレア・ラントレット、死亡確認! ……という冗談はともかくとして」
 クレアがレオーナの脈を取っている。弱っているが、死んではいないようだ。
「ううっ、せめて仔猫ちゃんを一人でもつまみ食いしたかった……」
 どこかにいるであろうアゾートやイングリット、その他たくさんの美少女を求めるように、レオーナの箸はカチリカチリと虚空をつまむのだった。
「……レオーナ様のその根性だけはすごいと思います。尊敬はしませんが」
 どうしてレオーナがこうなったか。
 クレアが「変な食材は華麗にスルーパスです」とガムだのチョコだのを全部、レオーナの皿にそっと入れたせい……ではない。むしろ真性悪食のレオーナにとってはそれは栄養源である。
 真の理由、それは、レオーナが高級霜降り和牛肉を食べてしまったせいだった。庶民の食卓にはまず乗らない極上品。トロトロで肉汁たっぷり、口の中で溶けてしまうような絶妙の柔らかさ……一口食べれば死にかけたお爺ちゃんも生き返ってしまいそうなこの肉が、邪悪な貧乏腹のレオーナにとっては逆に致死性の毒なのだった。
「く……死ぬ前にもう一度、アゾートちゃんに悪戯したかった」
「いい加減に黙って寝なさいな」
 ごす。
 クレアが氷術にて氷の塊を作り、頭部に一撃してレオーナを眠らせた。
 そしてクレアは、その氷を彼女の頭の下に敷いてやるのだった。
「まあこんな猛獣のようなおかたでも、わたくしの契約者様ですからね……」